6鋼の敵

 厄介者とは、自衛軍用の装甲車両だった。


 正確には、確か96式装輪装甲車というのだったか。


 両輪に大きな8つのタイヤ、車高は高いが、ボディは平べったい。

 深緑の塗装と、飛び出したように見えるヘッドライトのせいで、どこかカエルを思わせる愛嬌がある。


 だがその装甲はAKや89式、俺のM97の様な、通常火器でどうにかなるレベルじゃない。戦闘ヘリほどの火力は持たないが、火器も備え付けられている。


 こんなものが、どうしてここにあるんだ。

 島に存在していることは知ってる。


 この島には紛争中に自衛軍が作り、そのまま居座ってる基地、通称『橋頭保』がある。そこにはこの96式装輪装甲車どころか、ヘリや戦車まである。


 だが、こことは逆方向、島の南西部だ。それに自衛軍が戦力を出すときは、一応のこと断罪者としてこの島の治安をあずかるギニョルに連絡が来る。


 いや、桐嶋は、元自衛軍。あいつが何をしようと、自衛軍の関知することじゃない。管理がどうなってるか知らないが、一台失敬することなど、どうってことなかったのか。


 乗られたら手の出しようがないぞ。

 俺とギニョルは装甲車に近づく兵士達を撃った。

 が、連中は心得ている。うまく装甲車を盾にして、後ろへ回り込んでしまう。あの戦闘車両は裏側にもドアがあるのだ。


 ドアが開くとほぼ同時にエンジンがかかる音。メンテナンスも燃料も完璧か。


 装甲車はかつて日ノ本の公道を走ることができ、発進や移動の間は分隊長なんかが必ず周囲を確認したというが。


 目の前のバケモノは、そんな自衛軍の規則を無視して動き出す。


 正面左の指揮者席に桐嶋、銃座と操縦席にも兵士が現れた。どれも装甲板や車体に守られ狙いにくい。


 ギニョルはエアウェイトを構えようとするが、銃座の銃が動いた。

 足もとを狙ってる、機関砲なら直接俺たちに当てないと――違う。


「く、そがあっ!」


 ギニョルに飛びつきざま、近くにあったショベルカーの影へ。

 同時にタカタカ、と軽い発射音が響く。


 爆風で吹っ飛ばされた。


 爆発を引き起こしたのは、96式てき弾銃だった。自衛軍ご自慢の、グレネード弾を連射する圧倒的な火力の銃。96式装輪走行車は、屋根にその銃座が備わっている。爆風でまとめて吹っ飛ばすから、大ざっぱな狙いで良かったのだ。


 破片を浴びなかったギニョルも、地面に体をぶつけてうめいている。


 俺の脚には、親指ぐらいの破片が、二か所突き刺さって貫通していた。

 激痛であぶら汗が出たが、気力で体を起こす。


「くたばれっ、畜生が!」


 トリガーを引きっ放し、フォアエンドを連続で引いてシェルチューブの散弾を撃ちまくる。狙いはてき弾銃座の兵士だ。


 距離はいい。狙いもまあいい。だが相手は装甲車。

 銃座もまた盾状の装甲で守られている。少し身をすくめただけで、散弾は鉄板で無効化されている。


 それは計算済みだった。クレールならまだ射程範囲だ。

 あいつからは、兵士が狙いやすくなっているはず。


 俺の期待は砕かれた。

 銃座の隣、分隊長の席に立つ桐嶋が、クレールのいる方向を指し示す。


「うぅ……いかん、逃げよ! クレール!」


 目を覚ましたギニョルが、使い魔を通じて呼びかけたのと同時だった。

 てき弾銃がグレネードを吐き出し、クレーンで爆発が巻き起こる。


 避ける場所がない。


 すぐに銃座を沈黙させなければ。銃座の兵士は今度こそ俺に背中を向けている。

 だが桐嶋が俺に向けて9ミリ拳銃を構えている。


 俺の方が遅い。足もやられてる、避けきれない。


 ギニョルに引き倒され、転がるようにパワーショベルの影に入る。桐嶋の撃った9ミリ弾が重機に当たり、火花を散らして甲高い音を立てた。


 爆発音が聞こえる。何発撃ってやがるんだ。紛争後に急造されたクレーンはそれほど丈夫じゃない。


 案の定、爆風の中にクレーンが崩れていくのが、重機のアームの間から見えた。あれじゃあ、爆風をなんとかかわしていたとしても、とても無事では済まない。


「クレール、クレール! だめじゃ……使い魔がやられたらしい」


 爆発にやられたのか。もう、あいつが死んでるということじゃないのか。


 さっき桐嶋に頭を撃ち抜かれてでも、俺が射手を抑えていれば。

 渦巻く怒りを噛み殺す様に、歯を食いしばって、リロードを済ませる。


 だが装甲車は俺達を無視して、闇市の方へ進み始めた。


 負傷して動けない俺も、エアウェイトしか持っていないギニョルも、大した脅威ではないと判断したのだろう。


「畜生、待ちやがれ! 俺はまだ生きてる、ぶっ殺してやるぞ!」


 ショットガンの音がむなしく轟く。散弾は離れていく装甲車のボディに弾かれ、ぱらぱらと散るばかりだ。


 てき弾の爆音が響く。露店が吹っ飛び、俺達のハイエースが丸裸になった。ユエとガドゥが反撃したが、装甲車には効果がない。


 俺は歯を食いしばると、重機にしがみつき、痛む足を震わせながら立ち上がった。何かしなければ。まともに、歩けもしない。


 崩れそうになったところを、ギニョルに受け止められる。


「よせ、騎士」


「ギニョル、でも!」


「クレールのことは心配要らん。ねじ曲がっておるが、あやつの根性は良く分かっておるじゃろう」


 余裕のある顔してやがるな。

 そりゃ、簡単に死ぬ奴じゃない。

 もはや執念ともいえる、アグロス人への復讐心も知ってる。


「ユエやガドゥが狙われるぞ、今日持ってきた装備じゃ、あの装甲車は」


 詰め寄る俺の唇に指を当てると、ギニョルは口元を緩める。

 俺の姉か何かのつもりか。だが不思議と意気が削がれる。


「心配要らぬわ。使い魔から連絡が来た。クレールの捜索は、事態が収拾してからでよい」


 水平線に沈みかかる太陽、その光がさえぎられた。

 俺達の頭上を、大きな影が通り過ぎていく。


 そうだった、まだあの二人がいた。

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