10橋へ向かえ

 三呂市内は、本当に戒厳令下だ。


 東の首都にはかなり劣るが、仮にも百万都市。


 だというのに、コンビニや深夜営業のスーパー、タワーマンションやアパートの廊下の明かりさえ消え、大通りに人や車の気配がない。日ノ本名物の深夜残業をやってるはずのオフィスビルはおろか、夜が勝負の飲み屋や風俗店さえ、明かりを消している。不気味なほどの暗闇だった。


 これでは、人口たった六万人足らずの、ポート・ノゾミの方がましだ。

 もっとも、あの島も、今どうなってるかは、分からないのだが。


 俺と狭山は、暗闇の中、矢の様にバイクを飛ばした。


 フリスベルをさらった鳥は見えないが、目的地は定まっている。

 バンギアとアグロスの境界に位置する、三呂大橋だ。


「おい騎士、そろそろ路地に入れ!」


「フリスベルはこのままでいいって言ってたぜ!」


「用心を知れ。警護に出てきている中には、特殊作戦群も含まれている」


 それを聞いて、俺は慌てて表通りから倉庫の間へバイクを進ませた。

 入れ違いで、霧の中に軽装甲機動車らしい車両と、バイクの群れが現れる。


 目出し帽に迷彩服の兵士らしきやつらが、89式自動小銃らしいのを構えてあちこちを警戒している。


 スコープにはレーザーサイトが付けられ、赤い点があちこちを徘徊している。


 驚いたことに、バイクで流している奴らまでが、サイトつきのハンドガンを構えていた。


 一瞬放して近い的を撃つくらいなら俺にもできるが。あんな自転車の片手運転みたいな真似はとても無理だ。


「連中は、時速四十キロ、距離20メートルくらいまでなら、動いている人間の防弾チョッキの隙間に打ち込める」


 ユエが増えたようなもんだ。早撃ちはまた別だろうが。


「ぞっとする奴らだな」


「空も警戒しているはずだし、音にだって敏感なはずなのだが、どうやって警備を潜り抜けているのだろうな」


 この倉庫の影も危ないのだろうか。もう数百メートルも進めば、俺がバスを倒したあたりなのだが。


 しかし、狭山の言う通り、霧があるとはいえ、あのでかいふくろうに乗ったフリスベルがどう進んでいるのか見当もつかない。


『騎士さん、狭山さん、どうしました?』


「っ……!」


 俺と狭山は必死に声をこらえた。げじげじが、俺の背中から出てきてフリスベルの声で言ったのだ。


「お前らこそ見つかってないのか。自衛軍の特殊作戦群が居るぜ」


『フクロウの羽音は、集音用のマイクを近づけても聞こえません。私達はもう、橋に着きます』


 まじかよ。フクロウに化けたのは音を消すためか。集音マイクで聞こえないなんていうのは、人間が耳を鍛えてどうこうレベルじゃない。


「まずいな……タイミングを逃してしまう」


「だからって今出ていくと連中に見つかって蜂の巣だぞ」


「そんな無駄弾は使わない。頭と胸に小さい穴を開けるだけだ」


 特殊作戦群の腕なら、そうだろうとも。

 どっちみち、くたばることに変わりはないが。


『……安心してください。もうすぐ、見張りどころじゃなくなりますから』


 どういうことか尋ねる前に、げじげじは再び俺の背中に引っ込んでしまった。

 仕方ないことだが気持ち悪い。


 とか言っている場合ではない。使い魔の通信が切れて数秒立つか経たないかの内に、倉庫街の向こう、海の方から嫌な気配がした。


 俺に魔法は使えないし、防御する術すらない。だが、中途半端な下僕化によって、魔力を見たり感じることだけは、できる。


 その感覚が告げるのだ。海から何かが、大量に這い上がってくる。

 大きさは人間くらいだろうが、崖の上の王国で禍神が魔力を吹き込んだ物の軍団を見たが、あのときに近い。


「どうした、騎士」


「お前、分からないのか」


「一体何のことだ」


 そういやザルアが魔力不能者って言ってたっけ。銃器類はあんまり魔力との相性が良くないらしいし、自衛軍には魔力不能者が多いのかも知れない。


「いや。とりあえずもっと奥に隠れよう」


「なぜだ、早くいかなければフリスベルさん達が……うん?」


 狭山は魔力なしで気づいたらしい。道路の向こう、ひた、ひたという足音がかすかに聞こえる気がする。


 足音が少しずつ増えていく。近づいてくる。全身びしょ濡れの暴徒の群れが走っているかのように――。


「射撃!」


 車両の方から人の声がした。警戒中のバイクも軽装甲機動車が、霧の中に銃弾をばらまく。


 だが、足音は止まらない。塩水が干からびて、腐った独特の臭いがする。


「な、なんだこれは……」


 訓練と実戦で大抵のものを見慣れたはずの狭山が、驚いたらしい。

 俺も目の前を横切っていく軍団に顔をしかめた。


 まさに臭い通りの印象。目の前の通りを行くのは、腐った海藻に絡まれ、ふやけて濁った目をした半漁人達だ。銃弾をものともせず、特殊作戦群に向けて、猛然と突進していく。


 さすがに射撃は正確で、頭部や胸元などを貫いてはいるが、それでもひるまない。この動きは、ギニョルやマロホシが使った操身魔法のレイズ・デッドによるものと似ている。


「白兵戦闘!」


 号令の下、銃剣の装着が行われる。暗闇と霧の中、とうとう乱闘が始まった。


 兵士のときの声に銃声、怪物をひき殺そうと唸るエンジンが、静寂を破壊している。戦闘状態はしばらく続くだろう。


「こちらには、一体も来ない。どうなってるんだ」


「あのバケモノは魔力を探知してるんだ。俺はシールで影響が消えてるし、お前は魔力不能者だから、気付かれてない」


「なら通れるか。自衛軍の兵士としては、加勢するべき迷うが」


「本気で言ってんのかよ! 行くぜ!」


 俺はバイクのスロットルをふかし、乱闘を後目に倉庫の間を飛び出した。


 案の定俺達は特殊作戦群の前を通過できた。途中にほかにも見張りが居たが、さらに何度か同じような襲撃と乱闘が起こり、警戒待機中のほかの自衛軍の兵士も次々とあぶり出された。


 暗闇と霧に紛れ、エンジンの音も乱闘に消され、魔力の探知もすり抜ける。腐った半魚人の群れによって、厳重な警戒網は、まんまと突破することができた。


 そして、とうとう三呂大橋のたもとが迫ったのだが。


「なんなんだ、これは……」


 回転を落としたエンジンのアイドリングに、狭山のつぶやきが混じる。


 湾岸道路の橋脚は、根元からてっぺんまで明るく照らされていた。


 絡みついた大木と、その樹皮に光る苔によって。


 すでに閉鎖どころじゃない。巨木は橋のアグロス側にまで侵食を広げている。


『騎士さん、気にしないで。それはただの大きな木です。樹化した者達はバンギアとの境界にしか居ません』


 げじげじがフリスベルの声でささやいた。

 もはや気持ち悪さにも慣れた俺と狭山は、木の根に侵食された湾岸道路の入り口にバイクを乗り入れた。


 根っこやひび割れた部分を避けながら上り、どうにか三呂大橋に続く湾岸道路に出た。フリスベルの言う通り、道路の入り口と見張塔が巨木にやられていたが、その向こうに続く橋上は、見たところ、特に損傷は無かった。


 木の影ぎりぎりまでバイクを進めると、狭山が俺の袖を引く。


「目を凝らせ」


 潜めた声に従って闇の中をじっと見つめる。


 こちら側の道路上。音もなく舞い降りたフクロウの背から降り立つフリスベル。

 ふくろうもまた紫色の魔力を発して姿を変え――あれはフェイロンドか。


 狭山がヘルメットを脱ぐ。物音ひとつ立てることなく、用意した荷物をかつぐと、バイクを降りて、さらに先の木の根に身を潜める。


 ハンドサインで招かれた俺も、なんとかバイクを停めて合流する。


「耳を澄ませろ。会話が聞こえるぞ」


 距離は二十メートル。あのフェイロンドに気づかれないなんてことがあり得るかは分からんが。とにかく、ここで隙をうかがうしかない。


 フクロウから戻ってどうするのかと思ったら、フェイロンドはいきなりしゃがみこんでフリスベルの手を取った。


「やっぱり、僕を見捨てなかったんだ、お姉さん……」


 どうなってるんだ。フリスベルは笑みを崩さなかった。

 遠くの方で、戦闘中の銃声が聞こえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る