7最後の二人

 空中で響いた小さな銃声。

 銃弾が装甲車のボディで弾け、銃座の兵士が上空を仰ぐ。


 夕焼け空に浮かぶのは、真っ赤な鋼鉄の城に乗った、金髪の少女だ。


 少女が人間ではないのは、その尖った耳で分かる。あいつもバンギアの種族でローエルフ。名前は“フリスベル”。


 せいぜい10歳と少しにしか見えない外見からは想像もつかないが、あれで300歳を超える大人なのだ。ローエルフはエルフの一種だが、成人の体まで成長するハイエルフやダークエルフと違い、子供の姿で成長が止まる。寿命が尽きて死ぬまでそのままだ。


 ちなみにさっき撃ったのは、コルトのM1908ベスト・ポケットという銃だ。


 大人の掌に収まるほどの小さなオートマチック拳銃で、炸薬が少なく反動も小さい『.25ACP』という弾薬を使うから、あいつの体格でも扱いやすい。


 銃撃の効果はなかったが、注意は十分引けたらしい。

 ユエとガドゥがハイエースを出て、コンテナの方へ遠ざかっていく。


 銃座の兵士は空中を仰ぎ、てき弾銃を向けた。フリスベルは素早く城の後ろに身を隠す。


 城。フリスベルと比べると、城に見えるのは武装したドラゴンピープルの断罪者。その名は“スレイン”。


 こいつは俺達の中でも、一番の強面だ。全身を真っ赤な鱗で覆われた、二足歩行の竜で、今は背中に生えた翼で飛んでいる。


 その体躯は、操身魔法を使い姿を変えたギニョルをも上回り、六メートルに迫る。あまりにでかくて、警察署の建物に入れないので、外側の壁面には、あいつ用の止まり木がある。捜査会議のときは窓から頭を突っ込んで参加している。


 俺も初めて見たときは、象が歩いてくるのかと思って、腰を抜かしそうになったものだ。


 てき弾が発射され、スレインを爆風が包み込む。

 だが当然のごとく無傷だった。あいつらの鱗と皮膚の強さは象の比ではない。

 兵士は次々に連射したが、それでも何の影響もない。


 とうとう弾を打ち尽くした。さすがにびびったのか、慌てた様子で換えの弾倉を取り出す射手。桐嶋も89式を撃つが効果がない。


 ぶほう、と火の息を吐き出し、スレインが鋭い牙を見せた。


「抵抗は無駄だ! それがしに、貴様らの兵器は通ぜぬぞ!」


 大音声の一喝。文字通り竜の咆哮に、俺は内心すくみあがった。ギニョルでさえ、俺のジャケットのすそを握っている。


 この迫力。バンギアにおいて、竜とは邪悪を食いちぎり、焼き払う凶暴な正義の象徴だ。それが人の形をとったといわれるドラゴンピープルは、バンギアで最も高潔で恐ろしい種族といわれている。


 射手も、操縦者も効いたらしい。装甲車そのものがすくみあがって動きを止めているかのようだ。訓練と実戦をくぐりぬけた兵士が、任務を中断するなんてよほど。


 が、桐嶋だけは、まさにプロフェッショナルだった。


 一旦装甲車の内部に引っ込み、取り出したのは、RPG-7。有名な対戦車ロケットランチャーだ。当たり所によっては、戦車であろうと行動不能にできる危険な兵器。


 紛争じゃ、小銃弾やてき弾の効かないドラゴンピープルを仕留めたという。


 白煙交じりのバックブラストをまき散らし、尖ったカプセルみたいな、成形炸薬弾頭が発射される。


 命中すれば、起爆薬の爆発で溶けた中の金属が対象の装甲を貫き、内部を破壊する。いくらドラゴンピープルとて、ただでは済まない、恐ろしい兵器だ。


 もっとも、それはあくまで命中した場合だ。


 スレインは同族の間でも讃えられる歴戦の勇士だ。紛争では、自衛軍の特車隊を相手に勝利した経験もある。RPG-7とて、見知っているのだ。


 霧島が構える瞬間から、素早く旋回。狙いを外して弾頭をかわした。


 急降下すると、近くにあった三階建ての建物の屋上に着陸。かつて何かの会社の営業事務所だったコンクリートの床が、その衝撃でひび割れた。


「いたし方あるまい! それがし、断罪者スレインの名において、殺傷権を行使させてもらう!」


 フリスベルが銃口をまたげば、スレインの背からずるりと現れるM2重機関銃。


 固定用三脚を外しても、本体重量二十キロ超え。銃身全長は1メートルを超える。弾丸の口径は対物ライフルと同じ12.7ミリ。発射間隔一分あたり500発オーバー。


 本来は訓練を積んだ屈強な兵士が、三人一組で携行して扱う重機関銃だ。


 自分たちがどうなるか分かったのだろう。桐嶋と射手、それに操縦手が必死になって手持ちの銃を撃つが、スレインには全く効かない。

 その間にも準備が進む。スレインは片膝をついて、右脇に機関銃を構えると、トリガーの下を器用にいじって、フルオートに切り替える。


 M2は本来地上に固定し、後部ハンドルを両手で挟むようにして持ち、親指で中央のトリガーを押して射撃する。だがスレインならば片手で直接銃身を支え、もう一方で後ろから握り込む様にしてトリガーを押せる。三脚もいらん。

 反動と銃身の熱をもろに受けるが、ドラゴンピープルには何の問題もない。


 フリスベルが弾薬の箱を開け、給弾ベルトを整えた。射撃態勢は万全だ。


 その間も桐嶋達が必死に乱射する89式やP220の弾丸が雨あられと降り注ぐ。だがすべてを鱗で弾き返しつつ、スレインは落ち着いて狙いを定める。


 鱗に覆われた手が、トリガーを押し込む。


「ぬうおおおおおっ!」


 咆哮でもかき消せない、強烈な発射音。巨人の剛腕が叩き付けるかの様だ。


 フリスベルが耳を塞ぎ、背中を丸めてしゃがんでいる。

 かなり離れた俺からでも、飛び出していく薬莢が見えた。


 最初地面に穿たれた大きな穴が96式装輪走行車両に及ぶ。

 俺達のあらゆる銃弾を弾いたボディが、見る間に穴だらけになっていく。


 無慈悲な銃弾は桐嶋達も容赦なく襲う。

 ギニョルが美しい顔を背けた。俺も自然に顔が歪む。対物ライフルたった一発で、人間の体は千切れ飛ぶ。M2はそれを秒間約十発も撃ち込むのだ。


 桐嶋も兵士も区別なく、血濡れの骸になり果てた。


 弾丸はガソリンタンクもやったのか、車体に火が回りはじめた。


 誘爆すれば火災が広がる。まわりは布や皮のほろや、木の残骸、燃えるものだらけだ。


「むう、これはしまったか」


「大丈夫! で、です、よ……」


 勢いよく言ったものの、後半は聞き取れないくらいの声。とりあえず笑顔で自信のなさを取り繕うのが、フリスベルの特徴だ。


 だからといって、俺達の誰も不安を覚えたりはしない。

 フリスベルはスレインの背中をよじ登り、肩の上に立ち上がる。振りかざすのは、懐から取り出したトネリコの短い杖だ。


「あれくらいなら、抑えられます……多分」


 口調とは裏腹に、一流の指揮者の様なよどみない手つきで、杖を振るう。


 先端に青白い光が見える。魔力が集まっているのだ。描かれるのは、縦のひし形。放つ魔法のおおよその形状。


 魔法には大きく分けて三種ある。悪魔の使う操身魔法、吸血鬼の使う蝕心魔法の二つもえげつないが、バンギアで最もポピュラーなのが最後の一つ。


 ハイ、ロー、ダークのエルフ三種や、人間が得意とする魔法。魔力という科学的に証明不能ななにかを使い、直接的な自然現象を引き起こす、その名も『現象魔法』。


 フリスベルは、エルフでも指折りの現象魔法使いなのだ。


「イ・コーム・フリス・オグ・ピレー・レリィ!」


 杖で示した装甲車の周囲に、氷の粒が舞い、夕陽の中できらめく。

 ダイヤモンドダストだ。今現在の気象条件、空気中の水分量では、科学的に決して発生しないはずの。


 だがここは異世界バンギア。科学は万能などではない。


 車両が火を吹き、大音響を立てて爆発する。

 瞬間、空気がひび割れる様な音と共に、一瞬にして巨大な氷の柱が出現。


 桐嶋達の残骸、車体、全て取り込みそのまま完全に凍りついた。

 直径10メートル弱、高さ20メートルほどの氷柱。


 仮に日ノ本で同じものを作ろうとして。何人雇い、どういう装置を使い、どれほどの金をつぎ込んで何日かければ、こんなものができるか。


 フリスベルはたった一人、杖以外道具を使わず、金もかけず、ほんの10秒で作った。


 まったく、でたらめ。

 だがこれが魔法、バンギア人の力なのだ。

 いくら銃や近代兵器があっても、こんな奴らを相手にしては、紛争がぐだぐだになるわけだ。

 

 とはいえ、自走砲や戦車、大口径の機関砲、設置型の迫撃砲みたいな、射程の長い兵器の前では魔法とてどうしようもない。エルフの現象魔法を嫌う自衛軍は、砲撃や爆撃で住処の森ごと焼き殺した。


 銃と魔法が互いの持ち味を存分に活かし、両世界の住人の命をほしいままに奪ったのが、七夕紛争の姿なのだ。


 紛争が終結した今も、人工島ポート・ノゾミにはその頃が厳然とある。


 ギニョルはため息をつくと、俺を見下ろした。


「……全滅じゃな。もう敵はおらんようじゃ」


 つぶった右目を、紫色の魔力が取り巻いている。

 ほかの使い魔を呼び寄せ、視覚を共有し敵を探していたのだろう。

 そういえば、俺が装甲車に突っかかったとき、随分冷静だった。


「お前、スレイン達が来るのを知ってたのか」


「知っとるもなにも、あの二人と合流してからお前達の救援に向かう手はずだったのじゃ。それが、お主らが苦戦しておったから、わしらだけ先に出た。相手が相手じゃ。それなりの武装で来いとは言ったが、まさかM2を引っ張り出して来るとは」


 M2重機関銃は、軽装甲の戦闘車両は簡単にぶち抜く、ほぼ戦争用の代物だ。日ノ本の警官は見ることすらないだろう。治安のために振り回すようなものじゃない。


「肩を貸そう。その足、手当てが必要じゃろう。車へ戻るぞ」


「すまねえ」


 大人しくギニョルの世話になりながら、闇市の中央、氷の柱の前を目指した。

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