46次善の策略
戦闘ヘリAH64-D、アパッチ・ロングボウ。
対地用の強力なヘルファイアミサイル、スレインの鱗もぶち抜くハイドラ70ロケット弾、30ミリもの口径を誇るM230機関砲。時速230キロで空を飛ぶ砲台のような戦闘ヘリ。
ゴドーが裏取引で手に入れた切り札。操縦士は同盟した吸血鬼が下僕にした自衛軍の兵士。一機は落とされたが、もう一機と操縦士は無事。主人である吸血鬼をクレールが説得して俺達への協力を取り付けた。
ここからでも確認できる暗緑色の機体が、クリフトップの上空に躍り出てきた。
ローターを傾けると、向かう先は、燃え盛るもみの木に貫かれた禍神の巨体だ。
本部への無線連絡はなされていないが、これは作戦通り。魔術師隊の攻撃成功で、とどめを目指すことになっている。
「落とし子が退いている! 負傷者を救護して下がれ! 残りの者は銃に弾薬を込め直して戦線を維持しろ!」
ザベルが号令を叫ぶ。落とし子と激突していた部隊の一部が、負傷者の救護をやりつつ、魔術師の方へ下がり始めた。戦闘が終息したわけじゃないが、落とし子は禍神の回復に戻った。一息つける。
落とし子の攻勢のときに、結構損害は出ているかと思ったが、死んでしまった奴は居ないらしい。フリスベルや余裕のあるエルフ達が回復の操身魔法をかけている。
M2重機関銃はいくつかが破壊されていたが、これで済むなら損害は本当に軽微だ。イスマに残った者は誰一人傷つかず勝利できる。
アパッチが俺達の上空を通り過ぎた。ローター音を響かせながら、ホバリングに入って射撃姿勢を取る。
数秒ほどして、射撃が開始された。
まずは両翼あわせて、四発のヘルファイアミサイルが、禍神に体に叩き込まれる。炸裂した業火の柱は、六十メートルの禍神全体を包み込み、なお余りある凄まじい威力だ。
さらに容赦なく撃ち込まれるのは、M2の二倍を超える口径を誇る、M230機関砲。獄炎が燃え盛る中に、岩石を打ちつけるような恐ろしい発射音が轟く。禍神の胴部に向かって、弾丸の火線がくっきりと見えた。
百発を超える30ミリ口径の弾丸が叩き込まれる最中にあって、禍神の体には次々と砲弾が着弾する。数秒のホバリングの間、アパッチの中の兵士が、禍神の位置を概算で本部に伝達したのだ。イスマの街やクリフトップの台地のあちこちに備え付けられた迫撃砲も禍神を狙って火を吹き続けている。
爆風と弾丸の雨の中、禍神の破片が背後の森や平地に叩き付け、次々地面をえぐっていく。ダメージにはなっているはずだ。
映画とかの演出だと、炎や爆発は対象の生存を示唆する。だが実際何べんも見ている俺には、それはうなずけない。炎に巻き込まれた後は、大やけどの重傷者か、破片まで燃えカスになった死体と相場が決まっているのだ。
機関砲に続いて、ハイドラ70ロケットが放たれる。傾いた陽を貫いて、ロケット弾が禍神の体を穿った。
炎の去った後には、何も残っていなかった。そびえ立つような禍神の巨体も、魔術師隊が呼び出した巨大な燃え盛る木も。アパッチと迫撃砲の雨が完膚なきまで砕き、吹き飛ばしてしまった。
禍神や落とし子の振りまく嫌な気配が失われている。俺達の前に広がる森は、しんと静まり返っていた。
俺は振り返り、負傷者を救護するフリスベルに向かって叫んだ。
「禍神の魔力はどうだ! 感じるか!」
「い、いえ……今いる位置、半径1キロ範囲には、落とし子の魔力も消えています。もう少し広げてみましょうか」
予定通り全弾斉射されたロケット弾の爆風が晴れていく。迫撃砲弾はまだ降り注いでいるが、目視する限り禍神の姿かたちは完全に消えていた。
「父さまの魔力が消えていますわ。クオン、何か感じますか?」
「いいえ。ゴドー兄さまが亡くなったときと同じです。消えてしまっています」
マヤの答えも、マヤに問われたクオンの答えも同じか。魔術師部隊のざわめきからは、どうやら勝ったらしいとか、まさかアキノ王を倒せるとはなどと聞こえる。
今までの情報を信じるなら、確かに勝ったことになるが。
さて、そう簡単に行くかどうか。ザルアが無線をオンにした。
「本部、こちらは王の魔力の消失を確認した。禍神本体も目視できない。アパッチをこちらに着陸させてくれ」
本部から応答があったのか、アパッチが俺達前線と魔術師部隊で形成された平原に降下してくる。魔術師部隊の後続には荷馬車があり、アパッチのミサイルやロケット弾などを補給する体制が整っている。
森の木々と野原の草、魔術師たちのローブをはためかせて、暗緑色の巨体が着陸した。自衛軍の迷彩服を着た操縦手たちが機体を降り、兵士達に指示を出して弾薬、燃料の補給と各部の点検を行っている。
ギニョルやクレール、ガドゥの居る部隊はまだ出番がない。本当にこのまま終わるのか、ここからも難しい場面が続く。ザルアが無線で会話を続けている。
「……了解した。では前線部隊は、これより王と魔道具、禍神本体の捜索に向かう」
その言葉を聞き取ると同時に、ハンドサインが前線部隊の全員に伝わる。俺の方にも騎士がやってきて、M2の分解、収納が始まった。
王は本当に死んだのか。確かめなければ安心は無い。白兵のできる俺達前線部隊と魔力感知のできる魔術師部隊は、そのためにイスマを打って出たのだ。
目指すは1キロ先、禍神が進軍してきた森の中だ。
行軍すること二十分弱。陽は沈んで辺りには薄暗がりが現れている。頭上を樹木に遮られ、俺達の視界はあまり良くない。アパッチが探照灯を照らしながら頭上を飛んでいる。
焦げ臭いにおいが鼻を突き、燃えがらの転がる真っ黒な広場に出た。
いや、正確には禍神に踏み潰され、落とし子として土と木をむしられ、さらにアパッチで焼かれた森の一部が、広場のようながらんどうになっているのだ。
その広さは、俺達前線部隊300人と、魔術師部隊400人。全員がゆうゆうと入れる。
ザルアの号令で、捜索が始まったが、奇妙なことに何も出ない。いや、禍神が倒れていたら確かに何も出ないはずだし、王も物言わぬ死体だろう。だが魔術師たちいわく魔力の欠片もないという。
それこそ、生き物が全て死に絶えたかのように、一帯の森に生物の気配が全くないのだ。
さすがにこう静かすぎるのは、様子がおかしいと思っていると、またあの胎動を感じた。
しかも今度は二か所。俺達とイスマの間に一つ。さらにイスマの北、かなり近くで一つ。
顔を見合わせているうちに、胎動は徐々に大きくなり、やがて見知った巨躯が再び立ち上がった。
岩に火に水に風に稲妻。単純な現象魔法でできた人型の存在、禍神だった。
禍神は俺達の方を向くと、またぞろあのゆっくりした歩みを始める。一方で、イスマの北に現れた個体は、速度こそのろいが、街まで近い。十分と経たずに城下町に到達してしまう。
ザルアが無線機を取り上げた。
「本部より前線。作戦二に移行せよ」
ざざ、という音と共に、命令が下った。
禍神の再来というゆゆしき事態にもかかわらず、取り乱す者は見られない。
ここまでも予想していたのだ。アパッチの砲撃を禍神がうまいことくぐりぬけ、イスマを狙うという事態も。
王からすれば、食うなら組織された軍隊よりも、はるかに数が多くしかも弱いクリフトップの人民を狙わない手はない。何らかの手段で一次攻撃をくぐりぬけ、城を離れた攻撃部隊を釘付けにしてしまうことは十分考えられた。
しかも魔力を感知する落とし子達とちがって、普通の人間は夜になると暗くて戦いにくい。そこまで読んでの前哨戦だった。
もっとも、だからこそ、この伏兵は効くのだ。
無防備なクリフトップに迫っていた北側の禍神の目の前に、無数の黒い点の様なものが現れる。
点、それは支援に来てくれた悪魔と吸血鬼の部隊。巨大な使い魔を駆り、空を自在に行く元人間の敵達だった。
彼らがイスマを支える。俺達は出し抜かれたんじゃない。予定通り、次の戦いに移っただけだ。
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