34繋がれた緑竜


 何度見せられた光景だろう。熱されたがれき片で、幾人もが負傷しているさまは。


 警察署から遠いところに、祐樹先輩の車両と子供たちがいた。不安や心配の表情で、身を寄せ合っている。ひとまずこっちは無事か。それは安心だ。


 だが警察署近くは惨事の一言だった。キズアトとマロホシは、車線をひとつ閉鎖して、相当の群衆を集めていたらしい。火元はその車道のすぐ近く、ごみ収集所のボックスだ。二台の選挙カーに引火して誘爆したのだろう。


 ぎりぎりまで詰め寄っていた群衆には、多数の負傷者が出ている。五、六十人はやられているな。


 ドラゴンピープルたちが下りてきて、燃えているがれき片や飛び散ったパーツを取り除いていく。ゴブリンたちはどこからか調達してきた消火器を使っている。バンギアの人間は、氷や水の現象魔法で飛散した火を消しにかかる。


 パニックになりそうな者には、吸血鬼が蝕心魔法で心を支配。白衣姿の悪魔が負傷者の救助か。救急車も到着している。マロホシが手をまわしたのだろう。


 一見すると、選挙活動を狙ったテロだが。俺は気付いた。


 選挙カーが爆発したというのに、乗っていたはずのマロホシとキズアトの二人はかすり傷なのだ。おあつらえ向きに額から血を流し、ブラウスとシャツに血をにじませているが、動きは俊敏。骨折ひとつしていない。


 キズアトの方は、マロホシの部下らしいのが担架に乗せた。点滴がさされた腕を振り上げ、芝居じみた叫び声をあげる。


「私が死んでも! 選挙は必ず執行するぞ! この島は民意と法の下に立ち上がるのだ!」


 群衆たちが歓声を上げて答える。まるで英雄だ。だが実際に、部下たちは何人か死んでいるらしい。車両の燃え殻に、人らしい遺骸がある。


 お決まりの自作自演か。GSUMのトップならば、殺してくれる部下も、死んでくれる部下も用意できるからな。


 数の減った俺たちの前で、これ見よがしに民心を掌握して見せるのが狙いだろうか。それとも、火事場に出てこざるを得ない断罪者を、狙撃するつもりか。


「騎士くん、道路沿いのビルは大丈夫。でも、怪我したフリの人とかは分からない」


 それは、俺の妻が許さないだろう。いつもの紫のローブに、エアウェイトを持ったギニョルがささやく。


「群衆にも、奇妙な魔力の者はおらん。だが」


「マロホシなら、魔力まで操身魔法で変えられる、だろ。俺が行くよ、英雄さまが狙われたのに出てこないんじゃ、断罪者が役立たずにされる」


 ギニョルの返答は待たない。ユエも無視して、騒動の中心へ向かう。

紛れ込んで刺してくる群衆は見抜けないが、もしやられたとき断罪者へのダメージが少ないのは、銃を振り回すだけの俺だ。


 格好つけて走る俺の隣に、大きな影が現れる。

 ジャケットにズボン、いつか使っていたショットガンのと、その弾帯。そして腰には不釣り合いな騎士剣。


「義弟くらい守らせろ。父や兄を守れなかったんだ」


「ザルア」


 頼もしいもんだな。狭山よりひと回りでかいのは、剣での切り合いや、取っ組み合いの訓練をしてた騎士だからだろう。会ったことはないが、プロレスラーに横に並ばれる感覚だろうか。金髪に碧眼だからメリゴンのやつな。強そうだ。


「断罪者が来た!」


「早くしてくれ、あいつはホープレス・ストリートに逃げた」


 俺とザルアに群衆が叫ぶ。やった奴が分かってるのか。ホープレス・ストリートだと。


 気を取られて、まだまだ小汚いマンション群を、ふと眺めたときだ。


「危ない!」


 ザルアが剣の柄で小男を吹き飛ばした。パーカーのフードがはだけ、金色の髪がこぼれる。ローエルフの男だ。手に刃物を持っていた。よそ見をした俺を刺すつもりだったのか。


 男が懐から小枝を取り出す。違う、杖か。現象魔法をやる気か。


「ええいっ!」


 指の骨と杖がへし折れる。柄付きとはいえ、ザルアに一閃を食らったのだ。吹っ飛んで動かない。


 俺は魔錠を取り出すと、うめいている男の手首にはめた。恐らくGSUMの奴だ。この程度の襲撃なら良心的に思える。可能性は薄いが、記憶を探り出すことが出来れば――。


「ううゥ、う……」


 男がしきりにうめいている。当たり所が悪かったのか。柄があるといっても、ザルアの剣だ。死んじまったら問題になるし、ギニョルを呼ぶか。


 いや、怪我の苦痛じゃない。腕が、肩が、脚が胴が膨張していく。


 髪の毛が抜けた。頬に緑色の鱗が生えそろう。体重が増加してる。背中でアスファルトが砕けていく。

俺は飛びのいた。


「うわあっ、な、なんだ、ちくしょう」


 服が裂ける。翼が現れる。首が伸びていく。爪が、牙が。こいつ、ドラゴンピープルだ。


「ガウおおおおおおっ!」


 凄まじい咆哮。四メートルはある体躯。焦点のない目をした緑色の竜が吠えた。


 マロホシの操身魔法。ドラゴンピープルを、魔力まで完全なローエルフに変えていたのだ。ホープレス・ストリートに去った爆撃犯は、こいつだ。


 マロホシとキズアトは、影も形もない。


「くそっ!」


 俺は起き上がりざま、M97のトリガーを引き絞った。狙いは頭部と目。そこ意外銃弾は効かない。


 スラムファイアでやみくもに撃ったが、右目に命中したらしい。ドラゴンピープルは悲鳴を上げてもがいている。


 振り回した腕と尾が街路樹や車両を薙ぎ払う。がれきが吹っ飛び、群衆が悲鳴を上げて逃げ去っていく。

理性が残っている様には見えない。操られているのとも、また違うのか。しかし、どうするか。スレインなしでドラゴンピープルを抑えるのは難しい。


 殺害というなら、氷の現象魔法で動きを封じ、警察署のM2重機関銃とかRPGを使えばどうにかなるか。ただそれにしたって、現象魔法の援護がいるが。


 ほんのいっとき思案した間に、相手は大きく息を吸い込んだ。胸元が膨らむ。炎が来る。俺の頭に文字通り焼失した、リアクスの部下の姿が浮かんだ。


 相手から俺まで五メートル。走って逃げられる距離じゃない。

 開いた喉奥から炎がせり上がる。


『イ・コーム・ノウスドルム!』


 高らかな呪文と共に、俺の目の前に吹雪が巻き起こる。同時に炎も放たれた。

 氷雪と火の粉が辺りを満たす。水蒸気が踊るように湧き出した。一応、俺の身体は無事だ。


 火炎放射器がマッチに思えるほどの炎をとどめているのは、吹雪の現象魔法。放ったのは、警察署から駆けてきたマヤだった。


 ララからもらった杖を握り、金色の髪を躍らせて、精神を集中している。人間が焼失するほどの炎を打ち消しているのだ。並みの魔法ではない。


 が、長くは持たないだろう。あぶら汗が流れている。ララが作った杖ながら、先端が焦げ始めている。


「騎士くん!」


 ユエが吹雪の外から投げつけたのは、ショットガンの弾薬。受けた。スラッグ弾だ。俺はM97のシェルキャリーを開き、バックショットと入れ替えると、スライドを引いて装填した。


「もうちょっとだけ、そのままだ、義姉き……!」


 吹きだす炎の根本に狙いを付ける。ぶち抜けるか分からんが、いったん炎を納めたい。


 トリガー。火と雪の嵐に銃声が響く。


「ギィヤァあああああ!」


 人と竜が混じった悲鳴。炎が途切れた。短剣みたいなものが、そばに転がっている。上あご、右の犬歯がない。スラッグ弾で歯を抜かれる痛みは、想像を絶する。


「あぐあああっ!」


 石柱のような腕が倒れてくる。俺はマヤにとびつき、転がるようにして逃れた。

 ザルアが駆け寄ってきた。俺に構わずマヤを助け起こす。


「マヤ様、大丈夫ですか。騎士、無茶をし過ぎだぞ」


「魔錠かけるのは、断罪者の役目だよ。しかし、あいつ、何なんだ」


 緑色のドラゴンピープルは、路面を破砕し、標識を引きちぎり、抜歯の痛みに悶え狂うばかりだ。理性があるようにも思えない。意識を空白にされて、断罪者への攻撃意識だけすりこまれたかのような。


「ぐ、う、ぅ……うん、おまえ、たちは……」


 振り回していた首をとめ、こちらに呼び掛ける。潰れていないほうの瞳に光が戻る。


 マヤが息を呑む。駆け寄って来たギニョルもだ。ザルアがはっと何かに気づいた。


 俺も気づいた。なぜ、気づかなかったんだ。緑の鱗のドラゴンピープル。

 ギニョルが叫んだ。


「ドーリグ! なぜお前が!」


 テーブルズの一人、ドラゴンピープルの議員代表を務めていた者がどうして。

 民主的選挙の実現を火炎で破壊したのか。


 今まで、テーブルズの誰が負けても、決してくじけなかった。GSUMまでの相手と断罪者が戦ってこられたのは、議長も務めたこの男のおかげ。


そいつが、こんな。


「ギニョル、う、ううぅ、があああああっ!」


 叫び声が再び獣に堕ちる。ドーリグだった緑の竜は、強く翼を羽ばたかせた。風圧で俺達の動きを封じながら、気が付けばビル群の向こうへ向かう。


 ズドン、拳銃のものでない発射音が響く。警察署の屋上だ。


 射撃は断続的に続いたが、ドーリグは止められない。空港だった場所を超え、さらに向こうへ消えていった。


「ユエ……」


 屋上から狙っていたのはユエ。落として断罪するべく、対物ライフルを連射していたのだ。狙いは、外していないだろうが、あの巨体を落とすのは不可能だったか。


 俺は周囲の惨状を見回した。動けない負傷者、破壊痕、焼却された選挙カー。


 ドーリグが、おそらく最もこの島を、法と正義を希求していた者が、GSUMの軍門に下らされた瞬間だった。


 もう逃げ出したGSUMの狙いは、ドーリグというテーブルズの砦に、島の民衆を傷つけさせることだったのだ。

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