23いつも通り


 生徒はなんとか校舎内に押し込んだが、あのトラックには防弾が施されている。12ゲージスラッグ弾で窓も割れない以上、今の俺達の武器じゃとても破壊できない。


 だが向こうとて、校庭に出た生徒を襲うはずが、俺達を突破して校舎に行かなきゃならなくなったのだ。ランサーを駆る俺の暴走で、だいぶパトカーも引っかけてやったから、騒ぎが起これば、警官達もさすがに見てみぬふりはできないだろう。まあ、食われて犠牲を増やすだけかも知れないが。


 お互いにとって、背水の状況なわけだ。


 トラックのドアが開き、白い怪物となった更紗と陽美が飛び出してくる。

 今度は夜見た姿と違い、目のない双頭の狼のような外見だ。体長約4メートルという、スレインと張るほどの大きさをしている時点で、もはや狼なんぞではないのだが。


しかし姿が安定している。より早く動き、よりたくさん捕食するための形態だろう。


 振り向くと、校舎の方でもヤバいと思ったのか、防火扉を閉めて閉じこもる動きが見える。それでいい。とにかく身を守ってくれ。


「まずは近場の餌だ!」


 ドマが梨亜めがけてP220を撃つ。命中はしていないが、怪物が猟犬のように勢いを付けて駆け寄っていく。梨亜も反撃したが、相手は左右にはねまわってかわした。


「させるか!」


 その鼻先を、クレールのレイピアがかすめる。黒い液体を吹いて後ろに下がり、おぼれるような唸り声を上げる怪物。


 距離十メートル。まずは足を殺してやる。

 動きを止めた怪物の足首に向かって、俺は三発連続で撃ちかけた。


 臭いかなにかをたどったのか、怪物は俺の銃口から飛びのき、散弾をかわしやがった。


 当たり前だが校庭は広い。怪物は俺達と車を回り込んで、校舎の方へ突き進んでいく。

 梨亜と俺が銃を撃ち、クレールが必死に追いすがるが、相手の速度は車ばりだ。さすがに追いつけない。


 校舎の窓なんて軽く壊して侵入するに違いない。追いかけなくてはと思ったが、ギニョルの制止が飛んだ。


「追わなくていい!」


「ギニョル」


 なぜだと問おうとして、納得した。俺にも見えるほど濃い紫色の魔力が、トラックと校庭のあちこちに集まっている。


 低い詠唱が聞こえてくる。トラックの運転席、マロホシが居る席にも魔力が集中している。


『ネイデル・グラン・リゼ・リゼ・アナイケ・ゾルディエ……』


 雰囲気がある。校庭のあちこちに、ひびが入り、手甲で固めた青白い腕や、骨が出てくる。


「あ、まさか……」


「梨亜、何か知ってるのか!」


 クレールが尋ねる。俺は思い出した。そういや、三呂市は古戦場でもあるのだ。


「鵜合高校は、古戦場だった場所を、そのまま埋めて校庭にしたって聞いた事があるけど」


 何百年前の話だろう。だが、死者を操る操身魔法は悪魔の得意技だ。ましてやマロホシは悪魔たる本分に従い、あらゆる種族を犠牲にして、実験に励んできた。風化しかかった何百年前の死体であろうと、操れないほうがおかしいのかも知れない。


 霧状の魔力の中に、地面から這い出た亡者が立ち上がっている。

 されこうべの顔に、割れた胴丸、錆びた刀、すねあて、手甲。ぽっかりと開いた眼の穴の中に、魔力が集まって光る。


「主たるゾズ・オーロが命じる! 猛き心に従い、我が敵を阻め! 死せるつわものたちよ!」


 マロホシの命令に従い、十体ほどの死者たちはいっせいにこちらに向かってきた。


「くっそっ!」


 錆びた刀が大上段に振るわれるのを、ショットガンの銃身で受ける。

 けりを入れて態勢を崩し、よたよたとするその頭を、銃剣で薙ぎ払う。

 胴体にはバックショットを二発撃ち込む。劣化した胴丸ごと骨が吹っ飛び、校庭の土に交じった。


 クレールを襲った奴はさらに悲惨だ。目にもとまらぬレイピアの斬撃で、あっという間に手足を飛ばされ、骨だるまにされてしまった。


 梨亜でさえ、ベスト・ポケットの固め撃ちで、頭と胴体に大穴を開けて倒している。


 だが、これで終わらないのがレイズ・デッドの恐ろしいところだ。


 俺達が次の亡者を倒しにかかる最中、粉々になった骨や割れ散った胴丸、へし折れた刀までが、魔力に取り巻かれて再生してしまう。


 レイズ・デッドは、物体の魔力を術者の好きな形にねじ曲げて固定させる。魔力の形が安定する限り、破壊されても戻ってしまう。


 ドマの射撃もあって、俺達はランサーの方へ追い詰められてしまった。


 撃っても、斬っても、亡者たちは復元を繰り返す。全員身を守るのに精一杯になってしまっている。


「やばいぞ、このままじゃ、校舎の方が」


 六発目のバックショットで亡者の胸を吹き飛ばし、一瞬の隙に振り返る。怪物が玄関を割り、防火扉に前脚を叩き付けていた。あれを超えれば校舎内に侵入される。


「でもこれじゃあ……!」


 マガジンを換え、目の前の亡者に9発全部を叩き込みながら、梨亜が泣きそうな声を上げる。


「ギニョル、何か策はないのか!」


 ランサーから前に出て、軍勢の真ん中でレイピアを振るい、亡者を撫で斬りにしながらクレールが叫んだ。その脇にはドマの撃った弾が着弾している。


 じり貧。手立ての思い浮かばないこの状況。


 ギニョルが車を出た。亡者の中で肩幅に足を開くと、エアウェイトを悠然と構える。狙いは瀬名の記憶を持ったドマ。


 銃を握った右手が、煙を上げている。まさか、銀の弾丸を入れたのか。純粋な悪魔であるギニョルには、焼けた鉄を握るような痛みのはずだ。


 ドマのP220は、ちょうど弾を撃ち尽くし、スライドが固定している。ギニョルとの距離約30メートル。遮蔽物も特にない。マガジンを取り出しリロードにかかるが、タイミングはギニョルの方が早い。


「甘いわ……」


 マロホシのささやきが聞こえた気がした。亡者たちがギニョルめがけて錆びた刀を振りかざす。


 銃声が三つ。


 ドマがコンテナに膝をつく。胸元には血がにじんでいる。


「す、まん……さら、さ……ひろ、み……」


 前のめりに倒れると、血だまりが広がった。それだけでなく、全身が煙を上げて薄くなっていく。銀の弾丸の効果はてきめんだ。悪魔ドマの体で、胸元の急所に三発。耐えられるはずがない。


 一方のギニョルは、六人の亡者に襲い掛かられたものの、無傷だった。


 なにせ、俺とクレールが銃剣とレイピアで突進、全員弾き飛ばしたのだから。


「なかなかやるではないか」


「こっちの台詞だ。銀の弾丸なんて、ぞっとするよ」


「根性あるな、お嬢さん」


 軽口をたたいている場合ではなかった。トラックがバックをはじめた。マロホシのやつが状況不利と見て逃げにかかったのだ。当然止める術はなく車道に戻られてしまい、俺たちを追ってきたパトカーが、サイレンを鳴らして、その後を追随していった。


 俺もクレールも思わず体が動きそうになったが、ギニョルはエアウェイトを太股のホルスターに収めた。


「捨て置け。今は校舎じゃ。亡者共もおる」


 背中から出てきたのは、山羊の頭蓋骨がついた杖だ。


「騎士、クレール、時間を稼げ。梨亜はクレールのM1にトランクにあるクリップを込めろ。もう防火扉がもたぬ。あの怪物に一人でも殺させるわけにはいかぬぞ」


 美しい双眸が、紫色に妖しく光る。だがその目が見すえるのは、事態の決着ひとつだけ。これこそが俺達の上司、断罪者であり悪魔である、ギニョル・オグ・ゴドウィだった。

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