6幕切れ

 今回は、感慨に浸る暇がない。


 GSUMの車は俺達の出てきた歪みから二十メートルほどに停車しており、そのすぐ向こうに、横転した乗用車がある。前輪のタイヤゴムがしなびているから、恐らく銃撃されたのだろう。


 ドマの姿は見えない。だが車内に居ることは間違いがないだろう。


 なぜといって、GSUMの三人が銃を構えていることもだが。

 俺達の向かう先、日ノ本側の道路が塞がれているのだ。


 大きくカーブして、道路をふさぐように陣取った、二台のずんぐりした長方形の車。マイクロバスから窓を取ったような構造で、水色と白のカラーリングに、頭には赤色灯が付いている。


 その周囲に並んだ、およそ警官らしくない連中が、車の方に銃を構えているのだ。


 その姿は、黒のヘルメットに口元だけが出た黒の覆面、バイザー。足元も黒のブーツ。紺のアサルトスーツの上からは、マガジンやらナイフやらが色々入ったタクティカルベストを着用している。


 銃はといえば、日ノ本の普通の警官は持っていないはずのオートマチックハンドガン、グロック19。これはフェイロンド達のと同じだ。それに、同じく9ミリルガー弾をばら撒く、メリゴンとは違う国の銃器会社、H&Kが製造した、MP5A5というサブマシンガンもある。室内戦じゃ相手を蜂の巣にできる。


 パトロールランプからして、覆面の集団は警察の何かなのだろうが、俺はこんな奴ら知らない。少なくとも、話が通じなさそうなことだけは分かるが。


 俺とギニョルは、ドマの車を中心にして、GSUMの三人と日ノ本の警官がにらみ合う場に突入してしまったわけだ。


 GSUMのうち、一人の悪魔が俺達に銃を向けた。警官隊の方も、わかりにくいが、狙撃銃を持った奴が、盾の隙間からこちらをうかがっている。


 悪魔たちはともかく、警官からも味方と認識されてるわけじゃないのか。


 さて、どうしたものか。


 脂汗が吹き出てきやがる。なにかをミスったら確実に死ねる状況だ。

 とりあえずバイクは止める。アスファルトに片足をついて、車体とギニョルを支えながら、立ち尽くす。エンジンの鼓動が気持ちを焦らせるようだ。


「騎士、落ち着け。見極めろ」


 小さいが震えてはいないギニョルの声。俺の胴体をつかむ手にも、汗の気配を感じない。

 さすがに、俺達をまとめているだけある。何か策もあるのだろう。


だが俺とて頼りっ放しはいやだ。言う通り、考えてみるか。


 ここは日ノ本の三呂市だ。日ノ本はバンギアからの侵入者を歓迎しない。ポート・レールにも裏で話が付いた奴らしか乗せていないし、駅の警備は厳重だ。

 道路は物資の搬入用。ここを無理やり突破した例は、カルシド以外に聞いたことがない。しかもあいつは日ノ本からポート・ノゾミ、つまりバンギアを目指した例だった。


 駅の警備からかんがみるなら、ここを厳重に守り即応する特殊な警察の奴らが居ても不思議じゃない。本来は国内の自衛軍を当てるのが確実なのだろうが、日ノ本は平和そのものと言っているので、あいつらは出せないのだ。


 となると、警官隊の目的が読めてくる。連中は、なによりバンギア人の侵入を止めるために出てきたのだ。あの武装ってことは、射殺してでも確実に目的を実行するに違いない。


 なるほど、重要なのは連中がバンギアの事情をどこまで知ってるか、だな。


俺達は断罪者だが、ただの侵入者と思われているのかも知れない。だとしたら、丸腰の俺に、弾切れのエアウェイトのギニョルなんて、ハチの巣で終わりだ。GSUMの連中が死出の共になるだろう。


 もっとも、すぐに撃たないってことは、希望があるのかも知れない。果たして、防弾盾の後ろで、チーフらしき覆面の警官がなにやら動いている。


 青と白の長方形の車から、マイクを通じて声がする。


「こちらは日ノ本警察特殊急襲部隊だ。境界侵犯を防ぐために出動した。侵入者の射殺も許可されているが、部隊長権限で、詳細な情報を踏まえて判断する。ノゾミの断罪者、事態を説明できるか」


 特殊急襲部隊なんて、まるで自衛軍にでも居そうな奴らだ。

 ギニョルが俺から手を離した。バイクを降りると、両手を上げる。スイングアウトさせたエアウェイトの弾倉から、38スペシャルの空薬莢が路面にこぼれて音を立てる。


 音に反応して、警官がグロックを撃った。ローブの肩がはだけて、乳白色の柔らかそうな肩が露わになる。どうでもいいがノーブラ派なのか。


「行儀の悪いのがおるな。部下がバイクを降りる、しっかり抑えておけ!」


 言われちまったら、降りるしかない。恐る恐る、エンジンを止め、スタンドを出してバイクを離れた。言われてもないのに手を上げてしまう。なにせ丸腰だ。


「すまぬな。では語ろう。中央でひっくり返っておる車は、島でわしやわしの部下と、そのへんで遊んでいた子供をひき殺そうとした。そこで銃を構えておる悪魔と下僕どもは、それを追って不正発砲を繰り返し、そなたら日ノ本のトレーラーも横転させた。両方とも島で発生した断罪事件じゃ。緊急のことで、そちらの政府への連絡はできなかったが、わしらは断罪者としてここまで追ってきた」


 しばらくして、再びスピーカーから男の声。


「付言はあるか、悪魔諸君」


 連中はとっさの言い訳も浮かばないらしい。ようやく事態が片付きそうだ。


 そう思った瞬間、反射的に体が動いた。ギニョルと逆のはしげためがけて跳ぶと、銃弾がガソリンタンクを貫いて、バイクが燃え上がった。


 まだ撃たれると思ったが、同じく飛びのいたギニョルが、袖の弾をエアウェイトに込めた。


 特殊急襲部隊の銃撃が、アグロス側を向く二人の下僕を貫く。


 銃声の嵐の中に、ギニョルのエアウェイトも吠える。悪魔は両肩を撃ち抜かれ、車内へと倒れ伏す。


「確保じゃ、騎士!」


 マジかとは言えない。投げ渡された魔錠を受け取り、姿勢を低くしながら、乗用車までたどり着く。顔を歪める男の悪魔から、イングラムを奪うと、血まみれの腕に魔錠をかけ、車内から引きずり出す。


 肩を支えて、必死に逃げる。また爆発とかは勘弁して欲しい。


 がごん、と金属音がした。まさかと思って振り向くと、横転したドマの車から、フロントドアが真上に飛んでいる。


 銃口が集まる中、ドマが運転席から這い出る。全身が緑色をしている。大きさは変わらないが、操身魔法で、部分的にドラゴンピープルに化けたのだろう。


 銃撃が集中するが、9ミリ弾じゃ連中の皮膚は傷つけられない。飛び降りたドマは急襲部隊に対して、盾になるように車体を使い、橋げためざして走って行く。


 狙いは海か。一か八かって奴か。


 9ミリ弾、ギニョルの38スペシャル弾、どちらでもドマは止められない。

 今にも手すりを超えようとしたところで、どれとも違う銃声がした。


 ドマの膝、裏側から一筋の血が吹き上がり、そのまま真っ逆さまに落下する。


 撃ったのは、狙撃銃を持っていた部隊員。いや、なにやら肩に豪勢なエンブレムを付けているから、部隊長か。


「捜索はこちらで行う。断罪者は目的を遂げたなら、速やかにバンギアに戻れ。捜索結果はテーブルズを通じて報告する」


 今度は覆面越しの肉声。部下たちはもう車の死体の回収および、周囲のクリアリングに入った。後ろでは消防車のサイレンも聞こえる。


「騎士、帰るぞ」


「でもよ……」


「わしらはこ奴らを追ってここに来たに過ぎん。用が済んだら戻らねばならん」


 どうも不完全燃焼だ。ドマの奴が生きてたら、あちらにとっても厄介なんじゃないのか。

 俺の疑問に先回りするように、部隊長がポケットから弾丸をひとつ取り出した。これ見よがしに俺に向かって見せている。


 狙撃銃用のライフル弾。弾頭の鈍い輝きは、銀。

 急襲部隊は再び事態の収拾にかかる。俺は今度こそ何も言えなかった。

 

「鱗の隙間に銀の弾丸を撃ち込んだか。悪魔なれば、死んでおるじゃろう」


 強烈な弱点で撃ち抜かれた上、これだけの落差の水面に叩き付けられたら、とても無事じゃいられない。生きていても、岸までは、まだ一キロくらいある。泳ぎ着くことは到底考えられない。


 どうにも不完全燃焼だが、これで幕引きか。あとのことは、あの山本に聞くしかなさそうだ。

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