5ポートレール

 

 ポートレールは高架式の新交通システムだ。ホームは道路をまたぐ高架に設置されている。一階に改札と検査室があり、階段でホームまで登る。


 夕刻、俺は改札前でユエを待っていた。


 休みだろうがなんだろうが、断罪者として過ごしている俺は、私服が全くない。支給された三呂東高校の制服に着替えてある。


 三つボタンの黒い上着に、指定のポロシャツは薄い橙色。ネクタイは、白と水色の無難なやつ。あまりというか、ほとんど普段と変わらない。


「お待たせー、あ、もう制服なんだ」


「まあな。お前もか」


「えへへ、どう、似合う?」


 くるりと回ってほほえむユエ。ギニョルに操身魔法をかけてもらったのか、黒髪のショートカットで、すっかり日ノ本の女子高生になってる。


 というか本当に髪と目の色くらいで、バンギアも日ノ本も人間は同じなんだな。


「似合うぜ。操身魔法かけてもらったんだな」


「金髪に青い目だと、目立つみたいだから。騎士くんとか日ノ本の人は、髪黒くていいよねー。こっちには、髪が黒い人なんていないんだよ」


 そういえば色々とバンギアの人間を見たが、魔力の作用かなんなのか、黒髪に黒い目のやつだけは見たことがない。紛争初期、島に暮らしていた俺たちアグロスの日ノ本人がたくさん連れ去られたのは、そのへんの理由もあるのかもしれない。


「騎士くんみたいな黒い髪に黒い目で特徴ない感じの男の子が、ラノベによくいるんだけどさー。バンギアだとそれだけで、珍しいんだよ。なんか変な感じだよね」


 こいつのなかの俺の評価は、どんな程度なんだろうか。モテてる感じはしないな。


 まあ、ユエが上機嫌なのはいいことだ。


 改めて、地味な制服だ。


 黒のローファーに、同色のストッキング、ひざ下まである長いスカート。首元のリボンは青主体で大人しい印象だ。アニメとかであるような、不必要に短いスカートにアレンジしてくるかと思ったが、意外と常識があるらしい。


 しげしげとながめている俺に、ユエは小首をかしげた。


「どしたのー?」


「いや……行くか」


「うん。手続き面倒くさいしね」


 改札ではなく検査室へと向かう。


 ポートレールとは、ポート・ノゾミを埋め立てたときに作られた新交通システムだ。電車と違って自動操縦で、モノレールや電車とも違うゴムの車輪で線路を挟みこんで走る。

 電車でもモノレールでもないから、日ノ本の法律では新交通システムという位置づけだ。ならレールという名前は変だという指摘はあったが、ポートレールの名は残った。


 そんな経緯を思い出しながら、俺は吸血鬼の蝕心魔法に身を委ねていた。


 記憶を覗かれる感覚は、何べんやっても慣れない。


「……お疲れさまでした。身分の確認は終わりです。良い旅を」


 本当にそう思ってるのかどうか、全く分からん無表情で見送られた。


 背が高く、灰色の髪と真っ赤な瞳をした男の吸血鬼だった。駅職員の制服を模したスーツや帽子がよく似合っているのだが、いかんせん接客態度としてはだめだ。


 まあ誇り高い種族が、報酬のイェンに釣られてアグロスの日ノ本に雇われる身となれば分かる気もする。カルシドのように、悪事に走らないだけいい。


 検査室を出ると、ユエも出てくるところだった。


 すでに切符は渡してある。

 荷物を受け取り、形だけとなった改札を通り、ホームに出る。


列車の通る線路との間は転落防止柵が覆っている。これは全面がガラス張りで列車が来ると扉の部分だけが開くしくみだ。

 ガラス部分は紛争中に割られまくったが、最近ようやく全部直った。


 列車が来るまで少しだけ時間がある。俺はユエに話しかけた。


「身元の確認、本当に面倒くさいよな」


「だよねー。早く自由に行けるようにしたらいいのに」


 日ノ本政府は魔法の存在を公式に認めていない。だが紛争中、自衛軍に姿を変えた悪魔や、吸血鬼に操られた人間から散々な目に遭わされたことで、行き来する者を厳しくチェックしている。


 具体的には、高い報酬で雇った吸血鬼や悪魔に、操身魔法や蝕心魔法で通過する者の素性を探らせるのだ。魔法を認めていないが、魔法を使わせる者は雇っているというわけだ。


 南側から、上りの列車がやってくる。


 乗り込むと中に先客がいた。背広で着飾った日ノ本の役人や、軍服にいくつかの勲章を付けた、日ノ本の自衛軍のお偉いさんたちだ。そいつらと談笑する人間姿の悪魔や、吸血鬼などもいる。島の視察に来た日ノ本の連中だ。


 娼婦であろう、派手な外見の女のハイエルフを何人か連れている。いわゆるキャバ嬢を模した、アグロスの水商売メイクだ。元が金髪なせいか、なかなか似合う。髪を染める必要もない。


 制服の俺たちは悪目立ちしたようで、視線が集中したが。


 連中は脳内で何らかのわけありと片付けたのか、すぐに引いた。


 いくら法律で禁止しようと、境界がノーリスクで通れる以上抜けるやつが現れる。俺達断罪者もアグロスに捜査に行けるし。


 それにしたって、あの校章をつけた生徒が、バンギアに渡って麻薬を広めているなんて全く信じられないのだが。


 俺とユエは空いていた席に腰をかける。扉が閉まって列車が動き出す。


 窓からの景色はさま変わりしている。昔は、壊れていないマンションや下を走る車が見えたものだが。紛争以降、分厚い壁に覆われて阻まれている。飛び交う弾丸なんかで、大切な橋脚を傷つけないために、各国か金を出し合って設置したものだ。


 すっかり様変わりしてしまったが、島の病院で生まれ、島のマンションで暮らしてきた俺は、何度となくこのポートレールに乗った。


 家族と、友達と、軽音部の仲間と。


 キズアトの奴のせいで不確かだが、おそらく流煌とも。


「騎士くん、どうしたの?」


 隣で黙っていたユエが、振り返る。


 夕日の中、窓にうっすらと映った俺の顔が強張っている。


 こけた頬に、鋭い目。我ながら、16のガキの面じゃない。

 俺の中にも、紛争の痛みはあるのか。


「……いや、何でもない。そろそろ門だな」


「本当だね。不思議だよねー」


 ポートレールはポート・ノゾミ人工島と三呂本土をつなぐ三呂大橋の橋梁上を通る。島を抜けて三呂大橋に入った列車が向かう先は、門と呼ばれる、バンギアとアグロスの境界だった。


 バンギアの大海原に突き出た三呂大橋の真っ赤なアーチ、隣を走る車道、ポートレールの線路。それらが全て、海の上の何もない空間で歪み、空に消えているのだ。


 列車はためらいもなく、先端から歪みに突っ込んでいく。扉も壁も何もかも無視して、歪みは車両を次々飲み込んでいく。


 先頭が消え、二両目、三両目が飲み込まれ。やがて俺達の乗る四両目の番が来た。


 外から列車を見れば、ただ吸い込まれていくだけなのだろう。


 だが、中の俺達からすれば、車両も人も壁も区別なく、目の前の空間の歪みに消えていくのだ。感覚的にいえば、さながらブラックホールに突っ込む宇宙船の船内。


「あ、来た! やっぱ怖」


 ユエほど騒ぐことはないが、俺も唇を噛んだ。銃を向けられたときとは違うが、これも本能的な恐怖に違いない。なにせ次元を渡るのだ。


 寿命も長く、いろいろなことに慣れているであろうハイエルフが、悲鳴を上げてそばの男にしがみ付いた。扉、外壁、窓、吊り革に座席、すべてがただの映像みたいに歪みに消えていく。


 曇った水面のようなものが、目の前に迫る。


 ――車体を叩く、雨粒の音。


 隣に三呂大橋の真っ赤なアーチ。


 晴天だったポート・ノゾミとは、全く違うこの荒天。


 エルフたちが恐る恐るといった感じで、周囲を確かめている。


 俺はため息をついた。


 灰色の空と雨。ここはもうバンギアではなく、アグロス。


 その人口、百五十万を誇る日ノ本の地方都市、三呂さんろ市だ。

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