8真相は
スレインやフリスベルと合流し、市場まで戻ると事件は終わっていた。
ガドゥがハイエースの弾痕を点検する脇で、ユエが最後の一人を拘束している。
捕えたのは、オーグルを含めた悪魔が三人。自衛軍の兵士が二人。他の奴らは銃撃戦の中で命を落とし、巻き込んで殺した人間の親子やゴブリン達の代償を命であがなうことになった。
俺たちに気づくと、ガドゥが立ち上がって両手を広げる。
「よう騎士、ギニョル、無事だったんだな!」
「心配したよー。戻らなかったら、この人たち銃殺しちゃおうかって」
リボルバーの撃鉄を起こし、笑顔で悪魔に突きつけたユエ。
悪魔は歯を食いしばり、脂汗を流しながら恐怖に耐えている。
魔錠であらゆる魔法を封じられ、角と寿命以外は人間と違わない女の姿。
バンギアでは最も弱い種族といわれていた、人間のユエに命を握られ、どんな気持ちだろうか。
悲惨だが、気の毒とは思わん。4人も巻き込みやがって。
「よすんだユエ。生かしておいた方が、色々使い道もあるだろう」
露店の裏から出て来たのは、全身ぬれねずみのクレールだ。
海に飛び込んで逃げたのか。小銃は落としちまったらしいが。
俺は思わず良かったと言いそうになったが、なんだかはばかられた。
が、1人我慢できない奴がいる。
「良かった、クレール君!」
銃をしまったユエが、クレールを抱きすくめる。
ひるがえったポンチョの下は、大胆に胸元の空いたブラウスにショートパンツ。豊かに膨らんだ胸、しなやかに鍛えられた腹筋に、大胆なくびれ。
わがまますぎる体に抱きしめられたうえ、背の低いクレールは、ちょうど谷間に埋もれることになった。
「は、放してくれ! 君を汚してしまう!」
「もう、そんな中二病の男の子みたいなこと言わないでよー。確かにクレール君、色々ショタっぽいけどさー」
ユエがクレールの濡れた頭に頬を寄せる。
宇宙の言語みたいな言葉使いだが、このお姫さんは、カオスになったポート・ノゾミで、日ノ本の映画やアニメにたくさん触れていた。
コルトのSAAなんて骨董品レベルの銃を好んで使うのも、好きな映画に出てきたかららしい。
嫌がる猫の様に、ユエの腕を抜け出したクレール。
まんざらでもなさそうだが、エロい奴だと思われたくないんだな。
「まったく、それより、調べなければならないことがあるだろう。今回の黒幕だ」
黒幕という言葉で、俺達の空気は引き締まる。
「どういうことじゃ、クレールよ」
「僕らは狙われたってことさ。おかしいじゃないか。日のあるうちに、断罪者が警戒してる市場で取引をするだなんて。それに僕達の装備を予想したみたいに、数も武器もそろえて、96式装輪装甲車だぞ」
なるほどそういえば、情報の出どころも、怪しかった。
今度の取引は、GSUMと自衛軍の両方から情報が流れてきたのだ。お互いの組織を離れた鼻つまみ者が、違法な取引を企てているらしいと。
ポート・ノゾミのあらゆるものに強大な権力を持つ二つの組織は、裏切り者の制裁代わりに俺達に元組織員の情報を流すことがある。連中は厄介払い、俺達は治安を守る、それは暗黙の了解になっていたのだが。
スレインが口を開き、牙をのぞかせる。ぎょろり、と大きな目が動く。
「クレールよ、お前はこやつらがそれがし達を呼び寄せ、倒すために取引をしたというのだな」
「そうとしか思えないね。うかつだったよ、広場を狙撃するなら、あのクレーンが定石だ。僕はまんまと登って、自分から的になりに行ったわけだ」
戦場全体を見下ろせる高所から、敵を狙撃し戦闘を有利に運ぶ。そういう役割のクレールが来ることを分かって、あえてここを選んだ。
だから、すぐに場所が割れたのか。クレールの使う89式小銃には、おおげさなスコープの反射もないし、ユエのSAAみたいに銃口から煙が上がることもない。桐嶋の実力かと思ったが。
「そういや、RPGも持ってきてたみたいだな。スレインの旦那はかわしてたけど、うちの車も当たったらやばかったぜ」
ガドゥが車体の傷をなでながら言った。
ハイエースは銃撃戦の盾となるべく、装甲を強化してある。多少の銃撃には耐えられるが、さすがにてき弾や、RPG-7の成形炸薬弾頭は厳しい。もし食らってたら、ユエとガドゥがこの世から消えていたかも知れない。
「わしらの戦い方を見越して、装備や戦術を整えていたということじゃな。訓練も受けていたのか、どうじゃ?」
ギニョルが鋭い目を向けるが、悪魔も兵士も顔を背けて答えない。
今まで黙っていたフリスベルが、一人の兵士に近づいた。
「……あの、どうですか、そこのところ」
小声でささやきながら、右腕の銃創に杖の柄を突きたてる。
ぐりぐりと動かすたび、血がにじみ、激しく顔をしかめる兵士。
ギニョルが止めようとしたが、スレインが制した。
杖を引き抜いた傷口から、銃弾が出た。ユエのSAAのものだ。あれは昔の銃で鉛の弾頭使っている。身体にいいはずがない。
戸惑う兵士に、フリスベルは微笑む。
かかげた人差し指に、緑色の魔力が宿っている。
「ムース・クーレ」
囁きと共に、魔力が傷口を取りまく。まるで時間が巻き戻った様に、銃創が塞がってしまった。傷跡すらも残らない。
これはエルフ達が得意とする回復に特化した操身魔法だ。エルフは悪魔を嫌っているが、操身魔法そのものの適性は持っているのだ。
負傷が放っておけなかったのか。慈悲深いフリスベルらしい。
クレールが不満げににらんだ。
「フリスベル、なぜだ、治療なら情報を引き出してからでも」
「す、すいません……クレールさん。でも、鉛の弾は体に毒です。特に人間さんは、金属で汚れると、早く死んでしまいます。それに、情報ならこの人を苦しめなくても……」
厳しい視線が、フリスベルの声のヴォリュームを下げていくが。
言ってることはその通りだ。もう断罪の時間は過ぎている。
慈悲をかけられたことに気付いたのか、兵士は悪ぶってつぶやいた。
「ふん。貴様ら蛮族にも、捕虜を治療する知能があるのだな」
蛮族呼ばわりときたか。傷を治してくれた相手を。
だが理屈は通ってる。なるほど、ここは人工島ポート・ノゾミ、元々三呂市であり、つまり日ノ本の国の一部だ。そこへ交渉もなにもなくバンギア人が攻め寄せ、始まったのが七夕紛争だった。
人間もエルフも悪魔も吸血鬼もドラゴンピープルも。
蛮族と呼ばれて当然の行いをやったのだ。
兵士は自分の言葉に激昂していく。
「貴様らも貴様らだ! なにが断罪者だ、蛮族と協調などできるか、ここは日ノ本の領土だろう! 勝手にめちゃくちゃな法を作りやがって!」
痛いところを突く。日ノ本の国土を守るのが任務の自衛軍からすれば、バンギア人とアグロス人を寄せ集めた断罪者など、蛮族と慣れ合う裏切者だ。断罪法だって、日ノ本の法律からいえば不十分。
自衛軍はバンギア側の港を破壊し、船を沈めて物資を略奪、小さな村を焼いている。だがこいつらに言わせれば、それも防衛活動。先制攻撃を仕掛けた異世界の蛮族の戦力を削げば、安全に寄与するというわけだ。
俺達は、こういう言いぐさに慣れている。ただ一人を除いて。
「ふざけるな! 僕達が野蛮なら、大陸で暴れ回っている貴様らの仲間はなんなんだ!」
怒りを爆発させたのは、父親を撃ち殺されたクレールだ。
日ノ本国建国基本法のこともあり、自衛軍は専守防衛をモットーとする、世界一優しい軍隊といわれる。厳しい訓練により、その規律も隅々まで行き届き、立つ鳥跡を濁さずどころか、派遣された国から引き留められることもある。
が、そんな自衛軍であっても、紛争で変わってしまった。
なるほど、バンギアの技術水準は高くない。鎧を着て、剣や槍を振るうのが一般的な軍隊であり、銃器はせいぜいがマスケット銃というところ。89式小銃を連射し、てき弾をばら撒き、迫撃砲を放つ自衛軍の相手にはならないだろう。
強い者は弱者に慈悲をかける。紛争初期の自衛軍は、かつての警察とも連携し、捕虜に取ったバンギア人たちを丁寧に扱い、法律を守った。
国民どころか、戦った相手すら気づかう、優しく好ましい勢力だったのだ。
だが。バンギアには魔法がある。
本当に恐ろしい、人の心を操る魔法、蝕心魔法が。
クレールが怒りを冷たい微笑みに変えていく。
兵士の懐に近づくと、その目を見上げた。
「綺麗ごとなど通らないぞ。貴様とて、隠していることはあるんだろう。僕には分かるんだ」
背中に嫌なものが走る。あのクソ野郎と同じ雰囲気。
吸血鬼独特の、観察用の顕微鏡を思い出させる目。
こちらの思考も、記憶も秘密も、何もかもがつぶさに解き明かされていくような感覚。
俺は顔を背けた。クレールを、キズアトの奴と同じと思いたくない。
「ま、待て。魔法はよせ……俺は、なにも、仕方、なかっ……た」
クレールの視線が青白い魔力の光となる。兵士の目に入り込む。
目から目へ。魔力の帯をつなぎながら、クレールが情報を口に出す。
「……哀れな男だ、ごく普通に兵士になって、紛争の中でも教育通りに殺し続けた。大陸では、何度か非武装の村を焼き払うのに参加している。防衛の名の下に、略奪と強姦と、マンハントを存分に楽しんでいる。フリスベル、ローエルフも犠牲者だぞ。もっともこいつも、三日ごとにその頃の悪夢にうなされているな。それなりの理想があって来たらしい。今回の任務には桐嶋を慕って志願した、か」
蝕心魔法で記憶を探っている。この兵士のように普通のアグロス人は、魔法という考えを信じられず、抵抗する術がない。
吸血鬼にいわせれば、アグロス人に蝕心魔法をかけることは、『ゴブリンの血を吸うよりも優しい』らしい。
このクレールのおかげで、俺達は取り調べで困ることがほとんどない。
それだけで断罪はできないが、そいつが見た全てを知ることができれば、そこから捜査をすすめるのは容易い。俺たちが狙われたというなら、命令を下した奴まで辿れるかも知れないのだ。
「あった。ひと月前だな、ノイキンドゥの貴賓室だね」
『ノイキンドゥ』。それは島の北西部一帯、かつて大学や専門学校、短大、自動車学校が連合して作り上げたキャンパス群のことだ。今はバンギアの大陸から渡ってきた吸血鬼や悪魔、元の島の住民が交じりあって住んでいる。
というのは表向きの事情だ。
巧妙に隠された実験室や、無数の隠し部屋では、操身魔法、蝕心魔法、医学までごたまぜにした、悪魔や吸血鬼のおぞましい実験が行われている。住人はほぼ全て関係者だから、俺達が断罪に行くことはできない。ギニョルが使い魔を送り込んでも、無事戻って来たことがない。
ノイキンドゥ。それは、ポート・ノゾミのマフィアや商売のほとんどを取り仕切る、公然の秘密結社『グラブ・スタール・ウント・ムーンズ』、通称『GSUM』の本拠地なのだ。
クレールは貴賓室と言った。あの小綺麗なビルの最上階だ。
この男が桐嶋と共にそこに招かれたとなったら、事情は大体のみ込める。
「誰に命じられたか分かるかの?」
「……『キズアト』と『マロホシ』の奴だ。それに、『将軍』もいるよ。ふうん、やっぱりあいつら僕達が邪魔みたいだね」
俺は拳を握った。
『キズアト』は男の吸血鬼。『マロホシ』は女の悪魔。
こいつら二人がGSUMのトップなのだ。麻薬、抗争、闇取引、殺人、誘拐やテロなど、この島で起こる組織がらみの事件の影には、大体こいつらが浮かび上がってくる。何を置いても俺達が断罪すべき、最終目標のひとつだ。
もっとも俺に限っては、断罪者がどうとか関係なく、刺し違えてでも仕留めなければならない事情があるのだが。
「また奴らか。将軍もおったのじゃな」
将軍という言葉を口にしたギニョルの表情が曇っている。
これも通称で、本当の名前は
恐ろしいやり手の男で、元は自衛軍の最下級である、ただの二等陸士だった。
しかし紛争のごたごたをうまく立ち回り、低い階級のまま島の自衛軍を手中に収めてしまった。『将軍』とはこいつを指す通称。ギニョルとは、因縁があるらしい。
「あやつらか……」
スレインが噛み締めるようにつぶやく。スレインは島への襲撃こそしていないが、その後大陸に攻め込んできた自衛軍と戦っている。将軍と自衛軍には同胞を殺されているのだ。
「今回の作戦は、将軍が持ちかけて、キズアトとマロホシが乗ったんだ。まず桐嶋とその部隊が、自衛軍を抜けたことにして、その取引を僕達に知らせる。そして、GSUMが権利を持つ重機置き場に装甲車を隠しておいて、僕達を誘き寄せ、殺すつもりだったのさ。断罪者が断罪に失敗して死ねば、断罪法に実効力はなくなる。仕事がやりやすくなる」
法の執行者が、ただの無法者の断罪に失敗して殺される。
これほど俺達の能力不足、頼りなさを証明する事態はない。
ポート・ノゾミに秩序は生まれず、今まで通り全て奴らの思い通りだ。
「おのれ。通報のときは、いかにも、それがし達を信じているような顔をしながら」
ぶほう、と火の鼻息を吹いて、拘束された兵士と悪魔をにらむスレイン。
さすがに全員縮み上がっている。このまま食ったとしても違和感がない。
「まあまあ旦那。いつものことじゃねえか。それに、俺達に知らせた奴らは、どうせ裏のからくりまで、知らねえよ」
「む、さもあろうか……」
足元のガドゥに言われて、腕を組んだスレイン。
「知っておれば殺されておるじゃろう。いつも通り、我々の動けぬ方法でな」
ギニョルの言う通りだ。使い魔の目の届かない所で殺して、死体を処理、事故や病気として届ける。GSUMに限らず、どこのギャングも良くやる手だ。
紛争終結、つまり断罪者の活動開始から二年。
キズアト、マロホシ、将軍、何度こいつら三人の存在が浮かんだことか。
あと一歩と迫るたび、蜃気楼のように消えていく。
クレールも黙っている。どうやらこれ以上の情報は出てこないらしい。
「もういいみたいだよ、クレール君。クレール君?」
ユエが声をかけるが、クレールは魔法を解かない。
その口元に、酷薄な笑みが浮かんだ。
俺には分かった。同じだ。あのときの、キズアトの奴と。
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