24解呪
ギニョルの意図はどこにあるのか。今は、とにかく従うのみだ。
俺はガンベルトからバックショットを取り出した。シェルチューブに一つ入れて銃身に装填し、残り五発でチューブ内の間隙を埋め尽くす。
満タンになったら、襲ってくる亡者の胸元めがけてぶっ放した。
距離五メートル、ショットガンのベストレンジに、再生した身体が吹っ飛ぶ。
よろめく相手の頭に向かって、銃剣を突き刺し、頭蓋の穴から一気に千切り飛ばした。
「……野蛮だな」
クレールは二体と同時に対峙し、相手が刀を振り上げると同時にレイピアを一閃。両腕と頭を切り裂き、胸元をうがつ。
三体倒したが、ギニョルを狙った奴らが再生して襲ってきた。マロホシのレイズデッドは相当に強力で、効果時間も長いらしい。もげた頭や腕がそのまま動いたギニョルのと違い、損傷しても再生する。このまま、永遠に戦い続けなければならないのだろうか。
がご、と校舎の方で音がした。怪物に殴られる防火扉が、いよいよ歪み始めたらしい。
悲鳴も上がる。これは本格的にまずい。一体どんな方法があるのか。
ギニョルは相変わらず杖を握ったまま魔力を集めている。梨亜がトランクを閉じ、M1ライフルを持って振り返った。
「ギニョル、弾込めたけど、これ銀だよ。クレールさん吸血鬼だし」
「そうじゃな。三日ほど両手が使えんが、よいな?」
無茶ぶりだが、クレールはにいっと凶悪に唇を歪める。
「望むところさ。どこを撃てばいい」
ひゅうん、と軽い音がして、襲い掛かった亡者が両断。銃剣を振り回すだけの俺と違い、スピードと切れ味に秀でた吸血鬼の剣術。マントをなびかせる様は、まるでマタドール。
「魔力の分布のほころびを……」
言いかけたところで、怪物がこちらを振り向いた。
まさかと思ったが、校舎の玄関を駆け抜けると、一直線にこちらへ走ってくる。
銀の弾丸があるのを感知したのだろうか。意志があるようには見えないのに。
理論の追求は後だ。今来られたら防げない。
「これからそなたに、魔力のほころびを見せる。それを撃て。決して外すな」
狙っているのは梨亜の方、ランサーに向かってくる怪物に向かい、俺はショットガンを撃った。怪物は散弾を横っ飛びにかわした。だが、それでいい。撃ち続ければ接敵を防げる。ギニョルの操身魔法の発動まで――。
「うっぐ……!?」
右肩を冷たい鉄の塊が貫いた。錆びた刀だった。同時に左肩に噛みつかれる。冷たく、硬い亡者の体が、俺を背中から包み込む。後ろを取られた。銃を落としている。まずい。
「騎士! ぐっ……」
亡者は刀を捨て、クレールのレイピアを頭部で受けた。鼻までめりこんだ刀身を骨の手でつかみ、抑え込む。
「騎士、クレール!」
梨亜の銃弾が俺とクレールにとりつく亡者の頭に降り注ぐ。だが両者とも、今度はてこでも動かない。まるでマロホシが俺達のやり方を予想して、予め絶対の命令でも与えておいたかのように。
怪物が梨亜に狙いを定めて、前脚を突っ張る。頭部が開き、醜悪な口が覗く。
『ディズ・ウィル・ディズ・テイム・アンク・ノット・ドリィブ・ジャグド!』
すんでのところで、詠唱を終えたギニョルから、まばゆい光が放たれた。
断末魔の一言もなく、俺にへばりつく亡者が土に還った。クレールのレイピアを受け止めた奴も、起き上がって襲ってくる奴も、起きてきた十体が、まとめて校庭の土へと還ってゆく。
紫の魔力が空気へと霧散する。ギニョルは自らの操身魔法によって、マロホシの強力なレイズデッドを解除してしまったのだ。
それだけじゃない。梨亜を飲み込もうとしていた怪物が、身をよじってもだえ始めた。
どたばたと転がり、首や腕を伸ばして土を引っかいている。
形状も、一応は獣のようだった姿から、ぐねぐねとした白い塊に変化し、一気に正体が分からなくなった。
こいつは操身魔法の失敗により生まれた。それを解除することは、まさか元に戻すことなのだろうか。
「ギニョル、もしかして」
「違う。ねじ曲がった魔力は決して戻らぬ。ほころびを解いたに過ぎぬ。クレール、見えるであろう」
「っ……ああ」
クレールがM1ガーランドを拾って、怪物の体に狙いを定める。両手から煙が上がっている。直接触れてもいないのにかなり辛そうだ。
膝射の姿勢で狙いをつけながら、つぶやく。
「梨亜、二人を救えなくて、すまない」
「……分かってるよ、もう、いい」
梨亜が銃を納める。
弔砲のようなクレールの射撃が、静かに六発響き渡った。
弾丸は全て、ほころびとやらを射抜いたらしい。怪物の図体からすれば、針で刺した穴のような弾痕から、ひびのようなものが全身にはしった。
ついで、その体が形を変え、一瞬人間らしきものが現れたかと思うと、すぐに色を失い、灰になってしまった。
風がさらりと吹き、灰を青空に運んでいく。
二十一人を殺し、罪もない家族と医者を巻き込んだ事件。その静かな幕切れだ。
ただ友人を失った梨亜にとってはそうもいかない。灰の中にしゃがみ込むと、取りすがって泣き始めた。
ギニョルがため息をひとつついた。
「……数百年前の死体を動かすレイズ・デッド。記憶移植の成功例。恐らくバンギアで最高齢の成り損ない。紛争前のわしなら、ありったけの下僕を動員して捕獲して、図書室にこもって論文にまとめねば気が済まぬであろう」
「今はどうなんだ?」
俺の言葉に、ギニョルはしゃがんで、梨亜の肩を抱いた。
「麻痺したものじゃ……悪魔の感覚も。もっと早く、こやつらを眠らせてやれんかったのか。わしの理論を数百年進めた、あのマロホシの額を撃ち抜きたい」
震える梨亜に頬を寄せながらギニョルは目を閉じた。銀で火傷した自らの手を、いっそう強く握りしめる。
ポート・ノゾミという島が、悪魔の本質を助長したマロホシとは逆に。
ギニョルは島の紛争を経て、悪魔でありながら断罪者となった。
サイレンを鳴らして警察が集まってくる。その中に、黒い乗用車が混じっている。
山本も来やがった。事件の幕が引かれるのだろう。
日ノ本に来るたび、見たくないものを見せられる。
決して慣れない。慣れてなどやるものか。
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