22悪魔でなければ
下僕たちの放つ銃弾が、コンクリの壁や、ランサーのボディで火花を散らした。
「来ないでよ! もういい加減にして!」
梨亜がベスト・ポケットで反撃する。
俺はガンベルトからバックショットを補充した。
「くっそ……」
クレールは利き腕を負傷し、今のギニョルは使い物にならない。相手の練度は高く、俺達は数でも負けている。
正面の三人の下僕は、切れ目なく銃撃を繰り返しながらじわじわと距離を詰めてくる。もう二人は、右のほうから回り込んでくる。
クレールがギニョルのエアウェイトで反撃するが、利き腕をやられて狙いがぶれている。
さっきから狙撃による援護も止まっている。このままじゃ、虐殺を防ぐとか以前に、押し込まれてやられてしまう。
けたたましいブレーキの音が響いた。後部を大きく振って、路面にタイヤ痕をつけながら、国道側に青と白の長方形の車両が現れる。
赤色灯が激しく回転している。あれは、特殊急襲部隊が使用する人員輸送車の一種だ。
輸送車は俺達の目の前を抜けると、門前で停車した。下僕たちからみて逆側に、部隊員が六人、次々に展開する。
そのうちの一人がこちらにやってきた。覆面を下げると、紅村だった。
「……遅くなりました。本部に連絡し、下僕たちを銃刀法違反の現行犯として、逮捕許可を取りました。制圧は任せて、みなさんはマロホシたちを追ってください」
助かる。だが、ギニョルが戦力にならず、クレールが負傷した状態で、マロホシやドマ、さらには、あの更紗と陽美に勝てるのだろうか。
「ありがたいよ、紅村。ギニョルを連れて行ってくれ。何か事情があるみたいだ」
クレールが左手で背中を押すと、よろよろと歩いて紅村にもたれかかるギニョル。とても連れていけはしない。兆しのようなものはあったが、マロホシの挑発のような言葉から、一気にこの状態になった。
「ギニョルさん……分かりました、任せてください」
「お父さん、私行ってくるね」
「梨亜、気をつけていくんだ」
俺はランサーの操縦席に座ると、キーを回して再びエンジンをかけた。
クレールは後部座席に乗った。この状況で戦力として当てにするのは酷だが、梨亜も助手席に入る。
「紅村、ギニョルを頼む」
俺がそう言ってパワーウィンドウを閉めにかかると、ギニョルが顔を上げた。
「……ならん! わしも行く。次は、こうは行かぬ」
様子が戻った。さっきまでのふ抜けた状態とは明らかに違う。
俺はクレールと顔を見合わせた。果たしてギニョルは信頼できるか、連れていくことに負担はないか。今まで上司がやっていた判断を、俺達で行わなければならない。
「頼む。マロホシもドマも瀬名も、あのなり損ないも、必ずわしの、同じ悪魔の手で抑えなければならぬのじゃ」
マロホシと同じ悪魔でありながら、断罪者をやっているギニョルの手で、虐殺を防ぐ。
「意気はあると思うぜ」
俺の言葉に、クレールもうなずいた。後部座席の扉を開ける。
「……早く来い! 一秒でも惜しい」
「クレール、すまぬ」
もとより二人だけで、あの怪物たちを断罪できるとは思っていない。
ギニョルを乗せると、俺は車を発進させた。
鵜合まで通常のルートを取ったのでは、とても先には辿り着けない。
ほとんど路地裏のような、ビルの間の道を無理に通る。一方通行も無視して、歩道に乗り上げ、信号を切り抜け、強引に時間を縮めていく。
運転に集中する俺の後ろで、手当てを受けながらクレールが尋ねた。
「ギニョル、一体なぜあんなことになった」
「くだらぬことじゃ。わしら悪魔は、自然の法則を魔力で解明することを目指しておる。一代八百年の寿命を代々かさねて、数千年もかけてな」
入っていた弾頭を取り、消毒して包帯を切ると、傷口に手を当て、操身魔法で癒していく。手慣れたものだ。悪魔は滅多に使わないが、回復魔法は操身魔法の一種なのだ。
「わしの家は、ゴドウィ家はずっと、操身魔法を使わぬ生物の変性を試しておった。わしの代でたどりついたのが、記憶の移植により、人格を再現し、魔力の分布を変えて身体の境界を失くす方法じゃ」
それは、マロホシの実験とまるっきり同じじゃないか。
「紛争前、悪魔の会合で論文にして発表したが、悪魔の法則に反するとして封じられた。マロホシはそれを読んで実行した。基礎理論の確立者は、確かにわしじゃ。後は実験して経緯を確かめるだけじゃった。本当を言うと、最初バンギア・グラに参加したのは、同族の目の届かぬところで実験を行うためじゃった」
思ってもみなかったが、ギニョルとて、この島に来たということは、バンギア人を利用する目的を持っていたのだ。
やはりこいつも悪魔。ごみ箱を跳ね飛ばしながら、思わず悪態が口を突いて出た。
「家柄もなにもねえマロホシに実験を先にやられて、悔しかったってか」
「それも、ある……じゃが、最も驚いたのは、わしが心底あやつを憎んだことじゃ」
弱弱しい声だった。連れてきたことを後悔したくなるほどの。
「本来、同族でさえどのような目に遭っても気にせぬのが、わしら悪魔という種族じゃ。それよりも優先されるべきは、神に抗う自然への冒涜。ねじ曲がった魔法、他者の利用などマロホシがやっておるのはむしろ手本じゃ。わしとても、そう教えられた。なのに怒りが湧き上がってくる!」
座席に腕を叩き付けたギニョル。袖の端から.38スペシャル弾がこぼれ落ちた。
「あやつはなぜこんな残酷なことができる。なり損ないを救うためとはいえ、二十一人を殺し、ドマまで乗っ取ってなぜまだ瀬名は、悪魔になろうとする! なぜ優れたものは誰もかれも、自分の欲望を優先して、弱い者を虐げて平気な顔をする!」
顔を伏せたギニョルの眼に、赤い髪がかかって見えなくなる。頬を一滴、涙が伝う。
「口惜しくてならぬ。腹立たしくてならぬ。法に逆らう者が、弱者を踏みにじり苦しめる者が。義憤などという言葉は、わしら悪魔の辞書にはないはずなのに! わしは自分が、何者なのか分からぬのじゃ。悪魔の能力と寿命はあれど、代々の研究にすら反発を覚えてしまうわしは、一体……っ!」
ハンドルを大きく切って、ランサーが商店街から大通りへと出た。歩道の縁石を踏み込え、大きく車体が揺れる。右向こうが鵜合高校だ。トレーラーを出し抜けた。
バックミラー越しに、クレールがギニョルの手を握るのが見えた。
表情まではうかがえないが、声からして安心しているのが分かる。
「簡単じゃないか。お前は断罪者だ」
「クレール……」
「その通りさ。俺達をまとめて、どんな悪党にも負けねえ断罪者だよ、お嬢さん」
「騎士……」
高校の校門が近づく。向こうに、曲がってくるトレーラーが見えた。瀬名が道を教えたのだろうが、しょせんお高く留まった医者の知識。渋滞やら交差点やらに引っかかり、俺達に出し抜かれた。
正念場はこれからだ。後ろからやってくる三台のパトカーを後目に、開いていた校門をくぐって、校庭に突っ込んで砂煙を上げる。
「いいかお嬢さん、同族から後ろ指さされようと、あんたは断罪者たること選んだ! いつもみたいに、悪魔のえげつない策略で俺達を走り回らせてくれ!」
エンジンを切ると、ドアを蹴り開け、ショットガンを携えて飛び出す。
スライドを引いて頭上に散弾を撃ち、出てきた生徒を校舎へと追い込む。
「お前でも悩むことが知れて嬉しい。僕にとっては、それだけのことさ!」
クレールがレイピアを持って飛び出し、校門の前に立つ。
マロホシの操るトラックが、道をふさいで鵜合高校の前に停車した。
「ギニョル。悪魔としてたくさん生きたみたいだど、多分、ギニョルが思ってる以上にやってきたことが濃かったんだと思うよ」
梨亜がそう言って、車を出てきた。手には紅村から渡されたのか、より口径の大きいP220を持っている。
「断罪者か……」
ギニョルは弾薬を拾いあげ、よどみない手つきでエアウェイトに込めた。
トレーラーは今まさに、コンテナを開こうとしていた。
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