27絡み合う計算

 マヤはザルアの最終目標のはずだ。ポート・ノゾミでアグロスとの協調を学んできたにもかかわらず、実の父であるアキノ12世から拉致にも近い形でイスマに連れてこられ、ヤスハラとの結婚を強いられている。


 いわば断罪によって救い出すべき犠牲者。

 それが、俺達の認識だった。

 なぜそのマヤが、玉座で断罪に来た俺達を待ちかまえている。


 マヤは落ち着いた笑顔を崩さず、玉座からゆったりと立ち上がる。だがその杖の先端に、魔力がじわじわと集中していく。


「イ・コーム・オアク・バアル!」


 突き立てた瞬間、フリスベルが焼き払った扉の焦げ跡から、急速に木が再生する。数秒と経たず、枝と幹が絡み合い、扉は封鎖されてしまった。


 他は石壁。これでこの部屋への侵入は難しくなった。もしマヤが敵対してくるなら、倒さずに脱出することは不可能だ。


 俺達を守るつもりではないのだろう。


 テーブルズの議員で、バンギアの人間代表。断罪者である俺達の直属の上司ともいえるマヤに向かって、俺はM97を突き付け、スライドを引いてショットシェルを装填する。


「こいつは何の真似だよ、お姫様。王は、ヤスハラはどこだ!」


「何を言い出すかと思えば。お二人ならば、反乱軍の討伐のために、既に城を出ておられますわ。魔力の塊を私だと思い込んで、勝手にここまで来たのはあなた方でしょう」


 やられた。完全に。


 王は演説で戦勝の報せを待つと言った。二日後の結婚式もやる予定に違いない。そう思い込んだ俺達は、クオンやフリスベルが確認した膨大な魔力を、アキノ12世のものだと信じ込んでしまったのだ。


 悔やんでも悔やみ切れない。ここまで来るのに、魔術師たちの犠牲を払ってしまったし、ニノやクオンだって今頃無事かどうかも分からない。


 歯を食いしばる俺に、マヤは片手の扇で自分を仰いで見せる。


「まあそう悔しそうな顔をなさらないで。あなた方は結果的にあの島を救うことになるのですよ。この場で果てることによってね!」


 突き立てた杖の石突から、再び走る魔力。また樫の扉が変形するかと思ったが、フリスベルが俺に駆け寄る。


『コーム・ログウェル!』


 呪文と同時に若木の杖が光って、床の石が盛り上がり俺達の周囲を取り巻く。

 一瞬後で、鍾乳石を研ぎ澄ましたような岩石の槍が突き出した。


 マヤは呪文無しで岩石に現象魔法をかけたのだ。フリスベルが間に合わなければ俺は八方から貫かれていた。


 岩と魔力が競り合っている。フェイロンドの炎を支えたときほどでもないのだろうが、フリスベルの表情は苦しそうだ。

 他方、マヤには言葉をかける余裕がある。


「それはララ姉様の杖ですわね。あなたの波長に忠実に作ってある、あの方はよく見てらっしゃるでしょう。あなたのようなエルフが大好きなのですよ」


 はぐらかすように微笑みを張り付けているマヤ。俺はその胸元にショットガンの照準を合わせる。フリスベルは杖をかざして、マヤに向かって叫ぶ。


『本気なんですかマヤさん。テーブルズの議員のあなたが、本気で私達断罪者を傷つけるというのですか。この国を知らないわけじゃないでしょう。指導者のエゴで国民がどんな目に遭わされているか、気が付かないあなたじゃないはずですよ!』


 感情のたかぶりに呼応するかのように。フリスベルの作った壁が、石槍をねじ曲げ、へし折って打ち砕いた。ローエルフの面目躍如、人間よりは強い。


 マヤを殺すわけにもいかない。俺は足元を狙って発砲するが、マヤは玉座に隠れてかわした。


 視線が切れた隙に、フリスベルが声を潜めて話しかける。


「騎士さん、杖を破壊して魔錠で抑えましょう。何かわけがあるはずです」


 そのわけこそ、事態を打開する鍵になるかも知れない。


「賛成だが、命がけだ。あのお姫さん相当性悪のじゃじゃ馬だぜ」


「危険なんて今さらです。私もあなたも断罪者なんだから」


 杖に魔力が集中していく。決意のみなぎる凛々しい横顔は、十歳そこらの外見に馴染んでいる。フリスベル、言うようになった。

 俺はM97の次の一発をスラッグ弾に交換した。


「違いねえな。こいつでぶち砕いてやる。バックアップ頼むぜ」


「ええ、破壊に集中してください」


 声に力がある。まだ余裕があるのだろう。ララの杖は相当に相性がいいのかも知れない。


 まだ距離は十メートル以上。俺はフリスベルを離れて前に進んだ。


「お姫さん、飼い犬だって手を噛むんだぜ!」


 AKはフルオート仕様。狙いも適当に左手の引き金を引けば、ライフル弾が玉座と周辺に降り注ぐ。


 冷静に見れば、この部屋には遮蔽物がほとんどない。銃弾の速度を目視するのは不可能。防御には現象魔法が必須だ。連射の利く小銃と、威力の高い散弾銃を持っている俺は戦闘を有利に運べる。


 ただの魔術師ならそれで良かった。だが相手はアキノ家に連なるマヤ・アキノだ。ただの魔術師のわけがない。


「フィレー」


 姿を隠したままの一言。俺のAKに魔力が集まる。持っていられないほど熱い。ストックの木製部分が煙を吹き始めた。


 そういや魔術師は魔力で俺の存在が分かるんだったか。火を点けてやがるのか、まだ弾薬が中に残ってる。暴発したら――。


「くそっ!」


 AKを捨てて身をかばう。フリスベルが呪文を叫んだ。


「ログウェル!」


 石壁を呼び出す現象魔法。AKの破裂は二人とも防いだが、一瞬視界が切れる。


 マヤの長いドレスの裾が視界の端を右へかすめる。回り込んでやがる。俺はM97を向けた。壁が引っ込むと、布切れだけだ。


 マヤは逆側、俺達めがけて杖の先端をかざす。


「コーム・ヴィルウイド!」


 聞いた事のない呪文。魔力は相変わらず杖を取り巻いている。何が起こるのかと思ったら、目の前で燃えるAKの破片がゆらりと動いた。


 本能的にしゃがむと、二十メートルほどの部屋、両端まで、真横に壁面が切られている。マヤがふさいだ樫の木に、巨人が斧で刻んだかのような傷跡が現れた。


 かまいたち、というのか。死角から風を攻撃に使ったのだ。胴体真っ二つになる所だった。


 再び魔力を集中させようとしたのをめがけて、フリスベルがベスト・ポケットを取り出した。


 銃声。小口径でも拳銃弾、距離20メートルがせいぜいのこの謁見の間。到達するのにコンマ1秒もかからない。マヤの手から杖が弾き飛ばされる。


「騎士さん!」


 言われるまでもない。俺は杖を追いすがるマヤに先んじて、M97を撃った。

 大口径のスラッグ弾が、魔力の宿らぬただの杖の真ん中に命中。見事に打ち砕く。魔力の制御媒体と言えばすごいが、物理的にはただの棒切れだ。


「くっ……!」


「動くな!」


 スライドを引いて、銃身にバックショットを装填。裾を破ったドレス、真っ白な太股のホルスターからベスト・ポケットを取り出そうとしたマヤだが、それ以上は動けなかった。


 俺だけでなく、フリスベルもベスト・ポケットの照準をしっかりと集めている。


「騎士さん、魔錠をお願いします。マヤさん、狙いを話してもらいますよ」


 うつむいて唇を噛んだマヤ。とにかく状況を確認する必要がある。


 こいつは何を知ってるのか、なぜ俺達の妨害に出たのか。ヤスハラやアキノ王にはどんな狙いがあるのか。


 フリスベルの監視の下、俺はマヤの腕に魔錠をかけた。


 公会で、捜査会議で、ときに俺達を妨害し、ときには協力して事件に立ち向かったテーブルズの議員。断罪法を成立させ、俺達の根幹を作った存在の一人の腕に、魔錠がかかってしまったのだ。


 これで魔法は封じられる。冷たい錠前のかかった自らの手首をながめながら、マヤがぼんやりと呟いた。


「もう遅いですわ。兄様は、ゴドー・アキノは止められない。もう王国もあの島の民も、終わってしまったのです」


 どういうことかと問う前に、複数のローーター音が部屋を埋める。


 ヘリか。しかも一機や二機どころじゃない。このクリフトップを飛び立ったのではなく、明らかに北東の方角から近づいてきた。


「フェンディ伯、ゴドー・アキノの軍勢が来ます。兄はこのときを、首都の空くこのときを狙っていたのです……」


 ゴドー・アキノ。アキノ家の長男にして魔法騎士団長。長男でありながら、実の父が軍勢を率いて首都を出るのを待っていたというのか。


 反乱を起こしたユエ達と、鎮圧に向かう王。その王の脇から首都へと軍勢を動かす長男。思惑と計算は絡み合い、いよいよ事態は複雑に絡まっていた。

 

  

 

  

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