45攻勢

 断罪者の研修のとき、ある程度の軍事を習った。

 それによると、今俺が体験しているのは、小さくて威力の高い銃が登場する前の戦場になるのだろう。


 敵味方とも大勢が近接し、入り乱れての集団による乱戦だ。


「おおおおおっ!」


 俺は咆哮を上げ、目の前の石と木の落とし子に向かってM97の散弾を撃ちかけた。距離3メートル、銃というより槍の射程で散弾を浴び、四体ほどが一気に崩れ落ちる。


 横から木の落とし子が枝を振りかぶる。銃身で受け止めたが、力は人間を超えている。


「うぅ……!」


 背骨がきしるほど押し付けて来やがる。骨ごと砕かれそうだ。銃身にはまだ一発残ってるが、銃口を向けなきゃ散弾は当たらん。


 こいつだけでもきついというのに、右方向からは石の落とし子が近づいてくる。冷たく固い石の拳を振りかぶる。あれでも俺の頭くらいつぶせる。


 右方向、銃口の先だ。俺はどうにかスライドを引き、次弾を装填。一メートルに迫った落とし子に向かって引き金を引いた。


 散弾の塊が腰をうがち、上半身と下半身に分かれた落とし子は動かなくなった。


 だが、思い知ったかとほくそ笑む余裕もない。姿勢が不安的になり、いよいよ正面の木の落とし子が支えきれない。


「せえいやぁっ!」


 掛け声と斬撃が戦場を貫き、目の前の落とし子は斜めに断ち切られた。

 崩れ落ちた木の向こう側に、プレートアーマーとサーコートに身を固めた、たくましく若い騎士の姿が現れた。


 差し出された手を取って、どうにか体を起こす。ザルアが意地の悪い目つきを俺に向けて来る。


「……しっかりしろ。義理の弟になるんじゃないのか。戦場で名前負けしている場合ではないだろう」


「急に兄貴風吹かして来るんじゃねえよ、前はどうなってる……」


 聞いておいて後した。鬼神のごとき勢いで、スレインの剛腕が猛威を振るっている。灰食らいの届く範囲は落とし子の残骸が山と重なり、炎や火球が炸裂しては、種類を問わず吹っ飛ばしていく。


「ぬうおおおおおっ!」


 海のごとく包囲し、襲ってくる落とし子たちが、スレインの周りだけは決して近づけない。

 余波で後ろの俺達も落とし子の攻勢が弱まっている。ザルアが俺を振り向いた。


「しばらくは大丈夫だ。お前はM2の設置を手伝え。ドラゴンピープルが弾薬とパーツを落とす」


 確かに、運搬役になった緑の鱗のドラゴンピープルが後方上空から近づいてくる。手に持っているのは、革や布をつぎはぎしたパラシュート付きの木製コンテナだ。


 その手が離され、コンテナはこちらに向かって降りてくる。

 風向きも計算しているのか、パラシュートで減速しながらかなり俺達に近い位置だ。


「設置後、銃撃の開始で、魔術師に前進の合図を出す。禍神の動きは……今のところ大丈夫らしいな」


 ザルアの言う通り、前方正面、落とし子達を超えた先の禍神はゆっくりと前進を続けているだけだ。といってもまだ俺達とは一キロほども離れているが。


 スレインの斧をかいくぐった石の落とし子が俺達に迫る。

 俺の銃剣とザルアの騎士剣が、突き割った。


「気付いていたか。悪くないな」


「断罪者なめんな。お前こそ死ぬんじゃねえぞ」


 ザルアは無言でうなずくと、スレインの脇の敵の塊へ飛び込んでいく。SPASと騎士剣を完全に使いこなし、次々と落とし子を倒していく。重厚で破壊力の高い騎士剣と近距離で威力を発揮する散弾というのは、なかなか良い組み合わせだ。


 後方に下がった俺は、落ちてきたコンテナを開けると、ほかの部隊員と共にM2重機関銃を組み立てにかかった。スレインやザルアが討ち漏らした落とし子がぽつぽつ来るが、ほかの騎士が防いでくれる。


 その間に、俺は設置用の脚部を取り出し、銃本体を設置する。騎士の一人が銃身をはめ込み、ねじ込んでくれた。


 もう一人の騎士は、木箱からメリゴン製の12.7ミリ弾を連ねたのを詰め込んだ缶を取り出し、剣の先で封をこじ開けて中身を引き出した。


 金色の蛇のような弾薬の先端が、俺が開けた給弾機構の中にセットされる。


 蓋を閉じると、右脇のボルトを握りしめて引く。

 ガシャリ、と銃身に最初の命が吹き込まれる。


 これでいけるが、射手はどうするか。

 見回すと、他の騎士は回り込んでくる落とし子とやりあっている。


 給弾手と目が合う。うなずかれた。俺しかいないか。


 重量のあるM2は、安定のためか、備え付けの三脚の銃身が低い。俺は地面に尻を着け、両足を三脚の端にかけて突っ張った。


「機関銃手、放て!」


 振り向いたザルアの号令で、俺はトリガーを押し込んだ。


 対物ライフルと同じ口径の弾丸が、獰猛なうなりを上げて飛び出していく。


 木も、石も、土も、水も火も。銃身を回す先々で、あらゆる落とし子が紙くずのように吹き飛び、引き裂かれ、砕け散っていく。木以外の奴は、弾丸が貫通して何体も同時にくたばっていた。


 銃の威力は口径ばかりで決まるものではないが、12.7×99ミリの弾薬というは、ただの車なら貫通し、あの頑丈なスレインの体をも傷付ける威力がある。人間がくらったら容赦なくバラバラだ。


 M2重機関銃は、それを一秒間に約十発もぶっ放す。

 魔力によって命を持ったとはいえ、ただの石や木が耐えられるはずがない。


 同じ銃声が周囲からも響いてくる。俺達を先頭に、右翼、左翼の落とし子の群れに食い込んだ前衛部隊が、場所を確保して援護射撃を始めた。


 波のように広がって分厚く押し寄せた落とし子の群れが、潮が引くように後ろへ下がっていく。大口径の弾丸が場所を十分に確保した。


 ザルアがすかさず無線を取り出す。


「こちら前線部隊、ザルア。現象魔法の予定地点に空間を確保しつつある。魔術師部隊の前進を要請する」


 直後、後ろの方から大人数の移動する気配がした。本陣からすぐに命令が下ったのだろう。陣容を整え、進軍を待っていたのだ。捕らえられていたエルフ、バンギア人の魔術師たちからなる部隊の人数は数千人を数える。即席の訓練で、ここまでスムーズな行軍ができるのは、士気が高い証拠だ。


 M2で落とし子を薙ぎ払いながら、少しだけ禍神をうかがう。まだ動く気配はない。願わくば最後まで大人しくしていてくれればいいのだが。


 数分と経たぬうちに、俺達の後ろの森から、後詰の魔術師隊が現れた。魔力を阻害しないよう、鉄製の防具や武器は身に着けていない。銃もベスト・ポケットだけで、しかも全員には行きわたっていないのだ。落とし子に突進されたら、簡単に蹂躙されてしまうだろう。


 だがこの部隊の真価は白兵戦にはない。


 俺達が落とし子を追い払い、作り出した空間。フリスベル、マヤ、クオンが率いる魔術師部隊が一斉に展開した。


 一糸乱れぬ動きで、なにやら盛大な円状に集まっている。力を合わせて、禍神にさえダメージを与える強大な現象魔法を使う予定らしいが。


 図形は巨大な円に三角形を二つ重ねたいわゆる六芒星らしい。


 よく見ると、マヤの率いる女の魔術師が中心の一つ目の三角。クオン率いる男の魔術師がその逆に交差するもう一つの三角。そしてフリスベル達エルフの魔術師が外周を囲う円状に並んでいる。数千人規模だからすさまじくでかい。


『いかん、あれは、潰せ……!』


 アキノ王の声が響く。禍神が腕を振り上げ、黒い魔力を放って落とし子を増やしやがった。


 引き下がりかけていた落とし子が再び活発になる。俺達が飛び込んだとき以上の壁となって、突進してくる。


 スレインが突っ込んでいき、炎を吐いて灰食らいを振り回す。SPASに補充したザルアも、咆哮を上げて落とし子を次々に破壊した。


 右翼、左翼の部隊も奮戦する。ちんたらしてる場合じゃない。


「おい、給弾早くしろ!」


 俺がそう言う頃には、騎士は次の缶を開けて、12.7ミリを引きずり出した。換えの缶と銃身もコンテナから引き出し、剣でこじ開けると、俺の隣に置いた。


「私も前を支える! 頼りにしているぞ断罪者!」


 そのまま突進していく。敵はさっきより増えてる。


「任せとけよ、本物の騎士さんたち」


 ボルトを引いて装填すると、俺は再び射撃にかかった。叩き付けるような火薬の炸裂と共に、大口径の弾丸が、落とし子の群れに穴を穿っていく。


 後ろで魔力が胎動している。怒号と銃声、武器と拳を叩き付ける凄まじい戦闘のちまたにあって、魔術師たちの詠唱は不思議な存在感を持って耳に入ってくる。


『ヴィ・コーム・ハウグ・ヴァルニグン・トリィ……』


 まるで輪唱のようだ。視界内では敵が多すぎて、さすがに倒されたりやられる騎士が現れ始めた。右翼真ん中のM2が、ひとつ潰されたらしい。


 穴をふさごうと注意を向けたドラゴンピープルに、落とし子が一斉に取り付いた。石の落とし子と木の落とし子が首をおさえ、頭の部分に水の落とし子が包み込む。あのまま溺死させるつもりか。


 ごぼごぼと落とし子の中に空気を吐くドラゴンピープル。他の部隊員も対応できてない。


 俺は一旦M2を離し、ショットガンを取ってスラッグ弾を込めた。


 距離四十メートル。狙いは定まりにくかったが、見事胴体に命中。なんとか首を抑える落とし子を倒した。ドラゴンピープルも解放されている。


「騎士! 行ったぞ!」


 ザルアの鋭い叫び声に、振り向いた俺の目の前。迫ってきた石の拳を銃身で受け止める。


 相手は石の落とし子。表情は無いが、確かな殺意をもって、なんべんも叩き付けて来やがる。


 まずいことになった。救援は望めない。石の肩越しにうかがうと、俺の援護がないせいで、ザルア達も囲まれて苦戦し始めている。スレインも自分の周囲を払い落とすだけで精一杯らしい。


 失態だった。戦場ではまず何よりも、上官の指示、ここではザルアが重要だ。勝手な判断で砲手が離れてしまったら、部隊全員を危機に落とすというのに。


 戦場と断罪の区別を付けられなかった。

 危険な奴が居れば、断罪を中断してでもまず助けることを止められなかった。


 だが、俺は運が良かった。少人数の断罪ならミスは致命的だが、味方も多数居る戦場では、偶然カバーされることもある。


『スラウゾイル・コヴェルズカィ・ブローム!』


 呪文の詠唱が途切れた瞬間、後方の魔法陣が強く輝いた。


 数千人による魔力の奔流が、俺達の足元を駆け抜け、禍神の側に突き進んでいく。緑と赤い光。二つの魔力が混ざった光の川のようだ。


 びき、ずずず、と何かが砕ける不気味な音が禍神と落とし子の周囲で響く。


 禍神は両腕で胴体を隠そうとするが、次の瞬間。


 凄まじい轟きと共に、森が割れた。


 岩を起こしたかと思ったら違う。禍神を囲うように木々の間から現れたのは、巨大なもみの木だ。


 もみの木はスレインほどもありそうな幹を一気に伸ばし、禍神の腹部に衝突。そのまま貫通した。


 それだけじゃない。枝が内部をえぐりながら広がっていく。


『エルフ、共め、おのれっ……大魔法か。小癪、なあああぁぁぁぁ!』


 悲鳴に近いアキノ12世の声が轟く。身長約60メートルを越える禍神が、身をよじって暴れている。


 もみの木は一本だけじゃない。再び大地を揺るがしながら、落とし子の群れを貫いて、さらに二本が禍神の胴体を捉えた。


 しかも。とどめとばかりに、全ての枝と幹が一気に燃え上がったのだ。

 さながら裁きの檻だ。破滅の巨人をその檻に捕らえ、煉獄のごとき責め苦を課す。


 一キロ近い距離なのに、燃え上がる音と熱がここまで伝わってくる。


 目の前の落とし子が急に背を向け禍神を目指す。ほかの奴らも同じだ。もう少しで接敵した騎士やドラゴンピープルを倒せそうだったのに、禍神めがけて一目散にかけていく。


 無論こいつらに恐怖なんてない。怯えているとしたら、多大なダメージを受け、魔力を失っている、禍神ことアキノ王の方だ。


 俺達を攻撃するよりも、自身への魔力の供給を優先するほどの損傷だったのだ。


「はっは……やるじゃねえか」


 へたり込む者も居る魔術師たち。フリスベルが一息ついて、俺に向かって微笑みかけていた。


 ザルアが無線を取り出している。


『こちら前線。ザルアだ。大魔法が禍神を捉えた。アパッチの出撃を要請する』


 作戦は、当初予定の最終段階に入ろうとしていた。


 果たして、俺の故郷たるアグロスのスズメバチは、今度こそあの王を打ち倒すことができるのだろうか。

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