十一章~悲哀と憤怒のカジモド~

1半竜人が遊ぶ


 禍神の事件を経て、崖の上の王国は、名もなき人間の国へと生まれ変わった。


 首都イスマを後にして丸一日。ようやくポート・ノゾミに帰り付いた俺達断罪者には休む暇などなかった。


 帰ってくるなり、マーケット・ノゾミとポート・キャンプから通報が入ったのだ。


 マーケット・ノゾミでは停泊していたくじら船への立てこもり事件。ポート・キャンプでは、アグロスとバンギアの混血者が暴れているという。


 マーケットの方にはクレールとガドゥとユエ、ギニョル。俺とフリスベルとスレインで、ポート・キャンプへと向かった。


 ポート・キャンプは元三呂空港の広大な敷地内に、やってきたバンギア人達が勝手に築き上げた雑多な住宅街だ。


 俺とフリスベルを背中に乗せたスレインは、警察署を出て、橋頭堡を越え、ポート・キャンプを目指した。


 ポート・キャンプはくじら船の爆破事件で、大波をかぶり、死者こそ出てはいないものの、建物が破壊された。が、もうかなり復興している。自衛軍が手を貸したことも大きいが、住民にはかなりのバイタリティがあるらしい。


 島同士をつなぐ橋の上空まで来ると、ゴブリンの作ったガレキとトタンの家、エルフの住む大木の家、バラックにテントなどが、ごちゃごちゃと建ち並んでいる様が見えた。


 ちゃっかりプロパンガスのケースまで並んでやがる。アグロスから仕入れたのだろうか。元空港を奪い取っただけあって、上下水道も完備されている。あれで結構清潔なのだ。


 やって来る奴が尽きないわけだ。


「なんかまた賑やかになってないか」


「本当ですね」


 俺の背にしがみつきながら、ポート・キャンプをじっと見つめるフリスベル。スレインが首を回して俺達を振り返った。


「騎士よ、勘が鈍ったか。あれは賑やかなんじゃない。あそこで暴れているのだ」


「……そういうことか」


 スレインの言う通りだ。良く見ると、クリフトップの中央で、テントをひっくり返し、エルフや悪魔をつかみ上げて叩き付けている奴らが三人ほどいる。


 なんて力だ。見た所普通の人間らしいのに。


「通報では、『カジモド』って言っていましたね」


 カジモドってのは、バンギアとアグロスの混血者を嘲る呼び名だ。親に捨てられ、悪人の手先になることの多い混血者を恐ろしがって、犠牲者はせめてもの抵抗に出来損ないを意味するその名で呼ぶ。


「あの力、それがし達とアグロスの者達との混血だな。銃も効かん様だ」 


 厄介だな。スレインのようなドラゴンピープルとの混血者は、一見人間の体に規格外の力と防御力を持つ。スレインの娘のドロテアからして、巨大戦斧の灰喰らいを振り回し、鱗のある部分なら銃弾も効かない。


「やっぱり氷の現象魔法ですよね」


 フリスベルが杖を握る。その通りで、ドラゴンピープルの性質を残す連中は、同じように現象魔法に弱いのだ。ドロテアが暴れたときも、フリスベルは吹雪を起こして気絶させた。


「だが連中もそれが分かっているらしいな」


「そうだな。うまいこと立ち回ってるぜ」


 抵抗してる側にもエルフや人間の魔術師が居る。だが、杖をかかげて魔力を集めようとした瞬間に、ガレキ片を投げつけられたり、伸ばした尾で杖を弾かれ、締め上げられてしまっている。


 だいぶ近づいてきた。まだこちらには気づかれていないと思うが。


「何が理由で暴れてるんだ」


「そのあたりも含めて、捕らえて調べてみなければな。騎士はそれがしと共に来い」


「ああ……」


 スライドを引いて、M97に散弾を装填する。俺の筋力は普通の人間ばりだ。ドラゴンハーフの連中相手に、こいつでどこまでやれるか。


「私は先に下りますね……お二人が引き付けている間に、現象魔法を準備しておきます」


 フリスベルが俺の肩につかまって立ち上がる。マントの裾と金色の髪が、吹いてくる風になびいている。


 こいつも銃は持ってるが、9ミリより口径の小さいベスト・ポケットでは連中相手に効果は小さい。少女の姿から成長しないローエルフで、俺より力も弱い以上、格闘をやる必要はない。


 スレインが高度を下げ、滑空に入った。ポート・キャンプの建物が近づいてくる。俺達に気付いた住人が、『断罪者だ!』と叫んでいた。


 しかし、あのばかでかい禍神とやり合って、次の日にまた命がけの断罪か。

 つくづく断罪者ってのは、命がいくつあっても足りない。


「騎士さん、ユエさんのためにも、無事に帰ってあげてくださいね」


 そう言って、ひょいと飛び降りたフリスベル。落差は3メートルほど。テントの幌に着地すると、建物の間に紛れた。


「いや、あいつのことは、まあ……」


「騎士、気を付けろ。それがし達も参るぞ!」


「分かってるよ!」


 ユエ、ユエか。とうとう手を出しちまった末姫様。


 金色の髪に素晴らしい胸、真っ白な肌、滑らかな指の感触を想像しそうになるのを打消し、俺はM97を強く握った。今は断罪に集中しなければ。


 がらくたや、布きれ、砂ぼこりを吹き飛ばし、スレインの巨体が乱闘の中央へと着陸する。その場の全員が俺達を見つめて固まった。


 俺のコートには、バンギアの正義の象徴である真っ赤な火竜の紋。

 そしてスレインは赤鱗を持つ、火竜そのものだ。


 不正発砲に傷害、殺人の未遂、秩序の紊乱。この広場を取り巻き、乱闘していた十数人が、断罪法を犯している。


「それがしは断罪者スレイン! 通報によって馳せ参じた。お前達は断罪法に違反している! 今すぐ武器を捨て、投降しろ!」


 スレインの咆哮に、縮み上がった吸血鬼やゴブリンが銃を捨てて手を挙げた。


 だが、右の屋根に杖を構えたハイエルフが居やがる。


「おい、杖は武器じゃねえってか! 頭を吹っ飛ばされん内に捨てやがれ!」


 M97を向けてやると、そのハイエルフも魔力を集中させるのをやめ、足元に杖を落とした。


 全員が不満げに俺達をにらみつけている。しかし、スレイン相手に抵抗するつもりもないらしい。とりあえず何人か見繕って警察署で事情を聞くか。


 そう思ったのだが。


「が、あぁ……」


 うめき声が聞こえる。スレインの足元に居るハイエルフだ。ドラゴンハーフの少年に首元を締め上げられている。


 乱闘の中心。ドラゴンハーフたちだった。スレインから見て、右脇に一人、正面に二人。


 赤と青の髪の毛をした、一見人間に見える少年たちだ。右脇の奴は、尾でハイエルフの喉を締め上げ、足元にゴブリンを踏んづけている。

 正面の一人目は、鋭い歯で自分に向けられたウィンチェスターライフルの銃身を噛み千切り、もう一人はガソリン式の発電機を頭上にかかげ、今にも近くの悪魔に叩き付けんばかりだった。


 スレインが右脇の赤髪を見下ろす。


「聞こえなかったのか、放せと言っただろう。断罪されたいのか」


 自衛軍の兵士でもびびる迫力だが、少年はハイエルフを離さなかった。

 歯を見せて、にいっと笑うと、足元のゴブリンを蹴り転がし、ハイエルフを尻尾で投げ捨てた。


「やってみろや、赤鱗のオッサン。おい、断罪者がどんだけのもんか、ちょっと遊んでやろうぜ!」


「そう来なくちゃなあっ!」


 赤髪の少年に呼応して、残りの二人もライフルと発電機を捨てた。


 こいつら、やるってのか。俺はスレインの背を飛び降りた。4メートルの巨体が暴れられたら、吹っ飛ばされちまう。下僕にされかかった俺は怪我の治りが早いが、首の骨でも折ったら即死だ。


「現行犯だ、断罪させてもらうぞ!」


 スレインが盾のような足を上げて、赤髪めがけて踏み付ける。

 だが赤髪はするりとくぐると、身を縮めてスレインの足の間を抜け、背後から飛び乗った。


「へっ、飛び回って人を見下しやがって、気分が悪いぜ!」


「うぐっ……!」


 黒い鱗の生えた腕が、翼の骨の間に張った翼膜を引き裂く。あそこは確かに、ドラゴンピープルの体の中で最も弱い部分。しかし素手でどうこうなるわけがないのに。ドラゴンハーフの力は大したものだ。


「スレイン!」


「おい、クソガキ、こっち見ろよ!」


 なんだと。なりは16歳でも、俺は23歳だ。言ってる場合じゃない。スレインに気を取られていた俺の目の前に、青い髪のドラゴンハーフが迫る。


「ははっ!」


「ぐ……!」


 叩きつけられた掌を、M97の銃身で受ける。

 まるで機械のような力だ。人間が多少体を鍛えた程度のレベルではない。


「おおりゃあっ!」


 紙きれのように弾き飛ばされ、屋台に叩きつけられた。3メートルは飛ばされちまった。


 頭を切ったか、目に血がにじむ。霞む視界の中、相手はまた突っ込んでくる。もうガキだとか言ってられない。俺はM97を構えた。狙いは鱗のない腹だ。


 銃声と共に散弾が飛び出す。命中し、ポロシャツが裂けたが、構わず突っ込んできやがる。よく見れば鱗に覆われた尻尾で腹を守っていたらしい。


 まずい、今度は防げない。


「イ・コーム・ヴァイン・オグ・フリス!」


 高らかな声と共に、俺の眼前に現れたのは透明な氷のつた。

 勢い込んで走ってきた相手は、足を取られて転んだ。


 氷のつたは、ドラゴンハーフの全身に絡みついていく。抵抗しようとするものの、強烈な冷気が意識を奪っていくらしい。


「うげっ……く、そ、現象、まほ、う……」


 尾で自分を抱え、目を閉じてしまった少年。本当に助かった。

 俺はうめきながら体を起こした。


 スレインはどうなったかと見やる。

 なるほど、クソガキなんぞ問題にならなかった。


「う、うわあ、ゆ、許してくれよ、あんなのほんの挨拶だろ、なっ?」


 巨大な手に胴体を抑えられ、じたばたともがくドラゴンハーフ。

 スレインはその耳元に顔を近づけ、牙を剥き出した。


「挨拶されたら、同じ挨拶を返すのが礼儀だな。お前に翼はないから、この尻尾でも引き抜いてやろうか。それがし達の性質を持つなら、また生えて来るだろう」


 左手が尻尾をつかんだ。本当に引き抜けるらしい。少年の顔が恐怖に歪んだ。


「ひいっ、か、勘弁してくれよう……」


 怯えきってやがる。こうなると本当にただのガキだ。


 俺は身体を起こした。もう一人は逃げちまったらしい。


 改めて周囲を確かめてみる。建物や屋台が派手にひっくり返されているが、どうやら死んじまった奴は居ないか。


「大丈夫ですか、二人とも」


 フリスベルがこっちに走ってくる。騒動は終わったらしいが。


 とにかく、事情を確かめないことにはらちが明かない。

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