26玉座で待つ者

 平民が入り込めば百叩きで、魔力不能者ならば死刑。

 首都の中心にある巨大な大地、クリフトップはそれほどに厳格な場所だ。


 寿命、魔力ともに人間の上位互換といえる吸血鬼や悪魔がはびこるバンギアで、限られた命を持つ人間が必死に紡いできた800年の歴史の結晶、崖の上の王国。


 そこに君臨するアキノ家の王城とそれを支えるクリフトップは、まさに神聖にして侵すべからざる存在に違いない。


 だが今その台地を彩るエルフの森の木々には、あろうことか同じアキノの血族であるクオンによって、大雨でも消せぬ炎が巻き起こっている。

 台地の中心にある王城の門は、たった今俺達の乗る96式装輪装甲車のてき弾銃によって吹き飛んだところだった。


 バンギアにまだテレビやネットはないのだろうが、それでも首都の民の多くは目撃してしまったのだろう。

 偉大な王アキノ12世の君臨する神聖なクリフトップが、巨大なろうそくのごとく燃え盛る光景を。


 そして、彼らがその次に目にするのは、実の子供を暗殺者に仕立てて差し向けた罪で、俺達に裁かれるアキノ王と、結託して国民を蹂躙したヤスハラの姿になる。


 断罪者である俺とフリスベルが、それを実現する。


 口にすると簡単なようだが、とてもそうはいかなかった。


 俺達が城にたどりつくのを予測していたかのように、押し入った装甲車へ銃弾が降り注ぐ。


 城の一部をなす尖塔からだった。AKのライフル弾が降り注ぐ中、てき弾銃座の魔術師が肩を押さえながら、反撃する。兵士は部屋ごと吹っ飛んだらしい。


 だが魔術師も無事ではない。ふらつきながら、車内に倒れ込む。

 受け止めた俺の腕に、たくさんの血がにじむ。肩だけじゃない。これは胴も撃たれている。致命傷かもしれない。


「おいロイ、しっかりしろ! フリスベル!」


「まかせてください!」


 フリスベルが杖に魔力を集中させるが、若い魔術師ロイはその穂先をつかんだ。

 口の端から血を垂らし、息を荒げながら、言葉を絞り出す。


「か、かまわ、ないで。作戦、通り……魔法は、温存して、ください。広間まで行ったら、そこから、あなたがたの仕事です」


 配置の兵はあれだけじゃない。銃声が続き、装甲には弾丸が次々と叩き付ける。操縦手と運転手も長くクオンを支えた仲間を気にも留めない。王宮のある城本体まで中庭を突き進む。


 確かに作戦通りだ。こいつらはクオンの命令通り、俺達の断罪の為に全力を尽くすつもりだ。それでも手当てくらいならできる。放置された救急キットに手を伸ばそうとしたときだ。


『イ・コーム・バルディキヴィ!』


 高らかな呪文の詠唱と共に、装甲車の車体ががくりと揺れた。


 エンジンがうなりを上げるが、車体はそれ以上進まない。

 なにがあったというのだろうか。外から攻撃されたわけでもないようだが。

 戸惑う俺にフリスベルが解説してくれる。


「誰かが現象魔法で、橋も作れる頑丈なツタを生みだしたんです。車輪が完全にからめ取られてるんだと思います。即席の防弾盾が作れるくらいですよ、外に出て直接解除の魔法を使わないと」


「バカな。出たら一瞬で蜂の巣だぜ」


 装甲車の隙間を狙い、あちこちから銃声が止まない。反乱軍との戦いにくわえて、弾薬庫や森の消火作業があるにもかかわらず、人員の配置は適切だ。王の頭が相当きれるのか、能力のある補佐役が居るのか。


 指揮者席から年かさの魔術師が車内に戻る。右腕、ローブの袖に血がにじみ、だらりとなっている。もう銃撃がこらえ切れない。


 けたたましい音と共に、操縦席の小さな窓が割れた。頑丈な装甲車とはいえ、これだけ撃ち込まれれば、いくらなんでも持たないのかも知れない。


「デオ様、これ以上は進めません……」


 操縦席、さっきの銃弾がかすって顔から血を流す若い魔術師が振り返る。必死にアクセルを踏んでいるのかエンジンは唸りを上げるが、景色が変わらない。


 デオと呼ばれた年かさの魔術師は、数秒考えて言った。


「……ここまでのようだな。断罪者よ、我々が殿しんがりとなるから、アキノ王を抑えろ。抵抗を奪えば攻撃も止む! 国民に断罪の結果を見せ、この国の行方を見届けてくれ」


 ここを捨てろというのか。

 ついに来た。想定内ではあるが。


 俺はショットガンを背中に回すと、AKのひとつにマガジンを込めて左脇に抱えた。利き手じゃないが弾幕は張れる。これで多少は火力が上がる。


 だがフリスベルは動きが鈍い。ためらいがちに、負傷して息を荒げるロイを見つめて、デオの方を振り向いた。


「あ、あの、皆さんは」


 よせと言う前に、操縦席の若い魔術師がその肩をつかんだ。


「ローエルフ、我々が殿となると言っただろう! ここに残って追手を留め、お前達を先に進める役目だ。いいか、若に殺されなかった断罪者が、兵士や王ごときの前で倒れることなど、許さないからな!」


 フリスベルが身を固くして唇を結んだ。


 こいつもロイも、手当てと回復をすれば助かるだろう。それを置いて断罪に向かうことは、気持ちの優しいフリスベルにとって、身を切るほどに辛いに違いない。


 ローエルフらしいというか、敵であろうと傷ついて苦しむものは放っておけず、身を呈してでも守ろうとする奴だ。その性格ゆえに、俺はフェイロンドから救われたのだ。


 だが。だからといって、この場の断罪者は俺とこいつだけ。


「フリスベル。行くぞ、お前は断罪者だろう」


 俺の一言で、フリスベルは覚悟を決めたようだった。唇を結ぶと、杖を握り、べスト・ポケットにマガジンを込め直す。


 ほっそりとした小さな手で、若い魔術師の両手を握り、じっと見つめる。


「……必ず、アキノ王を断罪します。だからみなさん、どうか……」


 その先が続かない。彼らの覚悟はもう知っている。

 手を取られた若い魔術師が微笑んだ。


「無事でと言いたいなら言え。エルフが人間の生死などで気を揉むな。憧れていたローエルフに触れられて、私は幸福だぞ」


 救われたようにうなずくフリスベル。ロイが背中を壁に預けて、ぽつりとつぶやいた。


「さすがクリルだ。裏仕事で稼いだ金を、ホープ・ストリートのローエルフ専門風俗につぎ込んでいただけはあるな」


「ひいぃ!?」


 フリスベルが悲鳴を上げて高速で後ずさる。俺はため息を吐いてしまった。


「ダメ過ぎだろ……」


 下心丸出しじゃねえか。デオが額に手を当て、眉間にしわを寄せた。


「許してやって欲しい。少年の頃、森で迷ってローエルフに助けられて共に暮らしたことがあったそうなんだ。若い頃の衝動はなかなか忘れられるものではない」


「まあいいけどさ。行くか、フリスベル」


「は、はい……お、お元気で!」


 こいつが、ここまで他人行儀の笑顔を見せるのは、初めて見た。


 さっきの拒絶がショックだったのか、クリルは全力で沈み切っている。銃声はいくらでも聞こえるというのに、こんな愉快っぷりで大丈夫かこいつら。


 温んだ空気を断つように、クリルが再び立ち上がった。向かう先はてき弾の銃座。

現実が戻ってくる。


「断罪者、私が撃ったら出て城内に向かえ」


 死ぬ気だな。想定通りに。フリスベルが笑みを消した。


 クリルがなんでもないことのようにハッチから銃座に出た。銃声が集中して、応えるように、てき弾銃がうなりをあげる。城のあちこちに爆発音が響く。


 銃撃の合間を見計らい、俺とフリスベルは右の扉を開いた。

 途端、弾丸が降り注ぐが、本命はその逆、薄く開けておいた車体左の扉。二人そろってそちらから飛び出す。


 修羅のちまたとはこのことか。さぞ美しかったであろう中庭は見事に荒れ果てていた。装甲車に跳ね飛ばされた兵士の死体、AKを手にしたままこと切れた使用人の死体、元は何かの形に整えられていたであろう、柘植つげと似た庭木は、てき弾の爆発で吹っ飛び、ぱちぱちとくすぶっていた。


 敵は。二時方向、尖塔に一人。九時方向にも二人、こっちは74式軽機関銃を備えている。正面、てき弾が直撃して崩れかかった城内のがれきの際にも一人。


「行くぜ!」


 俺が呼びかけるまでもない。フリスベルは姿勢を低くし、城内を目指して転がるように駆けていく。


 遅れまいと駆ける俺達の足元を、74式の銃弾が彩る。九時方向、ちょうど左から側面を突かれている。M2ほどの威力じゃないとはいえ、89式小銃と同じ小銃弾だ。当たったら痛いじゃ済まない。


 距離20メートル、手前の屋根が邪魔でショットガンは届かない。ベスト・ポケットは言わずもがな。AKも狙いがでたらめ、何より、射撃のために足を止めたら瞬間蜂の巣にされる。外してくれてるうちに城内に乗り込みたい。


 援護を期待して一瞬振り返ると、クリルはてき弾銃座に前のめりに崩れていた。背後に血しぶきの痕がある、銃弾を浴びてしまったのだ。


 あんなやりとりをしたからって、死神は笑ってなどくれない。


 やはり素早く城内に入るしかない。駆ける俺達の眼前、城内の柱の陰から兵士が二人現れた。AKと89式。先に撃ったのは俺とフリスベルだった。


 ベスト・ポケットは頭部に三発。俺のAKは足元から喉元をなめた。


 進もうと銃を下ろした瞬間、倒れ伏した兵士の向こうにもう一人確認する。土嚢を積んだ即席トーチカには、M2重機関銃がある。


 距離30メートル、相手はすでにこちらに狙いをつけている。


 銃弾で解体されるのを覚悟した瞬間、背後でてき弾銃の発射音。


 M2と兵士が黒煙の中に消え去る。再びの発射音に続いて、九時方向、74式で撃ちかけてきた尖塔の兵士二人も吹き飛んだ。


 思わず振り向いた俺とフリスベルに向かい、精一杯拳を突き上げながら、クリルの体が装甲車の車内へと崩れ落ちていく。


 最後に力を振り絞ったか。見事だった。


 だが装甲車の向こうには、俺達が突破してきた兵士や装甲車、軽装甲機動車に掛けてくる兵士達が集まる。


 残ったデオとロイでどう防ぐか。もう気を回してはいけない。


 俺とフリスベルはがれきを飛び越え、てき弾の爆炎の熱も引かぬ城内へ侵入した。


 見取り図は頭に入っている。焼け焦げてはいるが、真っ赤な絨毯を直線に進んだ先に、大扉に閉ざされた謁見の間。玉座はそこにある。


 崩れかかった壁の裏側で、フリスベルが杖を床に立て、魔力を集中させている。やはりというか、王宮の警備自体は薄い。反乱の鎮圧にほとんどの軍が出払い、残りも消火と、熱風を呼んだクオンの捜索に躍起になっているのだ。


 尖塔から戻ってきた兵士が、降りてきた階段の踊り場に体をさらす。俺はM97を撃った。足元、散弾を浴びたブーツで血が弾け、転んだ。しかしまだ腰のシグザウアーを抜こうとしている。


 俺は右手でスライドだけをつかみ、銃を縦にして振るった。銃身の重みでM97ががくんと動き、シェルチューブからチャンバーにバックショットが供給される。


「くらえ!」


 がぁん、と派手な音がして、飛び出した散弾は兵士の急所を貫いた。

 さらに一発、もう一発で合計四発入れると、血みどろになって動かなくなった。 


「フリスベル、どうだ?」


「出ました。この城に感じる最も強い魔力は奥の玉座からです。アキノ王が居るに違いありません」


「よし、行くぜ!」


 俺は駆けながら、シェルチューブにガンベルトのショットシェルを補充。フリスベルも満タンのマガジンに替えた。謁見の間の大扉が目の前に迫ってくる。


 鍵など持っていないが、今の俺達には破壊という万能キーがある。

 フリスベルが杖をかかげる。魔力が集中していく。


『イ・コーム・フラーメ・ピレー・レリィ!』


 天井のシャンデリアほどあろうかという三本の火柱が、床から巻き起こり、フリスベルの呪文に合わせて突き進む。


 ロイを回復せずとっておいた体力が効果を発揮している。大扉はたちまち燃え落ち、俺達はとうとう謁見の間へ突入した。


 謁見の間、そこは貴族や特別な商人などと国王が直接相対する特別な間だ。クリフトップの威容を見せつけられた庶民は、王城の迫力に圧倒され、手前の広間の荘厳さに心を打たれ、天井に巨大なシャンデリアを備えたこの謁見の間で王の威容にひざまずくわけだ。


 銃弾と爆発と熱風で地獄のようになったここまでと異なり、謁見の間は特別な魔法でもかかっているのか、床もつやつや、絨毯にも傷ひとつない。


 最奥部、幔幕に彩られた中央にあるのが玉座。玉というその名の通り、あらゆる宝石で飾り付けられた極彩色の水晶の椅子だ。


 無論、フリスベルが感知した、膨大な魔力の持ち主は、そこに腰を下ろしていた。


 しかしそれは、この崖の上の王国の王である、アキノ12世その人ではない。


 絹とレースで作られた繊細なドレスに身を包み、贅を尽くしたブーケのような美しさを振りまくのは、アキノ家の二女にしてポート・ノゾミのテーブルズ代表議員でもある、マヤ・アキノその人だった。


「騎士にフリスベル。ギニョルは優秀な人をここに送ったのね」


 言葉を失った俺達に向かって、マヤはゆったりと微笑んで見せる。


 銃声と爆発音の中、俺とフリスベルはただ立ち尽くすことしかできなかった。


 

 

 

 

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