28空飛ぶ凶器

 ゴドー・アキノはアキノ12世の長兄にして、バンギアとアグロスがつながる前は、悪魔や吸血鬼の住むダークランドと戦いを繰り返した魔法騎士団の団長だ。


 ザルアの話では、エルフロック伯となったララ・アキノと同じように、フェンディ伯とその領地もアキノ12世の勢力下から離れているという。エルフロック伯が元々人間と協調していたエルフの森と結んで領地を守っているのに対して、フェンディ伯は敵対していた悪魔や吸血鬼と手を握り、その勢力を確保している。


 そんな事情を思い出している間に、フリスベルが叫んだ。


「騎士さん、壁から離れて、身を低くして!」


 言われなくても、ローター音が近づいている。俺は壁と逆に飛び退き、頭をかばってしゃがんだ。


「コーム・フリゼイル!」


 前に出たフリスベルの杖から、魔力の光がほとばしった直後。


 轟音とともに、炎の塊が側面の壁を打ち崩した。


「無事ですか、お二人とも……!」


 氷の粒をはらんだ強い風が吹き付ける中、フリスベルが俺達の前に立ち、杖をかざしている。


 氷雪を帯びた強風を起こしたのか。雪と氷で熱を防ぎ、風で飛散する小片や爆風を防御したのだ。


 しかし爆風の高さは十メートルや二十メートル程度ではない。こんな強力な兵器は、ヘリでは使えないはずだ。


 断罪者になるとき目を通した、日ノ本が派遣した戦力の公式目録。


 陸戦自衛軍がバンギア侵攻に日ノ本から送ったヘリは、UH1-J通称イロコイと、CH-47J通称チヌークの二種類だけだったはずだ。その二つにはここまで強力なミサイルかロケット弾なぞついていなかった。


「ああ、玉座が、謁見の間が……」


 嘆息するマヤ。自分の命より歴史ある王城の無残な姿が苦痛らしい。


 確かに、威厳を帯びた謁見の間は今や見る影もない。俺が離れた側の壁は無残に崩れ、支えを失った天井の一部も崩落している。瓦礫の破片は黒焦げになり、小さな火がちろちろと燃えていた。外の森も爆風で焼け落ちている。


 クリフトップに君臨するアキノの王城は、もう完全に陥落したと言っていい。


 大きく開いた壁の穴の向こうには、つい昨日の夕方見送ったばかりのCH-47Jチヌークが十ほど、編隊を組んでこちらに向かってきているのが見える。まだ数キロ先には違いないが。


 マヤの言葉からして、あれこそフェンディ伯であるゴドー・アキノについた奴らなのだろう。自衛軍もまた、王とフェンディ伯についた者で分かれて戦っていることになる。ヤスハラはそこまで求心力がなかったのか。


 とにかく、敵の様子を確かめなければ。天井の具合に注意しながら、穴の方へと近づいたそのときだ。


 チヌークの編隊の上方に、凄まじい速度で飛行するヘリが現れた。


 イロコイやチヌークより、細長くシャープな機体。本体の脇についた小さな翼のように見える、ロケットとミサイル。


「嘘だろ……」


 俺は目を見張った。とんでもないものがでてきた。アグロス、日ノ本の陸戦自衛軍にもほんの十機ほどしか配備されていない、恐ろしい戦闘ヘリだ。

 

 AH64-J。通称、”アパッチ・ロングボウ”。

 

 約5トンもの自重を持ちながら、時速270キロ平均という凄まじいスピードで空を飛ぶ化け物。

 M2重機関銃の倍以上でかい口径の30ミリ機関砲が固定武装で、ヘルファイアと呼ばれる対戦車ミサイルを2発、さらには空対空ロケット弾、いわゆるスティンガーミサイルを2発積んでいる。駄目押しに、ハイドラ70というロケット弾を19発も発射できるポッドが両翼に一つずつ。ミサイルは全部無線誘導式だ。


 何をどうしてこんなものを作ったのか、いかれているとしか思えない機体。

 紛争で使われた目録には無かったが、目撃談はちらほらとあるという。

 まさか本当に目にすることになるとは。


 この謁見の間を吹っ飛ばしたのは、恐らくあいつが放ったヘルファイアミサイルだろう。対戦車とはいうが、戦車に使わなくたっていい。ばらばらに吹っ飛ばしたい相手ならなんでもいいのだ。


 フリスベルが目を細めて、暴れ回るアパッチを見つめる。


「騎士さん、あれは……」


「逃げた方がいいぜ。あれとやりあったら、命がいくつあっても足りない」


 マヤが呼んだ雨雲が晴れつつある中、高度を下げたアパッチ。

 シュッシュッと不気味な音がして、その両翼から何かが飛び出す。爆発の響きを足元に感じたと思ったら、貴族の館や高射砲、見張り塔に火柱が上がる。


 スティンガーミサイルか、ハイドラ70ロケットか。いずれにしろ、直撃すればドラゴンピープルだろうがばらばらに打ち砕く威力だ。


 アパッチのローター音が、機体下部の30ミリ機関砲の射撃音と交錯する。降り注ぐ実弾で、ヘリポートの防御陣地が粉々にされているらしい。


 迎撃する散発的な銃声が聞こえるが、アパッチはまったく意にも介さない。完全なバケモノだ。


 クオンのつけた炎に追われ、俺達を通してしまったクリフトップの残存兵力。それであんなの相手に何ができるだろうか。戦闘ヘリを翻弄できるのは、マッハで空を飛ぶ戦闘機しかないが、こればかりは日ノ本もメリゴンもこちらへの流出を許していないに違いない。


 スズメバチのようなその機体が飛ぶ先では、火柱と爆風が次々と巻き起こる。城館も戦闘車両も美しかった森も、たちまちのうちに蹂躙されていく。


 魔錠をされた両手をだらりと垂らし、しゃがみ込んだマヤは、ぼんやりとその様を見つめていた。


「……ゴドー兄様は、悪魔や吸血鬼と協力してエルフやドラゴンピープルを狩り、GSUMを通じてアグロスに売って、そのお金で裏取引をしてパイロットと機体を手に入れていました。王がここを離れれば、単騎で蹂躙できると計算していたんです」


 そういうカラクリだったのか。王が崖の上の王国を制圧するための軍勢を準備していたように、長子であるゴドーもまた、首都を突く機会を狙っていたのだ。


 しかもこの作戦の盤石さはどうだ。十機のチヌークもまた、クリフトップ上空へとさしかかっている。


 ゆうゆうと巨体を着陸させる先は、アパッチが防御陣地や対空施設を完膚なきまで破壊し尽くしたヘリポートだ。ここからだと木にはばまれて見えないが、一機につき50人を超える完全装備の兵員が吐き出されてくるのだろう。


 アパッチにずたぼろにされたわずかな戦力で対抗できるはずもない。一時間と経たずに、クリフトップは完全制圧だ。


 俺達も捕縛されることになるのだろうか。アキノ王を断罪に来たはずが、とんでもないことになっちまった。クオンやニノ、魔術師たちが生きていたら、戦闘が停止して、命だけは助かるかも知れない。


 だが、俺達の断罪は何だったんだ。凶器を振り回して国を奪おうとするアキノ家の長男を利するために、命を賭けたのか。


 誰も答える者のないまま、クリフトップにはゴドー・アキノの兵員が迫っていた。

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