13民心掌握術

 こいつが本物なら画面の中の奴はなんだ。議場には魔力に敏感なエルフや、操身魔法を使う悪魔だって――いや。マロホシが使えるのは、従来とは全く異なる操身魔法だった。


 あらゆるタブーを破って実験と研究を繰り返した操身魔法の完成度は、同族のギニョルや、エルフ達でさえ見抜けないほど精巧なものだ。


 元は悪魔でありながら、吸血鬼に変身すれば蝕心魔法さえ行使できる。


 今目の前にいるこの女と画面の中、両方偽物ということさえありうる。


 ユエがホルスターから銃を取り出す。マヤは杖を取り、ワジグルも続く。ヤタガゥンがレイピアを構え、ギニョルも装填済みのエアウェイトを構えた。


 俺はというとショットガンはロッカーの中だが、懐から銀のナイフを取り出した。マロホシとて悪魔である以上、こいつで一刺しすれば灰になって崩れる。


「あらまあ、怖いこと。テーブルズと断罪者はたまたま警察所の会議に侵入してきた罪もない島の一員を、権力でもって惨殺しようというのかしら」


「お前が一般市民なら、キズアト以外の全員は羽虫かなんかだろうよ」


 軽口を叩きつつ状況を確かめる。入口に近い俺の席から距離は二メートル。誰かがマロホシの気をそらした瞬間飛び込んで刺せる。


 ユエとギニョルが銃を構えている。二人からの距離は八メートル、外しようがない。ロングコルト弾と38スペシャルが合計十二発、宿敵の体をめちゃくちゃに貫くだろう。


 もっとも、そうなりたくてここに来るような奴なら、テーブルズと断罪者がここまで鼻っ面を引き回されるわけがない。


 マロホシは肩をすくめて見せる。


「ギニョル、断罪者が私を裁く根拠はなにかしら」


「元日ノ本国自衛軍二等陸士、通称“将軍”こと剣侠志に依頼し、断罪者を呼び出して殺害しようとした罪じゃ。バルゴ・ブルヌスが壊滅し、崖の上の王国が倒れて、シクル・クナイブと戦いながらこの島が日ノ本より独立した。この数か月の最初に起こった事件じゃったな」


 ついでに言えば俺がフィクスと化した流煌を失ったり、スレインの妻子が現れたり、クレールの仇がすでに死んでいることが分かったり、数えるときりがない。銃弾と魔法の嵐の中で断罪者として過ごして来た二年間が、のどかな交番の道案内にも等しいことに思えてくるほど盛りだくさんだった。


「身に覚えがないわね。あの人間はあなたに執心していただけのことでしょう? だから襲ったということではなくて。その自衛軍も壊滅した。私を疑う証拠は」


「そんな言い訳通らない! クレールくんが蝕心魔法であいつの記憶の中のあなたとキズアトを確認して……っ」


 言いかけたユエが黙り込む。クレールは恐らくこいつらの仕業による嵐によって限りなく死亡に近い行方不明状態だ。


「嵐で遭難してしまった気の毒な吸血鬼の男の子ね。どこにいるのでしょう? 私のさっきまでの姿が持っていた文書も紛失してしまった様だし」


 クレールが蝕心魔法で書き取った真正の文書は、断罪助手が管理していた。つい今しがたマロホシがその姿を借りていたハイエルフの男だ。証拠と共にどんなふうに消されたか想像もつかない断罪助手が。


 証拠は消されてしまった。マロホシは、けだるげに首を振る。


「魔法の不正行使で引っ張ってみる? でも私の魔法は断罪法上で定義された魔法なのかしらね。今までバンギアの誰もが見つけられなかった魔力そのものの変化を、従来の魔法と解釈していいのかしら?」


 ギニョルがエアウェイトを構えたまま歯を食いしばる。不正行使が成り立つのは、あくまで断罪法で定義された魔法、つまり従来バンギアにあった操身魔法、現象魔法、蝕心魔法についてだ。


 魔力までねじ曲げて別の存在に変化するマロホシの魔法はそのどれでもない。少なくとも、解釈の変更を行わなければ通らない。テーブルズによる公会においてだ。


「……もう少し見ていましょう。テレビの中が面白いことになっているわよ」


 マロホシにうながされ、全員武器を降ろさないままテレビの中を見つめる。


 公会で使うテーブル上に山本とジグンが追い詰められ、キズアトがあおりたてる群衆のシュプレヒコールに囲まれている。


『罷免しろ! 罷免しろ!』


『弾劾だ! 弾劾だ! 無能者めッ!』


 民衆のコールに答えるように、キズアトは堂々とした態度でマイクを握り続ける。


『この二人には代わりの議員が必要だ。しかも公正な選挙で選ばれねばならない! いかがだろうか!』


『異議なし!』


『では見せかけの平等のために、議員代表を種族ごとに立てる制度はそのままでよいか! この無能な二人はアグロスの人間、ゴブリンだったから議員代表になり権力を振るってきたのだ!』


『間違っている! 平等なる選挙を! 正義に基づきあらゆる種族から候補を選べ!』


 いかにも民衆の声に押されたようなふりをして、キズアトが演説を続ける。


『見ているか特権にまみれたテーブルズよ! 私の声は民衆の声だ。放送において要求する! 失踪したドーリグ、資格なき山本と、汚れたジグンに代わる議員の選挙を実施しろ! さもなくば、断罪者の足を引っ張るこの無能な二人を、民衆が正義と平等の下に血祭りに上げよう! これは反乱でも革命でもない、法の精神に基づき我々民衆に保障された政治参加の正当な権利なのだ!』


『選挙だ! 選挙だ! 我らの代表を選ぶぞ!』


 テレビの中に渦の様な歓声が巻き起こる。スピーカーから放たれた選挙の叫びは、部屋中を反響して渦巻いている。部屋どころか警察署そのものが声の波に巻き込まれているかのような。


 違う。テレビのスピーカーにこれほどのボリュームはない。ワジグルが振り向いて窓を開けると、選挙の声は大きくなって部屋中に響き始めた。


『選挙だ! 選挙だ! 我らの声を円卓に!』


「……みな、武器を降ろせ。外を、確かめろ」


 会議室を内部からぶち割りそうな選挙の叫びの中にあって、ギニョルの声は震えている。マロホシが勝ち誇ったように俺達を見つめる。こいつは背後を向けた隙に俺達を殺したりしない。そんなことをすれば、正当性を失うことは分かってる。


 テーブルズの誰もが、残った断罪者の誰もが、息をのんで警察署の窓の下を見つめていた。


『選挙だ! 選挙だ! 正当なる政治参加だ!』


 道路を封鎖し、車列の合間にひしめいてテレビの中の言葉を叫ぶ住民。

 警察署は、いやこの通りと恐らく島全体がキズアトに扇動された住民に取り囲まれていた。


 振り向くと、マロホシは会議室の出口にたたずんでいた。


「私は、これで失礼いたしますわ。日ノ本から独立し、自らの手で自らの行く先を決める権利を得た人民たちの願い、賢明なるテーブルズの方々に、聞き届けて頂けると確信いたします」


 丁寧に一礼すると、マロホシは会議室を出ていく。


「……騎士、玄関まで見張れ」


「ああ」


 ギニョルの命令を待たずとも、俺は会議室を飛び出したかった。


 テレビの中では熱狂した群衆に向かって、俺から流煌を奪い、己の欲望であまりにおおくの女性たちを破壊してきた吸血鬼が叫んでいる。


『もしもよろしければ、この私と我が愛する妻を、経済と医療の世界から羽ばたかせてはくれまいか。不肖ながらこの私達が、無能な議員に代わり、あなた方に確実な利を保障することを約束させていただきたい!』


 もはやお祭り騒ぎの雰囲気にのまれた群衆は、興奮して叫ぶだけだった。

 住人のための法を守るべく、俺達が戦ってきた宿敵の名を。


『ミーナス! ミーナス! 我らの盟主! 有能な最高の議員代表!』


 扇動は九割方成功した。


 キズアトとマロホシの狙い。

 それは断罪の証拠を消すなんてことじゃない。まして断罪者と戦って殺すことでもない。


 議員代表は解散の動議が出せる。断罪者に対する指揮権がある。あの二人が議員の代表の座を射止めれば、俺達が何を裁き、何を裁かないのか決められるのだ。


 法律に入り込み、法律に則って俺達を自分のものにする。

 二人の狙いは自らがテーブルズの代表になることを通じた、断罪者の支配だったのだ。

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