3現場へ
署を飛び出す前に、男性用のロッカー室へ。断罪には準備がいる。
武骨なコンクリートの壁に窓のない狭い部屋。元々あった三呂水上警察のロッカーは撤去され、ガドゥが市販品を改造して作った、クローゼットみたいに分厚いガンセーフが置いてある。圧迫感が増して息苦しい。
ガンセーフは三つ。俺こと丹沢騎士の分と、クレール、それにガドゥの三人分だ。
スレインの奴も男だが、あいつの備品はデカすぎて置けない。あいつらドラゴンピープルは、服を着る習慣がなく、別棟の銃火器庫前で装備を済ませるからな。
パスコードを入力して、鍵を突っ込む。
開き戸を開けると、見慣れた備品一式が詰まっている。
銃に弾薬、魔錠、コート、防弾ベスト、ガンベルト。
日ノ本の警察官なら、定年まで身に着けないこともある重装備だ。
俺はまずブレザーを脱ぎ、防弾ベストを身に着けた。腰のベルトをガンベルトに換え、端に魔錠を引っ掛ける。
それから、下がっていた黒のロングコートを取り、袖を通した。
断罪に行くときは、こいつが必要不可欠だ。
もうひとつ。絶対に必要な物、吊るしてある細長い銃を取る。
ショットガン、ウィンチェスターM1897。
単発のポンプ・アクション式。銃身の黒ずみ具合や、ストックの木目が渋い。特に接近戦で頼りになる、俺の愛銃だ。
その昔、一次世界大戦では、塹壕戦で兵士を散々苦しめたため、トレンチガンとも呼ばれる。俺は略してM97と呼ぶ。
元々束帯はなかったが、ガドゥに頼んで金具を補強してつけてもらった。これでコートの上から背負える。
スライドを引いて、解放した銃身下部のシェルチューブに、ショットシェルを詰める。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つで一杯。
百年近く前の銃なのだ。装弾数は誇れない。
ガンベルトにもショットシェルを詰め込んでいると、クレールがため息交じりに言った。
「ショットガンか。初めて見たとき驚いたよ。痛ましい武器だね」
そう言うクレールの銃は、ショットガンより一回り小さい。
全長は90センチ。両手で構える、いかついものなのは同じだ。こいつの身長だと、俺が持つよりさらにでかく見える。
89式5.56mm小銃。俺のM97から数十年を経て生まれた、純日ノ本国産。自衛軍の小銃小隊御用達の銃だ。バンギアでは自衛の名の下にこの銃に殺傷された者も数多い。
そんな銃を自衛軍の断罪に持ち出すクレールは、『奴らを奴らの武器で罰する』ことにこだわっているらしい。
見た目では、銃身に折り畳み式の二脚がついているのが特徴だ。これは陣地を守ったり、伏射したりするとき、固定して撃ちやすくするためだ。
クレールは狙撃用のスコープもつけている。
「お前、89式で行くんだな」
ロッカーには、ほかにスナイパーライフルが数丁ある。
クレールは銃に弾倉を込めながら答えた。
「フルオートは優雅じゃないけど、下僕半の尻拭いが必要だろう」
「少しは丸くなったか」
唇を歪めた俺に、クレールは冷たくほほ笑んだ。
「馬鹿を言え。囮に長生きしてもらうためさ」
そう言うと、裏地のポケットに、予備の弾倉を詰める。
マントをひるがえした。外側は黒、内側は赤、まさにドラキュラの色合いだ。このマントがこいつの断罪者としての証なのだ。
びしっと決まっているが、俺より背が低いから、妙な愛嬌もある。
「二年の付き合いだろ、冗談ぐらい流してくれよ」
「思ってもいないことを言うな。僕がお前達を許さない様に、お前も僕達を許すつもりはないだろう。それでこそ、この仕事さ」
銃をかつぐと、さっさと廊下に出て行ってしまう。
ドアを閉めた背中に、ぽつりとつぶやいた。
「……違いない、な」
現場で戦うとき、クレールの憎悪はいい発破になる。
しみったれた気分じゃ、人は撃てないからな。
俺も装備を済ませ、一階の車庫へ急いだ。
数十年をかけ、二期にわたって埋め立てて、その面積8平方キロにも達した人工島ポート・ノゾミ。中途半端に広いこの島で、現場に向かう足は欠かせない。
ガレージを開け、備品のバイクにまたがると、キーを突っ込みエンジンをかける。
ガソリンは満タン。エンジンが喜びに震える。
いまだに俺は無免許だが、7年前の紛争から、道交法は島から消えて久しい。
シャッターの外で待つクレールにヘルメットを投げ渡す。
「運転してみるか?」
俺の意地悪を悟ったか、美しい顔が憎悪に染まる。
「僕の腕を知ってるだろ、聞くんじゃない。この鉄の馬、本当は音を聞くだけで吐き気がしてくるんだ。存在そのものが魔力を乱している。こんなものを改造する趣味があるなんて、お前達は本当におぞましい種族だ」
そんなにキレなくてもいいのに。
お前の相棒の89式も、人間の技術の結晶なんだがね。
「分かってるよ。悪かった悪かった」
108年も生きてる割に気が短いな。
ギニョルが言うように、100歳なんて吸血鬼的にはまだガキらしい。
結局、クレールもタンデムシートにすべり込み、俺の背を抱えた。
銃と弾薬はともかく、見た目通り女みたいに軽い。
女、女か。
「どうせ乗せるなら、ユエあたりが良かったね」
パトロールに出ている断罪者の一人を思い出す。
「ふん、背中に胸があたるとかだろう。女性を身体的特徴で扱うとは下等な」
反応したな。
「俺はユエをバイクに乗せたいって言っただけだぜ。それを胸と結びつけるってことは……?」
「うっ、うるさい! とっとと行け、これ以上被害が出る前にな」
「違いない、飛ばすぜ」
クラッチをつなぎ、スロットルを回す。
ナンバーのないバイクが、警察署前の四車線道路に侵入した。
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