8依頼
山本の顔には焦燥が見える。護衛も連れてないってことは、よほどの事態なのだろう。
「ギニョルを出してくれ……緊急の要件だ。事は私の命にかかわる」
命だって。どこもけがをしているようには見えないけれど、そういう意味じゃないのだろうか。
俺は肩を叩くと、とりあえずギニョルのオフィスまで案内して、ソファーに座らせた。クレールが紅茶を淹れている。山本は最悪に嫌いなタイプなのだろうが、礼儀はきちんとしているな。
茶を挟んで向かい合う。焦っていると、顔に年齢が出るな。見ていて辛い。
「命ってのは穏やかじゃねえな。取り次ぐから話してくれよ」
「いや、これはギニョルでないと……」
「あいつは今日非番だ。僕たちだって断罪者なんだよ。それとも、断罪法に触れるようなことなのかい?」
ギニョルが居るときはその指示を仰ぐが、俺達断罪者には、引き受けた事件を裁く権利がそれぞれにある。それゆえの、へまをしたときの解散動議だ。
山本が事件を持ってきたなら、聞く権利はあるし、山本自身が罪を犯したなら、今ここで俺達には裁く権利がある。
山本は紅茶に手を付けた。血色の失せた唇で少しだけすすり、震える手で机に戻す。
しばらく黙っていたが、やがて胸ポケットから小さいポリ袋を取り出した。
「これを……」
手の平ぐらいの大きさで、中には紫色の布に包まれた何かが入っている。
とりあえず確かめようと手を伸ばした瞬間、クレールが素早く俺の手をはたいた。
「何するんだよ!」
「馬鹿、触るな!」
真剣な様子で、いつもの悪口じゃないのはよく分かった。
この布がそんなにヤバいものなのだろうか。怪訝そうな顔の俺に、クレールがため息を吐く。
「魔封布を覚えてないのか。講習で何を学んだ?」
「あ、これがそれか。じゃあこの中身は、何か魔力に敏感なものだな」
「そうだよ。まあ、今までの事件では意外と見なかったな。魔法を使う種族ならみんな知ってる」
不能者には目に見えず、感じ取ることすらできないのが魔力。しかし、バンギアの連中いわく、人も含めたあらゆるものに存在し、固有の波長をもつという。波は互いに干渉し、特に生きていないものは変化しやすい。ギニョルが死体を操れるのも、生きた人からものになったため、魔力を操りやすくなるからなのだそうだ。
魔封布とは、それを漏らさぬようにして、外からの影響を防ぐためのもの。ガドゥ達ゴブリンが使う魔道具ほど強力ではないが、魔法の研究に欠かせないものだという。
これで包んだってことは、山本は魔法について一定の理解はあるのだろう。意外と柔軟というか、女たちのせいだろうか。
「いきなり、はたくことはないだろう……」
「下僕半が出しゃばるからさ」
クレールに任せたほうがいいんだろうけど。俺は肩をすくめると、見守ることにした。
赤い瞳が、まっすぐに山本を見つめる。
「それで、これは何だ」
「……事件の証拠品だ。三呂で解剖台からくすねた」
「おいおい、立派な窃盗だぜ」
山本が蒼白な顔で唇を舐める。
「いい。どうせ政府は表ざたにする気がない。解決すればすべて不問だ。吸血鬼は魔力をたどれるか」
「フリスベルほどじゃないが、何の魔力かは大体分かるよ」
「なら開けてくれ。政府が雇った三呂のエルフや悪魔じゃ、分からないらしい。見たこともない波長だと言ってた」
あいつらで分からないなら、俺達に分かるものだろうか。
「俺達断罪者ならってことか?」
「それで無理なら、もう私は終わりだな……お前達の能力は買ってる。この奇妙な島で、断罪者が暴れ始めて二年。随分と普通の奴が知らぬものを見てきたのだろう」
意外な言葉だった。便利屋扱いは、便利屋をできる腕があってこそ。
「いいだろう。ただし、僕が動くのはあくまで罪も無い者がこれ以上の被害を受けないためだからな」
あくまで軽蔑しきった視線を山本に向けるクレール。山本は紅茶に口をつけて応じた。相当に追い詰められているらしい。
クレールがポリ袋を開くと、何とも言えない死臭が部屋に漂う。俺は思わず眉間にしわを寄せたが、クレールは平然と魔封布を開く。
中身は指だった。袋を開いたクレールの指と、そう違わない細く白い人差し指。第一関節から先が千切り取られている。
切断の切り口は汚い。少なくとも、刃物でやられたのではない。
クレールは黙ったままじっと指を見つめている。沈黙に耐えかねたのか、山本が事情を喋り始めた。
「一週間前からだ。三呂では一晩の間に、若い女や男が次々に殺されている。昨日の夜で合計二十一人にもなった」
尋常な数じゃない。紛争中じゃあるまいし、ポート・ノゾミでだって、そんなペースで死体は増えない。
「事故か病気じゃないのかよ。それにしたって異常だが」
「その指は、十五人目の被害者のものだ。引きちぎってきたんじゃない。発見時には離れていた」
何かが外から力を加えて、こんなふうにした可能性が高いってことか。
「でも、なんで同じ奴がやったって分かるんだ」
「犯行の態様が似ている。死体の損傷が激しい。ドラゴンピープルは温厚な種族だが、あいつらがもしアグロスでいうドラゴンのような凶暴な怪物で、人を食い散らかしたらこうなるだろうというほどだ。私は写真を見て二度吐いた。こんな殺し方のできる者が、そう多く居てたまるか」
顔が青いのは、自分の立場を気にしただけじゃないのか。額に手を当て、背を丸めながら、山本が続ける。
「それに、我が日ノ本も馬鹿ではない。同じ手口で十人が死んだ時点で、特殊急襲部隊まで動員して三呂のそれらしい場所を警備している。なのに……」
「事件が起こるんだな。魔法でも使わなきゃ、日ノ本の連中を騙すのは無理だな」
操身魔法か、蝕心魔法か。それでも、単独では難しいと思う。いずれにせよ、魔法が絡んでいる以上、日ノ本の警察には手に余る事件だろう。
俺は真剣な顔つきで指をながめているクレールの肩を叩いた。
「何か分かったか?」
「分からない。いや、波長ははっきりしている。でも、見たことがないんだ」
「どういうことだ?」
「この人間のお嬢さんのものではない魔力が、かなり濃く取り巻いている。犯人のものかも知れないが、その波長が独特だ。悪魔のようでもあるし、人間のようでもあるし、そのどちらでもないようにも思うし……」
奇妙な話だ。魔力のことは分からないが、クレールの渋い顔を見ていると良く分かる。
「たとえば、悪魔と人間のハーフとかでもないのか」
「違う。確かにハーフたちの魔力分布は両親のものと異なるが、安定している。このお嬢さんの指についた魔力は違う。変化し続けて安定していない。そこら中がほころんでいる」
マロホシは魔力の形が身体に大きな影響を及ぼすと言った。となると、この指には、身体の構造が異形で不安的な何かの魔力がべったりとついていることになる。
「つまりどういうことなんだ。手掛かりはあるのか、無いのか」
山本が詰め寄ってくる。クレールは指を魔封布に包み直した。
「この指についているのは、アグロスやバンギアに今まで発生したことのない不安定な生き物の魔力だということさ。それが犯人だというのなら、お前達日ノ本が雇ったバンギア人が対処できないというのも分かる。彼らにも分からないだろう」
とんでもない怪物を頭に思い描いているのだろう。山本は打ちのめされたようにこちらを見つめる。
「それは、一体人間が捕まえることができるのか、倒せるものなのか」
クレールは首を振った。
「分からない。少なくとも僕は、108年生きて、出会ったことがない。お前が最初に言ったように、ギニョルの奴に相談するのがいいと思う。あいつは悪魔だから、魔力をねじ曲げて生物を異形にすることについては、相当に詳しいはずだ」
あるいは、マロホシならばもっと何か知っている可能性がある。案外協力するかも知れないが、正直手は借りたくない。
「……断罪者でも、だめか。これはいよいよ、私の首も終わりだな」
「そっちは聞いてなかったな。どういうことだ」
「日ノ本の中の政治でな。この事件の犯人はバンギア人で、私の管理が甘いせいでこんな事件が立て続けに起こるという流れになっているんだ。この間お前達があちらで暴れたせいでもある。私を解任し、次の復興委員を任命するとも」
至極真っ当な気もする。山本が何をやってるのかは良く分からない。とりあえず、解散動議を喜々として出してくるのだけは覚えている。
事件そのものは、見たことがないほど酷いし、どうにかしたい気持ちもあるが、事はアグロスで起こっている。断罪法の管轄ではない。
「終わりだ。議員が終わっても、まだ委員会があればと思ったが……もう何も私には残っていない。私の権力がなくなったら、あの女と子供たちはどうすればいいんだ……」
女と子供という言葉に、クレールが反応した。
「お前、誰かを養っているのか」
「そ、それは……」
「頭を覗けば簡単に分かるぞ」
じっと見つめられ、観念したようにため息を吐く。
「アグロス人が二人、ハイエルフが一人、悪魔が一人、吸血鬼が二人、ローエルフが四人、ドラゴンピープルが一人、ゴブリンが二人だ。みんな女性で、私との間に一人当たり最低一人、合計で、三十九人子供がいる」
一気に言い切られ、クレールの目が点になった。吸血鬼といえど、事態の理解に追いつけないらしい。
俺とても同じだ。遊んでるとは思っていたが、想定をはるかに超えている。
大体、ドラゴンピープルやゴブリンまでって、ストライクゾーンが広すぎるだろう。昔の王かよ。後、なんでローエルフだけ四人もいるんだ。合法ロリに性的好奇心がうずくのは分かる気がするが。
「仕事を見つけて、なんとかやっている者も居るが、やはり、子供を育てるとなると厳しくて私からの援助が欠かせない。私が流す予算が頼りなんだ。それが打ち切られると厳しい……」
罪を犯した奴が『家には腹をすかせた子供と女房が』と言い出すパターンはよくある。しかし、小さな集落レベルの人数が肩にかかっている事態は、珍しいだろう。
たたみかけるように、山本が俺達に向かって頭を下げた。
「頼む。私を解任したところで、事態が良くなるはずもない。そもそも私の立場に誰が居ようとも、お前達バンギア人が本気になれば、我が国に入ることなど難しくないだろう。日ノ本は事件を隠す気でいる。このまま殺人が続くようなら、それを材料に私を解任して、以降の事件は、ただの行方不明にでもするつもりだ……」
同情を引こうという気は見え見えだが、クレールの前で嘘をついているとも思えない。
それに、二十一人も人が死んでる事件を、行方不明にして存在を明かさないってのはいかにも寝覚めが悪い。
俺はクレールを見た。二人して、肩をすくめる。
まあ、ちょうど他の事件があまりないし、悪くないのかも知れない。
「――よい。引き受けろ」
響いた声に三人で振り向く。俺達が返答しようとしたところで、ギニョルがドアを開けて入ってきていた。
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