7霧中の真実を求めて


 断罪者の全員と、ララの派遣したエルフロック銃士団の団長、それから、二人の自衛軍将官。これが、事実を知っているその場の全員だった。

 まずは、これだけのメンバーで、事態の把握と対策を打たなきゃならない。


 検視からだ。フリスベルとギニョルが、テントに運びこんだ御厨の死体を調べている。


「銃創は左額部と心臓に一発ずつ。いずれも弾丸は貫通し、即死しています」


「あの兵士が、吸血鬼が撃ったせいで間違いはないんだな」


「そうじゃ。狩谷かりや一佐よ」


 ギニョルに狩谷と呼ばれた一佐は、五十絡みの神経質そうな男だった。実質上、御厨に次ぐ立ち位置の佐官だ。


 もう一人の、色白の眼鏡姿ながら、筋骨たくましい佐官の男が歩み出る。


「撃ったのは吸血鬼だったのでしょう。しかも、銀の刃を自分に突き刺し灰になった。姿を変えたのは、操身魔法と呼ばれるものですね、あなた方悪魔が行使するという、肉体の完全な変化を行う魔法だ」


 断定的な口調で、ギニョルとクレールを見つめる。非難がましい言い方だが、反論はできない。


 クレールが答える。


「その通りだよ、比留間ひるま一佐。あの男は僕と同じ吸血鬼で、ギニョルと同じ悪魔の使う操身魔法で君たち人間に擬態し、自衛軍の最高司令官である御厨統合幕僚長を撃ったんだ」


 比留間は子供を見下すように、クレールめがけて、言い立てる。


「ならば、一国の軍人のトップを撃ち殺した者の一族が、無事で済まされないことをご存知でしょうね。あの場は隠すことに同調しましたが、事態は単純ではないですか。多くを忍んで、あの島を譲った我が国の舌の根も乾かぬうちに、異世界人が、自衛軍の最高幹部を、御厨さんを殺したんだ!」


 語りながら激高し、銃に手をかける比留間。

 瞬間、ホルスターを先に滑り出たのは、ユエのSAAだった。


「……落ち着いてよ、おじさん。あ、私断罪者のユエね」


 にこりと笑って、銃口を突き付けられ、比留間は憮然としてホルスターから手を放した。


 比留間の動きは悪くない。

 戦闘の機会が減る佐官級、しかも激したわりに、なかなか素早くいい腕だった。

 それでも、人間離れしたユエの銃さばきには勝てない。


 苦々しい顔で、狩谷が言った。


「比留間、軽挙は慎もう。たとえば、もし君の言った通りなら、確かに我々はこの世界に対して再び防衛作戦を発動することになる。だがそこで、勝利するには、七年前の派遣の段階から、敵の中枢に入り込み、戦い続けていた者達の協力が必要になるのではないか」


 そこまで言って、ギニョルとフリスベル、ガドゥ、それにエルフロック銃士隊のハイエルフを見つめる。


 全員がうなずいたが、比留間は事態が分からないといった顔でたたずんでいる。


「よく兵士をまとめ、七年以上も敵に対して戦い続けて来た、剣侠士二等陸士の率いる一千が、異世界に対する防衛作戦に役立つと言っているんだ。異世界を敵とするならば、せっかく敵地に侵攻した将軍達に対して、武装解除や、戦争犯罪の追求などを、誰がどの口で言える」


 狩谷の言うことはもっともだ。このタイミングで、武装解除に来た自衛軍の頭をバンギア人が殺してくれたことは、将軍にとって天恵にも等しい。


 バンギアと日ノ本が再び戦争状態になれば、連中にとっては紛争中の行為を作戦行動の名のもとに埋めてしまうチャンスだ。


 気づいた比留間が唇を噛む。


「……狩谷さん、それはそうですが、現に吸血鬼が御厨幕僚長を射殺しました」


 その事実は動かせない。だが、狩谷は腕組みをして推論を組み立てる。


「彼らにしてみれば、異世界からの軍隊が自分たちで話を付けて撤兵しようというのを妨害しても、うまみはない。悪魔や吸血鬼は、能力や寿命から言って、私達人間より優れているはずだ。人間の私にすら分かることが、分からない者は一人も居ないと思わないか」


 その通りだ。まあ、全員が全員優秀かというと、断罪者として、GSUMやバルゴ・ブルヌスで後先考えず暴れる連中を相手にしてきた俺は、あんまり同意できないが。


「ずいぶん、わしらを買いかぶってくれるな。そなたが聡明な人間で助かった、狩谷一佐よ」


「あなたのような美しい方にお褒めにあずかり光栄です。失礼ながら、古女房と取り替えたいくらいだ」


「美しいからといって、悪魔は恐ろしいぞ、人間よ。……失礼いたした。私は銃士団長のナクラウ、湧き立つ滝、ナクラウだ」


 ナクラウが咳払いで脱線を断ち切る。


「比留間一佐の指摘はもっともです。だからこそ、事態が複雑なのです。なぜあの吸血鬼は御厨幕僚長を殺害したのでしょう」


 せめて、クレールが蝕心魔法をかけられれば事情がもう少し分かった。相手はご丁寧にそれだけは防いで自殺してしまったのだ。


「僕の油断だよ。まさか、同族だったとは……」


 吸血鬼であることを隠してきたのは、兵士を欺く以外に、蝕心魔法に抵抗できることを悟らせない狙いもあったのだろう。相手が同族だと分かっていれば、クレールだって抵抗されないよう、より強い蝕心魔法を使ったはずだった。


 肩を落とすクレールに、フリスベルが笑顔を作る。


「気にしないでください、クレールさん。私も、ギニョルさんも、ナクラウさんだって分かりませんでした。操身魔法で体を変えた存在は、魔力の波長に乱れがあるはずなのですが……」


「フリスベル殿に同意する。私とて、今でも森に暮らすハイエルフだ。これでも三百と七十年生きたが、初めて見破れない操身魔法と出会った。あの男はそのもの、魔法の使えぬアグロスの人間の魔力を放っていた」


 姿が完全に変わっても、魔力レベルでは変化しないのが通常の操身魔法だ。だからこそ、クレールやギニョル、フリスベルにナクラウまでが欺かれてしまった。


「完全に人間になってたってことか。マロホシのやつみたいだな」


 ガドゥが何気なく言った一言に、断罪者は一斉に反応した。


「それだ! ガドゥ、そうじゃ。マロホシのやつが、悪魔の範疇を超えた連中が、事に関わった可能性がある」


 マロホシは悪魔が守ってきた戒めを破り、次々と新しい領域に踏み込んでいる。種を超えた操身魔法を扱い、吸血鬼そのものになって、蝕心魔法を行ったのは記憶に新しい。


 あの吸血鬼が、フリスベル達エルフでも読めないほど完全な人間の魔力を持っていたというなら、通常の操身魔法の領域を超えている。


 ギニョルに両肩をつかまれ、小柄なガドゥは戸惑っている。


「で、でもなんでマロホシのやつが将軍を助けるようなまねするんだよ。大体、戦争になってあいつらに得は……」


 言いかけて顔つきが変わる。そもそもGSUMの前身は、バンギア人の侵攻のおりに、奴隷や銃器、麻薬の密売などを始めた所からだ。


 今のGSUMは、日ノ本にも根を下ろしている。安全な日ノ本から戦争で乱れたバンギアに入り込んで、より多くの利益を得ることを狙うとしても、不思議じゃない。


 戦争となれば、ポート・ノゾミの法秩序はめちゃくちゃ。断罪者もお手上げだ。


 もしも侵攻した将軍達が勝利を得て、日ノ本が傀儡国家でも作ることになれば、今度こそ、うまいことそこに取り入って、甘い汁を吸い尽くすことができる。


 気づかなかったが、このタイミングでの戦争こそ、連中と将軍達を最大限に利するのだ。


 比留間がけげんそうに言った。


「おい、話を勝手に進めるな。ジーサムとは何だ。吸血鬼と悪魔が共謀したということは、この先にあるダークランドという場所が、連中の本拠地じゃないのか」


 ダークランドは、バンギアにおける吸血鬼と悪魔の住む地だ。クレールのヘイトリッド家やギニョルのゴドウィ家の領地もある。


 今でこそ、島のあちこちで見かける吸血鬼や悪魔達だが、バンギアでは侵略や戦争の目的以外でその地を出ることはなかったという。


 もっとも、それも紛争までだ。一旗揚げるべく島に出て来た連中がどの組織に主に吸収されるか、俺達は散々断罪でお目にかかってよく知っている。


「日ノ本には情報が共有されておらぬのか。GSUMというのは、グラブ・スタール・ウント・ムーンズの頭文字じゃ。マフィアやヤクザ、テロリスト、そういうものを一緒くたにした、恐ろしい吸血鬼と悪魔の集まりじゃ」


 崖の上の王国の事件や、シクル・クナイブの暗躍などで、最近は存在感が薄れていたが、島の混沌が育んだ最も恐ろしい奴らだ。


 まだぴんと来てない様子の比留間と狩谷。俺は言ってやることにした。


「あんたらに分かるように言うなら、首魁は、通称マロホシこと悪魔、ゾズ・オーロ。そして、吸血鬼で通称キズアトこと、ミーナス・スワンプだよ。要は連中が好きなことやるために作った組織さ」


 俺が二人の名前を出すと、比留間が唇を噛んだ。狩谷も拳を握りしめている。


「元空挺団の狭山さんは、恨みがあると言っていましたが」


「連中を忘れていましたね。知っています。小隊長以上の者は、恐らく全員が。日ノ本の警察では要人として警護の対象にさえなっていますが、我々の仲間を残虐に殺し、なかには下僕や奴隷としてしまったと……奴ら、まだ我が国を弄ぶつもりか」


 くしゃりと顔を歪めたまま、拳を握る比留間。狩谷は無言で、ホルスターの銃に手を掛けている。


 将軍の下に属さない自衛軍には、ずいぶん恨みを買っている。なるほど、日ノ本に取り入って警察の警護を受けるわけだ。


 ナクラウが眉をひそめた。


「我らの森で、反乱者に武器と資金を供与していた者の陰に、GSUMの名が浮かんだことはある。この事件に関わっているとするなら、断罪者は正体を探り出せるか」


 愚問だ。連中こそが、俺達断罪者の最大の敵と言っていい。


「ギニョル、皆、それがしは賛成だ。この機に、奴らの断罪に本腰を入れよう」


 テントの窓から入ってきたスレインの首。


 俺も、ユエも、ガドゥも、ギニョルも、フリスベルも。厳めしい赤竜の問いかけに同意する。


 そうと決まれば、御厨の死をぎりぎりまで隠しつつ、暗殺者をよこしたマロホシのやつを断罪し、奴の記憶から裏を取る。


 そのうえで、御厨の死を明らかにすれば、戦争どころか、GSUMへの徹底的な捜査と検挙まで至るも知れない。


 とうとうやってきた、断罪者とGSUMとの全面対決だ。


 そう思ったのだが。


 ただ一人、クレールの声だけが聞こえない。どうしたのかと思ったら、うずくまってなにやら小さな袋を探っている。


 黒の革袋は死亡した吸血鬼の遺灰入れだった。死んだ同族への最低限の敬意として、ダークランドに撒くと言っていた。


「どうしたんだよ、お前。いつもなら」


「騎士、みんな。GSUM以外の線も、探るべきなんだ」


 袋から取り出されたのは、小さな金色の指輪だった。


 こんなもんがなんだというのだろう。あの吸血鬼がしていたのか。


 ところが、まずギニョルが絶句した。そして、ガドゥが目を剥き、フリスベルが息を呑む。ユエも眉を潜めて息を吐きだす。スレインが固いまぶたを半分下ろす。


 ナクラウも腕組みをして黙ってしまった。


 バンギアの連中にとって衝撃的なことなのか。俺には分からない。


 狩谷と比留間と顔を見合わせても、らちが明かない。


「騎士、自衛軍の方々。これは、金印の輪だよ。僕たち吸血鬼や悪魔の故郷である、ダークランドで相当な名家であることを示す証だ。あの男の遺灰からでてきた」


 遅まきながら、俺も言葉を失った。


 そんなものを持っているということは、あの吸血鬼はGSUMに協力していないはずの、ダークランドの者かも知れないということだ。


 しかも、相当の大物なのだろう。


 GSUMは羽振りこそいいが、味方をする悪魔や吸血鬼は同族でもはぐれもの扱いだ。これは、マロホシとキズアトの二人ともが、悪魔と吸血鬼の中では家格が低く軽んじられるせいだ。


 二人とも、悪魔と吸血鬼が気が遠くなる年月守ってきた約束ごとを次々に破って成り上っている。


 複雑な事情はあるが、バンギアの吸血鬼や悪魔は島に関して断罪者を支持しているし、自衛軍の台頭でバンギアが荒廃することを見過ごさない。


 だから、崖の上の王国でアキノ十二世が禍神となったときは、人間の味方すらした。


「一瞬しか見えなかったけど、あの男は、ダークランドの吸血鬼を率いているダルフィン家の一員だった気がした。遺灰からは、やっぱり、この指輪が出て来た」


 クレールから、金印の輪を手渡されたギニョルは、手の平の上に乗せ、目を細めている。わずかに魔力が揺らめているのが俺にも感じ取れた。


「この魔力、紛れもない本物じゃ。そう簡単に盗めるものではない。まして、いくら金があるとて、GSUMの者達が手を触れることのできる代物ではあるまい」


「では、このバンギアの吸血鬼の方々が、自衛軍の統合幕僚長を確たる意思を持って殺害したということですか?」


 比留間の指摘は痛いところを突いている。


 戦争となれば、このバンギアをさんざんに荒らした、あの将軍の有利になるにもかかわらず。


 結局、これがバンギアの意志なのだろうか。日ノ本と、アグロスの人間達となど、協調も共存もするつもりはないという。


 だったら、俺達は、断罪者はなんのために――。


 スレインが小さな火のため息を吐く。重苦しい空気は焼き切れないが、テントに引火しても事だ。


「……ギニョル、どうするんだ」


「分からぬ。不可解ばかりじゃ。しかし、調べねばなるまい、GSUMにせよ、ダークランドにせよ、将軍達を助けて戦争の再開にこぎつけたい狙いだけは、はっきりしておる」


  赤い前髪を不快そうに握って、ギニョルは二人の一佐を見つめた。


「予定通りに進軍して、ことの露見までどれほどかかる?」


「三日で、剣二等陸士の駐留拠点に入ります。四日目から説得です。どう誤魔化してもそこで露見します」


 将軍の奴は魔力が見える。死体を操ろうにも直接会ったら、必ずばれる。将軍のことだから、真相を暴き立ててそのまま戦争を再開させるだろう。


 そうなったら、終わりだ。


「三日か。四日目の会談までに、わしらでダークランドへ行って、真相を突きとめるしかあるまい」


 だがその真相も、吸血鬼や悪魔が一致して御厨を殺したというものだというなら。もはや打つ手はないことになる。


 だからといって、今から俺達ができる最良の対策といえば、それしかない。

 真実が、戦争を妨げるような何かであることを期待するしか。


「ま、待てよ。ダークランドだって。おれはいけねえぞ。ゴブリンなんかみんな下僕か実験体しかいないんだろ」


「下僕以外のエルフは、ダークランドに居ないと聞きます」


「私も、魔力不能者の人間だし」


「それがし達ドラゴンピープルが、現れた記録もないと聞く」


 ガドゥ、フリスベル、ユエにスレイン。四人ものメンバーが落ちるか。

 操身魔法で一時的に姿を変えるという案も、悪魔と吸血鬼しか居ない場所では意味がない。


 バンギア人にとって、異常なのはバンギアの全種族が集まって共に暮らすポート・ノゾミの環境の方なのだ。


「分かってる。行けるのは、僕と、ギニョルと」


 クレールの視線が俺をとらえた。


「……俺か?」


「騎士。下僕半と呼ぶのが許されるなら、お前のような存在は珍しくない。僕やギニョルと違って、動きやすいと思うよ」


 マロホシの、悪魔の奴隷にされそこなった下僕半の俺。

 それが、こんなところで役に立つとは。


「決まったのなら、時間が惜しい。動きましょう。私はララ様に使い魔で連絡を取ります」


 ナクラウはさすがというべきか、落ち着いている。それに、日ノ本とララとテーブルズの議員など、それぞれの上司への連絡は外せない。


「狩谷一佐、首相官邸への暗号通信を行いましょう。信頼できる部下を呼びます」


「そうしよう」


 自衛軍の二人も動き出す。通信については詳しくないが、こういう場合のために、首相に直接連絡できる手段があるのだろう。


「ギニョルさん、連絡用の使い魔を出しましょう。後のことは、私達に任せてください。断罪事件ではないので、断罪法上の権利の行使は難しいでしょうが」


「フリスベル、すまぬな。GSUMも気になるのは確かじゃ。島の方はそなたら四人で頼む」


 力のない笑顔は、ギニョルにとっても、相当の事態だったということだ。


 連絡や協議が、ようやくまとまったのは数時間後だった。


 断罪者は引継ぎを追えて島に帰還するという名目で、自衛軍のキャンプを後にした。


 そしてクレールとギニョルと俺だけが、みんなと分かれてダークランドを目指した。


 真実は何か。その意味は。


 吸血鬼と悪魔。紛争以前から、人間やエルフにとって、魔物と呼んでいい所業を平然と行って来た二つの種族。


 邪悪を手本とする種族の中枢を、覗き込むことになるとは。


 底なしの闇を見定める、駆け足の旅が始まろうとしていた。

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