4市場での遭遇

 ラゴウの罪状は、暴れてた奴らと同じで、暴行と秩序ちつじょ紊乱びんらん。GSUMや自衛軍が大人しくしているとはいえ、人数を割くのが妥当かどうかは正直分からない。


 ただ、ギニョルのことだから、何か考えがあるのだろう。


 それに俺も、恐らく他の断罪者もみんな、あの未熟なハーフたちの中で、唯一うまいこと逃げおおせたことが気になっていた。


 クレールが詳しく話した所によると、紛争中の略奪なんかもラゴウが提案して率先して行っていたらしい。ハーフたちをまとめて、悪事に加担させる程度のカリスマや能力があるのだ。


 もし、あの暴れっぷりになにか意図があるというなら、知っているのはラゴウだけだろう。


 だからギニョルはイェリサ達を使い魔に追わせて、俺とスレイン、それにフリスベルにラゴウの消息を探らせた。


 だが結果は、期待外れだった。ポート・キャンプに戻ってみたが、あの三人については最近バンギアから来たらしく、親しい知り合いも居なかったのだ。フリスベルが手当てをしたあのハイエルフには会えなかったが、あいつが言った通りのことしか分からなかった。


 マーケット・ノゾミでは船を封鎖した七人について聞きこんでもみたが、意外と仕事は真面目で、悪い評判がなかった。カジモドへの差別はまだひどく、確かに待遇に差はあったようだが、いきなりあんな大胆な真似をするようには思わないという意見まで出た。


 実際、不正発砲と、秩序を乱した罪以外には、けが人一人出ていない。


 やはり鍵はラゴウなのか。しかしその行方が全く分からない。


 聞き込みを繰り返していると、夕闇が迫ってきた。この事件、気にはなるがまだそれほど緊急のことでもない。


 くじら船を出て、雑踏の中にたたずんでいると、ギニョルの使い魔が飛んできて、俺の肩に留まった。また黒いオニヤンマの化け物だ。いい加減慣れはしたが。


 使い魔の目が光る。


『守備はどうじゃ?』


「だめだな」


 スレインもフリスベルも、俺の一言に付け加えることはないらしい。使い魔の向こうでギニョルがうなる声が聞こえた。


『……ならばもうよい。お前達三人とユエはそのまま休息に入れ。夜はわしとクレールとガドゥでまわす』


「それはありがたいが、本当にいいのか」


 スレインに尋ねられ、使い魔越しにギニョルが答える。


『休めるときに休むのも重要じゃ。特に騎士とフリスベルとユエは、あちらに出ずっぱりだったであろう。きちんと寝ておけ。それにスレイン、お前も、人の減ったこの島の警備と、あちらへ行ったせいで長く家に帰っておらんのであろうが』


 スレインは断罪者で唯一の既婚者であり、この島のガンショップに妻と娘が居る。ギニョルの気遣いはありがたいのだろう。


「すまない。では、甘えさせてもらおうか」


『うむ。よく休んでおけ』


 粋なことをする悪魔だ。


 お言葉に甘えて、俺達は解散。フリスベルは島へ、俺はコンテナハウスに戻った。


 フィクスが来たときの件で、ひとつだけだったコンテナハウスは、俺とユエの二人が住めるようにしてあった。


 俺が帰り着くと、すでに明かりが付いている。

 そういえば、もう一人じゃないんだった。


「ただいま」


 扉を開けると、明るい声が返ってくる。


「あ、お帰りなさーい」


 見張塔でとうとう色々とあったユエだ。長い金髪を髪留めでくくり、ブラウス一枚で真っ白な脚を剥き出しにして、椅子に座っている。


 そこまでやる気満々で俺を迎えてくれるのかと思ったら、机の上には金属部品が並べてあった。


 銃の手入れか。そういえばユエの方は大陸に渡って以来、各地を転戦していた。製錬所の解放や王の騎士団との対峙、さらには禍神との戦いまで、普通の事件の何倍撃ったか気が知れない。


 なんかこう、せっかくだし、『ご飯にします、お風呂にします、それとも……』みたいなやり取りが欲しかった気がするが。


 ちょっとがっかりした俺の顔に気づいたのか。ユエはにやりと笑った。


 机の引き出しを開け、空薬莢を摘みだすと、机の上に並べていく。


「さあて、騎士くーん。9ミリパラベラムがいい? ロングコルトがいい? それとも、バックショットにする?」


 机に並ぶそれぞれ形状の違った空薬莢。対応する無煙火薬や黒色火薬を入れ、弾頭をセットして雷管をつければ完成品の弾薬となる。


 リロードツ―ルという専用の装置が必要だが、俺もユエも材料さえあれば弾薬の作成はできる。


 しかし、正直もうしばらく、火薬は見たくない。大陸では一生分は銃声を聞いた。

 黙ってユエの距離を詰め、コートも脱がずにその手を取って、自分の頬に当てた。


「……お前がいい」


 そう言ってじいっと見つめる。ユエは少しだけ息を吐いて、同じように俺を覗きこんだ。抱き合った感触が蘇ってくる。じわじわといろんなものが高まる。


 扉の鍵を確かめたい。


 しばらくお互いを見つめ合っていたが、やがてユエがため息を吐いた。


「もう……嬉しいけど、さすがに今日は休もうよ」


「だよな。飯でも作るか。何か買ってこようか」


「あ、待って待って。私も一緒に行きたい」


 立ち上がって腕にしがみ付いてくる。これほど柔らかかっただろうか。

 鼻の下を伸ばさないようにしながら、たずねた。


「お前、銃はどうするんだ?」


 問われたユエは、引き出しを開け、なんとSAAをもう一つ取り出した。脇のホルスターに入れる。二丁あったのか。腰のガンベルトには、作成したロングコルト弾を三十ほど詰めた。


「……こんな感じ。何かあったら守ってあげる」


「頼もしいな。じゃ、いっちょ頑張って作りますか。断罪者の前は、あのザベルに料理仕込んでもらったんだ。リクエストには答えるぜ」


「わーい、じゃオムライスがいい」


 腕をまくった俺に、子供のように喜ぶユエ。


 そういやまだ十九歳だったな。


 こんななのに、銃の腕も、あっちの方も、スイッチが入ると凄まじいことになるのが魅力的だ。


 断罪者とはいっても、これくらいの余裕があってもいいのかも知れない。



 俺とユエはタンデムでバイクを駆り、マーケット・ノゾミへと向かった。

 辺りはすっかり暗くなっており、奥の方では怪しげなテントも相変わらず建てられていた。ストリップや決闘ショーなんかがやられてるんだろう。フィクスの件で奴隷商をひとつ潰したが、それくらいではへこたれないのがこの島の連中なのだ。


 だが今夜は非番だ。俺とユエはバイクにロックをかけると、その手前の一般の市場へと向かった。


 ポート・ノゾミのスーパーやコンビニの類は紛争中に略奪され尽くして一切営業していない。代わりになるのが、あらゆる物資が経由する、人工島北東部のこのマーケット・ノゾミというこの大きな市場だ。


 食料品に日用品、建材に車やバイクのパーツ、銃器類、魔道具、野菜の種などなど。全体的に質は落ちるが、バンギアとアグロスのものをここまで多種多様に販売しているのは、両世界の境界にあるこの市場しかないだろう。


 夜は吸血鬼と悪魔の時間。俺とユエが歩く通りでは、使い魔の瓶詰や、得体の知れない実験器具などが並べられている。食材もクレールやギニョルの好むダークランドのものがメインだ。


 黒や深緑、赤紫などの暗いトーンの野菜や果物。鉄製の檻の中では、ヒクイドリと似た、目つきの悪い黒ニワトリが、がしがしと鉄格子を蹴っている。麻袋の中でなにやらがさごそ動き回るのは、恐らく闇トカゲの特大のやつだ。本来ダークランドの沼地にしか居ないのだが、最近養殖に成功したという。


 ザベルはここいらにある見慣れない食材を使う料理を、たくさん教えてくれた。見てくれは悪いが結構食えるのだ。


「さあ、どのへんがいい?」


 ちょっと意地悪く聞いてやったが、ユエが動じた様子はない。普通のバンギアの人間は、馴染みのない食い物なはずなんだが。


「そうだなあ。あ、トカゲ食べたい。紛争中に悪魔の人達に焼いてもらったんだ」


 そういやこいつ、王国だけじゃなくあっちこっち転戦してたんだった。やっぱりたくましい。


「闇トカゲか。精力剤にもなるぜ」


「ますますいいじゃなーい、うふふ」


 拒んだくせに、これみよがしにしがみ付いてきやがる。細い腰に滑らかな手、そして何より極上の胸。人の中なのにくらくらする色気だ。


 野菜やとかげを売ってる男の吸血鬼は、いらついた様子で俺を眺める。

 貧乳気味の女の吸血鬼は、ユエと自分の胸を見比べていた。


 全員顔は恐ろしい美形だが、体の成長は結構違うのか。


 くだらないことを考えてないで、とっと買っちまおう。トカゲを売ってる屋台の店主は男の吸血鬼だ。


「なあ、その闇トカゲくれないか。後、黒ムギと、しょうがも」


「おのれ、下僕半め……雄のトカゲを食ってどうするつもりだ。断罪者でなければ、その女をもらい受けるものを」


「いや、売れよ。俺は客だぞ。あと下手したら撃ち殺されるぞお前」


 あから様に嫌な顔をしていたが、千イェンの札を出すと、吸血鬼は出刃包丁を大きくしたようなナイフを取り出す。八十センチほどあるトカゲの首筋を切って血を抜くと、手早く解体していく。


 数分と経たぬうちに、トカゲは革を綺麗に剥がれ、テールや両手足、胴体や頬の肉になってしまった。さすがの腕前だ。この界隈は競争も激しいのか、素人みたいな奴らは商売を続けられない。


 経木で包んだ肉を、買い物かごに入れてくれる。


「毎度あり……せいぜい、美味に頂いてやれ。その女もな」


「セクハラだよー」


「ありがとよ。煙草どうだ?」


 二本だけ吸ったピースの箱を出すと、吸血鬼はにっと唇を歪めた。赤い瞳の雰囲気が和らぐ。


「話の分かるやつだな。ザベルにもよろしく言っておいてくれ」


「おうよ」


 ただの買い物も楽しいもんだ。


 バイクに戻ろうと市場に背中を向けたときだった。


 雑踏の向こうで物音がした。荷物を乱雑に積んだとかじゃない。人が弾き飛ばされた音だ。


 ユエが動物のように駆け出す。

 仕方ねえか。


「持っててくれ!」


「忙しないものだな、断罪者よ」


 吸血鬼に肉を預けると、後を追う。警棒くらい持って帰るんだった。


 ユエに続いて人込みをかき分け、市場の中心に辿り着く。


 まさかの光景だった。


 銃を向けているのは、自衛軍の小銃小隊。


 それに対して、黒い髪の少年をかばい、真っ赤な瞳孔を燃やして睨み付けているのは。


「ドロテア……」


 スレインと珠里の娘のドラゴンハーフ。火は吐けないまでも、ドラゴンピープルばりの力と、9ミリパラベラムすらはじき返す頑丈な鱗を持つ、ガンスミスだ。


 しかし自衛軍とは。丸腰でやりあえる相手じゃないぞ。

 


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