16特別公会

 この混乱のせい、といえば説明がつくのか。

 いや、そんなわけはない。大体、監獄島はこの花の範囲より外だ。


 どうやって、監獄を抜けやがった。


『マロホシめ、やりおったな……』


 ギニョルの声がモニターから聞こえた。


 こちらに来ているGSUMのメンバーが、島から脱出させたのか。病院を使うよう言ってきたのも、こいつを参加させるため。


 それほどに島を取り戻したいのだろう。長老会の一員だったハイエルフが、巨海樹について、最もよく知っていると踏んで、勝手に脱走させやがった。


「貴様、断罪者の下僕半だな。上役は……この箱の、向こうか」


 珍しげにモニターを覗きこむレグリム。島のバンギア人はデジタル画面になんぞ見慣れているから、こういうリアクションは新鮮だ。


 それはさておき。

 俺はショットガンを向けると、散弾を装填した。


「お前の刑期はまだ百三十年残ってるぜ。誰に断って出て来やがった」


「よせ、断罪者! 我らの指導者に」


 身を乗り出そうとしたワジグルを、ドーリグの大きな手が捕まえた。他のハイエルフ達も、ドラゴンピープル達に抑えられている。悪魔や吸血鬼やゴブリンは、成り行きを見守ってやがる。


「こいつは、断罪された罪人だからな。俺は断罪者。刑期半ばで脱走したなら、殺傷権を行使してでも、動きを封じる義務あるぜ、そうだろギニョル!」


 モニターの向こうのギニョルは、思案顔になっていた。やれともやめろとも言わない以上、撃ちこむのはもってのほか。


 ショットガンの銃口に、レグリムが平然と振り向く。


「やるがいい、下僕半よ。ワジグル、議員たちを退かせろ。報復はならぬぞ。あの後、面会に来たフリスベルに聞いた。私は長老会からも除名されたのだからな」


「しかし、正義と美を体現する長老会のあなたを、このような金属で無残に死なせるわけには」


 悲惨な拷問を受けたのに、なぜまだ慕うのか。いや、このバンギアでは、全てが混とんとなるまでの歴史の方が長かった。

 一世代八百年の寿命を持つエルフ達は、何十世代、数万年という月日、長老会を守り、その元に暮らしてきたのだ。


 とはいえ、この爺さん、とんだ食わせ物だからな。レグリムは満足げに目を細めた。


「しっかりしろワジグル。“水涸れぬ小川”よ。フェイロンドにつかなかった同胞をまとめているのはお前だろう。汚辱の島に暮らす同胞を守れるのは、我らエルフの議員の長であるお前しかいない」


 感激に打ち震えながら、ワジグルが下された手を握りしめる。罪の証である魔錠を、いたわしげになでる。


「はっ……はい……断罪者、丹沢騎士よ」


 涙をぬぐうと、威厳をもって俺を睨みつける。


「テーブルズ議員、エルフ代表、水涸れぬ小川ワジグルの名において、お前に指揮権を行使する。元長老会ハイエルフ、レグリムへの断罪を停止せよ」


 モニターの中で、ギニョルが頭を振った。命令なしでも分かっている。


「……くそっ」


 M97を下ろす。これでこいつを撃てなくなった。


 レグリムが一瞬、唇の端を釣り上げたのが分かる。マロホシとレグリム、二人ともこの事態を読んでやがった。クソ真面目なハイエルフの議員団は、指揮権を行使してでも、断罪者を止めるとにらんだのだ。


「さて、では改めて作戦を練ろう。汚辱に塗れたとはいえ、この島は健気に生きる我らの同胞の故郷だ」


 俺は二十三歳のガキだが、七百歳を超えたレグリムに、反省など無いのはよく分かる。それはワジグル達ハイエルフ以外にも伝わったらしい。


 皆の複雑な視線を、あえて知らないふりをしているのか。ワジグルは力強く全員を見渡した。


「巨海樹にお知恵のある、レグリム様がおられれば心強い。皆、異存はないな?」


 ハイエルフの正義を盲信する種族主義者で、ポート・ノゾミの秩序を心底否定する老人。フェイロンドとうまくやれたのも納得できるような人格の持ち主。権力志向も強く、間違いなく、ただで終わるつもりがないであろう危険因子。


 そうであっても、情報を最も握っているのは事実。誰も反論できなかった。


 レグリムを加え直し、改めて会議となった。議長はいつかのように、ドラゴンピープルの議員代表、緑の鱗のドーリグが務める。


「では、臨時公会を今より始めよう。議決は各議員の長と議員団によって行う。すなわちこの公会の議決は、テーブルズとしての結論、今やアグロスに、日ノ本に存在を認識された法的な権限を持つということだ。覚悟はいいだろうな?」


 バンギアの天秤を司る強大な種族、ドラゴンピープル。その議員代表であるドーリグの鋭い一瞥に、全員覚悟を決めた。


 首相じゃない方の山本でさえ、異論はないらしい。成り行きだが、本当にこの島に居る日ノ本の人間を守る立場になっちまった。


 視線はレグリムにも向けられているが、この爺さんだけはどこ吹く風。実質ワジグル達を操って一票を使えるだろう。


「議題は、巨海樹の対策について。まず事態が断罪事件である以上、長としてのギニョルから、意見を述べてもらいたい」


 ワジグルが何か言いたそうだったが、レグリムの視線で黙った。


『こちらとしては、フェイロンドとシクル・クナイブの断罪を行いたい。それも、明日の昼までにじゃ。レグリムの言う通りならば、巨海樹は枯れて崩れ落ちよう。島にも多大な被害が出るゆえ、現在の生存者をできるだけ被害から、逃す必要がある』


 妥当な所だ。潜入したフリスベルの救出を言わないことに、狭山が不満そうにしているが。いくら可憐だろうと断罪者、助けるために方針は変えられない。


「断罪はともかく、ここからの脱出は必要だと私は思う。議長として問うが、島民の脱出について、依存のある者は?」


 誰も意見をさしはさまない。平然と過ごしているように見えて、この数日、いつ海鳴のときが始まるのか戦々恐々としていたのだ。そもそも、逃げ切れなかったからここに残った者達だろうし。


「では明日昼までの脱出については、テーブルズとして進めよう。これは臨時公会の第一の議決とする。手段や方法について何か意見はあるか?」


 ザベルが手を挙げたのを、ドーリグは見逃さなかった。


「ダークエルフのザベルよ、意見を述べてくれ」


「ああ。脱出するのはいいが、難しいと思うぜ。小舟じゃ根の檻があっちこっちにあるし、くじら船は全部島の反対側で動かせない」


「根の檻とはなんだ?」


 ザベル、ニヴィアノ、ワジグルといったエルフ勢に、ドーリグや他の者の視線が集中するが、よく分からないらしい。レグリムが得意げに立ち上がった。


「巨海樹は汚辱への裁きなのだ。私が百四歳の頃、ダークランドの一部を取り込んでやったときは見ものだった。吸血鬼と悪魔の荘園を三つ巻き込んで、汚い魔力を潰してやったものだ。根の檻は、中身を脱出させないためのものだ」


「レグリム、発言は許可していない。議長の私は退場を命令することもできる」


「知恵ある竜の人よ、おわび申し上げる」


 慇懃無礼に頭を下げている。というより、ドラゴンピープルに対しては、敬意を持っているのだろう。天秤を保つという役割については、エルフのさらに上ともいえるし。


「改めて聞こう。レグリムよ、根の檻について知っていることを話してくれ」


「うむ。巨海樹はエルフの森が損なわれたとき、新たな住処を作るために生まれる。当然、その代償は、損なったものに償わせる。切り取られた領域分だけ、奪い返すのだ」


「続けろ」


 集中する視線を心地よく感じるのか、魔錠のはまったままの腕を、巨海樹に向けるレグリム。


「あの広い根圏を見ろ。あの下では魔力が増幅され、人以外は魔力が歪んで強大な動物となる。外と中の境界、最も外側の根は魔力を感知して反応するのだ」


「だから急に、ヤドリギが降ってきたのか! 鳥や魚や、虫どもも凶暴になりやがった」


 ザベルが悔しそうに拳を叩く。きっと脱出を図ったのだろう。そして失敗した。魚に食われた奴らってのはそのときの犠牲者だろう。


「既に経験済みか。もっとも、魔力不能者や、私の様に魔錠で腕を封じられたらべつだがな。それ以外は樹が呼び寄せた動植物に襲われることになるだろう」


 俺はザベルと見たあの巨大な魚や、でかい虫、空を行き来する巨大なカラスをと思い出した。一匹二匹だから食料にしてしまえるが、集団に襲われたら一たまりもない。アパッチのような戦闘ヘリがあるわけでもないし、会議場やホールの周辺にたむろする全員を脱出させるのは不可能に近い。


 見つかっちまったら駄目なのか。魔力を欺くといえば、俺が付けてるシールだが。

 ゴブリンの議長、技師のジグンが立ち上がる。


「あんた魔錠って言ったな。おれが付けてるシールならどうだ?」


 ガドゥからもらった、魔力を封じるシールか。なんでつけてるのかと思ったが、ゴブリンの間じゃ普通にあるものなのか。


「子鬼の議員よ、それは魔道具だな。妙なものだ、魔力を感じない。それでも欺けるだろうが、一人に一枚必要だろう。何千という数がいる」


 無論、魔錠だってそんな数はとても用意はできない。しかし、断罪されて離島の監獄に閉じ込められた奴らが生き残って、島に残った方が死ぬなんて皮肉にもほどがあるな。


「脱出用の船もないな。相当に人数がかかりそうだが、手をこまねいているわけにもいくまい。方法はこの後で詰める。先に、もう一つの案を検討したい。シクル・クナイブとフェイロンドの断罪についてだ」


 ドーリグの提案に、全員が再び静まり返る。


「知っての通り、この事態の糸を引いているあの男は、違反していない断罪法の条文を見つけるほうが難しいくらいだ。奴の断罪を止めるのに、指揮権の発動を使うような愚か者はここに居ないだろうが」


 ワジグルが少し不満そうなのが、何とも複雑だ。やっぱり森が恋しいのだろうか。


「ただ、断罪者と我々の存在は、すでに日ノ本に知られている。奴の断罪が成功だろうと失敗であろうと、試みた時点でこのポート・ノゾミがアグロスとは、日ノ本とは違った法秩序で成り立っていると主張することになる。事実上の独立宣言だ」


 ざわつく議員たち。日ノ本という国の技術力や軍事力、経済力に人口を良く知っている。

 また、一応は日ノ本の国だったからこそ、うまい汁を吸えた向きもある。


「静粛に! 動揺はもっともだが、これは、特別公会の最も重大な議案だ。幸い、議員代表は全員がそろっている。この場で決を採りたいが、いかがか!」


 ドーリグが長い首を回し、ドラゴンピープル独特のトカゲ目を斜めに細め、裂けた口から牙を覗かせた。


 ハイエルフのワジグル、ゴブリンのジグン、吸血鬼代表の男。

 それに、逃げ遅れた人間代表の山本。

 後は、画面の向こうの悪魔代表のギニョルと、隣にいるアグロスの人間代表のマヤ。


 紛争終結から二年。

 あくまで終戦の便宜として作られたテーブルズが、本当の政府となれるのか。


 ポート・ノゾミは、日ノ本のくびきを脱せるのか。


 この島の住人の生存に勝るとも劣らない、重大な決議が迫られていた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る