39断罪者ギニョル・オグ・ゴドウィ
俺とクレールは一言も継げなかった。ギニョルは勝手に話し出す。
「喜銃はうまく立ち回っておった。悪魔であるわしも協力して島の情報を集め、GSUMや自衛軍の凶暴な連中とうまく渡りをつけておった。このあたりは戦場を渡り歩いてきた嗅覚のようなものじゃが、ただ一人あの侠志にだけは発揮できなかった」
実の弟の、剣侠志。俺達が追ってきた将軍その人だ。
「剣というのは、傭兵の家系でな。一族は傭兵になるのが当然であったが、侠志だけは傭兵の参加する戦争の残虐さに苦しみ、平和主義をかかげていた自衛軍に入隊したのじゃ。騎士よ、お前は紛争前の自衛軍について知っておろう」
「まあな。牧歌的っていうのかな、本当にこんな平和な軍隊があるのかってぐらい、昔の自衛軍は明るかったぜ。確か本土の基地でやってた祭りとかに小さいころ連れてってもらったよ」
マウントサースティの南斜面では俺たちを殺しかけた74式戦車。イベントで、のそのそ動いている車体の上に乗っけてもらった。自衛軍の兵士の広い背中と大きな手を覚えている。
紛争前の自衛軍は戦闘のための出動が皆無で、災害の救助等で活躍し、イベントなんかもやって一般の国民に人気があったのだ。
といってただの面白集団じゃなかったのだろう。初陣となった七夕紛争での働きを考えたら、練度と士気もしっかりしたものだった。それゆえに、バンギアに惨状を招いたのかもしれないが。
「あの連中が元は子供を楽しませるような集団だったのか。信じられない。しかも将軍がそこに居ただと」
「人間は寿命が短くて、感情も激しいんだ。変わるときはあっという間に変わるぜ。本当の姿だって簡単には分からねえ」
俺の単なる実感だが、クレールは共有したらしくそれ以上何も言わなかった。
ギニョルが話を続ける。
「喜銃が特警になったのは、侠志を探すためでもあった。最初期に派遣された者達は日ノ本でも行方がつかめなかったからな。心配は大きかったようじゃが、その侠志が、ただの二等陸士として特警に近づいてきた。自衛軍が起こした犯罪をリークし、喜銃に摘発を呼び掛けたのじゃ」
弟のことは相当に心配していたのだろう。家系で一人だけ傭兵になることを拒んでいたというし。
「喜銃は応じてしまった。傭兵を避けて自衛軍になったつもりが、その先でアグロスに劣らぬ悲惨を見たと言って苦しむ侠志を、はねつけることができなかった。ある村の虐殺事件の首謀者とされる陸士長を、当時は空き地であった今の橋頭保のあたりで摘発したのじゃ。今思えば、そこら中に廃墟が、武器や兵員を隠す場所があったな」
自衛軍を相手にそんな場所に出ていくのは自殺行為だ。戦場を渡り歩いた傭兵だったはずの喜銃は、それほどに判断を狂わされていたのか。すべて弟のために。
「摘発は失敗した。というより、特警は待ち伏せられておった。たった十人が、小銃小隊五つに取り囲まれて攻撃された。エアウェイトがせいぜいのわしらに対して、89式やてき弾銃、迫撃砲まで使って撃ちかけられては、どうにもならなかった……」
つい今しがた戦った恐ろしい兵器の数々。犯罪者を制圧するためではなく、戦場で人間や戦闘車両を破壊するために作られた純粋な兵器が相手では、なす術もない。
ギニョルがうつむき、片手で目元を覆う。今まで一度も見せたことのない、銃器への恐怖が見える。
「多くの者が死んだ。喜銃は活路を開くために戦闘車両を奪い取ったが、重機関銃と手りゅう弾とRPGで車両ごと燃えかすになってしもうた。傭兵には、よくある最後じゃ」
その時のことをありありと思い出しているのか、ギニョルはしゃがみこんで、足元に生えたレギンの羽毛を握る。こんなふうに喜銃の遺体に触れたのだろう。
「喜銃の犠牲でわしを含めた数人はなんとか逃げおおせた。じゃが、特警が敗北したことで、日ノ本は方針を変えて自衛軍と結び始めた」
将軍の奴は恐らくそこまで計算していたのだろう。
「政治の流れが変わった途端、生き残った者も次々に死を遂げた。ホープレス・ストリートを巡回していた者はゴブリンのギャングの抗争に巻き込まれて死んだ。ハイエルフの裏仕事を追っていた者は植物と肉がまじりあった惨殺体となってポートキャンプに流れ着いた。そして病院の不審死や失踪を調べていた者は、あのなりそこないのような醜い怪物となって暴れ、自衛軍に射殺された」
バルゴ・ブルヌスの前身、シクル・クナイブの前身、そしてGSUMの前身と自衛軍。今まで戦ってきた島の悪の全てが本格的に動き始めたのだ。
「喜銃の傭兵仲間で、李亜を引き取ってこのポート・ノゾミで生き抜くつもりだった紅村も、全てを諦めて李亜と共にアグロスに戻った。わしは……」
ギニョルが口ごもる。
「わしは、将軍になった侠志から、日ノ本の名のもとに保護してやると言われた。橋頭保で暮らせと、あやつの傍で仕えよと……」
手籠めになれということだ。兄を殺した侠志は、それだけじゃ飽き足らず恋人のギニョルを手に入れようとしたのだ。ガドゥとギーマの兄弟を思い出すまでもなく、侠志の方から一方的に憎悪していたのだろう。
「わしは、それだけは嫌じゃった。助けてくれる者もいなくなり、この地を、お父様を頼って逃げた。新たな魔法も、アグロスの法も島に来て学ぼうとした全てを捨てて、逃げたのじゃ。それがちょうど、五年前」
確かその頃、境界がほぼ封鎖され、自衛軍による本格的なバンギア大陸への遠征が行われるようになっていた。島に暮らす者達もまた、特警を崩壊させた奴らに頼るしかなくなったのだ。
「お父様は忘れろと言った。百年もたてば人間の世代も変わり、全てが流れてしまうと。それはわしら悪魔にも吸血鬼にもエルフにも、長命な者の特権だと」
ロンヅならそう言いそうだな。しかし寿命の長い奴らに物事のそういう解決法もあるのか。
便利なことだが、その考えなら断罪者として命を賭けるのは馬鹿なことになる。果たしてギニョルは顔を上げた。
「どうして百年も見て見ぬふりができよう。全ては、わしらが戦ってきた者達の天下。麻薬も銃も人の売り買いもやり放題の放牧場じゃ。バンギア・グラで侵攻した後、島から逃げられぬまま苦しむ同胞の知らせはひっきりなし。この大陸にも自衛軍が侵攻し、あちこちを荒らし始め、とうとう……」
「僕の父様までが撃たれた。ダークランドも奴らの脅威にさらされるようになっていったんだね」
クレールが腕組みをして奥歯を噛み締めている。自衛軍の兵士に目の前で撃ち殺されたライアルのことだろう。
「あの頃はまだアキノ家が生きていた。ゴドーのやつが前線に居たから、父様はアグロス人を止めるとにらんでたみたいなんだけど。あいつは、自衛軍と結んでいたからね」
ゴドーといえば、王国が滅んだ事件で国を簒奪しようとしたアキノ家の長男だ。実の父のガラム・アキノの手にかかって死んだが、クレールの言う通り、自衛軍とはずぶずぶだった。
断罪者として実際にかかわった事件だけでも、将軍達がどれほどこのバンギアに影響を及ぼしたかがよくわかる。
俺達断罪者と、協力してくれた者達が命がけで戦ってきて、これだ。
もしギニョルが断罪者やテーブルズを組織することなく、屋敷に百年こもっていれば、どうなったことか。
ギニョルの顔はもうおびえても、迷ってもいなかった。ときに俺達を叱咤し、策謀も使って断罪法違反者を追い詰めるいつものお嬢さんだ。
「……もう、逃げるわけにはいかなかった。わしは一年かけてアグロスの書物やバンギアの人間の王国の書物を集めて読み漁り、島を平定する方法を探った。やはり法しかないと思った、法を定め、法を守らせることから全てが始まると確信した」
「それからは、俺達が知っての通りか。敵対してたエルフや人間にまで声をかけ、日ノ本にも言って代表を集めてテーブルズを作った。俺達にも声をかけてくれたんだな」
俺がそうたずねると、ギニョルはうなずいた。
「できるか、できないかではない。やると決めた。わし個人の契約でもあるし、愛した男の仇でもあるが、それだけではここまでできなかった。なによりはあの島とこの世界に法の歯止めが必要じゃ。必ず、侠志は断罪法の下に裁かねばならぬ」
山頂で発見したギニョルは、魔錠をされていなかった。将軍達は銃で脅せば必要ないと思っていたのかもしれないし、あるいは行為に邪魔だったとも考えられる。
いずれにしろ他の三人は恐怖で抑圧されていたが、ギニョルだけは本気で探せば将軍の隙を見つけられたのだろう。魔法を使えば相討ちくらいは取れたかも知れない。それでもギニョルが私怨であいつを殺さなかった理由――。
「ギニョル、僕達も君も、断罪者なんだな。種族や性別や、家さえも越えたところで、法の執行者だというんだな」
「その通りじゃ。だから、あやつらは断罪せねばならぬ。恨みでも仇でも、戦争の帰結でもなく、島の者が作った島の法でな」
クレールに答えたギニョルは、間違いなく俺達断罪者を束ねる存在だった。
契約の悪魔ギニョル・オグ・ゴドウィは、今や完全な法の執行者となったのだ。
渦巻く妖雲の下には、俺の目でも、侠志が立てこもる屋敷が近づいているのが見えた。
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