17正義と美に挑め

 こういうとき、議員でない俺には、成り行きを見守ることしかできない。


 ただ、俺にでもわかるのは、もし独立を主張すれば、首相の方の山本のことだ。どんな手を使ってでも妨害にかかるだろう。


 たかが面積8平方キロとはいえ、ポート・ノゾミは何百億円もかけて三呂市と国が埋め立てた人工島だ。おいそれと渡すはずがない。


 フェイロンドの企みが、言葉通り日ノ本との完全な隔絶を意味するなら、それはそれで問題がないのだが。今までの振る舞いを見ていると、まだ連絡を残す余地がある気がする。


 ここを新たなエルフの森とした後のことを考えると、日ノ本から銃器や技術を転用する手段を探っていそうなものだ。


 だがつながりを残すことは、日ノ本からこちらへ来る手段もあるということ。仮に紛争の再燃なんてことになったら――。あるいは、日ノ本に取り込まれたバンギア人同士が殺し合うことにだってなり兼ねない。


 こういう面倒くさいもろもろの事情を踏まえて、代表たちは決議を行わなければならないのだ。


 ドーリグが火のため息を吐きだし、もう一度議員たちを眺めまわした。


「この議案は、断罪者の活動に関するものだが、今後のポート・ノゾミとも大きくかかわる。ゆえに、ギニョルには悪魔の代表として決議に参加してもらう」


『心得た』


 いつかの解散動議のときみたいに、省かれることはないということだ。


 テーブルズの方の山本が、蒼白な面で、がちがちに固まっている。日ノ本はここに残った数千人を見捨てたに等しい。残されたアグロス人のために動けるのはこいつしかいないのだ。お遊びの復興委員長にとんだ重責が降りかかったものだ。


 ジグンは腕組みをして難しい顔で考え込んでいる。仮にも経営者。こいつも多分、ガドゥと一緒で楽しいかどうかだけを判断の基準にはしない。


 吸血鬼の代表は、さすがに落ち着いた様子で、赤い瞳をゆっくりと細めた。クレールに次ぐ家柄の御曹司らしい。


 ギニョルとマヤは画面の中だが、落ち着いたものだ。こいつらの票の先は予想できる。


 ワジグルはレグリムを振りむいた。黙ってうなずかれて、意を決したらしい。


 ドーリグは目を閉じてしばらく待っている。スレインを頼みにしていた、単なる真面目一辺倒の男ではなくなっている。


「棄権は認めぬ。私も含めて議員代表で一人一票、しっかりと選んでもらう。行くぞ、断罪に賛成の者は挙手しろ!」


 そう言って、高々と手を挙げたドーリグ。


 続いたのは画面の向こうのマヤとギニョル。


 少し迷った後、ジグンも手を挙げた。

 吸血鬼の代表も続く。ワジグルもだ。


 かなり迷った後、山本も恐る恐るといったふうに手を挙げた。


 集計は整った。


「では、満場一致で、テーブルズはフェイロンドとシクル・クナイブの断罪を命令する。この決議は、断罪法に基づき、日ノ本に、アグロスに対しても向けられたものだ。もう後には引けんぞ。いいな」


 議員たちが重々しくうなずく。おたつく奴は居ない。山本でさえ覚悟を決めたのだ。


 今このときから、アグロスにも分かる形での、最初の断罪事件が始まる。


「続いて、具体的な断罪と脱出の方法を」


 ドーリグが、話をまとめにかかったときだった。

 どん、という音と共に、屋上の角から炎が噴き上がった。


 なんだ、何事だ。この病院は無人のはずだぞ。

 しゅしゅっ、という何かの音に続いて、再び爆発。ビル右側面だ。


 そして屋上でも。


 爆風と、飛び散ったがれきに最も近かったのは、幸いなことにドラゴンピープル達だった。最初の爆発から先、俺も含めた全員が連中の巨体の影に入っている。


「これは、魔力じゃない。現象魔法の爆発じゃないよ!」


 ニヴィアノが叫ぶ。しゃがみこんで耳をふさいでいた狭山が、上体を起こして応じた。


「破片がある。これは迫撃砲だ!」


 そういえば、橋頭保は落とされていたのだ。シクル・クナイブは銃火器を自在につかいこなす。自衛軍がバンギアに持ち込んだ、120ミリ迫撃砲RTなんかを鹵獲して扱ってもおかしくはない。


 身を低くした俺達を、ドーリグを始め、ドラゴンピープルの議員が円陣で守る。砲撃は周囲に着弾するが、まだ深刻な犠牲者は居ない。こちらの正確な位置が分からないらしい。


 ギニョルとマヤが映っていた画面は、移動のどたばたで倒れ、 コンセントが抜けてしまっている。それ以前に破片をいくらかもらって、タブレット自体ぶっ壊れた。


 爆発は五秒ごとに一度くらいのペースで、側面ではなく屋上に弾着するようになっている。だんだん爆心地がこちらに近づいている。


「うぐっ……!」


 ドーリグが、破片を浴びてうめいた。爆心地から十メートルもなかった。鱗が少し剥がれている。てき弾や、ライフル弾までならなんとかなっても、迫撃砲の直撃を受ければ危ないだろう。


「こんな馬鹿な、こちらの正確な位置が分かるのか」


 ワジグルの嘆きに、ザベルが答える。


「そんなはずねえ、いやありませんよ。こんな濃い魔力の中じゃ、大体どこにいるかくらいしか」


「ぐあぁっ」


 ドラゴンピープルの議員の脇で、再び爆発。山本が連れていた日ノ本の議員が、爆風を軽く浴びた。また近づいている。真ん中に着弾したら、できたばかりのテーブルズが議員ごと吹っ飛ぶ。


「奴らは、巨海樹の根元から砲撃しているのか!」


 レグリムが見回すと、双眼鏡を目に当てた狭山が答えた。


「さきほど砲火を確認した、間違いない」


 正確な位置は不明だが、大体の見立てで、あの根元は橋頭保だ。


 どういう手段によってか知らんが、連中は俺達がここに集まる時間を知り、砲撃してきたに違いない。


 海上で包囲したときは、どうせ、海鳴のときに死ぬからとたかをくくって殺さなかったが、団結の気配を知って、本気でつぶしにかかってきたのだろう。


 ドーリグが力強く叫んで立ち上がった。


「特別公会を閉会する! 断罪者と協力者は決議の実行にかかれ!」


 もう、それしかないだろう。

 ドーリグの一言で、それぞれに荒事に慣れた議員と協力者たちが一斉に動き出した。


 まずドラゴンピープルが、悪魔と吸血鬼、アグロスの人間やバンギアの人間を抱えて広場から散った。


 エルフ達とゴブリンも同じ様に立ち上がって走る。俺と狭山も続く。


 数秒走って、全員が屋上の端に到着したくらいで、砲弾は集合地点に炸裂。ギニョル達との通信は完全に断たれた。

 

 うまくよけられてよかったが、危険には違いない。それにどうやって降りるのか。大体、ビルの中は植物に侵食されて、途中から通れない。


 そう思ったが、ザベルやニヴィアノ、ハイエルフ達も一斉に懐から小さな袋を取り出して地面に向かって投げる。


『グロース』


 一言だけの呪文だったが、その一言で爆発的な成長が起こった。いつか、ホープレス・ストリートから脱出するときと同じ、巨大な実を付けた綿の樹が病院を囲んだ。


「なるほど、帰りはこう行くのか」


 仕組みを知らないはずの狭山が、真っ先に飛び降りる。綿の実ではねながら地上を目指す。


「小隊員は、私に続け。橋頭保を強襲する!」


 命令に従い、次々に飛び降りる敗残の兵士達。やはり断罪組に行くか。俺も後に続く。


「待て、人間。私が必要だろう」


「レグリム様!?」


 ワジグルの呼びかけを無視して、レグリムが俺達の方に来た。厄介な奴だが、巨海樹を知ってるのはこいつだけだ。


「騎士、ニヴィアノ達がそっちに行ったぞ。俺達は、境界の破壊に回るからな。それが出来りゃ、援軍が来るってギニョル達が伝えてきてた!」


 違う方向に飛び降りたザベルの声が聞こえた。

 見上げると、確かにまだ上の方で綿が弾んでる。。


 狭山達に続いて、闇の中に着地する。こちらはビルの東側、巨海樹の根元の橋頭保に臨む方角だ。


 こちらへ進むメンバーが次々と着地する。


 巨海樹に攻め込む断罪組第一陣は、俺と狭山と、四人の兵士。それにレグリムと、ニヴィアノをはじめとした、くじら船に居たダークエルフ三人。合計で十人か。


 残りは、北側、三呂大橋へ向かい、境界の破壊。そして、恐らく住民たちの警護と脱出に当たる者達も居るだろう。


 砲火は射撃位置を修正。俺達が逃げたことを知っているかのように、ビルの側面に命中し始めた。ガラス交じりのガレキ片と火の粉が降る中、俺達はひと固まりになって走り始めた。


 公会では足を引っ張り合い、断罪者に陰口を利いていた、人種混交のポート・ノゾミが、消滅の瀬戸際でとうとう団結。


 正義と美に向かって、汚辱と妥協の法による挑戦が始まろうとしていた。

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