35正義の怒り


 島の民衆は、悪辣な奴らではない。

 紛争の結果、この島でバンギアのさまざまな人種が混じり、そこに銃と日ノ本からのあらゆるものが入り込み、混沌ができあがった。そんな環境で生き抜くため、悪事を一種のやり過ぎだと思い込んでいるだけだ。


 巨大なドラゴンピープル、八百年を生きるエルフ、吸血鬼、悪魔、魔法の使える人間と、使えない人間。それらが銃を持ち、あるいは持たず、たった数平方キロの場所に数万人も暮らしている。つながったバンギアとアグロス、両世界の歴史上、こんな島が国として独立していたことなどない。


 これだけはいけない、という最低限を定めた断罪法だが、それだって正しさが揺らぐこともありうる。


 この状況は、その証左だ。


 放り込まれた石が、ガラスを割った。

 花瓶、空き缶、水を詰めたペットボトル、腐ったトマト、レンガ、木片などが、次々に外壁にぶつかっている。


『断罪者を出せ! 説明を聞かせろ!』


 群衆の怒声が、拡声器にのって部屋中に飛び散っている。あたりがびりびりと震え、整頓の悪い俺の机からファイルが床に落ちた。


『敵とは何だ! ドーリグはなぜ狂った! ザベルを撃った断罪者をどうするんだ!』


 どうにもならん。ドーリグが暴れて飛び去った事件処理をしていると、いきなり群衆が押しかけてきた。反撃するわけにもいかず、警察署に逃げ込むとこんな具合だ。


「……だから、窓は早く防弾にしとこうって言ったじゃない!」


「警察署の襲撃なんて、GSUMでもなけりゃやらねえはずだろうが!」


 べつにユエと俺が険悪なわけではない。拡声器まで使った怒号のせいで、お互い叫ばないと声も聞き取れないのだ。


「どうなってんだ! なんでクレール達のことが分かったんだ!」


「日ノ本で報道されたんじゃないの!?」


「警察じゃ、島の事件は管轄してないはずだぜ! 発表もないはずだ!」


 ザベルの狙撃事件は、ポート・ノゾミで起こったことだ。日ノ本が独立を認めた他国の出来事であり、管轄は俺たち断罪者にある。日ノ本がクレール達四人を勾留しているのは、あくまで日ノ本で犯した罪によるはずだ。


 大体、あの事件自体、ちょっとやそっとじゃ知られないはずだ。


「どうしよう!? いったん落ち着いてもらう!?」


 ユエが抱えた対物ライフルを見つめる。ポケットから12.7ミリを取り出している。頭に血が上ったか。


「対物ライフルでどうする気だ! 威嚇射撃にもならないぞ!」


 かすっただけで手足が吹っ飛ぶ威力だからな。まあ、べつに対物ライフルじゃなくても、一発でも撃てば断罪者はキズアトの奴が煽り立てた敵だとみなされる。勇敢な島の民があっという間に押し潰す。


 床についた手に、ばさりと紙の感触。新聞紙が投げつけられた。廊下を見ると、部屋の入り口にザルアが立っていた。読んでみろってことか。


 広げてみた。日ノ本の地方紙、三呂新聞の夕刊だ。元はただの地方紙だが、本社が三呂にあり、今や日ノ本で唯一バンギア人を受け入れている三呂市について詳しく報じている。全国から講読申し込みが殺到してるって話だが、最近は紙面をチェックできてない。


「私も読む!」


 ユエが寄ってくる。肩が触れるほどひっついてきた。飛び込んできた見出しで、すべてが分かった。


『暗殺犯、逮捕』


 一面記事だった。クレール、フリスベル、ガドゥ、スレインが顔写真付きで掲載されている。記事は、数日前に起こったポート・ノゾミでの狙撃事件についてだ。ポート・ノゾミの独立後、第一歩目の選挙で暗殺事件が起こったことは、日ノ本にとっても衝撃だったのだろう。ニュース的な価値があったということだ。


 ザルアが俺たちのそばにしゃがみこむ。指さされた先は記事の末尾だ。


『……三呂警察異世界課は、八日付けで断罪者四人をポート・ノゾミに強制送還する』


 八日って、明日だぞ。いや、強制送還で済んだのは幸いだが。

 だが大荒れの原因が分かった。この新聞が、ばら撒かれたのだ。


 住人にすれば英雄扱いのキズアトが襲われ、しかもその犯人がテーブルズの元議長。直後に、ザベルの暗殺事件を起こしたのが、断罪者だったと判明する。


 煙たがられながらも、今までそれなりに自分たちを守っていたはずの断罪者やテーブルズが、得体の知れない敵に翻弄されている。あるいはその味方になっている。


 不安や恐怖は計り知れないだろう。これはただの狂騒じゃない。連中なりの、正義の怒りなのだ。


 ユエが唇を噛んだ。ザルアも眼を細めるだけだ。弾劾の言葉が部屋中に響いている。俺も何も叫べない。

 これでは、いよいよ、どうやって収集をつけたものか――。


『テーブルズの一人として、お集まりの皆様に、お聞き願いたい!』


 拡声器で乱れた声が、群衆に向かって飛んだ。声はこの警察署から。俺達は窓際に出た。


 ギニョルのオフィスの窓を開け、窓枠に立ったドレス姿の女性。マヤだ。


 美貌は決意に満ちている。さっきまで民の被害をおもんばかり、GSUMの攻勢におびえていた様はみじんもない。


 策が、あるってのか。この状況に抗する策が。

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