41砲火をくぐって

 将軍こと剣侠志の断罪はシンプルだ。


 中央即応集団とエルフの森の軍勢に囲まれたギニョルの屋敷に突入し、確保するだけでいい。


 たとえ今までの容疑があくまで嫌疑に過ぎないとしても。侠志はこのダークランドで断罪者である俺をさんざん痛めつけて殺害しようとした。これは明確な断罪法違反になる。


 あいつを確保できれば、芋づる式に余罪が追及できるだろう。

 その罪であいつが死ぬまで監獄島に入ることになるのはもちろん、マロホシやキズアトという断罪者の最終目標への追及も目途が立つはずだ。


 ただし、すべては断罪が成功すればという前提の下だ。


 それも、紛争開始から七年と数か月、このバンギアを相手に狡猾に立ち回り戦闘経験を積んできた自衛軍相手にして。



 突入のメンバーである俺とユエ、ギニョルとガドゥの四人は、まだ温かくすすけたガレキの間に身を隠しながら進んでいた。


 正面には霧の中で身じろぎもしないギニョルの屋敷がたたずんでいる。


 屋敷は二階建てだ。片仮名のコの字型の本棟と、その隣のホール兼食堂に分かれている。ホール兼食堂はロンヅ達との会合中に自衛軍の攻撃でめちゃくちゃに破壊されて今はがれきとなっている。こちらの隠れ場所だ。


 俺たちはコの字の上側からアプローチを試みていた。屋敷の入り口はコの字のくぼみ側の中庭を望む正面玄関だけなのだが、そっちは植え込みくらいしか遮蔽物がない。進めばコの字の内側全てから囲まれてしまう。屋敷にはまだ将軍含めて数十人の兵士がおり、89式の斉射だけでハチの巣にされる。だからこちらは避ける。


 そんなことは、恐らく将軍の側も分かっている。


 ではどこから攻められるか。断罪者の存在はともかく、コの字の上、がれきの方向から来ることは予測しているはずだ。


 俺の肩に留まったフクロウが、フリスベルの声で囁く。


『がれき地帯に魔法的な罠はありません』


 俺は少し先でがれきの間にうずくまっているユエとガドゥにクリアのハンドサインを出した。


 ガドゥとユエも、進路確保の合図を返す。魔道具によるトラップ、爆発物などの物理的な罠も今のところ見られないということだ。


 合図を確認し、隣のギニョルと共に音もなくがれき片の合間を進む。柱や屋根の残骸にはまだすすが付着し生温かい。ここの砲撃では悪魔や吸血鬼の有名氏族の長が多く死んだ。


 日ノ本の人間で言えば、中学校も卒業していないような年齢のその子供たちが急遽後を継ぎ、先代の仇を討たんとマウント・サースティの攻略戦に参戦。若すぎる命を砲火の前に次々と散らせてしまったのだ。


 ダークランドの住人にとって、何度殺しても飽き足らないであろう人間たちの最後を、任されたことはとても重い。


 俺たちはとうとう屋敷の本棟を望むがれきの端に辿り着いた。ここから数十メートルは、遮蔽物のない芝生と石畳の道が横たわっている。


 屋敷は死んだように静かだ。ここまで来てもまだ撃ってこない。建築物を確保している以上、早い段階で銃撃をかけて敵の侵入を阻むのが定石のはずなのだが。


 ギニョルの髪の毛に留まった黒と白の蝶が、クレールの声で囁いた。


『こちら狙撃地点。進路上敵影なし。壁に銃眼なども見当たらない。突入の合図を待つ』


 周囲の木々のひとつをフリスベルが魔法で変形させ、樹上に作った即席の小屋からだ。蝕心魔法はこちらの大きな武器だが、今回は狙撃の技能を生かすためにバックアップに回っている。


 さておいて、暗闇と妖雲をものともしない吸血鬼の目で敵影がないということは、本当に屋敷の俺たちに面する側に敵が居ないということか。


 もちろん、角度的に見えないところに兵士が潜んでいるのかもしれないし、ホールから続く渡り廊下の入り口には、爆発物が仕込んであるかもしれない。


 ただ、備え付け式の銃架すらないということは、本当に屋敷の要塞化が間に合っていないということかもしれない。


 よく考えれば将軍たちは勝ち戦のつもりが味方の裏切りに遭い、命からがらあの屋敷に逃げ込んだに等しいのだ。


 中央即応集団はほぼ完全な包囲を敷いており、戦闘車両の一台すら保有できていない状態。たとえ屋敷を要塞化して抗戦しても、援軍も望めない。


 むしろロンヅを人質にしてでもなんとかして助かるべく交渉を試みてもおかしくないくらいだろう。


 ならば、今こそ攻撃の機会ということになる。


 俺はギニョルを見つめた。しかし俺たちのお嬢さんは赤い髪を揺らして首を横に振る。まだ慎重にってか。


 ユエ、ガドゥもうなずいた。ギニョルへの同意か。


 俺は腕時計を見つめた。ほんの数分で中央即応集団の一回目の支援砲火がなされる。そうすれば罠の有無にかかわらず突入だ。


 陽動役のスレインとフリスベルのコンビも、コの字のへこみの方に向かうべく森に潜んでいる。


 時間がない。つい小声を出す。


「ギニョル、何も居ないだろ」


「待て。十秒くれ。こやつを送ってみる」


 ギニョルが杖をかかげ、呪文を唱える。紫の魔力が走ると、がれきの隙間からいくつもの骨片と肉片が集合していく。


 レイズデッドか。


「……幾人か、まだ亡骸が見つかっていなかった者達じゃ。無理やりくっつけた。役に立ってもらおう」


 感情を殺してそうつぶやくと、杖を振るう。焼け焦げた骨の塊は、がしゃがしゃと露骨な音を立てながら、渡り廊下の方を本棟の入り口に向かって歩いていく。


 左右の脚の長さが違い、頭蓋骨もいくつかがごちゃごちゃになり、両肩の高さも違う。おぞましい人形の様だが、かつては連中流の誇りをもって生きていた悪魔や吸血鬼の成れの果てなのだ。


 ゴブリンとして悪魔や吸血鬼からさんざんに恐怖を味わわされたであろうガドゥが心配そうにつぶやく。


「い、いいのかよ。同族を」


 俺にも偉そうにしていた何人かの顔が思い浮かぶ。ユエが言った。


「ギニョルが覚悟したことだよ。でも本当に何もいないのかな」


 口をつぐんだ俺とガドゥを気にせず、ユエは死骸の行く先を見やる。不格好な骨の塊はじゃらじゃらとうるさいが、それでも屋敷の方には人が出てくる気配がない。


 とうとう裏口まで到達し、不格好な手がドアに触れた瞬間だった。


 ドオン、という爆発音とともに、裏口と周囲が音を立てて吹き飛んだ。衝撃が森の木々に反響し、地面がびりびりと揺れた。


 爆発物のトラップ、魔道具ではなく、センサーか何かを使ったやつだ。手薄な玄関に入った瞬間、吹き飛ぶのだ。


 俺たちは全員ガレキに身を隠した。二階の壁が変形し、長方形型の穴が部屋にそって五つも開いた。


 銃架に乗ったM2重機関銃がひとつ、74式軽機関銃の銃架がひとつ、残り三つにも89式自動小銃を携えた兵士が現れる。


 現象魔法で壁を加工して隠れていやがった。トラップが発動すると同時にこっちを攻撃するつもりだったのか。


 全員息を殺して待つ。相手は手ごたえがないことに気が付いたらしい。


「……死体がないな。デコイを使ったか、悪魔は死骸を操れる」


「高村曹長、一時方向、悪魔の魔力が!」


 一人の兵士が叫ぶと全員が壁に隠れた。そうだった、自衛軍には魔力が読める奴が居る。レイズデッドを使った直後のギニョルが探知された。


 悪いことに高村とは、M2の銃架担当の奴だったらしい。目では俺たちを確認していないが、銃口はこちらを向いている。こんながれきでは12.7ミリを防げない。


 だが銃声は背後からだった。


 高村と呼ばれた曹長は、M2のボタンを押し込む直前、ヘッドショットを受けて部屋に倒れた。


 いち早く事態に気づいた俺たちの狙撃手、クレールの仕業だ。


 だが奥から別の兵士が銃架に入ろうとする。今度は壁にうまく隠れている。


 次撃たれたらまずい。だがギニョルはすかさず右目を光らせた。


『スレイン、行け! ララ、手はず通り支援砲撃を開始してくれ!』


 使い魔を通じて呼びかけた直後、屋敷の屋根に迫撃砲弾が炸裂した。


 中央即応集団はダークランドのあちこちに迫撃砲陣地を敷いている。120ミリ口径の迫撃砲弾は屋敷めがけて容赦なく直撃を繰り返した。


 銃眼の兵士達があわただしく姿を引っ込める。銃声は本棟に囲まれた中庭のくぼみで聞こえてくる。


 スレインが突入したのだ。迫撃砲火と合わせて、相手は、対応を乱される。


「行くぞ、皆続け!」


 ギニョルががれきから姿を現す。目指す先は爆弾で崩壊した裏口だ。


 俺とガドゥ、ユエも続く。遮蔽物のない庭を駆ける。


「断罪者が裏口より侵入します!」


 俺たちに気づいた兵士が、こちらに向かって89式を構える。


 瞬間、ユエのポンチョがひるがえる。両肩を撃ち抜かれた兵士が部屋の中に倒れた。


「中庭は囮だ! 裏口に集中しろ!」


 銃眼に兵士が戻ってくる。クレールの援護で一人倒れるが、次々とやって来やがる。まだ数十人兵士が残っているのだ。たった七人ではきついか。


 だが立ち止まるわけにもいかない。ユエほどの早撃ちができなければ、一人を狙ううちに五人から蜂の巣にされるだろう。


 撃たれるかと思ったとき、M2のある二階の部屋に再び爆発が轟く。


 迫撃砲が直撃したのだ。数人の兵士が吹き飛び、もちろんM2も弾薬ごと吹き飛んでしまった。


 一人の兵士がハンドサインを繰り出す。あれは退避の合図だ。

 迫撃砲で損害が出るのを嫌ったな。


 兵士たちは廊下に引っ込んでいく。俺たちは四人とも無傷で吹き飛んだ裏口の穴をくぐり、邸内へと侵入した。


「行くぞ! 目標は玄関ホール、侠志はそこに確認している。クレールもすぐこちらに向かう」


 エアウェイトのリボルバーを起こしたギニョル。俺もユエもガドゥも黙って答えた。もうここからは止まりようがない。


 紛争の根源が、いよいよ眼前に迫っていた。

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