5集う断罪者
勢いよく銃撃戦になだれ込んだ。
が、しばらくしたらジリ貧になった。
ただでさえ相手の数が多い。しかも向こうの銃は装弾数の多い89式やAKだ。サブウェポンのハンドガン、ベレッタやP220でさえ、弾薬はマガジンに十数発。
対する俺は一人。しかもショットガンM97はシェルチューブに5発、銃身に1発で最大6発だけだ。いくらなんでも無理がある。
さらに相手が戦術を変えた。数人ずつのチームに分かれ、正面からの射撃で俺の動きを封じ、残りの奴らが左右から後ろへ回り込んでくる。
この組織だった動き、桐嶋の仕業だろう。
クレールの狙撃も封じられている。この桐嶋がさっきの狙撃で隠れた位置のあたりをつけ、部下と共に反撃しているのだ。当たり前だが狙われている間は狙撃ができない。
なんとかしたいが、桐嶋と部下は俺から離れている。コンテナや建材で遮られた向こう側、ショットガンじゃどうにもならん。
スナイパーの援護と、俺の突撃。両輪そろってこそ、この数とまともにやり合えずはずだったのだが。
「ちっくしょう……うおっ!」
頭の脇で果物が弾けた。右に回り込まれている。
すぐさまM97を撃ったが、散弾は札束とルドー金貨をまき散らしただけ。
排莢の直後に、左から銃声。コートの脇に穴が空く。
やばいと思ったら、さっき撃った方からも悪魔が出てきた。
左右に1発ずつけん制、攻撃してくる悪魔と兵士を引っ込めると、後退して露店の角に逃げ込む。桐嶋たちとさらに離された。
「まいったね、こりゃあ……」
銃声が俺に集中している。天幕の破片や、えぐれた木片がぱらぱらと降りかかってきた。この露店はそんなに頑丈じゃない。数分でハチの巣になっちまう。
銃声を縫って、左右の敵も動く。今度は後ろに回り込むのだろう。
正面のオーグル達も、銃撃を繰り返しながら距離を詰めてくる。
勢いよくたんかは切ったが、誰だって撃たれれば死ぬ。
せめて、クレールが一方向だけでも抑えてくれれば、やりようがあるんだが。
あいつが隠れているクレーンは、桐嶋達元自衛軍の連中から89式の集中砲火を受けている。よく見れば、連中の足元にライフル弾のボックスがある。つまり弾薬も潤沢だ。完全に俺たちを迎撃する姿勢が整っている。
援軍まで、もつのかと思ったとき、サイレンの音が聞こえてきた。
紛争初期に何度か聞いた、パトカーのものだ。
振り向くと、屋台へ続く直線道路に、ドリフト気味に黒い車体が現れた。
赤色灯のついた、旧式の黒いハイエース。
援軍だ。
ハイエースはタイヤ痕も構わず、こっちに直進。銃撃をものともせず、脇にあったたるを吹き飛ばし、屋台の粗末な木材を踏みつぶして俺の脇に急停車した。
防弾仕様のスライドドアが開き、黒いポンチョと同色のテンガロンハットの何者かが飛び出す。
両脇から回り込んだ悪魔と兵士が、銃口を向けた瞬間だった。
銃声。二人の腕が血を吹く。
一瞬で二発。左右どちらを先に撃ったか、それすら見えない。
相変わらず、寒気のする早撃ちと射撃精度。
ポンチョの裾から、煙をくゆらす細長い銃口が覗く。
西部劇のガンマン御用達、なんと19世紀の6連発リボルバー。
コルトのシングル・アクション・アーミー通称SAA、
こんな銃を使いこなす断罪者は、一人しかいない。
「騎士君、遅れてごめん、一旦下がって!」
右脇のホルスターから、シグザウアーP220を抜き。正面の敵をけん制しながら俺に呼びかける。
目の覚める様な蜜色の髪は、弾丸の雨の中ですら美しい。
ポンチョで隠れてはいるが、あの下もクレールを混乱させる程度には極上の身体なのだ。
彼女の名は『ユエ・アキノ』。
異世界バンギアの人間、断罪者にして、天性のガンファイター。
いろいろ複雑な理由で、崖の上の王国を出た、妾腹の姫君でもある。
「おらおらっ! びびってんじゃねえぞ、おれもぶっ殺してみやがれ!」
助手席の窓からは、ガドゥがAKを撃ちまくる。
やけくそ気味だが、いい弾幕だ。ユエのリロードの隙を補い、切れ目のない射撃で、正面の敵の動きを封じ、引きつけている。
この隙を逃さぬ手はない。俺はハイエースの後ろに逃げ込んだ。
「無事じゃったか。突っ込むなと言うたのに」
銃撃が集中する中、運転席から人間姿のギニョルが降りた。こいつはクレールと違って、車に慣れている。
運転の腕はなかなかだが、悪魔の姿で使える車がないのが不満らしい。
ギニョルはスリットの深いローブの上から、断罪者の証である、火竜の紋のロングコートをはおっていた。悪魔の姿にならなくても、さすがに堂々としたものだ。
「突っ込むなっつっても、あれ以上やらせないためには、俺達でやるしかなかっただろ」
「分かっておるわ。ちゃんと断罪文言も済ませたな、上出来じゃぞ」
使い魔で見てやがったか。素直に微笑まれると、俺も悪い気はしない。
ギニョルは悪魔で、300歳近いらしいが。
美人に褒められて舞い上がらないことは難しい。
「クレールの援護に行かねばな。騎士よ、付いて来い」
ローブを太股までたくし上げ、ガーターベルトのホルスターから銃を抜く。
スミス&ウェッソンのM37エアウェイト。日ノ本の警官が携帯する、リボルバー式の銃だ。島ではほとんど出回っていない。
手に入れた経緯は知らないが、相当愛着を持っているらしい。
銃身が短く、P220なんかより小さいこの銃は、お嬢さんのほっそりとした白い指に握られ、美しい横顔に並ぶと、絵になる。
ギニョルはローブの袖口からエアウェイトの弾薬を取り出す。慣れた手つきで銃の弾倉を振り出し、丁寧に込めていく。撃鉄を起こすと、腰元に構えて、走り出した。
足元はいつものハイヒールでなく、バトルブーツで固めている。もちろん、俺も続いた。
露店の合間を抜けながら、桐嶋達と距離を詰める。
ユエとガドゥのおかげで、俺達を阻む銃撃はない
見えてきた。距離は大体、三十メートル弱って所か。
向こうも気づいたのか、桐嶋の号令で、四人の兵士が俺達に向かって89式を構えた。
近いやつにM97を撃った。
散弾の端が肩に食い込んだらしいが、平気で銃を構え直した。プロテクターを着てやがったな。
狙われている。まずいと思った瞬間。
パン、パンという軽く乾いた音。兵士が銃を落とした。うずくまっている。
「……ふむ、まずまずかの」
ギニョルがつぶやく。
左脚を引き、体は半身。左手で構えた銃床を右手で支える。
お手本の様なウィーバー・スタンスだ。
警官の銃で自衛軍の兵士が負傷してる絵づらは、日ノ本国的に笑えないがな。
他の兵士も撃ってきた。俺もギニョルも銃撃を避けて別の露天に飛び込む。
建材屋だったらしい。コンクリートブロックやセメントの袋が、弾丸から守ってくれる。
だが俺のM97には、まだつらい距離だ。弾を避けながら顔を出して射撃するが、なかなか兵士を倒せない。
銃弾で飛び散る石の粉をはたきながら、ギニョルがローブの胸元を広げ、なんと谷間に手を突っ込んだ。
何かと思ったら、二つの膨らみから、ごく自然にM37の弾、38スペシャルが出てきた。しかもスピードローダーでまとめてある。
リボルバーを開放、銃を上げて空薬莢を落とす。胸元の弾丸が装填された。
あれで標的を撃ち抜くわけか。罪深い胸だな、色んな意味で。
リロードに目を奪われていると、補充の終わったギニョルがこちらを向いた。
ため息を吐くと、再び胸に手を入れる。
「しょうのないやつじゃの。ガドゥがスラッグ弾を持ってきておった。使え」
「……気が利くな」
投げ渡されたショットシェルに、豊かな温もりを感じる。
走ってる間中、あそこで揺られてたのか。
うらやましい奴らめ。とっととぶっ放してやる。
もらった二つを銃身下のシェルチューブへ。ちょうど次弾の装填をしていなかったから、フォアエンドを引き、シェルキャリーから銃身へ送り込む。無論、排莢と同時だ。
視界の端で様子をうかがい、相手の射撃が途切れた瞬間を狙う。
「食らえっ!」
ガァン、と音を立て、M97が吐き出した弾丸。
散弾の入るべきケース内に詰まっているのは、口径18ミリの一粒弾。初速はのろいが、質量だけなら対物ライフルの弾より大きい。
灰色熊をも仕留める弾だ。胴体にもろに食らった兵士は、崩れ落ちて動かなくなった。ジャケットの下にボディアーマーを着ていたらしいが、さすがに綺麗に貫通している。
二人の兵士を失い形勢不利と見たのか、桐嶋がハンドサインを出す。残りの兵士は俺達に射撃を繰り返しながら、北東の方へ逃げ始めた。
89式小銃の装弾数は三十発もある。フルオートで弾をばらまかれたら、下手に顔が出せない。
距離が離れて焦ったか、弾幕が途切れた瞬間を狙い、ギニョルが立ち上がる。
「追うぞ、騎士!」
確かに兵士は背を向けている。だが悪魔が一人、後ろから俺達を追って来ていた。
「ギニョル、待て!」
M97を向ける。だが相手は、ギニョルの背中を狙っている。
銃声。
頭を撃たれ、角のついた男の死体に戻り、倒れ込む悪魔。
俺もギニョルも忘れていた。
桐嶋たちの砲火から自由になった、うちの狙撃手の存在を。
ギニョルが右耳をかざし、使い魔の聴覚に同調する。
「……クレールの奴、使い魔に吹き込んでおる。援護感謝、後ろは気にするなということじゃ。狙撃がある以上、後ろの悪魔連中はわしらを追えぬ」
そうでなくても、俺達に追手を出して人数が減っている。残りの連中じゃ、ユエ相手にはどうにもならん。スナイパーが復活したおかげで、安心して桐嶋達を追える。
「お手柄だな、あとで揉ませてやれよ」
豊満な胸に視線を向けると、みるみるギニョルの頬が紅潮する。
「この馬鹿たれッ! 行くぞ」
エアウェイトの銃床でどつかれた頭を押さえて、俺はギニョルの後に続いた。
ただただ、痛え。涙が出てきやがった。
いくら色々昔と変わってないとはいえ、俺も年は23の大人。
こんなセクハラ、許されるはずがない。
桐嶋達を追うが、連中、何か目的があるらしく、ほとんど反撃しなかった。市場を抜け、重機やバスが留まっている場所へ一直線に進んでいる。
ポート・ノゾミは三呂市の中心部に近かった。八平方キロのばかでかい土地は余り気味だったせいか、バス会社や工事用重機のレンタル会社なんかが車両置き場に使っていた。
バスや重機は島の無秩序の中で略奪された。いろんな組織や金持ちが好き勝手に使っている。そいつらはそいつらで、守衛を置いて資産を守っているはずなのだが。
妙だ。普段は閉鎖されているはずの門が、桐嶋達を迎える様に開かれている。守衛所も空。
「どうする?」
「止まるな」
選択肢はない。
そのまま追いかけ、門をくぐって驚く。
GSUMが権利を持つ重機置場の一角に、厄介なものが停車していた。
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