7来訪者
翌日の昼過ぎ、ギニョルは山本を尋ねて回答を持ってきた。ドマの死体が三路の港に流れ着いたということだった。
銀の作用で遺体が半分溶けたうえ、海水でふやけて死因までは分からないらしいが。
証拠の写真も添付されていた。なるほど、なかなか惨い感じになっているが、逃走時に着ていた衣服からして、これは本物だろう。
つい昨日生き生きとしているのを見た奴が、今日には死んでいるというのは複雑な気分だった。死因が銃撃によるものか、溺死なのかは分からなかったが、この事件はやはりこれで終わりなのだろう。
俺が確保したGSUMの悪魔についても、クレールが記憶を探ったが、大した収穫はなかった。ドマは食事を運んできた悪魔を不意討ちして気絶させ、車を奪って逃げただけだという。あの悪魔はそれを追って、発砲や秩序紊乱の断罪法に触れた。マロホシからの命令は無かった。
ドマの暴走はあの実験と関連していたのか。今となっては分からない。
「薄っぺらい報告書だな……」
夕刻の警察署オフィス。俺はプリントアウトしたファイルの中身をぺらぺらとめくりながらつぶやいた。
夕方六時過ぎ。この報告書をギニョルの机に提出しておけば、引継ぎを待って今日は帰れる。
あれから一週間。目立った断罪事件もなく、久しぶりに通常勤務だ。早く帰っても、どうせザベルの店で飲み食いして、子供たちに引っ張られるだけなのだが。
一緒に昼勤務だったユエとスレインは訓練場だ。ギニョルも非番だしゆっくり寝てることだろう。
俺は席を立つと、ギニョルのオフィスに入った。ギニョルが休みの日は、訪ねてくる奴らも少なくなる。黒皮のソファも、今日は誰も迎えなかった。相変わらず机の上には未決裁書類が山と溜まっているが、バルゴ・ブルヌスの件で駆けずり回っていたころよりはかなり減っている。
書類の山に埋もれないように、ファイルを上に置いておく。付箋もはった、送り状もあるしOKだろう。
「よし……」
戻ろうとしたところで、ふと机を眺めてみる。
主が居ない机ってのは新鮮だ。書類の束ばかりに注目していたが、ギニョルの奴、ステンレスの机を使っている。元々警察署にあったやつに違いない。
魔力の分布で気分が変動するフリスベルは、エルフの森の木で作った机でないといけないらしいが、ギニョルのやつはそこまで敏感じゃないのだろう。
文具もなんというか可愛らしいものがある。黒猫のマークがついた付箋とか。
よくよく見ると、書類は積んであるものの、結構整然としていた。事務仕事に必要なものは、きちんとラックにしまわれているし、書式集や事件の資料なんかも丁寧に立てかけてある。本人の有能っぷりがよく分かるようだ。
俺の机はというと、この数倍はひどい。回ってくる仕事はギニョルより少ないのに、ときどき必要な書類が分からなくなることがある。
「こうやって整理したら……あ、やべ」
ふらふらと手をさまよわせて、書類の山を崩してしまった。
拾い集め、ほこりを払って元あった日付順に積み重ねておく。
「ん?」
書類の裏に隠れていたが、小さな写真立てがあった。
見てみると、警察署を背景に撮った写真だ。警察官の制服を着た8人の男と、スーツ姿の若い女が写っている。
男たちもなかなかに若い。警官だとしたら、高校から大学を出たくらいだろう。一人、白髪の混じった30前くらいの奴が居るが、微笑んでいるのにどこか眼光鋭く、油断のない雰囲気だった。
スーツの女は、不意討ち風にその男の腕を取り、カメラに向かって微笑みかけている。
これは、何の写真なんだろう。日付は四年前になっている。紛争の末期、ポート・ノゾミでバンギアとアグロスが混ざり始めたころだろうか。
一体なぜ、ギニョルはこんな写真を机に飾っている。
ノックの音がした。返事をどうするか迷っていると、ドアが向こうから開く。
入ってきたのは、人間離れした美貌を持つ吸血鬼の少年だ。
青白い髪に赤い瞳、小柄な体躯は少女と見まごうが、実年齢は108歳を数える断罪者随一の狙撃手、クレール。
フリル付きの真っ白なシャツに、黒の蝶ネクタイと細い黒のズボンなんて、何のコスプレだと思うが、吸血鬼の正装だけに似合う。
クレールはローファーで床を鳴らしながら、俺の方に近づいてくる。
「お前か。下僕半」
「俺で悪かったな」
久しぶりにそう呼ばれた。俺は写真を手元に置いたが、クレールは俺が何をしていたかに気づいたらしい。ため息を吐くと、俺を見上げる。
「机漁りとは陰湿だな。非番の間に直す書類でもあるのか?」
「違うよ。断罪者がやることじゃねえだろ」
額に手を当てて、考え込むクレール。
「だったら……まさか、お前そういう趣味が」
その先を言わせるわけにはいかない。
「それも違うわ! いや、あいつが色っぽいのは認めるよ。報告書出しに来て、机が片付いてるから参考にしようとしたんだよ、でも書類崩しちまって、片付けてたらこの写真が出た」
俺が写真を渡してやると、クレールはしげしげと覗き込む。この時点で一緒に漁ってることになるが、好奇心が勝ったな。
「ふうん、写真というのは正確だな。魂を取られるような気がするが、証拠としても便利だ」
「感想じゃなくて、こりゃ何の写真だと思う?」
俺が尋ねると、クレールはぽかんとして答えた。
「昔の恋人じゃないのか。こんなに親密そうに写ってるんだ」
「いや、恋人、ギニョルにか?」
ギニョルなんてどこに居る。混乱する俺に、クレールが付け加える。
「そうか、お前は見慣れてないんだな。この若い女はギニョルだろう。操身魔法で人間に化けてはいるが」
本当かよ。俺はクレールから写真をひったくり、もう一度よく見た。
言われてみれば、顔立ちは似ている。だが髪の色と髪型と角の有無、普段のスーツ姿とのギャップもあり、気づかなかった。
待てよ。だとすると、恋人候補はこの鋭い目つきの男か。人間なのだろうか。警官の姿をしているということは、アグロス側の人間である可能性が高いが。
「返せ。僕も気になる」
「あっ、てめえ」
俺から写真をひったくろうとするクレール。俺は精一杯背伸びをして、さらに腕も伸ばした。
「何をするんだ、騎士! 見えないだろっ」
「うるせえよ。取れるもんなら取ってみろ……」
外見年齢十六歳程度の俺だが、クレールは十歳程度だ。こうすれば背丈の差で届かない。
クレールは子猫のようになんべんも飛ぶが、ダメだ。
「おのれっ、いい加減にしろ……!」
視線から灰色の魔力。上げた手が勝手に下がった。
蝕心魔法まで使いやがるとは。写真を取り戻されてしまった。
クレールは満足げに眺めていたが、一分もしないうちにつき返してくる。
「……もういい。よく考えたらギニョルが写ってること以外は何も分からない」
「俺もそうだな……」
ギニョルの机に戻してやる。意味深な過去は本人にでも聞かなければならないだろう。聞くつもりもないけれど。
あほなことを止めて、ギニョルのオフィスを出ると、また誰かが入ってくるところだった。
フリスベルかガドゥかと思ったら、珍しい奴が来ている。
栄光あるテーブルズの一員。日ノ本の人間を代表する議員、山本が背中を丸めて立っていた。
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