33テーブルの脚は折られた
マヤは語った。
それはクレール達がザベルを撃った直後だった。GSUMが伝えてきたのだ。かつて『崖の上の王国』の首都であった、自由都市イスマでの政治的かく乱を行っていると。力を失った貴族関係者に取り入り、再びのクーデターを計画し、いつでも実行できると。
「私だけでは、ありません。テーブルズの代表たちは、皆、それぞれに突き付けられています。吸血鬼のヤタガゥンは、領地を継いだ甥を暗殺すると脅かされ、エルフのワジグルは、シクル・クナイブの残党を集めて長老会の下に付かせ、エルフの森で蜂起させると」
かつてなら、むしろチャンスと捉えて断罪に動いたであろう、脅迫。だがそれもテーブルズを守る剣である、断罪者が健在であってのことだ。
キズアトの奴が、使い魔で言ったことが蘇る。断罪者の矛先を狂わせる相手に、どうやって抗すればいいのだろうか。
現状、GSUMは圧倒的な強者。強者の脅迫は、必ず来る予言なのだ。
「今回の選挙の発端になった、裏切ったと思われた代表たちも、脅迫されていたのです。山本さまは、強盗事件後、愛人と子供たちを日ノ本に隠して、総理大臣の善兵衛さまに保護を頼まれました。しかし、その愛人たちと子供達の詳細な動向を送り付けられて屈したのです。そしてジグンは、会社の工事予定と、そこで起こるテロ事件と犠牲者を事細かに予言されていました」
日ノ本の総理大臣が本気で保護した愛人と子供が、動向を把握され。工事でテロを起こすと伝えられたら。しかも、あのとき既にドーリグは刺されていたのだ。
「私達はテーブルズの議員として二人を説得していました。ですが、今まであらゆる脅威と一人も欠けずに戦い抜いてきた断罪者が、まさか、まさかあんな恐ろしいことを……」
また、ザベルの死んだ光景がフラッシュバックする。あれは“ソムブル”に変えられたクレールが撃った。GSUMは本当に断罪者を操ったのだ。
本当の脅威とは、戦闘力が高いことじゃない。巨大な破壊は、確かにそれだけで恐ろしいが、自衛軍はGSUMより先に敗北した。
GSUMは、破壊力をいつ、どこに、どう振るうかという情報を圧倒的に持っている。
母親を連れてきて、クレールを操ったのが最たる例だ。
たいせつなものが壊されるという脅威の前に、誰も耐えられない。
「……断罪者まで操られるというなら、GSUMの脅迫はもはや決定された未来です。止めることはできない。もしも、私達への脅迫が実行されてしまったら、紛争前と同じか、より激しい混沌が蘇ってしまいます。民が、どれだけ苦しむことか」
テーブルズと俺たち断罪者が、両世界の平和に暮らしたい全ての人の願いが破壊される。
「それで、日ノ本での失踪事件についても、わしら断罪者に情報を隠していたのか」
マヤが唇をかんでうつむく。よほど恐ろしかったのだろう。ユエ以上に周囲の者を大切に思っているやつだ。
少女を追い詰めているようで、嫌な雰囲気だ。ザルアが視線を遮るように立った。
「……使い魔から指示が来たのだ。操られた断罪者を、日ノ本に捕らえさせるようにと。だからあなた方、断罪者には脅迫のことを知らせず、三呂市警にこちらで起こった狙撃事件と、断罪者が操られていることを伝えたのだ。あちらはリアクスによる失踪事件と、変死事件をすでに追っていた。あの荘園を捜索しようとして、やたら腕の立つ下僕に負けたということで、ピンと来たらしい」
紅村はクレールと共に戦ったことがある。リアクスを守る強力な下僕と対峙し、もしかしてと思っていたのだろう。
俺は悔しかった。テーブルズの代表者が、断罪者を信じなかったことが。
黙っているマヤをにらみ据えたが、ギニョルがたしなめる。
「騎士。ユエも聞け。あのときわしらは、三人ではGSUMに勝てぬと思っておったであろう。だから、わしは騎士を三呂にやったのじゃ。まだ、キズアトやマロホシと戦う準備ができると思うておった。が、それが甘かった」
事態はもっと深刻だったのだ。蝕心魔法のひとつもなく、キズアトとマロホシは俺たちを掌で踊らせていた。
いいように操られた断罪者を、信じろというほうが酷だ。
もうマヤは責められない。いや、裏切ったと思っていたテーブルズの議員代表たちだって。俺は席に着いた。怒りと戸惑いが、仏頂面になっている。
ユエが冷静に言った。
「それで、向こうはここからどう出てくるか、だよね」
「そうじゃな。さっきの使い魔の言ったことを考えると、半端な妥協や手打ちは、もはやあり得ぬであろう」
今回に限って、GSUMの要求は何もない。『月と星を手にする』ために邪魔なものを、徹底して破壊する。キズアトの言葉で唯一信じられるだろう。
「では、我々への脅迫も、全て実行するということか。もう止めようがないと」
「そんな、私の民が……」
「マヤ様。気をしっかりお持ちください」
ザルアがマヤを支える。情けないとは思ったが、悪夢だ。あの自由都市が今度は禍神なんぞじゃなく、テロで破壊されるなんて。
いや、それだけじゃない。エルフの森の争乱、ダークランドでの暗殺、工事現場でのテロに、日ノ本本国での要人誘拐と殺人。全てが同時に起こったら、あらゆる政治的問題が噴出し、やがて紛争、めちゃくちゃの混沌が来るだろう。
「でも、そこまでやったら、GSUMだって無事に済まないんじゃないの。キズアトやマロホシほど、悪いことせずに、普通に暮らしているメンバーも居るんだし」
ユエの言う通りだ。GSUMでも過激派というか、断罪者がマークしている者は限られている。キズアトが作ったハーレムズの女ども、マロホシの傍に控える下僕たち。
膨大なその他大勢の中には、ただの医者や商人として平穏に暮らすメンバーも居る。ザベルの店の客だって居たくらいだからな。命令があれば、情報提供や作戦の一端は担わされるだろうが。
「紛争の混沌は、せっかく大きくなったGSUMの組織としての力を削ぐということか?」
ギニョルの言う通りだ。少し考え、ユエが応じる。
「……そうなるかな。いろんな人が居るから、たくさん情報が手に入ったんだし、クレール君のお母さんを見つけて、陥れることもできたはずなんだよ。混沌っていうか、また紛争中みたいになっちゃったら、今まで握ってきたものが全部なくなっちゃうかも知れない」
完全な混沌は島の秩序も無に帰すだろう。GSUMが今持っている影響力を保持したいなら、それはマイナスでしかない。
「では、脅しだということか。ドーリグ殿はやられてしまったし、そうは考えられないのだが」
ザルアの言はもっともだ。頑強に断罪を主張していたドーリグは、竜食いでやられて、未だに行方不明。下僕にされていた断罪者四人の記憶からも出なかったらしい。ギニョルが言った。
「ユエのいう事はもっともじゃが、こうは考えられぬか。キズアトとマロホシは、まさに本気じゃと。わしらを排除し、混沌を呼び戻すことに、紛争後に築いた全てを賭けている」
ギニョルの言葉は、俺が考えたくなかったことだ。
頭から怒りが消えた。変わって、対峙するものの巨大さが背中を覆う。腹に鉄でも飲み込んだかのような気分だ。
ユエがそっと、空のホルスターに触れた。銃を握りたいほど不安なのだ。かつて特務騎士団を率いて地獄のような戦場を駆け抜けた女が。
「今のGSUMが無くなっても、私達を倒す方を選ぶってことだよね。確かに、また全部めちゃくちゃになっても、あの二人だけは生き残れるから」
「そしたら、また作ればいいんだよな。考えてみりゃあ、紛争が始まってたった七年と半年ほどで、GSUMはここまででかくなったんだ。全部消えて、戻すのに十年かかっても、あいつらの寿命からいえば、大したことねえんだから」
吸血鬼と悪魔の平均寿命は八百年。マロホシの医療技術を考えると、さらに伸びるとも考えられる。今やダークランドの悪魔や吸血鬼さえ、八百年の寿命をまっとうするなんて、考えないだろうが――キズアトとマロホシだけは、別なのだ。
二人にとって、殺りくと憎悪と混沌は懐かしい故郷でしかない。
「すべての秩序を壊す。それが奴らの狙いだったのか」
ザルアが剣の柄を握る。弱者を助け、民を守るという騎士道がうずくか。
「最後に残った、本物の吸血鬼と悪魔ってわけだな」
初めてキズアトとマロホシに出会ったときが蘇る。七年前。紛争が始まった日だ。殺し合いが、略奪が、放火が、誘拐が、強姦が、あらゆる悪が咲き乱れていた炎の中。
誰よりも輝いていたあの二人。俺と流煌から全てを奪ったあの二人。
「絶対に断罪する。もうたくさんじゃ。吸血鬼も悪魔も、もう、過去でいい」
ギニョルがそう言った直後だった。
外の通りで爆発音が巻き起こった。
何事かとサッシを開ける。車が爆発、炎上している。あのバンは選挙カーだ。あと三日に迫った選挙の投票日まで、祐樹先輩とキズアトとマロホシは選挙戦を繰り広げている。
ひやりとしたが、炎の中にあるのは、キズアトとマロホシの組織のロゴだ。先輩の車がやられたんじゃないのか。
一体なんだ、どういうわけだ。これ以上の選挙への攻撃なんて、GSUMの狙いにないはずじゃないのか。
「騎士くん、ロッカーに行こう!」
「分かってる!」
俺もギニョルも会議室を飛び出す。二歩進んだ所で、ギニョルが振り返った。
「……ザルア、人が足りぬ。お前を断罪助手に任命する。手伝ってくれるか」
「マヤ様、ご承認頂けますか」
マヤは深く息を吐いた。ギニョルの机から書類を取り出すと、サインと押印をする。
「テーブルズ代表の権限で、ギニョル・オグ・ゴドウィによる断罪助手任命を認めます。存分にお働きなさい」
俺の義兄は水を得た魚のように、ロッカー室へと駆け出した。筋骨たくましいが素早い。脚も長いし、そういえば断罪者に大男は居なかったな。
頼もしいが、相手の狙いが分からないところが不気味だった。
奴らの先を抑えなければ、断罪の牙は届かないというのに。
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