40中心をえぐる


 一体どうやって侠志を断罪するのか。

 ギニョルが考えたのは正攻法だった。すなわち、ララを説得するのだ。


 上空をダークランド独特の妖雲に覆われたギニョルの屋敷。


 ギニョル、クレール、俺、そして中央即応集団の寝返り工作を担ったフリスベルとユエとスレインとガドゥ。勢ぞろいした断罪者は、天幕の前でララ・アキノと対峙していた。


「……お断り申し上げますわ。バンギアを荒らしたかの者達は、同胞の鉄と火によって、完膚無きまで焼き尽くされなければなりません」


 氷のような表情とは、今のララの顔つきをいうのだろう。


 いつもは表面に浮かべている、伯爵夫人らしいたおやかさや優美さはない。黒檀とおぼしき堅く冷たい木の胸当てに、肩から足まで覆う黒いコートをはおっている。金色の髪は頭上で結い上げられ、竜をかたどった勇壮な髪飾りで留められていた。


 覚悟と戦意がうかがえるいでたちだ。


 右側には、皮鎧とズボン、ブーツにマント、腰のホルスターにはグロックや9ミリ拳銃を持ったハイエルフ達が控える。銃士隊だろう。ここに長老会の連中が来ていないことからして、エルフの森はほぼララを支持したに違いない。


 左側、自衛軍の兵士達の前に立つ日焼けした男がため息をついた。


「……軍隊の道理が分からないわけではないでしょう。中央即応集団も、攻撃の体勢は整っています。さすがに、これ以上の説得はできません」


 俺達と共に御厨の死の隠ぺいを行った比留間一佐だ。なかなか好戦的な奴だが、今度ばかりは、もう一人の冷静な狩谷一佐も同調する。


「剣侠志二等陸士は、紛争中から現在に至るまで強姦行為や人身売買、虐殺を主導しています。日ノ本でそれらの行為が明るみに出れば、大変なことになりますよ。防衛省と自衛軍、日ノ本の立場からしても彼と彼に従った兵士達には、戦死を遂げてもらうのが最もよい方法なのです。これは山元首相以下、現政権の意見でもあります」


 狩谷の語り口は重々しい。確かにその通りではあるだろう。


 七十年以上前のメリゴンとの戦争以来、日ノ本は憲法に掲げる平和主義を降ろしていない。それは紛争が始まってからも同じだ。仮に侠志を生け捕りにして日ノ本に送り、特別法廷で裁いたりすれば、日ノ本どころかアグロス側の世界中に自衛軍の看板をかかげてやってきた全てが暴露されてしまう。


 原子爆弾や空襲で多大な被害を受けた被害国家から、自国の軍を制御しぎれず異世界を蹂躙させてしまった無能で悪辣な戦争国家に世界の認識が変わる。メリゴンとの同盟だって見直すことになるかも知れない。


「比留間一佐、狩谷一佐。心配することはない。剣侠志はいまだにただの人間じゃ。わしら断罪者が現在証拠と共に確定した断罪法違反だけでも、人の寿命が三度尽きるほどの期間監獄で過ごすことになる」


「実質上の終身刑さ。奴はポート・ノゾミを散々に脅かしたんだ」


 ギニョルとクレールの意見は実質的な落とし所だ。日ノ本はこちらの世界に侠志の処断を一任した。ポート・ノゾミと断罪法の存在は明らかになっているから、断罪者が裁いてしまったというのは、一つの答えにはなる。


 だが、ララは引かない。冷たいため息を吐くと、腕を組んでこちらを見つめる。


 女王の気迫というのか。体格ではるかに優れるスレインさえも、やりにくそうに首を縮めた。フリスベルやガドゥも顔をこわばらせている。


「……そういうことじゃないわ。本音を言いましょう。私たちは事がたかが法律を超えていると言っているの」


「姉さま」


「ユエ。騎士団に居たあなたは分かるでしょう。捕らえた敵を必ず殺さなければ落としどころのない戦いがある。防衛だと言いながら、奴らは私達の世界を蹂躙した。血で贖ってもらわなければ正義はないのよ。私は私一人の意見を言っているのではない。私たちが追い詰めたのは、この世界を傷つけた張本人の一人なのよ」


 畳みかけるように、ララは俺たち全員を見回す。


「断罪者と仰々しく名乗ったところで、あなた方のほとんどはこのバンギアの一員でしょう。彼らが来なければと思ったことが一度もないと、本当に心からおっしゃることができます?」


 父を失ったクレール、身も心も蹂躙されたギニョル、紛争でギーマが歪められてしまったガドゥに、紛争で手に取らされた銃に魅入られてしまったユエ、さらにイェリサを壊されたスレインと、信じていた正義と美を破壊し尽くされたフリスベル。


 そうだった。今邸宅内に追い詰められている男たちは、バンギア出身の断罪者達の運命を大きく捻じ曲げた元凶なのだ。


 断罪者の中でバンギアによって苦しめられたのは、俺だけに過ぎない。


「むろんわたくしは隠しません。将軍こと剣侠志は、このわたくしが生涯愛すると決めた男性の命を奪ったのです。ダークランドの脅威を封じるために一時的に手は握りましたが、機を見てくびり殺すつもりだった。ギニョル、フリスベル、ユエ。あなた方の説得がなくてもです。長老会もその方針を固めていたのですよ」


 だったら、将軍たちの目論見は最初の時点から誤っていたことになる。アキノ王や息子のゴドー・アキノのように、ララを利用できると踏んだのがそもそも間違いだったのだ。


 ララが寝返ったのも、悪魔や吸血鬼に大量の戦死者が出たのを見届けたからだろう。ダークランドがかつての力を失ったのを見届けたからこそ、もう一つの目標である剣侠志の抹殺に舵を切った。


「遅かれ早かれ、あの男の命だけは失わせる。この方針こそが、私とこのバンギアの意見の核だと思ってもらって構いません。世界にこれだけの歪みを与えて、むしろひと思いに重火器で吹き飛ばしてもらえることを、あの男は感謝すべきなのですわ」


 黙り込む俺たち断罪者。ハイエルフや、日ノ本の人間であるはずの狩谷と比留間をはじめ、同じ自衛軍の兵士たちですら言葉がない。


 ララの迫力以上に、めちゃくちゃになったダークランドと殺された悪魔や吸血鬼達の姿が、紛争の重さを思い起こさせた。


 同じ自衛軍の兵士にとっても、剣侠志というのはふたをしておきたい臭いものに違いないのだろう。


 正攻法なんて望むべくもなかった。いくらギニョルが法と正義を叫んでも、そんな抽象的なもののために反撃を止めていいのか。同じ国の連中とは言え、眼前での徹底的な破壊と殺りくを見た俺には、この選択を信じることができない。


「理解したら、ここで見ていなさい。私はゴドーとは違って島には干渉しません。あの男以外について、断罪者としての活動は好きにしたらいいわ。比留間一佐、狩谷一佐、一斉攻撃の準備はどうなっているの?」


 この場の総指揮者のような尊大な口調だが、比留間は答えた。


「迫撃砲、ヘリの突入部隊共に整っています。爆発物等で反撃を受ける可能性を鑑みれば、人質の救出は困難かと」


「ああ、悪魔が残っていたのね。ギニョル、あなたの父だったかしら。でも人間やエルフを脅かしてきた悪魔の指導者だった以上、一緒に死んでも仕方ないわね。あなたにも使い魔でそう送ってきたのではなくて?」


 ララの言う通りで、ロンヅはこうなることを覚悟していた。冷たい視線に言葉を失って顔を伏せるギニョル。赤い前髪が瞳を覆い隠している。


「ギニョル」


「ギニョルさん……」


 ユエとフリスベルの心配そうな口調。沈黙が了承と取られ、ララが今にも命令を下すかと思ったときだ。


「キズアトとマロホシ」


 ぽつりとつぶやいた名前。それが、俺たち断罪者の顔つきを一変させた。


「将軍こと剣侠志の記憶には、間違いなくあやつらの断罪事件の明確な証拠が隠されておる」


 そうだった。断罪者であるのに忘れていた、島の混沌の最も根幹にある連中の存在を。将軍の断罪は俺たちの最終目標である連中へとつながるのだ。


 二人の名に首をひねる者も、反ばくする者も居なかった。

 ララが逆に唇を噛む。ハイエルフ達も眉間にしわを寄せる。連中の有害さもまた、ここに居る全員に共通のことなのだろう。


「あやつらが将軍以上の存在でないと誰か言える者はおるか? 将軍が消し炭になって得をするのはあやつらではないのか。そもそも今回の侵攻や中央即応集団の寝返りの根底にある統合幕僚長の射殺事件、あれをやったのは確かにこの地の吸血鬼ではあった。が、わしのような悪魔や、ここにいるフリスベルのようなハイエルフでさえ見抜けぬほどの完成度の高い操身魔法が使われていた。恥を忍んで言うが、あんな魔法は伝統を守って研鑽に励んできたこの地の誰にも使えぬと言い切れる」


 間違いなくマロホシの仕業だろう。おそらく奴らは、将軍によるダークランドの制圧がうまくいけばよしと考えた。いや、いかなくとも暴走した自衛軍を日ノ本が見捨てて、勝利したバンギアの住人が生きた証拠を消してくれるとにらんだのだろう。


 ララの行動はその思惑通りだ。気が付いていたのだろうか。それとも、気が付いたうえで、つまりあの二人と何らかの協力関係をすでに築いたうえで、自分の恨みを晴らそうとしているのだろうか。


「あの二人こそ、真に紛争の惨禍から、秩序の崩壊から生まれた禍じゃとわしは考える。誰かが留めなければ、秩序なき無法の下であろうと、偽りの法の下であろうと、好きに生きるに違いあるまい。バンギア、アグロス、全ての世界の全ての者を己の目的のためだけに好きなだけ痛めつけながらな」


 一国の統合幕僚長を暗殺し、紛争を誘発して多数の死傷者を出したようにだ。


 ユエが顔を上げた。

 フリスベルが背筋を伸ばした。

 ガドゥの顔に自信が満ちた。

 スレインが灰喰らいを地面に突き立てる。


 俺もまっすぐにララを見すえた。


 ギニョルとクレールが、断罪者が決意を取り戻した。


「信じてはくれぬか。法と秩序のために、このわしらを。バンギアやアグロスの住人としてではなく、法を守護する断罪者としてのわしらの存在を」


 ひりつくような数秒が刻まれる。

 やがて、唇を噛んで黙っていたララが、絞り出すように言った。


「……機会は、一度だけよ」


 再燃しかけた紛争のさなかに、確かに一本、法のくさびが打ち込まれようとしていた。

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