42なりふり構わぬ策


 入り込んだ部屋は、ホールに向かう衣装室だったらしい。鏡や洋服ダンスなんかが無残に壊れ、一部には爆発の火がちろちろとしている。


 廊下に面した扉は爆発の影響で歪んでいる。開かないうえに、金属製の取ってが熱くなってやがる。


「くそっ、こっちから入ったのは間違いかよ!」


 ガドゥが蹴りつけるが動かない。俺はM97のスライドを引いた。最初の三発にはスラッグ弾が込めてある。ドア破壊とボディアーマーの貫通用だ。


「どいてろ」


 があん、と一発。スライドを引いてさらにもう一発。


 二か所の蝶番を撃ち抜くと、ガドゥの蹴りでドアが落ちた。


「騎士くん!」


「危ない!」


 直後、ユエとギニョルによって俺たちはそれぞれ押し倒された。

 ドアを失った空間に、銃弾が殺到している。中庭を挟んだ向かいから銃撃されているのだ。


 俺とユエがドア跡の右、ガドゥとギニョルが左に分かれて銃弾をよけることになる。


 子供並みの体格のガドゥはギニョルの腕にすっぽり収まっている。というか、胸元にほとんど全身を埋めて固まっている。


 なかなか刺激が強い事態だが、お互いかまってもいられない。


「ガドゥよ、無事じゃな。ぐずぐずしてはおられぬぞ。突破せねば」


「あ……いや、待てってギニョル。廊下には窓がある。中庭越しに撃たれ放題だぜ」


 ガドゥの言う通りだ。スレインとフリスベルにも銃撃がなされているらしいが、やはり敵は屋敷に新輸入した俺たちを狙っている。


「やっぱり火力も兵力も違うね。スレイン達もいつまで持つんだろう」


 ユエの言う通りかも知れない。


 向かいの棟の一階だけではなく、二階からも庭越しに銃撃がされている。このまま惚けていては、さっき廊下に引っ込んだ連中もここまで降りてくるだろう。


 銃声のさなか、建物を揺らしていた砲火が途切れた。約束の支援砲撃の時間が終わったのだ。兵士たちを全滅させてしまわないよう、時間と狙いを限定するよう注文を付けていた。


 がれき地帯に向いたM2を潰してくれたことは良かったし、おかげでここまでは突入できた。が、相手の損害はまだそれほどでもない。


「ギニョル、こうなることも予測はできてたんだろ」


 銃声と銃弾の跳ね回る中、俺の問いにギニョルは眉間にしわを寄せた。


「……分かっておる。なり損ないを解き放とう」


 ガドゥとユエはぴんと来ていない様だが、俺は戦慄した。


 なり損ないってのは、三呂で暴れたあの化け物のことか。操身魔法に失敗してできた怪物で、ひたすらに人を食らっていくあの。


 三呂では凄まじい殺人事件を何件も起こし、最後は人間だった頃通っていた高校の生徒教師をすべて食い殺そうとして、銀の弾丸で消滅したあの。


「お前の家にもいたのかよ」


「歴史の長い家には大抵閉じ込められている。どのような操身魔法も試せるから、便利ではあるのじゃ」


 なるほど、外科医が解剖実験に使う死体のようなものか。ギニョルも使っていたんだろう。俺とユエ、ガドゥの視線は厳しいものになった。


 三人とも、断罪者として人の命を奪ってはいるが、実験体として人間をもてあそんだ経験はない。悪魔としての常識なのだろうが。


「……この家に居るのは、わしから三代前の当主が捕らえた人間だったと聞く。動物でも人間でもどん欲に食らうおぞましい化け物じゃ」


「お前ら悪魔のせいでな。本当に色々考えるべきだぜ」


 断罪でもなければ、誰が好き好んで自分の世界の人間を食う化け物なんぞ開放してやるものか。


 ただ、少しでも顔を出そうとすると相変わらず銃撃が集中する。両奥の階段に兵士たちのブーツの音が聞こえてきやがる。ためらっている暇はない。気が進まないとか言っている場合でもない。


「場所はこの部屋を出て左奥の部屋じゃ。騎士、わしと来てくれ」


「ああ」


 M97のシェルチューブにバックショットを送り込む。階段は進行方向にもある。降りてくる兵士と接近戦になるかもしれない。


「私達は敵を止めるね。ガドゥ」


「分かったよ。後ろは任せてくれ」


 ユエとガドゥが俺たちの背後を守るか。十分やってくれるだろう。


 ただ、銃撃の続くドアをくぐるのが一苦労だ。重機関銃や爆発性のてき弾こそ来ないが、89式の5.56ミリのライフル弾だって、食らえばかなりのダメージを受ける。


 うまいこと射撃の止むタイミングを見計らいたいが、そこは向こうもプロだ。向かいの棟の窓や部屋ごとにリロードのタイミングをうまく調整して切れ目を作らない。


「行くのはいいけど、相変わらずだぜこれじゃ」


「いや。行けるよ。ほら、スレインがやってくれる」


 ユエの言う通り、ドアから先では、裏庭に飛び上がったスレインの姿がある。


 長い首を回すと、向こうの窓の小隊めがけて凄まじい火炎を吐きかけている。炎の息はガラス窓を割り、逃げ込んだ部屋のドアを焼き尽くして内部まで入り込む。弾薬の誘爆と火炎の嵐に前に、一小隊が丸ごと沈黙した。


 銃撃がスレイン達に向かうが、背中のフリスベルが杖を振りかざし、裏庭にあった木を現象魔法で一気に成長させた。茂った葉が向かいの窓や廊下を覆い尽くし、俺たちへの射線を断つ。


「今だ! 行くぞ騎士」


「おう!」


 ギニョルと俺が先にドアを飛び出す。


「行こう、ガドゥ」


「ああ!」


 ユエとガドゥは俺たちの背後に出た。


 こちらの正面にはギニョルの言う通り、かなり重たそうな扉がある。そこまでの間に、二階からの階段もある。敵が降りてくるとすればここか。


「騎士! ひとつ持ってけ、ピン抜いて三秒だぜ」


「ありがとよ」


 ガドゥから投げ渡されたのは、見た目にも自衛軍の使う丸いタイプの手りゅう弾と似た魔道具だ。


 ピンを抜いて三秒か。階段で敵とかち合うと考えて、投げ返されたら話にならないな。


 階段まで三十メートルほど。俺とギニョルは廊下を駆けるが、銃声と共に廊下のガラスが吹き飛ぶ。


 銃弾は走る俺たちのすぐ脇で壁面にぶつかって、激しい音を立てている。フリスベルが木を作ってくれたが、射線は完全に切れたわけじゃない。俺たちが部屋を出て進んでいるのは向こうの棟の連中にも分かっているのだ。


「気にするな、それより駆けよ!」


 さすがにギニョルは肝が据わっている。こっちも動いているのだ。こういうときは当たらないと信じるほかない。


 階段が近づくと、あわただしい足音が階上から聞こえてきた。銃声に交じって、銃器や弾薬を移動させる重たい音もする。俺たちの動きは読まれている。


 振り向くと、ユエとガドゥはすでにそれぞれの銃で後ろ側の階段めがけて銃撃を始めていた。あちらにはもう敵が来ているのだ。


 人間離れした早撃ちと正確な狙いを誇るユエに、自動小銃であるAKを持ったガドゥなら、連中を近づけないこともできる。


 だが俺たちは、接近戦用とはいえ、たった六発のショットガンと、89式に比べれば破壊力も装弾数も劣るエアウェイトか。


 出会いがしらにショットガンをぶっ放せば止められるか。いや、相手は多分読んでる。階段が近づいてきた。


「ギニョル、こいつを使う。階段前で止まるぞ」


「いいじゃろう」


 俺は魔道具のピンを口で引き抜いた。二秒走って階段室が近づいてきたところで、階上めがけて投げ込んだ。


 俺とギニョルは姿勢を低くし、窓枠の下に隠れて向かいから銃撃を逃れる。


 魔道具が投げ返されることはなかった。スレインがもう一人現れたかのような激しい火柱を噴き上げ、階段室を炎で覆い隠してしまった。


 しかも手りゅう弾と違って、効果は継続している。


「こちらはだめだ、回り込むぞ!」


 足音が移動していく。俺はギニョルと顔を見合わせた。炎の勢いは強く、廊下にもはみ出してきているが、行くしかない。


 飛び込むようにくぐりぬけると、前転から体を起こす。目的の扉へとたどりついた。


 近くで見るとこの扉だけ明らかに異様だ。太い木の柱が分厚い鉄で束ねられ、何やら古代文字のようなものが彫り込まれている。


「これ自体が、封印用の魔道具じゃ。扉の木を硬化させてなり損ないの力でも破壊できぬようにしてある」


 こともなげに話すギニョルだが、よく観察すると中から何かがぶつかるような音がしている。


「こやつの求めるのは、魔力を持った普通の人間じゃ。それが最も姿の安定に役立つ。もはや姿が戻ることはないが、紛争からこの方、ほとんど人間をやっておらんから、今は人間へのどん欲だけがある」


 下僕半の俺、魔力不能者のユエは除くってわけだ。もちろん、人間でない他の断罪者全員も。


 ギニョルが扉に触れる。紫色の魔力が白い手を伝わり扉全体に広がる。


「今この屋敷には多数の人間がおる。アグロス人にも魔力が一切ない魔力不能者は珍しい。自衛軍のほとんどの者が、こやつの最も好む餌なのじゃ。騎士、壁に張り付いておれ!」


 魔力が扉を包み、魔道具である金具が外れた。言われた通り壁に張り付いた俺の眼前で、扉を構成する木材が崩れた。


 すると、俺になり損ないを見たときの感覚がよみがえった。

 この異様さ、放たれている銃弾や硝煙の匂いよりさらに本能に訴えかける違和感。存在が間違った何者かが、真っ暗な部屋の奥でうごめくのを感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る