2とりあえずの終息
二人のドラゴンハーフは、フリスベルの現象魔法で冷凍の魚のような状態で眠らされ、スレインに抱えられて警察署に運ばれた。
スレインが発つと、俺とフリスベルは事態の収拾にかかった。
俺は現場の保存と調査及び聞き込み。
フリスベルも魔法による現場の保存だ。
「イ・コーム・ハービィ・ウジュ!」
突き立てた杖から、魔力が地面を辿る。見た感じ乱闘の被害が及んでいる一帯に、分厚い茂みがはびこって、壁のように出入りをふさいだ。
乱闘で被害のあった箇所は、だいたい終わった。
「ありがとよ。おい、痛い目にあった奴らは、うちのフリスベルに治してもらってくれ。マロホシの病院に行くよかいいだろ」
俺がそう言うと、病院代を節約するためか、群衆が一気に殺到した。というか、作業中のちょっとした怪我まで、診せに来てないか。
対応におわれるフリスベルはひとまずそのままに、俺は茂みの中へと踏み込んだ。
デジカメで写真を撮りながら、被害の様子を調べてみる。
鍋がひっくり返り、立てかけてあった材木が倒れ、コンクリートはあたりにぶちまけられていた。アスファルトの袋も引き裂かれている。
後は軽トラも横転させられて、タイヤがずたずたにされていた。四輪全てホイールが無理矢理引き抜かれ、走れなくされている。こうなると修理は困難だ。
ポート・ノゾミは中古車の輸出入を行う拠点ではあったが、紛争から七年でバンギア人が適当に使いまくっているせいで、パーツも車も貴重品だ。新車はGSUMのキズアトの奴が、表の顔であるミーナス・スワンプの名前を使って手に入れてくるものがさらに転売されるため、ひどい値段になる。
さておいて、あいつら道具を持ってなかったが、素手で軽トラックをここまで破壊するとは、さすがの腕力。俺も紙きれみたいに吹っ飛ばされたな。
「おいおいおい、どうなっちまってんだよ!」
「あ、社長危ないですよ、断罪者を妨害したら」
茂みががさがさと動いて、顔を出したのはゴブリンと男のローエルフだった。
こいつ、テーブルズのゴブリン代表のジグンだな。ユエの依頼で、俺のコンテナハウスを増築してくれたやつだ。
ジグンは構わず茂みを乗り越えると、俺を無視して周囲の惨状を見回し、頭を抱えた。
「ああ、なんなんだこりゃ! 軽トラがおしゃかじゃねえか。工期に間に合わねえ、足が出ちまうぜ。あ、断罪者の旦那、どうなってんです。夕方には向こうに発たなきゃいけねえってのに」
「俺が聞きたいよ。ここはお前の会社と関係あるのか?」
「そりゃあもう! ここに資材と人集めて、明日の夕方の便で、大陸に渡るつもりだったんでさあ! ほら、新しい国ができたでしょう。あそこからの注文で、道路工事の仕事が入ってんですよ。街道を延伸して、あっちこちにあるアグロスの奴らが作った基地やら鉱山やらつないでいこうって話になってたんすから。ついでに復興の仕事もやれるだけ受けてやろうって、建材の仕入れをGSUMの連中に金払って頼んであるんですよ。来週にはモノが来るってのに。工事ができないんじゃなあ。量が多いし、マーケット・ノゾミでさばけるかなあ……」
禍神が消えて数日だが、もう動き出しているのか。あのギルド長どもは王族という蓋が取れた今、動きまくるんだろうが。
GSUMとの取引は禁制品に当たるが、まああの国を復興させるなら目をつぶってやるとするか。
ジグンから詳しい話を聞くと、どうやらこのあたりのテントなんかも、作業員の募集や面接、滞在に使う予定だったという。一帯はめちゃくちゃに破壊されて、それどころではない。
あのガキども、一見何も考えて無さそうだったが工事を妨害したかったのか。紛争から七年、バンギア人は徐々にアグロスの技術に慣れてきているとはいえ、まだジグンの率いる集団をのぞくと、アグロスの技術を使って大規模な工事が担える連中は居ない。
そのジグンが工期を遅らせれば、人間の国の復興や発展そのものが、大幅に遅れることになるのだ。
軽傷者が数人出て、遊び気分のいきがるガキが暴れただけかと思ったが。
裏に何かあるのだろうか。
考え込む俺に向かって、茂みの外からヤジめいた声が聞こえた。
「運が悪かったな、ゴブリンよ。あの馬鹿共は最近ここらをぶらぶらうろついていたんだ。適当に魚や果物を取っては、逗留して女をからかったりしていた。あまりに態度が悪いから注意したら、乱闘になってこのざまだ」
フリスベルから手当てを受けている男のハイエルフだった。
誰かは知らんが、見覚えがある。そう、俺達が来たとき、尻尾で首を締めあげられていた奴だ。
投げ飛ばされ、腕の骨を折られたらしい。フリスベルがその腕に生やした木で添え木を作って当て、治癒の魔法をかけている。その最中も、構わずまくし立てる。
「まったくなんと嘆かわしいことだ! カジモド共め。400年生きたが、あんな狂った連中がのさばるとは、もう世も末だ。こんな島は沈んでしまえばいいんだ。お前のごときローエルフが、断罪者などとのさばるのも、7年前から世界が狂ってしまったからだ」
前に断罪した長老会のレグリムみたいなこと言ってやがる。見た目はあれほどの年齢じゃないんだろうが。訂正する奴が居ないところを見ると、嘘じゃないのだろうか。
フリスベルの様子は気になったが、平然としたものだ。穏やかにほほ笑んで手当てを終えた。
「まあ、そうおっしゃらないでください。……治りましたよ。2、3日動かさないでくださいね」
フリスベルに言われて、ハイエルフは満足げに拳を握る。
「おお、もうか。確かに良い腕をしているな。おかげで、また海に出られるよ。感心なローエルフだ。まだ若いのか。知り合いのローエルフの息子が森に戻って樵をしているが、どうだね。女性の身で銃を振り回すなど物騒だろう」
「いいえ、まだそういうわけには……この島には、私が戦わなければならないことがたくさんあるんです」
「そうか……いや、断罪者というのは、存外捨てたものではないな。ありがとう」
男は礼を言うと、雑踏の方向に消えていく。呼び止めてみようかと思ったが、俺の手を取ったのはジグンだった。
「なあ旦那、どうにかならねえんですかい。ホケンってのはまだねえけど、こんなのひでえや。あの人間の国はこの先伸びますよ。恩を売っとくことはこの島の損になりやせんし、あっしの会社だって、真面目な方法で、この島のケイザイを支えてるんだ。あっしらの工事のためにテーブルズの予算を動かすよう、ギニョルの姐さんを説得してくれませんかね。お姫さんでもいいや」
困ったな。断罪者といっても金のことは専門外だ。
「いや、そういうわけにもいかねーよ。大体、ユエの方はもうあの国と完全に切れちまってるんだ。どうしてもっていうんなら、公会で提案すりゃいいじゃねえか。お前議員代表なんだろ。ゴブリンの議員は賛成してくれるだろ」
「無体なことをおっしゃいますねえ。あっしの会社を利するだけの予算なんて、あの堅物のドーリグやら、アグロス人の山本やら、クソ真面目なワジグルが許すはずねえでしょう。ギニョルの姐さんなら、そのへんも何とかしてくれるに違いねえんだ」
それは間違ってないが、俺がギニョルを動かせると思うのは、間違いだ。
大体、まだ立てこもり事件の方が解決してないっていうのに、悠長にそんな提案しようものならぶっ飛ばされちまう。
「ちょっと難しいなあ。それよか、関係者じゃねえならしばらく離れてくれよ。まだ事情も聞いてないし、現場の検証も終わってねえんだ」
ジグンはがっくりと肩を落とし、茂みからはい出た。
「……分かりましたよ。まったく、ひでえことだ。カジモドってあんな奴らばっかりなのかねえ」
議員代表が使っていい言葉じゃないんだが、その心境も分かる気がした。
社長といえば聞こえはいいが、銃を前にしなくとも、色々な苦労があるらしい。
雑談の声に羽音が響く。
「騎士さん、ギニョルさんの使い魔ですよ」
フリスベルの声に振り向くと、やってきたのは、とんぼだった。オニヤンマを真っ黒くしたような奴だ。
がっしりと俺の肩に留まると、複眼が紫色に光る。俺はなぜ使い魔に好かれるんだろうか。
『騎士、フリスベル、そちらは終わったか?』
「そっちはどうなんだよ」
『問題なく片付いた。死者も出ておらん。というか、ちと予想外でな。そのへんも含めて一旦戻れ。後の検証は手伝いの職員に任せておけ。すぐに着く』
どうも要領を得ない。どういうことだろうか。
まあ、立てこもりなんて面倒な事件がどうにかなったのはいいが。
「すぐ行くが……ああ、切る前にちょっと待ってくれ」
『なんじゃ』
「ジグンの奴が工事のことで困ってるんだってよ。相談に乗ってやれないか。あいつの会社は、島の役に立ってるだろう。テーブルズの予算を回して欲しいって話だ」
『……また忙しいことが増えるか。まあ聞いてやろう。どうせ泣きついてくるじゃろうし、自衛軍とわずかなアグロス人を除いては、あやつらほどアグロスの建築技術を自在に扱える者はまだおらん。連中はこの島に必要じゃ』
警察署の修繕でも世話になったしな。
ほどなく、断罪者に従う助手たちが到着し、俺とフリスベルは彼らに現場を任せて警察署へ向かった。
思い返すと、この時点では、まだこの事件は厄介でもなんでもなかった。
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