5増えたコンテナ


 結局他にいい案は浮かばず、とりあえずということでフィクスとユエがしばらく俺の家に滞在することになってしまった。それで会議は終わり、一日の勤務となった。


 俺一人が住むので一杯のあんな場所に、女を二人も住ませられるかと思ったが、その点に関してたずねると、ユエは意味ありげに笑っただけだった。


 その日の仕事明けの夕刻、俺が家に帰ると、二台のトレーラーと、ドラゴンピープル、ゴブリン達が集まっていた。

 ザベルの食堂から子供たちが公園の方にでてきて、作業を見守っている。


 俺の家が、四つに増えていた。俺が住んでいるコンテナの隣に一つ、その両方の上に一つずつ、真新しいコンテナが運び込まれているのだ。


 なんなんだこれは。俺はツナギ姿で安全ヘルメットをかぶった、親方らしいゴブリンに駆け寄った。


「よーし、時間通りだなあ。ご苦労さん」


 ツナギ姿のこいつは、見たことがある。テーブルズのゴブリン代表議員だ。名前は確かジグン、そうジグンだ。


「おい、ジグン。これは一体どういうことだ」


「あれ? ああ、断罪者の旦那、ご心配なく、もう撤収しますからすぐに家でお休みになれますよ。おーい! 今日は直帰でいいからな」


 その言葉通り、作業が終わったのか、ゴブリン達はハイエースに分かれて乗り込む。一部はザベルの店にそのまま入っていった。ドラゴンピープル達は空中を目指して羽ばたき始め、舞い上がるほこりがうっとうしい。


「いやー、俺の腕を見込んでって言うから、どういう依頼かと思ったら、たまたま公会のない日で助かりましたよ」


 ジグンはギーマとはまったく違い、正統な方法で島に居るゴブリン達をまとめて信頼を得ている。紛争初期に島に来たが、ゴブリン独特の前向きな性格で、アグロスの建築土木技術を学び、それを他のゴブリンに教え、仲間を集めて建築会社のようなものを作った。


 今では島に出てくるゴブリン達だけでなく、ダークエルフやドラゴンピープルのような他種族に対しても、仕事を回して島での暮らしを助けている。


 ドラゴンピープルの羽ばたきで、俺の声が聞こえなかったのか。ジグンは手を伸ばして俺の肩を叩いた。


「しっかし、硝煙の末姫と、ハーレムズの奴隷と同居ってのは、旦那も隅におけませんねえ。ガキの外見で固定されたっていうけど、16歳なんてのは、あっちの方が一番すげえ年齢でしょう。俺なんかもう30になるし、カカアは同い年で、ガキもこさえちまったから、ホープ・ストリートにも簡単にはいけねえんで……へへ」


 言葉の内容はこの際置いておく。だが、とんでもない誤解をされているんじゃないのか。何か言おうとした俺をさえぎり、ジグンは両手をひらひらさせる。


「……ああ、ご心配なく。テーブルズでガタガタ言う気はありやせんからね。断罪者はほとんど毎日、ドンパチやってんでしょう。この間のバルゴ・ブルヌスとひと月かけて真っ向勝負なんて、誰もまともにやろうとは思いませんよ。あれだけ頑張ってんだから、平和なときに多少やんちゃしても、罰は当たらねえと思いますがね」


 ジグンが意外と好意的だったことに驚く。テーブルズでは断罪者の解散動議に賛成することも多いのだが。


 違う。俺がとんでもないハーレム野郎みたいになっているんじゃないのか。


 弁解する暇もなく、ジグンは他のゴブリンに呼ばれ、ハイエースに乗り込んでしまった。


 呆然とする俺を残して、ジグンたちは潮が引くようにいなくなった。


 家に入ってみると、確かに俺のコンテナの壁がぶち抜かれてドアと窓がつけられ、隣のコンテナにつながっている。しかも、隣のコンテナの天井もぶち抜かれ、らせん状の木製の階段になっていた。


 上がって確かめると、追加されたうちの一つは、キッチン兼用の食堂になっており、残り二つにも、ベッドやクローゼット、狭いながらシャワー室やトイレまでついている。上下水道や電気などもすでに工事済みだった。


 片方がフィクス、片方がユエ用の住居なのだろうか。確かに住めないことはない、というか島に出てきたばかりの奴ら向けの木賃宿なんかよりよっぽど上等だ。


 だがこの規模、日ノ本なら軽く数百万イェン以上、この島でも数十万イェンはかかるほどの工事だ。ルドーに直すとこの二倍くらいになる。一体誰が代金を支払うというのか。


 呆然としていると、一台の車が公園前に停車した。紛争初期の略奪品だろうが、よく手入れがされた、マーチだった。


 後部ドアが開き、降りてきたのはユエと手錠でつながったフィクスだった。

 ユエはキャスターつきのバッグに入った荷物を引っ張り出すと、運転席に向かい手を振った。


「ありがとう、マヤ姉さま。あ、騎士くん、今日からお世話になるからよろしくね」


 どこから突っ込めばいいのか。


 マヤだと。確かにパワーウィンドウの下では、テーブルズのマヤ・アキノがハンドルを握っている。こいつ、いつの間に車の運転を覚えたんだ。


 今日はテーブルズの議会がない日だからか、マヤはアグロスふうの服をまとっている。車の運転のためか、スニーカーにジーンズ、カーディガンとわりとラフだ。なかなか似合っている遮光用のサングラスを上げ、ユエに向かって目を細める。


「あなた、一人暮らしなんて本当にできるの? 仮にもかの偉大なる父王の娘が付き人の一人も付けず、こんな兎の穴のような場所で」


「兎の穴で悪かったな」


 腕組みをしながらそう言うと、マヤはびくっと肩を震わせた。


「に、丹沢騎士。なぜここに。油断しましたわ、ユエを送るだけだと思ったのに……」


 きょろきょろしながら、手鏡を取り出し、化粧やらなにやらチェックし始めるマヤ。隣にいるいつものおつきの騎士は、なにやら頭を抱えている。


「いや、そんな気にすんなよ、いちいち化粧とか直さなくても」


「それは私など初めから眼中にないと……!?」


 がっくりとうなだれたマヤを気遣い、助手席の護衛騎士、いかつい金髪の男ザルアが目をつり上げる。


「貴様、マヤ様を」


「してねえだろ。つーかお前も意外とポロシャツ似合うな。そうしてるとメリゴンの映画に出てくる学生のカップルみたいだ」


 ベレッタのM92Fなんて拳銃を腰から下げていると、ますますメリゴンの若者に見える。


「……見え透いたおべっかだ。そんな策略には乗らんぞ」


 そうは言いながら、ザルアの勢いは大幅に削がれている。


 マヤがため息をつきながら、俺に言った。


「とにかく、確かに妹は送り届けましたわ。妾腹の末子とはいえ、仮にも崖の上の王国の偉大なる王の子ですからね。間違いが起こっても、彼女の問題ではありますが、とにかく起こさないように!」


 なにか、意味が通らないことを言ってないか。結局いいのか悪いのか。


 マヤを見送ると、俺はため息をついて部屋へと入った。

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