5追撃戦

 車は歩道のブロックを突っ切り、車体を揺らしながら芝生に入ってくる。

 まずい。子供がまだ遊んでやがる。


 俺は駆け出すと、地面に寝転がっていたエルフと人間のハーフの女の子を拾い上げ、その横のゴブリンと人間のハーフの男の子も抱き上げて走った。


「うおおおっ!」


 間一髪で身をかわす。芝生をえぐりながら、すぐ背後をドマの車が過ぎ去った。


 振り向くと、突進する先には、吸血鬼と人間のハーフの男の子を抱えたギニョルの姿がある。子供がむずがって暴れたせいで、俺のように動けなかったのだ。


 ブレーキを踏んでる様子はない。石で減速したが、まだかなり速い。操身魔法で悪魔の姿になればと思ったが、接触まで一秒未満じゃ無理だ。


 スレインでもない限り、あのスピードで数トンの重量を持つ乗用車と激突すれば助かりようがない。走る凶器とはよくいったもの。


 ギニョルは目を閉じ、抱えた子供をかばって強く抱きしめる。乗用車のバンパーが迫る。避けられない、まずい。


 ブレーキがけたたましく叫んだ。急ハンドルで車体を傾けながらも、車はギニョルと子供を衝突寸前でかわした。

 芝生の上に車体を叩きつけ、再び加速する乗用車。歩道の縁石で車体を大きく揺らして、斜め向こうの車道へと入り、突き進んでいく。


 俺と俺がかばった子供は、はねても構わないような運転だった。なぜギニョルのことを避けたのだろう。


 銃声が聞こえた。


 振り向くと、二台の乗用車がドマを追ってきている。

 こちらは芝生には入らず、車道を走ってはいるが、スピードを緩める様子はない。思いっきり信号を無視して交差点に突入、タイヤ痕を付けながらドマの車を追い続ける。案の定、交差点では日ノ本から物資を運んできたトレーラーが横転、化学肥料が道にばらまかれてしまった。


 惨事を無視して、二台の車は助手席と後部座席のパワーウィンドウを開け、ドマの車を撃ち続ける。

 白衣に軽機関銃のイングラムM10を持っているのは、マロホシの部下だ。そいつらだけじゃなく、角のある悪魔もいる。GSUMの連中に間違いない。


 状況は分からんが、不正発砲に殺人の未遂は確実。つまり俺達断罪者が動ける。


「騎士、追うぞ!」


「ああ!」


 子供たちを店から出てきたザベルと祐樹先輩に任せ、俺とギニョルは店の前のバイクに駆け寄る。


 キーを差し込み、エンジンを回そうとして思い当たる。相手はイングラムM10にドマの暴走車だが、俺は丸腰だ。ノイキンドゥにはショットガンを持ち込めなかった。署に取りに戻っては、数分時間を食う。


 立ち止まった俺の懸念に気づいたのか、ギニョルがいきなり自分のローブを太ももまでたくし上げた。ガーターストッキングの内腿に、S&WのM36エアウェイト、つまり日ノ本の警官が標準的に装備する六連発リボルバーがはさんである。


 不可抗力なのだが、抜き取るときに黒レースの下着が覗いた。健康的なユエとは違う淫靡な雰囲気だ。

 俺の視線には気づいているのだろうが、ギニョルは何も言わずにローブの袖からスピードローダーで束ねた38スペシャル弾を取り出す。


「……行くぞ。警察署から応援も来よう」


 げんこつの代わりのジト目をくれると、バイクの後部座席にまたがるギニョル。


「あ、ああ……」


 俺が悪いのか。悪いんだろうな。


 頭を切り替え、バイクにまたがると、エンジンを起動させる。ギアを入れると、スロットルを回して芝生から車道へ出る。


 ドマの乗る自動車は、再び交差点を曲がり、断罪者のいる水上警察署の前を通過して、四車線の道路へ無理やり入りこんだ。GSUMの二台も、銃撃しながら同じように追跡する。


 俺達も行くしかない。トレーラーやトラックが走っている。あんなのに接触して転んだら二人とも肉塊になるぞ。


「ギニョル、振り落とされるなよ!」


「慣れておるわ。遠慮なく追え!」


 後ろに乗せるのは初めてなのだが、以前誰かと乗ったことがあるのか。


 やってる場合じゃない。俺は前の三台と同じように、できるだけウインカーを出しながら、走っている車の間をすり抜ける。


 激しいブレーキ音の合間に、イングラムを乱射する音がしやがる。早いとこ追いつきたいが、車を縫うように走っていると、ほとんど相手の車が見えない。


 先頭を走っているドマの車が、四車線道路の右端に入った。あっちは三呂大橋へ上がる道だ。橋は途中で歪みに消えて、その先はアグロスに続いている。


 あちらに逃走する気か。悪魔のくせに、つてでもあるのか。


 先の二台も続いている。こうなったらとことんやるのだろうが、日ノ本の許可なく侵入すれば、前みたいに話がややこしくなるかもしれない。


「……行け、わしが責任を持つ!」


「知らねえぞ! どうなっても」


 同じように右端に入り、トレーラーの左脇を駆け抜ける。40キロほどで交差点に進入して、一気にハンドルと体を傾けた。

 しがみつくギニョルの膨らみを背中に感じる。細い腕が俺の胸元をぎゅうっと締め付ける。天国のようだが、ひざ下数センチをアスファルトが通り過ぎる状況は、早めに終わってほしい。


 ぎりぎりで曲がり切り、スロープ状の道路へ侵入。もう先には暴走する三台だけだ。


 登り切ると、遮音壁にさえぎられた二車線の高架道路。いよいよ三呂大橋の真っ赤なトラスが近づく。


 ドマの車まで100メートルくらいだろうか。一気にスピードを上げて追いつきたいところだが、ドマを追うGSUMの車のうち、一台にブレーキランプが灯る。速度を落とし、こちらとの距離を詰めている。


「騎士、右に切れ!」


 言われると同時に体が動いた。バイクを中央分離帯ぎりぎりに寄せると、元居た場所に弾痕が刻まれる。後部座席の窓ガラスを割って、イングラムを撃って来やがった。


 白衣の男が後部座席でマガジンを換えている。次撃たれたらよけきれないか。

 どうするかと思ったとき、ギニョルが俺から右腕を離した。何だと思うまに、滑らかな頬が俺の頬と重なる。

 悪魔といっても、ものすごい美人だ。思わず心臓が高鳴りそうになる。


「ひげくらい剃れ……前を見て、まっすぐ走るのじゃ」


 恋人にでもならなきゃ、こんな距離で密着されることはないだろう。俺の気など全く知らず、ギニョルは左腕に強く力を込め、右手で拳銃を構える。


 ここから撃つ気か。確かに距離は30メートルくらいだが、バイクの上だ。路面の振動もあるし、本当に当たるのか。

 やばい、向こうがマガジンを換え終わった。掃射されたら今度はかわせない。


 もうこうなったら、俺達のお嬢さんを信じよう。


 急に闘志が湧いてきた。GSUMの奴ら、適法な実験とか吹きまわったくせに、舌の根も乾かないうちに暴れ回りやがって。

 俺はバイクを正面に固定すると、なるべく直線を保った。ハンドルも動かさないようにして、防音壁すれすれを進む。


 ギニョルが彫像のように姿勢を固定する。割れたガラスから下僕医者がイングラムの銃身をこちらへ――。


 銃声が二発。


 一発目は手、二発目で額。日ノ本の警官が使う38スペシャル弾で、医者はとうとうマロホシの下僕から解放された。気の毒なものだ。思えば完全な被害者なのだ。


 三発、四発目。次の奴がM10を取り上げる前だった。

 肩と胸、恐らく心臓を正確に貫かれ、医者が倒れ伏す。


 五、六発目。運転席に血が飛び散る。死んで力が抜けた拍子に、車体が大きく曲がり速度に耐えられず横転。前方に転がって右側の防音壁に激突した。


「くぐれ、騎士!」


 言われるまでもない。俺はハンドルを切ってバイクを左に寄せ、左の隙間を駆け抜ける。

 直後、後ろで爆発が巻き起こる。ギニョルの真っ赤な髪が、一瞬視界を横切った。


 激突のショックでガソリンが漏れていた。もしやと思ったが、止まっていたら追跡が終わっていた。


 結構距離を稼いじまった。もう橋の中央まで来て、先頭のドマが歪みを抜けた。残ったもう一台も入った。あちらはもうアグロス、日ノ本の三呂だ。


「ヴィレのときとは違って、目撃者はいくらでもおる、行け!」


 蹴とばすようなギニョルの叫びに、俺はスロットルを回した。

 俺達とバイクは、歪みを一気に抜けた。


 風向きが変わり、曇り空が迎える。

 また、三呂まで来ちまった。

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