12議場は空転する
キズアトが再び口を開く。
『昨夜、この島には珍しい大雨が降ったのは皆様もご存じでしょう。我らの故郷バンギアへ続く海が大荒れになってしまったことも、海に生きる方々には明白ですね。あの嵐に一隻のくじら船が呑まれてしまったのです』
群衆は黙って聞いている。なぜキズアトにあの嵐のことが分かる。俺達の行った捜索は、まだ一切が発表されていない。島に発表した限りでは、断罪者はまだ誰も欠けていないはずだ。
この演説には、事件の犯人しか知らないはずの秘密の暴露が含まれている。
『そこには、エルフの森へ移送される、かの事件で負傷したスレインとドーリグ。それに二人を警護すべく三人の断罪者が乗っていました。船は難破し残骸は発見されましたが、乗組員は一人として姿を見せていないのです!』
会場の議員達がどよめく。ほかに勝手に入ったであろう群衆もだ。この反応はサクラと本当に知らない奴らが半々ぐらいだろうか。
『断罪者は、とうとう敗れてしまったのです。あらゆる恐怖や悪と同等の武力で渡り合い、ことごとくねじふせてきた我らの断罪者が、偶然な自然の力の前に膝を屈したのです。あたかも、歴戦の古兵があの紛争で一発の流れ弾に死んでいったように!』
キズアトの演説はうまい。目の前の群衆だけじゃなく、テレビの前に集まった奴らのことも想像している。クレールの父親のように、死ぬ理由のなかった者が紛争の中でその運命を変えられていった。
断罪者とて偶然の力の前からは逃れられない。
マイクがマロホシへと譲られる。表向き夫婦ということになっている二人。貞淑で穏やかな妻という印象のマロホシが、語りかける。
『彼らに落ち度がないことは私たちが保障いたします。スレインとドーリグの二人は、おぞましき竜食いによる負傷を患っていました。私どもに協力してくれるエルフの方々は数あれど、竜食いの胞子による浸食を癒すには、エルフの森に移送する方がより確実です。万全を期すため同じ断罪者を護衛に付けたのも、当然の判断。不運はあれほどの嵐が偶然に襲ったことでしたわ』
確かな医療の腕を持ち、理由はともかく命を救われたことのある島の住人達は、マロホシの言葉を疑うことはしないだろう。
先日のマーケット・ノゾミの爆破事件のときも、マロホシ達は駆け付けて懸命に救護と治療にあたり、本来ならもっと大きかった被害を抑えた。
迎えに行った俺達に渋い対応をしておいて、いい面の皮なものだが。
マイクが再びキズアトに戻った。
『……だが、本当にそうだろうか。私の妻の言葉が正しいなら、謎の敵という言葉と矛盾してしまう』
議員席に背広の男達が集まる。ジグンが包囲され、手を引かれて立たされた。
議場が騒然となる。テレビの前の俺達も食い入るように見つめた。
「お、おい、なんだこりゃ。話が違うぜ! 嵐の壺を譲ったらショッピングモールの工事を任せるって……」
そこまで口走って、ゴブリンの議員代表は蒼白な顔になった。キズアトはおろか、その場の吸血鬼は誰も蝕心魔法を使っていない。
島のほぼ全員が証人。ジグンは陥れられたのか。いや。
「嵐の壺。その手があったか」
ヤタガゥンがつぶやいた。また魔道具か。ガドゥが居なくて分からなかった。人やエルフの現象魔法で天候が操作できないというのは普通のバンギア人の知識だ。魔道具に詳しい奴が居れば。
マヤが頭を抱えた。
「なんてこと。そんな魔道具があったというの?」
ヤタガゥンが唇を噛んだ。
「私の三代前の先祖が、奴隷を捕えにゴブリンの住む遺跡都市に進軍しようとしたとき使われたと伝わっている。大風と大雨で山が崩れ、川が氾濫して行軍どころではなくなり、慌てて逃げ帰ったんだ。その都市はゴブリン同士の抗争で滅んで壺は行方が知れない」
「なぜそれを言わなかった、思い出さなかったんだ、吸血鬼!」
ワジグルが机を叩いた。美しい顔に怒りが浮かぶ。
「……ゴブリンに後れを取ったことなど、抹消しておきたい記憶だ。ただでさえ、私の家は狂騒の最中にある。だが、これは私の手落ち。吸血鬼のテーブルズ代表として、無能だったとしか言いようがない」
「馬鹿な! やはり吸血鬼は信用できん。こんな協調など」
「よさぬかワジグル」
ギニョルがにらみを利かせる。ワジグルは自分の言っていることに気付いたらしい。
「今ここで争ってもらちが明かぬ。それより、ここは真相を見極めてみよう」
テレビに向かって目を細める。事態はまだ続いている。議員達も断罪者も向き直る。俺はつぶやいた。
「……これが真相どうか、全く分からないけどな」
誰も答えなかったが、恐らく胸中は同じだろう。
画面の中ではジグンとゴブリンの議員団がキズアトの下にひざまずかされていた。群衆からやじが飛んでいる。向かって右の画面端には、不気味な無表情で銃を構える吸血鬼やエルフが居並んでいた。こいつらは、GSUMの部下だ。
もはや公会への武器の持ち込み禁止には誰も違和感を覚えていない。
『醜いゴブリンめ。お前はお前に任された信頼を裏切ったな。断罪者を統率すべきテーブルズの長が、私欲に駆られて断罪者を裏切ったのだ』
キズアトの視線がジグンを糾弾する。蝕心魔法の光はないが、これだけで腹の底まで凍りつきそうな鋭さと冷たさだ。
だがジグンも負けてはいない。吐き捨てるように言った。
『それを言うなら、お前だって同じ穴のむじなだ。嵐の壺は俺がバンギア大陸の工事の最中に掘り出したもんだ。譲れって言ってきたのはお前の部下だぜ! しかもショッピングモールを島のために建てたいから協力してくれなんて、断罪への保険をかけてたな!』
何を馬鹿な、と言いたげにため息をつくキズアトだが、サクラでない群衆には筋書きが見えたらしい。誰も口には出せないし、裁かれてもいないがGSUMの存在はこの島の公然の秘密だ。キズアトとマロホシがその頭だということも。
この数日、断罪者が動くという噂はあった。ジグンの言葉は新たなざわめきを呼ぶ。
GSUMがテーブルズの一人を騙して、嵐という絡め手を使って断罪者への同士討ちを仕組んだ。
この場においては、その説の方に説得力が勝ったようだ。
『どうなってるんだよ!』
『GSUMは存在するんだ、テーブルズまで騙しやがった!』
『よく考えてみろよ、断罪者が消えて一番得するのは誰なんだ?』
『ショッピングモールだって! どうせ目玉が飛び出るような値段で、わけのわからんものを売りつけられるんだ』
ざわめきが罵声になって、キズアトやマロホシに降り注ぎ始めた。
『騙されるところだった、断罪者を探せ。こんな奴ら断罪しちまえ!』
『いや今この場でだ! おれの娘はノイキンドゥから帰ってこない!』
『卑しき沼の者め。日銭のためにお前達にかしずくのはまっぴらだ!』
千人近い群衆が殺気立ち始める。武器の禁止は群衆に対しても守られていなかったようで、銃や杖を取り出す者も居る。
いくらキズアトやマロホシが魔法に長けても、人数が全く違う。部下を含めても群衆に対して無力だろう。繰り返すが二人の戦闘力そのものは、禍神やスレインに比べてさほどでもない。ただずば抜けて蝕心魔法や操身魔法がうまいだけ。
殺気立つ群衆の数の暴力の前には、凄惨なリンチになるだろう。
機会次第で、やられっぱなしで終わらないのが、この島の住人だ。
「ねえ、これ、もしかしてこのまま……」
戸惑いと期待を込めたユエの一言。だが俺達の上司は事態を見抜いている。
「ユエ。そんな程度の者ならば、わしらの前に最後まで残るはずがあるまい。四人もの断罪者を奪うこともできん」
その通りだろう。画面ではマロホシがマイクを握っていた。
『ご静粛に。ジグン、あなたに嵐の壺を譲るよう説いたのは、この男ではありませんか』
銃を構えたGSUMの部下達の間から、息もたえだえな様子の悪魔が放り出された。
ひどい拷問を受けたらしく、頬がはれあがり、シャツに血がにじんでいた。
急な事態に群衆が静まりかえる。
『ば、馬鹿な、お前は……』
言いかけて自分の口をふさいだが、その声を群衆は聞き逃さなかった。視線が一斉に降り注ぐ。ジグンは必死に叫んだ。
『いや、偽物だ! みんな分かるだろう、こいつらは蝕心魔法と操身魔法の達人だ。こんな証人いくらでも用意できる、騙されるんじゃねえ!』
『騙したのはお前ではないか。では誰か、そのGSUMとかいう謎の敵でないという者は好きに調べてみろ。こいつの記憶と魔力をだ』
明らかにキズアトの部下と分かる連中以外が視線を向ける。エルフに吸血鬼、悪魔、バンギアの人間。誰しもがじっと男を見つめて、戸惑ったように隣の者達と話し合う。
『こいつ、本物だぞ』
『魔力にも変な所がない』
『記憶の改ざんも見つからない……』
『ほら吹き野郎に騙されちまったのは』
ジグンへの視線が冷え込み始める。群衆の間に再びざわめきが広がっていく。キズアトがすかさずマイクを握る。
『謎の敵だ! 居もしない謎の敵の約束をかたって、その男はテーブルズの議員を騙したのだ。この島で法と正義を貫いてきた断罪者を害するためにな! そして、そこにいる間抜けなゴブリンは、私欲に目がくらんで軽率にも陰謀にはまった!』
再びキズアトが全てを掌握する。今度は怒号といえる叫びが群衆から上がった。ジグンはもはや言葉を失い、されるがままにキズアト達の部下に捕えられている。
『この無能な議員は断罪者に引き渡してやろう! それが島の法だ。しかし私は要求するぞ、無能なる議員代表の糾弾を! そして新たな秩序の整備を! 島に住まう者は選ぶのだ、あなた方の望む新たな法と正義を! この島はすでに日ノ本より独立した。我々は我々の生き方を我々の意志によって決める権利がある!』
キズアトの突きあげた拳に、全ての群衆が一つになって答えた。
『糾弾しろ! 糾弾しろ! 無能な議員を、歪んだ秩序を!』
この放送は、島の全てに流れている。いくらアグロスで旬を過ぎたと囁かれようとも、遠くを移す不思議な箱は島の住民にはまだまだ魅力的だ。
キズアトとマロホシは、放送を通じて島の全てを掌握したに等しい。
『裁け! 裁け! なにが議員だ、誰が頼んだ!』
今にも殺さんばかりの殺気立った合唱に囲まれ、山本達も議場の中央に追い詰められていく。
「これはまずい。鎮圧に向かうんだ」
ヤタガゥンがマントを翻して立ち上がる。剣の柄に手をかけている。
ジグンや山本が裏切っていようといまいと、まだこいつらは法で身分を保障された議員代表だ。もしあの場で島の住民のリンチにかけられ死ぬようなことがあれば、島の秩序は木端微塵に消えてなくなる。
俺達断罪者も、ほかの議員達も無言で続く。とにかく事態を収拾しなければ。
会議室を出ようとする全員の前に、断罪助手のハイエルフが立ちふさがった。
なんだというのだ。倒してでも進むぞと思ったが、ギニョルが目の色を変えた。
「まさか、お主は……!」
『その通りよ』
魔力が渦を巻く。線が細く女性のようにしなやかながらも、確かに男のものだった肩幅が縮む。美しくも男性的だった顔つきも、髪の色も――。
そうだった、魔力を一切捻じ曲げない、完全な変化の操身魔法を使えるやつが俺達の敵に存在している。
スラックスが縮みスカートに。革靴はハイヒールに。胸元はふくらみ、背中に白衣が現れる。
現れた眼鏡が少しずれたのを、指先でくいと上げて。そいつは俺たちに余裕のほほ笑みを向ける。
「まあ、見ておいてくださいな。あなた方が必死に作り上げた現行秩序の破壊は、私達の望む所ではありませんわ」
テレビに映っている偽物と寸分違わぬでき。本名ゾズ・オーロ。
俺達の最大の宿敵が目の前に姿を現した。
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