36崖の縁を歩く


 テーブルズの議員代表が出てきたとあってか、群衆が静まり返った。あるいは、GSUMが放り込んだ扇動者が居るのかも知れないが、そいつらも想定外だったか。


「何をそのように慌て、騒ぎ立てるのです! 一体何が気に入らないというのでしょうか!」


 拡声器を切った声。静寂に、凛と響いている。元王族の威厳というか、思わず姿勢を正したくなるようなものがある。


 興奮が静まったか、群衆がざわめきだす。そういえば何が問題だったか、などと冷静な質問もある。


「……私は、ノイキンドゥで医師をしているルーベという者です! 選挙活動に二度目のテロがありました! 候補者のミーナス氏と、ゾズ氏が今しがた負傷し、逃げた犯人と思しきは、行方不明だったテーブルズ代表のドーリグです。しかも、このような報道までなされた!」


 朗々と叫んで、三呂新聞を掲げた男の悪魔。GSUMの一員か、そうでないかは分からない。単に怒っている頭の切れるやつだとしても、不思議じゃないのだ。苗字を名乗ってないから、家柄はあんまりないのかも知れない。


「ミーナス氏に疑惑が多いことは知っている。しかし、今回の選挙に関しては、なんら不正を疑う所がない。にもかかわらず、テロで命を狙われた。しかも、テーブルズの一人にだ! さらには、ザベル氏を暗殺したのも、操られた断罪者だった! もはや、島を乱しているのは、あなたがた、古いテーブルズの代表と、その命に服している断罪者ではないのか!」


 直球そのものの正論だな。頭の回転が速いやつだ。マロホシの病院で医師をやっているってことは、部下なのだろうか。まあ、GSUMの不正がないと言い切るあたりは、純粋なのか、メンバーなのか知らんが。


 勢いづいた群衆が再び叫び始めた。


「そうだ、今までの影響力が衰えるから、選挙を妨害しているんだろう!」


「でなければ、敵に負けたんだ! どんな権力も、腐敗することはある! 断罪者が島の独立を導いたのは事実でも、今回の敵には敵わないんだ!」


 言いたい放題だな。が、俺達の不手際は隠しようがない。GSUMに手を出そうとしてことごとく失敗し、仲間を操られ、選挙候補者のザベルの命まで奪ってしまったことは、取り返しようのない事実だ。


 しかも、GSUMという敵は、今度の選挙にキズアトとマロホシという首魁をテーブルズの議員にして、この島を自分たちのものにしようとしている。


 連中のいう敵ほどにでかい存在に、鼻っ面を引き回されているのが今の俺達だ。


 キズアトは、俺達から全てを奪って殺すと言った。その言葉通り、今奪われているのは、断罪者が死をいとわず銃弾と魔法の中を突き進んで守ってきた、島の住人からの信頼だ。


「強制送還された断罪者をどうするおつもりか! まさか咎めなく活動に戻すわけもないでしょう! 操られたとはいえ、選挙候補者を殺害した者達に、無制限の魔法の行使と、発砲が認められるというのでしょうか!」


 ルーベの舌鋒はするどい。群衆の何人かが驚いた顔で見つめている。あっちが扇動者か。とすると、このルーベって男はGSUMと関係がないのか。ノイキンドゥは優秀な奴を誰でも抜擢してるらしいが。いや、現場に出す部下に、他の部下の情報を与えてないってことも、ありうるか。


 どう答えたものか。マヤは静かに言った。


「……分かっております。操身魔法による罪業は、断罪法でも処罰されませんが、断罪者でありながら敵に屈した落ち度はそしりを免れません。クレール、フリスベル、ガドゥ、スレインの四人の断罪者については、明日の帰還後に厳しい処分をお約束致しましょう」


 言っちまった。この群衆が証拠だ。もう取り消せない。


「現在のテーブルズの代表には、三人の欠けがあります。本来、断罪者の去就には公会での審議が必要ですが、件の四人の落ち度は明らかです。この私、マヤ・アキノが責任をもって、四人の処分を、在籍する他の代表に提案し、実行させましょう!」


「待ってくれ、あの四人を欠いて断罪は」


 とりすがる足元のギニョルを、マヤはきっとにらんだ。


「ギニョル・オグ・ゴドウィ。あなたは断罪者の長として、断罪者に関するテーブルズの判断には、口を差しはさむことができません。テーブルズが作られるときに、約束した通りです」


 ぴしゃりと言われて、ギニョルは二の句も継げない。群衆が声を上げた。今度は非難ではなく、賞賛の調子だ。

 まずいことにはなっているが、テーブルズへの信頼は上がっている。


「私たちテーブルズは、皆さまから島の統治を任された身です。ミーナス氏とゾズ氏を襲い、断罪者を操った敵に、きっと一矢報いて見せましょう。これ以上の選挙妨害は、決して許しません」


 群衆の興奮は最高潮だ。誰かが、『それでこそアキノの王族だ!』と叫んだ。波乱万丈の果てに、この島に流れ着いた元貴族でも居たのか。


 だが、あと一押しだ。とにもかくにも、キズアトとマロホシに持っていかれそうだった民衆の支持が再びこちらに、傾きかけている。


 あとひとつ、連中を動かすものはなんだ。それさえ言えれば、逆転の芽は出てくる。


 マヤが一瞬だけ窓から部屋の中を見下ろす。ギニョルが、断罪者の長が黙ってうなずいた。なにを、表していたのか。俺にはつかめない。


「……今度の敵との戦いの終結、すなわちこの選挙の終わりをもって、私は断罪者を解散し、より民主的で法的に公正な、法執行機関を作ろうと思います」


 そういった瞬間、民衆は最高潮の興奮に至った。


 雪崩のような歓声が警察署を包む。


 本当なら、敵の正体がGSUM、つまりお前らが手放しで支持しているキズアトとマロホシだと言ってやりたいが。それが、通じる状況でもない。


『万歳! 新機関万歳! 平和をもたらせ!』


 怒声を超える絶叫が警察署の壁を叩く。謎の敵の攻撃に、連中にとっての英雄が倒れ、とうとうテーブルズが本腰を入れた。完成度の高いストーリーが、観衆の中にできあがったのだ。


 完全につかんだ。キズアトたちへの支持こそあるが、テーブルズへの支持も戻った。

 ただ先の見通しはない。もう、後には引けないぞ。


「……結末がどうなろうと、こいつが最後の事件ってことだな」


 GSUMを断罪できてもできなくても、俺達はこの事件を最後に、法の執行者を降りることになるのだ。


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