14伏兵の立候補


 結論から言うと、マロホシが警察署に来てたった一週間で、テーブルズは選挙関連の法律を編さんした。そして二週間後には、ドーリグと山本とジグンの三人の代表の罷免決議が、満員の公会で群衆に背中を押されて可決された。


 三週間後。まだ完全な人口統計すらできていない状態で、選挙の公示が行われた。


 その間も捜索は続いたが、嵐に遭遇した五人は発見できなかった。


 フリスベルを必死に探しているはずの狭山からも連絡はない。状況は芳しくないのだろう。生死不明だから生きているなんてジンクスが通じるのは物語の中だけなのか。


 テーブルズに預かり金を支払い、出馬した候補者は十人。うち二人はもちろんキズアトとマロホシだった。残りの七人は全員が今までの捜査でGSUMとのつながりが疑われていた者達だ。


 たとえばジグンの会社のライバルで、今回の件でその代わりにショッピングモールの建築を請け負ったゴブリン。

 ハイエルフの漁師団体の長で、フェイロンド達には与さなかったものの、現在のワジグルの方針をなまぬるいと批判している強硬派。

 表向きはホープ・ストリートのホテルオーナーだが深夜のマーケット・ノゾミで武器と薬物と奴隷売買を仕切っている、アグロス人の女。

 スレインとドーリグの行方不明について、二人は自然の風雨程度に負けた英雄の名折れだと吹聴し、カジモドの撲滅を訴えているドラゴンピープルの男。


 その他断罪者が今まで潰した組織、断罪した人物との関連性が疑われる連中が四人、あくまで表で活躍している名士として出馬している。落選の場合に没収される預り金のさらに倍額をGSUMから手にしたという噂はあるが、たった三人の断罪者ではそんな事件を追うべくもない。


 これで九人。ただひとつ誤算というか救いだったのは――。


 ポート・キャンプの市場は人でごった返している。


 クレールが再びリナリアを見つけた場所では、露天の売買や魚の取引が一時中断。菜っ葉服姿のゴブリン、買い物に来た者達、ポートキャンプの住人、漁師などが人だかりを作っていた。


 その中心はひっくり返して積み上げた木箱に立つダークエルフの男だった。


 周囲にはドレスやスーツ姿のハーフの子供たちが支持を訴える看板をもって取り囲んでいる。


 ポート・キャンプで庶民的な暮らしをする者達に向けた立候補者演説だ。

褐色の肌に灰色の髪、鋭いがどこか穏やかな印象を感じさせる瞳で聴衆を見渡し、良く通る親しみやすい声で語りかける。


「飲食店組合の推薦で立候補したザベルだ。種族はダークエルフ。ワジグルの兄ちゃんが不満ってわけでもないが、俺からの政策は二つ。環境の保全と、ノイキンドゥの学習施設の一般開放だ」


 聴衆はザベルの次の言葉を待つ。


「環境保全は分かるだろ。この島は汚えんだよ。上下水道はしっかりしてるし、ごみだって回収の手はずは整ってるが、肝心の清掃の仕組みが整ってない。ゴミ箱はあふれて、朝の路上はひでえありさまだ。それに、アグロスやバンギアからも、得体の知れねえものを捨てに来る連中も居る。七年前と今、海に潜ってて何かが違ってきたって思わねえか」


 呼びかけには、漁師達が声を上げた。


「空き缶だらけだぜ!」


「汚えビニールが増えたな」


「臭い油を沖の瀬で見かける。魚が死んで浮かんでることがある」


「金屑が沈んでやがった。銃砲店の削りかすくらいじゃない大量だ。変な船も見かけたぜ」


 断罪者としては、あまり把握していなかったが、環境の汚染は深刻らしい。ザベルはうまく群衆を制した。


「……そうだろうさ。魚だってまだたくさんいるが、龍魚はだんだん減ってきた。どっかの誰かがでけえ工事始めるっていうし、そこらへんいっぺん調べて、せっかくの環境がぶっ壊れる前にどうにかしようってことさ。うち以外にも、この島で食い物を出してる店は賛成だと思うがな!」


 群衆が肯定の返事で盛り上がっていく。キズアトの奴ばりとはいかないが、なかなかの上手だ。


 立候補したのは“命刈る風”ことザベルだった。俺の格闘の師匠で、シクル・クナイブの連中を軽々屠って見せた孤児院と食堂のマスター。


 店は繁盛し、公会の見学にも呼ばれるほど名が通っていたが、このたび推薦を受けて出馬を決めたという。


 キズアトとマロホシに散々にやられた断罪者とテーブルズの窮地も察してくれているらしい。頼まれたから出るだけだなんて俺には言ったが、演説は続く。


「環境とほかに何か。そいつは頭と腕だ。考えてもみろよ、アグロスから乗り物や機械や技術が入ってきても、使いこなせなきゃ無用のもんだ。戦いの技ももたず、銃を撃てない奴がどんな目に遭ってきたか。思い出してくれよ」


 断罪法があるとはいえ、私的に解決される物事は多く、最後は腕っぷしを持つものが有利だ。特に銃は魔法を持たない住人にとっては不可欠のものだったが、それだって使いこなせる腕があってこそ。


「頭と腕、身に着けるには、習うまでだが、それだって時間がかかる。慣れない船や機械を扱って死んじまうことだってあるし、親切に教えてくれる奴ばかりでもねえ。そこであのノイキンドゥだ。図書館には数え切れない本があるし、あそこの端末ならインターネットとかいうのでアグロスの知識もいくらでも探れる。今までのバンギアじゃ、坊さんや王族、偉い偉い一部の家以外にここまでの本と技術があったことはねえだろう。が、だ」


 ザベルが言葉を切る。群衆は引き込まれて次の一言を待つ。


「あそこがどれだけ俺たちの懐から金を巻き上げてることか! あのお偉い吸血鬼と悪魔さんいわくこの世にねえはずのGSUMが、完全に権利を牛耳ってる。連中は高い金払うか仕事の成果で媚び売る奴以外に一文字も読ませねえ。おかげで俺たちは元々あった技能で働くほかねえんだ!」


 群衆が今日一番強い叫びで答えた。ザベルの周囲でプラカードを掲げていた子供たちが、びっくりして縮こまるほどだった。


 ザベルは片手をかかげると、力強い言葉で叫ぶ。


「キズアトとマロホシはこの選挙に大金を投資してる。当選するだろう。それから奴らはどうするか。断罪者を操って、いよいよ奴らに有利な法を作って守らせにかかるぜ。綺麗な言葉で規制を作って締め上げて、今まで必死にやってきた従わない奴らを合法的に縛りにかかる。俺はそこに背く一矢になるつもりだ。奴らが規制や資格を作るっていうなら、そこを抜けられる知恵を俺たちに分けさせてやろうじゃねえか! 俺のじいさんいわく、知識も技能も万人のものだ。種族なんぞ関係ねえんだ!」


 魚市場の屋根が抜けるほどの歓声が上がった。ポート・キャンプからも群衆が次々集まってくる。


『ザベル! ザベル! 俺たちの代表! 俺たちの代表!』


「投票を頼むぜ! こいつは血の出ない戦いだ。出た以上負けるわけにはいかねえ!」


 演説会は大盛況だった。


 断罪者として警護のために出てきた俺は、ショットガンを手にしながら、これまでの選挙活動を思い出した。


 ザベルにこれほどの才能があるとは思わなかった。


 何度かあった討論会では、GSUMに関連した候補をやり込め、キズアトやマロホシとさえ舌戦で渡り合う。


 紛争後から孤児を引き取って育て続けているクリーンなイメージは島の住人の共感も集めており、店だけなら知る人ぞ知る存在ではあったが、この選挙で一気に知名度が上がっていった。


 ダークエルフだけでなく、ワジグル達ハイエルフやローエルフの支持も集めている。


 思えば適任なのかもしれない。各地を旅して色々な国を見てきた経験は十分にあるし、暗殺者としていろいろな場に順応して自分を消すこともできるのだ。人間全般の心理に習熟し、洞察力も優れているのだろう。


 よく考えたら、祐樹先輩とたった二人だけで、種族や特性が全く違うハーフの子供たちをまとめているのだ。トラブルもカルシドにエフェメラが連れ出されたとき以来起こっていないし、右も左も分からなかった俺を断罪者として戦えるよう鍛え上げてくれた。


 人と人をつなぐ能力に長けているのだろう。キズアト達はテーブルズの議員罷免と選挙の実施までは思い通りだったが、その結果ザベルという政敵を呼び覚ましたのだ。


 ザベルが鋭い言葉で問いかけると、住民の顔つきが変わる。テレビを通じてキズアトとマロホシが使った政治の魔術が解けていくようにも思える。


 いまだに、クレールたちは発見できない。キズアトとマロホシはテーブルズの議員代表の座を手にするかも知れない。


 それでも、ザベルとなら連中と再び戦えるかもしれない。そんな希望さえ感じさせる。


「さすがだな……」


 俺は改めて演説会の盛況を見渡す。熱狂が群衆の全てに伝わっている様だ。ゴブリン、バンギアの人間、アグロスの人間、吸血鬼に悪魔、頭がつかえないように屋根の外に立つドラゴンピープル、ダークエルフ、ローエルフ、ハイエルフ。


 ハイエルフに妙な集団が居る。ザベルの演説台の脇、最前列から少し後ろ。厳しい顔でザベルの方をにらみすえ、手元で何かの枝をもてあそんでいる。


 切り落とされた枝の先端に、生き物の触手のような根がうごめく。


 あれは処刑樹だ。人にぶっ刺せばあの根が血管をたどって心臓と脳まで到達し、そのまま破裂させて殺す。かつて島で暗躍していたシクル・クナイブの連中が殺人に利用していた禍々しい植物。


 ザベルは気づいているように見えない。いくら暗殺者といっても、これほどの数の群衆を一人一人探ってはいられない。


 ハイエルフが氷のような目で枝をふりかぶる。まだ気づかない。


 俺はM97を真上に向けてスライドを引く。トリガーを引き絞ると装填されたバックショットが、大音響とともに屋根を貫いた。


 群衆が凍り付き、全員が身をかがめる中、処刑樹を手にしたハイエルフがこちらを振り向いた。


「おい、処刑樹持ってるハイエルフ。そいつで何をする気だったんだ!」


 男は歯を食いしばり俺の方をにらんでいる。俺は次弾を装填した。

 この場に似合わぬスーツを着込んだハイエルフ。襟元の徽章には見覚えがあった。


「そのエンブレム、ビズオムの漁業組合だな。ここにも結構漁師が来てるんじゃねえか。親分がザベルに負かされそうだから、暗殺に来たってところか!」


 ビズオムは漁業組合を束ねるハイエルフの男だ。選挙に出馬しているGSUMのつばつきの候補の一人。

 俺のコートのえりもとから、ブローチみたいに鮮やかな緑色が現れる。通信用のコガネムシの使い魔だ。


「ギニョル、とうとう出やがったぜ。ザベルを処刑樹で狙った馬鹿だ」


『その場を動かすな。今ワジグルが仲間を連れて向かった』


 打ち合わせ通りだ。選挙の実施までは全てが後手に回った断罪者とテーブルズだが、選挙期間の勇み足を狙って、キズアトとマロホシのしっぽをつかむ方針に切り替えた。


 アグロスの選挙でさえきな臭いことまみれだ。ましてこの島の選挙が清廉に行われるはずないとにらんだが、的中したな。


 ハイエルフが処刑樹を持った手を動かしかける。


「おい動くなって! お前らの嫌いな鉛玉で死にたいか。吐いてもらうぜ裏のカラクリ。こいつは投票日まで待たなくても結果が出るかもな」


 距離十メートル。投てきの腕はそこそこだろうが、ショットガンの方が速い。サイレンと共に改造されたハイエースとプリウスが二台滑り込んできた。


 出てきたのはワジグル率いるハイエルフの一団と、俺からすれば義理の兄であるザルア率いるバンギアの人間の一団だ。


 剣や杖、フルオートショットガンのSPASなどを突き付けられては、ひとたまりもない。

 しょせんは子悪党の域を出なかったか。ビズオムの部下たちは武器を捨てた。


 ザベルがため息をついて、再びマイクを取る。


「……まあ、こんな具合に法の執行者は優秀だ。だからその法を決める議員は重要ってわけだ。投票よろしく頼むぜ!」


 再び歓声が応える中、俺はハイエルフに魔錠をはめてやった。


 ザルアやワジグルと共にやって来た騎士とハイエルフ達が、会場の周囲を確認していく。ほかに攻撃してくる奴は居ないらしい。


 どうやらこの暗殺行為は、キズアトやマロホシが絡んだものではない。

 あいつらならもっと確実にやるからな。


「確保したぜ」


『ご苦労。こんなものだけで済めばいいがな』


「まあ、な」


 使い魔を通じてギニョルに呼び掛けると、俺はハイエルフをハイエースに押し込んだ。


 こんなもので済むとは思っていないが、まずは人心地か。

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