6残った翼


 断熱材や防音措置はある程度なされているが、隣や上からごそごそと物音がする。

 ドアを開けてみると、ユエは早速持ってきたゲーム機を開封しているところだった。


「あ、騎士くん、フィクスは上使うんだって。私今日はご飯、あっちのお店に食べに行くから、べつにいいよ」


 馴染む気まんまんだ。わざわざ来た以上、ユエの中では当たり前の態度なんだろうが、頭が痛くなってくる。


「お前……こんな急にどういうこったよ。工事の支払いはどうしたんだ」


 ジグンは滅多なことじゃツケの仕事を受けないと聞く。


「私がもった。紛争中の手柄で、持参金をちょっとだけもらってて、それマヤ姉様に換金してもらったの。気にしなくていいからね」


「いや、持参金って、それ結婚の金じゃねえのか」


 バンギアに貴族制度があるかどうか知らんが、昔の貴族は嫁に行く娘に領地や持参金を持たせたという。ときには、その額で良縁が舞い込むかどうか決まることもある大切なものなのだ。

 俺の言葉に、ユエは寂しげにうつむく。


「いいよべつに。だって私、断罪者だもん」


 金色の髪が、真っ白な頬にふわりとかかる。飛べない小鳥のように見える。

 断罪者らしくなったのだろうか。


「……いつくたばるか分からない、か」


 命の危機は一度や二度じゃない。それは俺達で随一の銃の腕をもつこのユエでさえも同じなのだ。


「そういうこと」


「なるほどなあ。でも、俺はちょっと悲しいぜ。お前みたいな美人が将来を捨ててるのは」


「身内みたいなこと言うのやめて。フィクスに会ってきたら? ご主人様なんでしょ」


 言葉に棘を感じるが、これ以上話してもなんにもならない。

 大人しく上に向かうことにした。


 階段は、ユエの部屋のコンテナを仕切って設置されている。上っていくと、キッチン兼用の食堂に出た。


 突貫工事のくせに、わりと内装は清潔にしてある。壁紙もはってあるし、テーブルも装飾付きの本格的なものだ。キッチンだってステンレス製で、オーブンやら換気扇やらも備え付けてある。ジグンの奴は、住居用のコンテナを購入したのかも知れない。


 だが、なにより目を引いたのは、キッチンにしゃがみ込み、調理器具を点検するフィクスの姿だった。


「ご主人様、どうかなさいましたか?」


 流煌は小柄だった。フィクスもユエより背が低く、その服装は黒のワンピースと白いエプロンという、メイド服を思わせる組み合わせだった。地味で貞淑な雰囲気が本当に似合う。ユエの差し金だろう。


 顔は、やはり流煌とそっくりだ。人格の変わった本人だから、当たり前なのだが。


「お前、もしかして料理とか家事とか」


「ひととおり可能な様ですね。前のご主人様の所で教えていただいたのかも知れません。どうしました?」


「あ、いや……」


 俺は口ごもってしまった。流煌は料理がとにかく下手だったのだ。というか食生活がわりと崩壊していた。栄養保存食のロリーメイド一本で、半分徹夜しながら飛行機の模型をいじってることもざらだった。


 フィクスはというと、エプロンドレス姿でキッチンの様子を確かめていることから、恐らくまずまずの腕があるのだろう。


「夕食はいかがなさいますか? ユエ様はザベル様のお店で召し上がる様ですが」


「そうだな。とりあえず、お前はここに住むんでいいのか」


 俺がそう尋ねると、フィクスはドレスのすそをつまんで、丁寧に礼をした。


「ご主人様が、そう命令されるのであれば」


 主体性のなさにいら立つが、記憶を消された元下僕とはこういうものなのだろう。


「……分かった、住め。飯はやっぱり食いに行こう。おごるけど支度はあるか?」


「少しだけ。申し訳ありません」


「いいよ。気にすんな」


 部屋に入っていくフィクスの背中を見守り、換気扇の近くまで行って、煙草を取り出す。俺の方が気を使っている気がする。


 火をつけようとしたところで、フィクスが出てきた。一本吸う暇はなかったか。


「お待たせ致しました。参りましょう」


 先に立って歩くフィクスの後ろ。結い上げた髪の毛を止めているのは、いつか俺が流煌に送った翼の髪飾りだった。


「お前、その髪飾りは」


「ああ。この髪飾りですか。奴隷となるとき頂いた装身具の一つです」


 なんてことのないように言うフィクス。キズアトの奴が残してたのか。俺の痕跡は全て消されたと思っていたが、なぜだろうか。


「髪の毛もまとめていない奴隷が店に入れば、ご主人様の名誉にかかわります。参りましょう」


「ああ……」


 紛争が始まる前、ポート・ノゾミで知り合った流煌に俺が送った翼の髪飾り。それ以来、俺と会うときはずっとつけてくれていた、あの髪飾り。


 フィクスはなぜ、選んだのだろう。


 あえて身に着けているのだろうか。

 もうなにも、戻りやしないというのに。

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