3たずねて来た白竜

 警察署地下の拘置室。暴れ回った半竜人の二人は、低温になった檻の中で、とろんとした目でこちらを見ている。


 頭を取り巻くのは、クレールの蝕心魔法による魔力だ。


 助手のローエルフに代わって、杖をかざして氷の現象魔法を維持するフリスベル。俺もユエも、ギニョルもガドゥも、ついでに明り取りの窓からスレインが見守る中、ドラゴンハーフの少年に、クレールが尋ねる。


「では、あそこをうろついていたのは、そのラゴウというドラゴンハーフの提案なのだな?」


 青白く凍結した鉄格子のなか、虚ろになった目でドラゴンハーフが答える。


「……はい。いけすかない連中が居るって聞いて、採掘の仕事で小金を持ってたんだけど、ホープ・ストリートで遊んで無くなったから、絡んでくる奴でも殴って巻き上げてやろうかって。ポート・キャンプだと、やられた方が悪いみたいな空気があるから」


 チンピラそのものだな。まあ、こういう奴は珍しくないが。ホープレス・ストリートに行ってないあたり、ギャングになりたいなんて物騒な奴らでもないらしいが。


「ラゴウとはどこで出会った。付き合いは長いのか?」


「はい。俺達のリーダーです。俺とこいつは、今年で四歳なんですけど、気が付いたら親が居なくて、ラゴウが捕まえた女の人から育てられました。その後は戦場に乱入して、アグロスの人間を襲って銃やお金を奪ったりして、ラゴウの言うことを聞いてれば、楽しかったです」


 ドラゴンハーフが生まれたのは、みんな紛争以降。つまり六歳か七歳より年のいった奴は居ない。いくら成長が早いといっても、ラゴウという奴はずいぶんと老成しているものだ。


 証言を補足するように、クレールが言った。


「この子たちは嘘を言っていない。そのラゴウというドラゴンハーフと共に、戦場ではしゃいだ記憶も残っている。主にアグロス人を狙って、自衛軍に犠牲者を出し、イェンや武器弾薬を奪い、それを売りさばいて生計を立てていたようだ」


 なるほど。だったら、保護してやらなきゃ、朱里たちのように自衛軍から狙われるかも知れない。しかし、まあたいがい逞しいことだ。確かにアグロスの自衛軍はバンギアに侵攻したが、もはやどちらが被害者とかは無いな。


「もっとも、戦場でのことだから、自衛軍の方で被害を把握しているか分からないし、朱里と違ってこいつら自身は特殊な技能を持たないからな。あの将軍が動くとも思いにくいが」


 やりとりを聞いていたギニョルが、腕を組んで目を細めた。


「……自衛軍からこやつらについてクレームが出ることは考えにくい、か。こやつら自身、それ以降に接触した記憶もないか?」


「そのようだ。ただ、この間のキズアトの介入のようなことがない限りは、この警察署や監獄島に手を出される心配はないと思うけどね」


「それやったら全面戦争だからねー。日ノ本がまた介入して、それこそ全部めちゃくちゃになっちゃうよ」


 ユエの言う通り、たかが、戦場でのかっぱらいと巻き添え程度が、それほどのリスクを持たないだろう。少なくともあの将軍ならそこのリスクを測り間違えることはしない。


 まあ、島を通じて本土へと逃げ帰ったというヤスハラが、どう出て来るかは分からないのだが。


「で、結局何の罪になるんだよこいつら。暴れ回っただけだろ」


 ガドゥの言う通り、この分だと、単なる暴行に、建物の破壊。賠償金は軽くないが、禁固の期間も短くなる。


 逃げたラゴウは気になるし、ジグン達の工事が大幅に遅れそうなのは事実だから、軽い事件でもないのだが。


「どうだ、何にも分かんねえだろうが!」


「ここの奴らは誰もかれも、俺達を蔑んでやがるんだ!」


「ラゴウさんだけよ、私達を分かってくれるのは!」


 うるさく騒ぐのは、くじら船で立てこもりをやった連中だった。


 手前から順番に、悪魔と人間のハーフ、ゴブリンと人間のハーフ、そしてローエルフと人間のハーフだった。


 このほかに四人。どいつもこいつも年若いアグロスとバンギアのハーフばかりで、合計七人が捕まっていた。


 純血の種族との賃金、待遇の差を不満に思って、船長たちを監禁して交渉しようとしたらしい。ちなみにだがこいつらの船も、ジグンの工事の資材を運ぶ予定であり、徹底してあいつらには不幸が降りかかることになった。


 操身魔法や、現象魔法を使ううえ、銃も手に入れた連中ではあったが、戦い方はまるで素人だったらしい。


 くじら船の操舵室に立てこもったはいいが、ガドゥが放り込んだ魔道具と、ギニョルの放った使い魔で意識を逸らされたところを、クレールの狙撃で銃を吹っ飛ばされ、突入したユエの早撃ちで決着がついちまった。魔力不能者は魔力から気配を探るのが難しいため、魔法の得意なハーフたちでも接近に気づけなかった。


 しかし、あのユエが一人も撃ち殺していないとは。命を奪わなくとも、十分こっちの身を守れる程度の奴らだったというのか。


 クレールが蝕心魔法を切った。記憶は読み終わったらしい。


「……ラゴウという奴は気になるが、それ以上のことは出ないな。こいつらの罪状も、不正発砲と、秩序紊乱がせいぜいだよ。監獄に放り込んでも一、二年て所かな。ギニョル、どうするんだい?」


「そうじゃな、一週間ほどここに留め置いて調書を取り、それから監獄へ移送しよう」


「それがいいだろうな」


 俺はうなずく。他の奴らも特に反論はないらしい。ここに置くのは、あのラゴウというドラゴンハーフをおびき寄せるためでもある。


「では、自由捜査の者は行け。スレイン、スレイン?」


 明り取りの窓から顔が見えない。


 どうしたのかと思ったら、外から会話が聞こえてくる。


「これはこれは、……殿」


「いえ、そんな」


「……さい。きっと」


 断片的でどうにも分からないが、誰かと話をしているのだろうか。


 拘置室を出た俺達は、外へと急いだ。


 特に緊急の要件があるわけでもないが、気になる。


 スレインの会話の相手は、同族だった。

 それも、真っ白な鱗をした、神聖な雰囲気の漂う竜。


 スレインより二回りも小さいから、ドーリグのような男のドラゴンピープルよりもさらに小柄なのだろう。それでも俺達のような人間や悪魔からすれば見上げるようだが。


 恐らく女のドラゴンピープルだ。スレインと比べるとかなり細い首を回すと、優雅にこちらを振り向いた。


「うふふ……あら、皆さまおそろいでどうされましたか?」


 大きな口をにっと開けて微笑んで見せる。見た目は竜だが、どことなく女性っぽさがある。体も細いし、胸元もほんのりと膨らんでいる。


 こいつはかなり美人の部類なんじゃないか。

 ホープ・ストリートで見かける娼婦とかと比べても、雰囲気は健康的だし。


「んー、騎士くん、なーんか、変な事考えてない?」


 ユエが俺の肩を叩き、笑顔を向ける。背筋にぞわりと来る。美人と見るや、心の中で論評して印象を刻もうとするのが俺の癖。恋人としては面白くないんだろうな。ユエの前ではほどほどにしておこう。


 こいつからすれば、俺を打ち抜くなどたやすい。当然だが撃たれたら死んじまう。


 ギニョルがスレインに尋ねた。


「スレイン、こちらはもしや?」


「ああ。イェリサという。里では幼い頃、私と同じ里親の下で育った。まあ、妹のようなものだ」


 イェリサと呼ばれたドラゴンピープルは、翼を畳んで、丁寧にお辞儀をした。


「初めまして。私は、イェリサと申します。スレインがお世話になっておりますわ。断罪者の皆さま、天秤を守る者として、色々な者達と戦ってこられたそうで。種族を超えて戦い続ける皆さまには、私共ドラゴンピープルも一目置いております」


 ドーリグのような力強い連中しか知らなかったが、たおやかで品の良い女性も居た者だ。


「こちらこそ、美しき竜の人よ。僕はクレール・ビー・ボルン・フォン・ヘイトリッド。吸血鬼さ。幻の種族とされるあなた方の中でも、君のような麗しい方にお目にかかれて光栄だ」


「あらまあ、クレール様。ご評判通り、お上手ですこと」


 くすくすと笑う様は、なんとも平和で穏やか。イェリサは、そう、ザベルのところの祐樹先輩と同じような、心の温かくなる魅力を持っている。


 ギニョルや、ユエのような、引き金を引ける剣呑さは持っていない。ドラゴンピープルは戦士の種族というが、だからこそ、女たちはこんなふうに平和なのかも知れない。


「それで、イェリサとおっしゃったか。ここへはどのような用事で?」


「そうでしたわ。ギニョル様、この度捕らえらえたハーフ達のことで、あなたがたにお願いがあるのです。私が身元引受人になりますので、どうか彼らに今一度、更生の機会をお与え願えないでしょうか」


 更生、だと。

 にわかに俺達全員の表情が曇った。


 罪が軽いとはいえ、断罪の決定を覆すには、指揮権が必要だ。

 いや、それ以前にそうやすやすと断罪の決定を撤回はできない。


「イェリサ殿。なぜそのようなことを申される。彼らを知っているのか?」


 スレインに尋ねられ、イェリサは尻尾を丸めた。


「誠に申し訳ありません。彼らは私達の所を出た者達なのです。スレイン殿にはお知らせしておりませんが、私やほかのドラゴンピープルの間で、ハーフを引き取って世話をしていました。彼らはこの島だけに居るのではありません。人知れずバンギアで迷っている者達も居るのです」


「彼らの多くは親に捨てられ、カジモドと罵られ、世に出ても偏見にさらされています。放っておけば悪意に侵され、天秤を狂わすことになるでしょう。私達女は男たちほどの力を持ちません。しかし、強い力を持つ彼らを放置せず、愛情を注いで立ち上がらせることは、できると考えました」


 甘い考えではあるが、切って捨てることもできない。ザベルと同じような活動をしているということか。

 エフェメラの事件のとき、ギニョルが言っていた。未来に罪びとをうまないことも大事だと。


 フリスベルが進み出て、イェリサの白い手を握った。


「イェリサさん。それは素晴らしい活動です。監獄につながずとも、社会の中で反省の機会が与えられれば、彼らとて暴れ回ったりしないでしょう。ギニョルさん、何とかなりませんか?」


「……そう言われてもな。彼らが断罪法を犯したのは事実じゃ。軽いとはいえ、数か月から一年の禁固は免れまい。議員の代表がここにおれば、指揮権を使うことも考えられるが、おいそれとは」


 難しい顔のギニョルだが、ガドゥが詰め寄る。


「なあギニョル、お前悪魔の代表だろ。指揮権あるんじゃねえのか」


「わしは断罪者の長でもある。断罪者に関する議決では外れるし、指揮権の行使にも制限がある。誰ぞ他の者に当たってみるか」


 ハイエルフのワジグルは、恐らく不自然な存在であるハーフたちの役に立とうとはしないだろう。工事をさんざん邪魔されたゴブリンの代表のジグンが、協力するはずもないし。吸血鬼の代表や、人間代表の山本なら条件次第で動くかも知れないが、絶対面倒くさい恩を着せてくる。


「マヤはどうなんだろうな?」


「うーん、多分駄目じゃないかなあ。うちの国だと、まだハーフの人達の扱いはよくないし、肩入れする理由がないからねー」


 実の妹のユエが言うなら、仕方がないか。


 となると後は、ドラゴンピープルの代表ドーリグ。


 そう思い当たったときだ。南の空に大きな羽ばたきが聞こえる。


 警察署の前でたたずむ俺達に向かい、巨大な影がやってくる。


 緑の鱗に片翼。議員代表のドーリグを筆頭に、黒、白、黄色など、様々な色の鱗をたたえたドラゴンピープル達だった。


 炎を吐き、翼をはためかせ、砂ぼこりさえ立てながら巨体が次々に着陸する。


「イェリサ殿、この私、ドーリグ、ほか議員団、只今参上致しましたーっ!」


 圧倒的な迫力に、断罪者全員、引きつって動けない。全長4メートルのスレインは相当でかいが、ドーリグ達だって3メートルは超える大きさだ。


「まあ、もう来ていただけたのですね」


「御頼みとあらば、いつなりと」


 翼を畳んで、丁寧に頭を下げるドーリグ。尻尾の先で首元をなでられ、犬のようにうめいている。


「……ああ、すばらしい、素晴らしい。断罪者よ、すまぬが指揮権を発動させてもらうぞ。イェリサ殿、及ばずながら、あなたの天秤、このドーリグに守らせていただきたい」


「ありがとうございます。よろしいでしょうか、断罪者の方々?」


 いいかも何も、指揮権が発動されちまったら、俺達にはどうしようもない。


 どうも釈然としないが、断罪の予定だったハーフの連中は、全員解放され、イェリサが引き取ってしまった。


 帰っていく連中の背中を見守りながら、ギニョルは袖の下から使い魔を取り出す。


 蜘蛛だ。手の平くらいある、ハエトリグモの仲間。物陰に隠れながら、後を追っていく。


「……これでいい。ほかのものは予定通り、ラゴウというドラゴンハーフを探すのじゃ。スレイン、このようなことは二度とまかりならん。次は連中の手綱を取っておけ」


「すまなかった。イェリサと、ハーフたちには、少々事情があるが、そうも言っていられんな」


 次は逃がさない。


 次があればだが。


「これで終わりじゃ、ないよね」


 ユエのため息は、全員の気持ちを代弁していた。


 


 

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