29ゴドー・アキノは狡猾

 あまりにもあっけなく、戦闘は終結してしまった。


 俺とフリスベル、拘束したマヤをはじめ、もう少しの所まで追いつめられたクオン、走輪装甲車を中心に必死に食い下がっていたデオ、負傷はしたものの生き残ったニノは、全員ゴドーの軍勢に捕らえられた。


 アキノ王とヤスハラの断罪どころか、その二人が後にしたクリフトップにまんまと攻撃を仕掛け、間隙を突くゴドーの役に立ってしまったわけだ。


 救いは、連中が軍紀をわきまえ俺達を丁寧に扱ったこと、それに勇敢に戦って亡骸になった二人の魔術師、ロイとクリルに敬意を払って回収してくれたことだ。


 ゴドーの軍勢はよく訓練されていて、展開もスムーズだった。チヌーク一機ごとに内部の兵員約五十人が中隊として組織されているらしい。その中隊が三・三・四と分かれて順に残存勢力の掃討と降伏勧告、消火活動、城門の封鎖と城下の民の鎮圧に動いて速やかに状況を収拾していった。


 俺達は最初に着陸したヘリポートに張られたテントの中に集められていた。ゴドーは着陸と同時に資材を運びこみ、即席の作戦室を作って部隊を指揮しているのだ。


 銃や杖は没収されたが、テントに入ると魔錠や手錠の類は外されている。

 肝心のアキノ王もヤスハラも城にはおらず、マヤを拘束したものの、第三勢力であるゴドーの登場で状況は収束。


 何とも中途半端な状態で再会してしまったが、ロイとクリルの二人を除いてどうにか生き残ることができた。


 てき弾の破片を受けたのか、ローブは裂け、右足に巻いた包帯に血がにじんでいるクオン。


 骨折したらしく、左腕を包帯で吊っているニノは、右肩からも血を流していた。左目を覆うように巻かれたバンダナには、赤黒い血がにじんでいる。砲弾の破片で目をやられてしまったらしい。ただ、それでもゴドーの兵士が来るまで、戦い続けていたのだからさすがだ。


 魔術師で最も年かさだったデオは、共にクオンを支えた若い二人を失ったショックか、床に座り込んでいた。蒼白になったロイとクリルの亡骸の前から動かない。俺達を送り出したとき以外、負傷がないのは幸いだが。


 俺もフリスベルもマヤも、すっかり疲れ切っていた。特に現象魔法を全力で行使した反動か、マヤとフリスベルの二人は、ゴドーの部下が用意した椅子に座り込んで動かない。


 クオンはロイとクリルの亡骸の前から動かないデオを気遣っていたが、やがて立ち上がり、足を引きずりながら、マヤに歩み寄った。


「姉さま、久方ぶりだな」


「クオン……断罪者は来ると思っていましたが、あなたが王を裏切るとは、正直思いませんでした。ほかの二人は」


 尋ねられたクオンは、右手で自分の顔を覆う。絞り出すように言った。


「死んだよ。王が送ってきたこうもりにやられた。ジン兄さまとリカ姉さまとおれ。城を出た王族の鼻つまみ者の中で、おれだけ生き残ってしまった……」


 声を震わすクオンの肩を、マヤが強く抱き寄せる。


「そんなことは言わないで。あなただけでも生きていてくれて良かった。ユエも無事ならきっと喜ぶわ」


 あの高飛車な議員代表様がえらい変わりようだ。母性すら感じさせるが、そういえば俺と同い年くらいだったっけ。

 優しい言葉に、張り詰めていたクオンの何かが壊れたらしい。唇を震わせ始める。


「おれは、あいつに、魔法の使えない者に酷いことばかり言ってきたんだ」


「それでも、あの子は許すわ。気づけただけでも、いいじゃない」


「そうですよ王子様。私、泣いている男の人は好みだけど嫌いです」


 ニノまで加わってやがる。そういえばこの二人、出撃の前にいい感じだったな。


「おれはもう、王族でもなんでもない。アキノの名など捨てていい。この国に平和が欲しい、ニノやユエや、魔法の使えぬ者でも後ろ指を指されぬ世が来ればいい。そのために戦ったつもりだったが、これでは報われぬ」


「いいじゃないですか。君は君なりに役に立ちましたよ、クオン」


 容赦なく言ったのは、指示を終えて俺達の所にやってきた眼鏡の男だ。背が高く、目つきが鋭い、もはや見飽きたアキノ家らしい美形。ユエの持ってる女性向けゲームには、こういう男が必ず出て来る気がする。


 嫌味な奴はどこにでもいる。だが、この戦闘で、兄と姉、それに忠臣ともいえる二人の魔術師を失ったクオンは結構傷ついたのだろう。


 無言で睨みはしたが、それはゴドーの嗜虐心を誘ったらしい。目を細めて腕を組む。十字をあしらった、白いローブの裾がはためく。


「君とリカとジンは実に半端でしたね。魔法の能力はあるのに、あの男に向こうを張って、独り立ちするほどの覚悟とコネが無かった。魔力不能者のユエでさえ、新しい場所を見つけたというのに」


 残酷な事実だった。アキノ家の子供たちの中で、王の影響下を飛び出せなかったがゆえの、この結末なのだ。

 歯を食いしばるクオンに対して、なおもゴドーは追撃をやめない。


「大体、家庭教師に口を酸っぱくして言われませんでしたか。しょせん犬は犬です。狡兎こうと死して走狗そうくらるとは、数千年前のアグロス人達もよく言ったものですよ。用済みの犬なのに烹られなかったことを喜んでおきなさい」


 眼鏡を押し上げながら、冷たい目で見下ろす。クオンはうつむいてしまった。


 毒舌なんてレベルじゃない。性格が相当にねじ曲がってやがる。こんな奴がバンギア・グラの以前は騎士団を率いて悪魔や吸血鬼から人間を守ってたって言うのか。


 いや、多分こいつなら、率先して危難に赴くことが、人心を掌握する手段と分かっていたのだろう。実際、指揮を執ってきた魔法騎士団を基盤として、ここまで見事な軍勢を手に入れ、王に対抗できているのだ。


 だがそのそつなさが気に食わない。ギニョルみたいな愛嬌もない。よせばいいのに、俺はゴドーをにらみつけた。


「おい、正論ってのを言うべきときと場合があるだろ。あんただって、親父と正面から戦うのが怖いから、隙をついて首都を制圧した腰抜けだろうが。ここを空にさせたのは命がけの反逆だぜ。ザルアやユエや、ニノもクオンだって、お利口さんなあんたと違ってこの国の民を見捨てられなかったから立ち上がったんだ。手柄をかすめ取って、漁夫の利で英雄なんてのは、さぞいい気分だろうぜ」


 皮肉を吐いてやると、ゴドーはにこりと笑って俺を見つめた。新しい獲物を見つけたかのように、俺の前に歩み出る。


「ふーん、痛い所を突きますね。君は馬鹿じゃないようです。ええっと、断罪者でしたっけ。その魔力は、悪魔にやられましたね。ずいぶん暑苦しい人格が残ってるね。よほど間の抜けた悪魔だったのでしょうか。かのゴドウィ家の令嬢が、この程度の操身魔法を解けないとは思えないのですが」


「……ギニョルのことか。あんた悪魔に詳しいんだな」


「十六歳から、十年ほど前線に居ましたよ。来る日も来る日も戦い続けていれば、悪魔と吸血鬼の主要な氏族ぐらい覚えます。そういえば、断罪者にはヘイトリッドの子せがれも居ましたっけ」


 クレールのことまで知ってるのか。俺達断罪者が、GSUMの首領であるキズアトやマロホシ、自衛軍の将軍を知っているようなものだろうか。


 しかしクレールが子せがれとは。なぜかちょっと親近感が沸きそうになるのを、怒りで抑える。


「まあいい。で、俺達が命がけでしたお膳立てをよくも横からさらって行くって話さ。実際あんたらに命が助けられたようなもんだし、卑怯者って言うくらいしかできねえが、言わせてもらうぜ」


 ここまでくるのに少なくない犠牲を払ったのだ。今だってユエとザルアと特務騎士団や労働者たちが、アキノ十二世やヤスハラ達と必死に戦っているのかも知れない。


「いえいえ。あなたは、ひとつ考え違いをしています。労働者による反乱など、あっても無くても良かったのです。王にとっても、我々にとってもね」


 どういうことだ。続きを聞こうと思ったら、無線に張り付いていたバンギア人の若い女が振り向いた。


「申し上げます。ゴドー様。第一から第三中隊より、残存兵力は全て武装解除が終了しました」


「第四から第六中隊、鎮火を確認しました」


「第七から第十中隊、正門前の群衆を鎮圧しました」


 元々消化試合みたいな戦いだったが、それにしたって早い。十個中隊、合計500人居るとはいえ、並みの部隊では考えられない速度だ。


「ふうん、準備ができたようですね。ではそろそろ行きますか。フェンディ伯任命いらいですよ、クリフトップでの演説など。皆、ついて来てください」


 『ください』とは言ったが、テントにはAKと杖を持ったアグロス人の男たちが入ってきた。拘束がないとはいえ、武器を奪われ負傷した俺達に拒否する術はない。


 テントから出された俺達は、数台の軽装甲機動車に分乗させられた。どうやら山向こうにもう一つ拠点があるらしく、チヌークは兵員を輸送した後そこに戻り、機動車を輸送してきたらしい。


 三台前がゴドーの乗るものだが、俺とフリスベル、マヤは後部座席に載せられた。助手席から小銃を持った兵士の目が光っている。


 正門への道すがら、クリフトップの様子をうかがう。


 報告のあった通り、クオンの魔法と砲撃でそこら中燃えていたクリフトップの庭園は、ところどころ煙が出ている程度になっていた。


「本当に消せちまうもんだな。いくら数が多いっていっても、アグロスから消火剤でも買ったか」


「兄は他者の魔力を打ち消す現象魔法を得意としますわ。火災はほとんどクオンの魔法で引き起こされたものでした。それをかき消したんです」


 なるほど、マヤの魔法は、クオンの呼んだ熱風の上から雨を重ねただけだった。それをゴドーの奴は魔法そのものを打ち消したときたか。


 フリスベルが付け足す。


「フェンディ伯ゴドー・アキノは、ララ・アキノと同じく私達エルフにも名の知れた魔術師なんです。まれに、ユエさんのような魔力不能者も生まれることがあるのですが、アキノ家に連なるほとんどの方は、私達エルフを、はるかに上回る魔力を持っているんです」


「だからバンギアの人間から尊敬されるってわけか。魔力が強い奴は特別扱いされるらしいし、八百年も一つの家系で国を治められるわけだな」


「ええ。それともうひとつ」


「捕虜め。無駄口は要らんだろう」


 振り返った兵士から小銃の先を突き付けられ、フリスベルが表情を凍らせる。


 俺とマヤがにらみつけると、迷彩服の兵士はこちらを見下ろした。これ見よがしに89式の安全装置を外す。


「文句があるか。撃てないなどと思うな。わが主の認めるゴドー様は、お前達が余計な動きを見せたら撃てとおっしゃった」


 ヘルメットの下、眉やもみあげが黒い。恐らくは元日ノ本の自衛軍兵士。だが、真っ赤な目ってことは、こいつ吸血鬼に下僕にされたのか。


 日ノ本の自衛軍が、アグロス人であるゴドーに従うのはおかしいと思ったが、下僕ならば、なるほど人間のときの人格や記憶は無視できる。


「お前、下僕なのか。ゴドーについたほかの日ノ本人もか」


「当然だ。我々は主の慈悲によって冷たい世界と記憶から解放された。その主がゴドー様に従うよう命令を下さった。我らは人であったころの記憶と技術を使い、ゴドー様と主をお支えするのみだ」


 よく考えたら、いくら訓練されたとはいえ、バンギア人があそこまでチヌークを自在に扱えるのは妙だったのだ。


 ゴドーの奴は自衛軍のアグロス人を吸血鬼の下僕にして、その吸血鬼と協調することで、アグロスの技術と人材をうまいこと利用していやがる。


「我が主ほどではないが、ゴドー様は人間にしてはなかなか頭のいいお方だ。懐柔などという生かな手段はとらず、我らに主をお与えくださったのだから。こうすれば裏切ることなく我々の知識と技術を活かせる。なんと効率的か」


 下僕となれば、喜んで同じ国から派遣された戦友とも殺しあえるだろう。裏切ってヘリを落とすことなど絶対にない。


 恐らくはこのために、ゴドーは悪魔や吸血鬼と協調したのだ。


 だが、人間がこんな目に遭わされるのを防ぐのが、魔法騎士団のそもそもの使命じゃなかったのか。ゴドー・アキノという奴は、ララ以上に狡猾で抜け目がない。


 こんな長男に目を付けられたら、マヤもさじを投げてしまうわけだ。


 クリフトップの正門が見えてきた。ゴドーの車は停車している。


 演説か。恐らくあの王以上なのだろう。

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