4断罪開始
人工島の道路もまた、混沌だ。馬車に、略奪された古いトラック、軽自動車、輸出するはずだったほこりだらけの高級外車などが適当に走っている。
渋滞ってほどでもないが、交通量は少なくない。
俺はクレールを載せたまま、バイクを操り車の間を抜けていく。
コートとマントを身に着けた俺たちを見かけると、どの車も慌てたように道を譲る。叩けばほこりが出るのかもしれないが、今は現場が優先だ。
警察署から左に折れ、海水で埋まったトンネル脇の交差点を右折。かつてのコンテナヤード、現在のマーケット・ノゾミが近づく。
銃声が聞こえてきた。
散発的に、ダダダ、ダダダダ、とうるさくやってるのはAK。
こたえるように、少し低くこもった音を響かせるのは、自衛軍の89式。
単発なのはハンドガン。恐らく悪魔達のベレッタか、自衛軍の9ミリ拳銃、シグザウアーP220あたりだ。
これだけの銃を用意済みってことは、もめることが前提だったのだろう。
マーケット・ノゾミは元々、輸出入貨物用のコンテナヤードだった。
それがまず島に来たバンギアの軍勢に略奪され、つづいて自衛軍に接収され、紛争中は支援物資の配布、交換、取引へと移り変わった。
そして紛争後。気が付けば合法、非合法を問わないあらゆるものが金で取引されるポート・ノゾミの汚い台所になった。誰だろうとこの島で暮らすものはここに来なければ生活ができない。
コンテナは住居用に改造され、露店やバラックも立ち並ぶ。バンギアからの船が着くときや、自衛軍が物資を放出したときは人手ごった返すこともある。クレールのような貴族様が嫌う猥雑な場所だ。
俺は道路からコンテナの間へ入り込む。バラックや露店が建ち並び、勝手な増改築も頻繁な市場は複雑な構造をしている。だが、月一回は隅々までパトロールして頭に入っている。
「マーケットで撃ち合いだぞ!」
「命が取られちまう! 夕飯はいらねえ」
市場から群衆が逃げてくる。車道も歩道もない。
赤や緑、青といったカラフルな髪の毛の人間。これはバンギアの人間たちだ。
尖った耳に金髪のハイエルフ。
耳は尖ってるが瞳が赤、褐色の肌に銀色の髪のダークエルフ。
背の低い緑色の皮膚はガドゥと同じゴブリン。
俺と同じ黒い髪に黒い瞳のアグロスの人間もいた。
それぞれ子供も大人もいるが、一様におびえている。銃の恐怖は島の住人全員にしみついているのだ。
そんな中、逃げながらも俺とクレールに眼を光らせているのが、吸血鬼や悪魔だ。
この二種族はその元の性質から、バンギアで恐れられていた。
すねに傷のあるやつが多い。断罪の恐ろしさを知っている。
しかし、二年も活動してると、そこそこ名が知れてくるものだ。
「こりゃ、そのうちファンが出来ちまうかね」
「そうだな。熱狂的に、命を狙ってくるファンがな」
「こいつみたいに、か!」
ハンドルから放した両手。胸元に引き寄せたM97を放つ。
散弾は、俺めがけてAKを構えた悪魔の胸元に命中した。
悲鳴もあげず、露天のカウンターに倒れ込む悪魔。
距離約5メートル。ショットガンのベストレンジだった。
炸裂した散弾は胸元の数十センチ範囲に着弾。衝撃波が共振し、肉と骨をかきまぜて吹き飛ばす。悪魔だろうが即死なのだ。
フォアエンド――銃身下の部分を引いて排莢し、次弾を装填。
軌道が乱れないうちに、バイクのハンドルに戻る。
クレールが舌うちする。構えていた89式を肩に戻した。
「曲芸師でもないだろうに。あいつは僕でもやれたぞ。それに断罪文言がまだだ」
「良く目立ったし、正当防衛だ。それともライフル弾食らいたかったか」
撃ち合っているバカどもにも、俺達が来たのが分かったらしい。
現場の広場に着いた。ブレーキと共にバイクを停める。
クレールが影の様に素早く、露店の隙間に消えていった。
銃声が止み、抗争していた全員の視線が集まる。
オーグル達悪魔は、確認できる限りで五人。
自衛軍は桐嶋と、あと二人しか分からん。
が、自衛軍の小銃小隊ならば、最低でも六人ひと組のはず。
不意打ちしてきた悪魔といい、俺たちが来ることを想定してたな。
「あーあー、派手にやりやがって」
見渡す限り、結構な惨状だ。
家具や建材は弾痕だらけ。動物や食用虫が逃げ出して鳴き声を上げ、一部は飛び散った果物の破片に食らいついている。
そして犠牲者も増えていた。
流れ弾か、故意か。あのゴブリン以外に、倒れ伏しているのが四人。
気の毒に、ゴブリンが一人。
人間の女性が一人と、子供が二人。この三人は親子だったのだろう。おたがいをかばうように倒れていた。危険だろうと、ここに来なければ生活が支えられない。
抗争中の連中に、人の死に心を痛めた様子は見えない。
代わりに俺にけげんな視線と、銃口が向いている。
緊張しやがるぜ。これだけは慣れない。
俺はM97を肩にかつぎあげると、自分の恐怖を吹き飛ばすように、なるべく大声で呼びかけた。
「どうした、続けろ。バリバリ撃てよ。ここで何しようが、巻き込まれた誰が死のうが、お前らの上で話がついてるんだろう。ここを取引の場にして、もめた場合は撃ち合いやることは決まってた。いつも、ホープレス・ストリートでやってるみたいにな!」
冷や汗が出やがる。胸は防弾でも、頭を撃たれりゃ終わりなのだ。
右肩から血を流しながら、瘴気を吐いてこちらをにらんでいるのがオーグル。
なるほど、良い面構えだ。施錠刑一度じゃ性根が直らんのも分かる。
眉ひとつ動かさず、89式を俺の額に合わせてやがるのが、桐嶋。
口髭が渋い迷彩服の男だ。襟元にあるのは、レンジャー
自衛軍のレンジャー部隊は過酷な訓練で磨き抜かれたエリートだ。しかもこいつは実戦を生き抜いた古参兵。
厄介な相手だな。
不思議と、間というか、撃たれる感じが近づいているのが分かる。
だが桐嶋じゃない、オーグルでもない。
どこだ。
どいつだ。
探ってみるか。
「いつも通りだろうな。それがこの島だ。だが、そんなもん、いつまでも続くわけ……ねえだろうが!」
右へ向き直りざま、引き金を引く。
自衛軍の兵士だった。
9ミリ拳銃を構えた右肩が、散弾で打ち砕かれる。
出てきたカウンターの向こうにぶっ倒れた。
排莢もおざなりに、コンテナの影に飛び込む。
さきほどを超える数の銃声が響く。狙いは俺だ。
ベレッタやM92Fの9ミリ弾、89式の5.56ミリ。多彩な口径の銃弾が、鉄のコンテナを散々に撃ちたたいている。
銃声の最中にも、俺を包囲すべく、三、四人が露店やコンテナの影を移動して回り込んでいるらしい。
そろそろ、始めなければならない。
俺はブレザーの内ポケットから、ぺらぺらの書類を取り出した。
俺達の唯一の根拠である数か条の法だ。
条文を確認し、あいつらの行動と照らし合わせる。
殺人、発砲、マーケット・ノゾミでの取引妨害。比較的簡単な事件だ。
息を整え、文面を組み立てると、俺は叫んだ。
「断罪者、丹沢騎士の名において! 悪魔、オーグル・ルブ・エボイ及びその配下五名! 元自衛軍、独立第十三小銃小隊長、
これで諦める相手なら、文字通り断罪者は要らん。
断罪文言の最中にも、銃弾は降ってくる。弾けた果物の破片が書類を汚した。
だが、断罪者が罪を現認し。
本人たちに向け、背いた法律と刑の内容を伝えたのだ。
手続は滞りなく済んでいる。
もはや誰にも不服は言わせん。
南の方、はるか遠くで、くぐもった銃声。
悪魔が一人、腹を撃ち抜かれて倒れ伏す。
クレールの狙撃だ。俺が囮になっている間に、高所を確保しておいた。
ギニョルに釘を刺された通り、あいつも俺の断罪文言まで待ってくれた。
包囲にかかる連中の動きが止まった。スナイパーは存在そのものがけん制。動けば撃たれるとなれば障害物から出られない。
「始めるか……」
がしゃり。フォアエンドを引いて排莢、次弾を装填。
紛争が全てを壊したこの島では、力を持つものが正義だ。
具体的には、紛争の無秩序から生まれた、様々な組織。
オーグルは『GSUM』、桐嶋は『自衛軍』。
組織とつながり、その庇護の下にあるこいつらは、組織の掟を守る限り、誰にもとがめられない。買い物客でごったがえす夕方の闇市で銃を振り回し、巻き添えで人を死なせても、その罪は誰も問えない。
だが俺は、俺達はノゾミの断罪者だ。
この世の悪徳の巣窟と化したこの島に、法と秩序をもたらすもの。
罪を犯した奴らに、どんな後ろ盾があろうとも。
紛争を終わらせた断罪法の重み、必ず噛み締めてもらう。
「こいつは……痛えぞ!」
M97が吠える。
近づいてきた悪魔の腕が吹き飛ぶ。
操身魔法の変身が解けた。角つきの男が、叫びながら倒れ込む。
激痛とショックで死にやがれ。
いよいよ、仕事が始まった。
この俺、丹沢騎士は、ノゾミの断罪者だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます