21基礎理論の確立者

 銃声を合図に、俺達は車のドアを一斉に蹴り開けた。

 転がるように飛び出すと、それぞれの銃を構え、コンクリート塀と車を盾にして周囲の様子をうかがう。


 おおむね予想通りだった。あらかじめ予定しておいた通り、狙撃は無防備なマロホシを狙っていた。

 自衛軍にも使い手がいる、レミントンM24というボルトアクションライフルを使用した一斉射撃だ。込められた7.62ミリNATO弾の弾頭は、悪魔に対して一切容赦のない純銀製。


 一発だけ、うまく耐えた瀬名と違い、純粋な悪魔であるマロホシには間違いなく効いたはずだ。野外手術システムの傍に立っていたらしいマロホシは、白衣の血痕を作って、あおむけに倒れ伏している。


 全員が呆然として、俺達をみつめているばかりだ。瀬名がようやく気が付いたのか、顔を上げて俺達に叫んだ。


「なぜだっ! こいつが居なければ、陽美も更紗も元には」


「目を覚ませ! これ以上まだ人を殺すつもりか!」


 クレールがM1ガーランドを突き付ける。赤い瞳が、射抜くようにドマの顔をした瀬名にぶつかっている。


 ギニョルはゆっくりとエアウェイトの撃鉄を起こした。引き金がわずかに後退してシングルアクションになった銃口を、瀬名の胸元へ向ける。


「人格がどうあろうと、そなたは島で罪を犯したドマじゃ。わしら断罪者には、そなたをさばく権利がある」


 立ち上がると、懐から書類を取り出して広げる。呆然とする瀬名を見下ろし、朗々と告げる。


「断罪者ギニョル・オグ・ゴドウィの名において。GSUM構成員、悪魔ドマ・オグ・ジボウ。ポート・ノゾミ断罪法、一条殺人の未遂および三条不正発砲により、そなたを断罪する。刑の内容は同法補足より禁固刑。銃を捨て、投降せい」


 この場で俺達断罪者が動ける根拠を、ギニョルははっきりと口にした。


 マロホシたちが抵抗するなら、銃の使用が許される。警官を殺さない以上、遊佐のときほどの文句も出ないだろう。俺と同じで、マロホシの犠牲者であることには同情するが、さりとて虐殺などさせられるはずがない。


「……私が、禁固刑になったら、更紗と陽美はどうなるんだ」


「おじさん……もう、もうその二人は……」


 最後まで口にできない。梨亜が悲嘆に顔を歪める。

 ギニョルが感情を抑えながら言った。


「成り損ないは、自らを抑制することができぬ。放っておけば、人であったころに見知った者を嗅ぎつけて食いつくし、やがて自壊するであろう」


 よだれを垂らしながら、梨亜を見つめている二人。罪はないただの犠牲者なのだが。残酷な運命だった。


「……め」


 うつむいたまま、何か言っている瀬名。雰囲気が悪い。


「ふざけるな、悪魔めっ!」


 飛びのくと、落としていた拳銃を拾った。島ではありふれたオートマチック。自衛軍の9ミリ拳銃、シグザウアーP220。


 抵抗の意志あり。俺もクレールも、ギニョルも、一斉に撃った。

 だが瀬名は一瞬早く車のドアを開けてしまった。防弾仕様らしい。俺の撃った散弾、ギニョルの38スペシャル弾、クレールの7.62ミリも全て弾かれてしまった。


 瀬名に集中した俺達に対して、倉庫側からマロホシの部下が銃撃をしかける。イングラムの他に、AKを持ってきてるのがいやがる。ボディアーマーなしでライフル弾を食らいたくはない。


 瀬名には集中できなくなった。狙撃班の射撃も断続的に続くが、マロホシと違い、それぞれ障害物に隠れた下僕たちには効果が薄い。


 こちらの人数は四人だ。下僕だけで五人、瀬名を入れて六人になり、銀の弾丸まで持ってきている奴らには不利。


 俺と梨亜はとにかく切れ目なく射撃を続け、倉庫側の下僕たちの動きを封じにかかった。銀の弾丸は悪魔と吸血鬼に致命傷だ。ギニョルとクレールだけは守らなければならない。


 その二人はというと、車を盾にする瀬名と撃ち合っている。


 10発を全て撃ち尽くした9ミリ拳銃、スライドが固定する。ギニョルとクレールの射撃から逃れ、マガジンを換えつつ瀬名が叫んだ。


「マロホシ、契約に乗ってやるっ! 私は今から、貴様らGSUMの悪魔、ドマ・オグ・ジボウだ! 瀬名勝機の記憶を持った悪魔に、なってやろうじゃないか!」


 なぜマロホシを呼ぶ。あいつは銀の弾丸でとっくに死んだはずだ。


 野外手術システムを背負ったトラックのエンジンが、突然稼働しはじめた。


 運転席にいるのは、マロホシそのもの。

 じゃあ倒れた奴は――。


 ぐずぐずに崩れていくのは、枝肉に解体された牛か、豚の死骸。

 瀬名かドマがやったように、マロホシもまた、狙撃に対して囮を用意していたのか。


 だが、使い魔越しとはいえ、ギニョルが見間違えるはずがないのに。


 俺が振り向くと、ギニョルは銃を握ったまま、車の影にうずくまっていた。


「悪魔の契約は成立したわ。乗りなさい、現場で食べられるだけ食べましょう」


 独特の駆動音を立てて、コンテナの横の扉が開いていく。見た目が野外手術システムに見えたが、あれは運搬用だったのか。


 逃がすわけにはいかない。俺はスライドを引き、スラッグ弾を装填し直した。


「吹っ飛べ!」


 距離二十メートル。下僕の射撃の合間を縫って、マロホシのいる運転席にぶち込む。


 命中はしたが、わずかにひびが入っただけだ。12ゲージスラッグ弾を防ぐなんて、相当な強度の防弾ガラス。


「おじさん、だめだよ! それだけはだめだってば!」


 梨亜が銃撃するが、命中しない。瀬名、いや、瀬名の記憶を持ったドマは、俺達の銃撃をかわしながら、コンテナにひらりと飛び乗った。


「くそっ、お前たちだけは逃がすか!」


 クレールが、銃口をよたよたとトラックへ向かう更紗と陽美に向ける。

 荷台上の瀬名は、それを見逃さない。


「吸血鬼め、家族に手を出すな!」


「ぐっ……」


 発進し、こちらへ近づくトラックの荷台から撃った弾が、右腕に命中してしまった。


 二人の怪物も、コンテナの中へと乗り込んだ。扉が閉まっていく。俺も梨亜も撃ったが、中の奴らには命中しない。それどころか、下僕たちの銃撃をかわすのがやっとだ。


 ギニョルはうずくまったまま撃たない。撃てないのか。

 運転席にマイクがあるのか、機械的に拡声されたマロホシの言葉が周囲に響いた。


「さようなら、くだらぬ法に堕ちた悪魔、ギニョル・オグ・ゴドウィ。人魔作成基礎理論の確立者。ゴドウィ家の素晴らしい研究成果は、家すら持たぬ、このゾズ・オーロがいただきましたわ!」


 ギニョルが凍り付いたような顔で、頭を抱えてしまった。様子がおかしい。この緊急時に、一体なんだというんだ。


 腹立たしい発言を残して、トレーラーが倉庫の敷地を抜けていく。俺はスラッグ弾を装填し、タイヤを狙ったが、横合いから下僕共が銃撃してきて隠れるしかない。梨亜のベスト・ポケットも小さな火花を上げるばかり。


「ギニョル、撃て! もういいっ……貸せ!」


 滑らかな手からリボルバーを奪い取り、左手に持ってタイヤを狙うクレール。

 何発か当たったが、やはりこちらも防弾だ。9ミリルガーより威力の低い、エアウェイトの38スペシャルでは、とても傷などつけられない。


「ふざける、な……悪魔め……」


 血を失いすぎたのか、真っ白い顔をさらに蒼白にしてクレールがしゃがみ込む。その前髪を、下僕どもの銀の弾がかする。


 ギニョルは使い物にならん。トラックはもう国道に合流した。鵜合高校に向かうに違いない。


 こちらも車で負うべきだが、残った下僕がそれをさせない。イングラムとAKの弾幕で、身動きが封じられている。


「ギニョル、しっかりしろよ! いつもみたいに、全部読んで、ひっくり返してくれ!」


 相変わらずギニョルは動かない。スラムファイアで散弾を撃ちまくったが、下僕は器用にかわしやがる。かなり銃撃戦の経験を積んだ奴らだ。


 鵜羽高校までは、車で三十分とかからない距離なのだ。すぐに追わなければ止められない。


 ドマとなった瀬名と、その愛する家族による、虐殺が始まってしまう。

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