15魔錠をつけた老人


 ポート・キャンプが引っ越してきたかのようだった。

 いつもは公会を行うその場所は、人、人、人でごった返している。


 階上の席には、即席のテントがあちこちに張られ、魔力で育った植物が、シクル・クナイブにかかわらなかったエルフやハーフ達の住処となっている。


 木の骨組みに、ぼろ布を集めて渡したのが、ゴブリンやダークエルフの即席テントか。吸血鬼と悪魔達は、椅子とコッヘルを持ち込み、湯を沸かしてティータイムを決め込んでいる。


 というか、煮炊きする煙がそこら中に充満して、大概な状態だ。カードやサイコロに興じている連中もいるし、マーケット・ノゾミにあったような露店まで出店してやがる。


 これだけの人数が居ると、ゴミで酷いことになるかと思ったら、ゴブリンや人間が袋を持ってあちこちを回り、生ごみの類を回収。二階の窓から外に捨てていた。


 どうなるかと思ったら、わしわしと羽音がして、これもドラゴンピープルと見まごうような大ガラスがやってきて、あっという間に平らげてしまう。


 ステージ裏の大扉が開いた。軽トラが3台ほど入ってきて、巨大な虫や動物、魚、植物などを運びこむ。群衆は雪崩を打って殺到し、殺伐とした競り市が始まる。銃を持った連中、恐らくGSUMの残党らしい奴らが、仕切っていた。


 悪魔が手にしたチェーンソーがうなり、さっき飛んできたカラスを仕留めて羽を剥いだらしいやつから、翼の付け根を両断する。巨大すぎる手羽先が、ゴブリンの肉屋の手で次々に切り分けられていく。


 今度は小売りとなり、屋台商や子供を連れた人種様々の男女が殺到した。


 黒髪に黒い瞳、明らかにアグロス、日ノ本の人間が、肉の争奪戦に加わっている。


 狭山がその様を見つめて、ぼんやりと呟く。


「混とんだ。これが日ノ本だというのか……」


「たっくましいなあ……どうなってんだこりゃ」


「大陸からも、三呂からも、物資が来なくなったからな。農場の島にも行けないし、食いものは自分で確保するしかねえんだ。お、店番ありがとな!」


 そう言うザベルも、ちゃっかりと椅子とガレキを並べて、ニ十席ほどの即席店舗を出している。仕込みは、搬入口の近くに、即席の流し場が作られているから、そこでみんなでやっているらしい。


 ニヴィアノとダークエルフ達が、でかいシートの前に集まる。端から角のようなものが突き出していた。


「ただいまみんな。エルフの森の動物は珍しいから、腐りにくい所を集めといて、騒動が収まった後で売るのかも知れないね」


 知れないじゃなくてそうするのだろう。さすがに紛争をくぐり抜けた島の住人というか。心配したよりもたくましくやってるものだ。


 それから一時間ほどの間に、俺達は記念ホールとその周囲の倉庫街や展示場を回って、断罪者の知り合いや親類縁者全員の無事を確認した。


 まず狩り用の銃火器の手入れと販売をしていたスレインの妻の朱里に、娘のドロテア、手伝いのゼイラム。


 ザベルの所の子供たち全員。


 逃げなかったテーブルズの議員代表。


 つまり、ドラゴンピープルのドーリグ。エルフ代表のワジグルに、ゴブリン代表のジグン、日ノ本側人間代表の山本、悪魔の副代表、吸血鬼の代表、バンギアの人間側の魔術師、そして議員たちだ。


 細かいところじゃ、クレールの下僕になった後、記憶を失ったリナリアも無事だった。


 ただ、自衛軍の兵士だけは、所属部隊もばらばらの数人を、確認しただけだった。


 とにもかくにも、実が落ちるまで時間がない。対策を練ることとなり、議員たちと断罪者の俺、それから、ザベルやニヴィアノを含めた、ある程度腕に覚えのあるやつらに集まってもらうことにした。


 公開で使うホール内は、人で満タンのため、驚いたことに、ノイキンドゥの病院を使うことになった。いつかスレインが入院した、あの屋上だ。ビルは下から数階程度は、根の浸食を受けているが、そこから上は、巨海樹の拘束を逃れている。


 現在時刻は、午前二時半。草木も眠る丑三つ時というやつだ。もっとも、悪魔や吸血鬼は最高に調子のいい時間帯だが。


 車座に座ったのは、俺とザベルやニヴィアノ達ダークエルフ。その脇に珠里とドロテア、ゼイラム。向かいは議員代表及び、議員団だ。ほかは待機してもらった。


 断罪者と議員団。公会で見るそうそうたる顔ぶれがそろう。ポート・ノゾミに政府があるなら、今、こここそが、臨時政府とでも言えばいいだろうか。


 俺達の中央には、病院の無線LANとつながった、パソコン。画面に映るのは、本棚に囲まれた学者の部屋のような私室。


 裕也の部屋だ。ギニョルに、マヤとザルアと裕也が居てなお、広々としている。


『つながったな。騎士に、狭山、ほかはどうじゃ?』


 スピーカーの声に、ドーリグが長い首をカメラの前に突き出す。


「議長の私以下、議員代表は揃っている。テーブルズの臨時公会の要件は満たしてあるぞ、ギニョルよ」


 ドーリグが代表たちを振り向く。首相の息子の方の山本を除いて、全員会議の準備はできているらしい。各種族共、速記の準備までできている。


『よし、では状況の確認からじゃ。おのおの、意見を述べてもらいたい。まずエルフ代表のワジグルに、海鳴のときとやらについて聞きたい。後は、巨海樹について』


「いいだろう……」


 ワジグルが語ったのは、すでにザベルから聞いた大体の巨海樹の性質だった。つまり、海水を吸って大きくなる樹で、放っておくと実と共に崩れて新しい森を作ることなど。議員たちの反応を見るに、知らない奴らも居たらしい。俺は二度目なのと、深夜なせいであくびが出そうになって、狭山ににらまれて抑えた。


「……それと、止め方についてだが」


 それは、新しい情報だ。ニヴィアノやザベルも顔つきを変えた。


「正確には分からないが、気になる言い伝えがある。『巨海樹に正義を捧げれば、新たな大地を授け、美を捧げれば、豊かな実りを授ける』という。これ以上の情報は私では分からない。長老会の方々ならば、これ以上のことをご存知かも知れないが」


 長老会とは、八百年の寿命中、七百年以上を正義と美に捧げたハイエルフの中から選ばれるという連中だ。フェイロンドとシクル・クナイブの台頭でめちゃくちゃになっちまったが、エルフは基本的に長老会を貴ぶ。


 まあ、俺が知ってるのは、エルフの娼婦を侍らせて、フリスベルにパワハラしまくってたレグリムの爺さんだけだから、印象は最悪なのだが。


 良く知らないが、他はまともなのだろうか。フェイロンド達が、ここまで好き放題をしてるってことは、指導力がないのは自明だが。


「……簡単なことだ。明日、太陽が天頂に昇るとき、巨海樹のうろにエルフの男を植えれば、実は落ち、森の連鎖が始まる。女のエルフを植えれば、樹は花を咲かせ、魔力を放って散っていく。さもなければ、この樹は枯死し、残骸が島を押しつぶすだろう。森の始まりは枯れ果て、汚辱の島に生きる者は全て死ぬ」


 突然響いた声に、全員が振り向いた。

 ワジグルと、ハイエルフ達が凍り付いたように表情を止める。


 フェイロンドが独立する前、シクル・クナイブは純然たる暗殺集団であり、エルフ達を傷つけた者を、親族の依頼でむごたらしい私刑にしていた。


 その果ては、キズアトの奴のハーレムズに手を出し、ナパーム弾で根拠地の島を焼き尽くされた上、騒ぎに乗じて突入した断罪者により、率いていた当のレグリムが、断罪されたのだ。


 杖を突きながら、俺達の前に現れたのは、監獄に封じられたはずのそのレグリムだった。


 その手には、確かにフリスベルがくれてやった魔錠がついている。


「私も、協議に加えてもらおう。七百年の知恵を、生かしてもらいたい……」


 こいつ、信用できるのか。

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