11触手が伸びる

 もう秘密公会どころではない。俺が島に戻ると、警察署にはすでにテーブルズの代表たちが訪れていた。


 俺とギニョルとユエの三人。そしてテーブルズの各種族代表が四人。それが一連の事件の対策のためにポート・ノゾミ水上警察署の会議室に集まった全てだった。


 たった七人。断罪者とテーブルズを合わせて元の断罪者と同じ数になるのはなんとも皮肉だ。


 バンギアの人間を代表するマヤ、エルフ達を代表するワジグル、吸血鬼を代表すると悪魔の代表であるギニョル。


 遭難から二日と経っていない。現在行方不明であるドーリグの後任がまだ立たないのは分かるが、ゴブリンの代表であるジグンと、アグロスの人間代表の山本が来ていないというのは一体どういうわけなのか。


 ただ、会議そのものは熱を帯びた。


 特に、マロホシとキズアトの断罪の方針だけは出席者全員が強く固めていた。


 一連の事件は俺たちが将軍を断罪し、証拠をつかんでマロホシとキズアトに対して断罪に動き始めてから一斉に起こったのだ。断罪の機先を制した連中からの攻撃と見て間違いない。


 連中がこの島の法秩序に挑戦し、支配しようとしているのは明白なのだ。島を知り尽くしている奴らは、その気になればすべてをひっくり返す真似などたやすい。


 ホワイトボードの前には、ワジグルが立っている。二百歳代という若い身ではどんなエルフも経験したことがないような事態を潜り抜けてきた。凛々しくも美しいその姿には、強い怒りが宿る。


「まず行うべきは断罪者の補充で問題はないか。四人はまだ行方不明だが、できるだけ早く断罪を行うために、これ以外の方法はない。私にも、あの気高く美しいフリスベルを失った感傷はあるが、今なすべきことをなすことが彼女の意志だと考える」


 ワジグルの意見に反論は出なかった。仲間を失った俺たち断罪者も、黙ってうなずく。


「メンバーの構成はどうする。やはり各種族から補充するのか」


 吸血鬼のヤタガゥンが尋ねる。マヤが応じた。


「いいえ、志願者を募って選考しましょう。私の部下にも銃器と魔法を扱う者の心当たりがありますし、断罪者が今まで協力関係を築いた者達にも素質がある者がおります」


 マヤの言う通り、今まで断罪者は自分たちに勝るとも劣らない優れた者達と協力してきた。


 ザベルやニヴィアノ、四人の捜索をしてくれている狭山、紅村、あるいは俺の義理の兄になったザルア。

 大陸に居るアキノ家のクオン、その伴侶となった元特務騎士団のニノ。


 少々やりにくいが、ダークランドの吸血鬼や悪魔に声をかける手もある。


 真摯に説得すれば、四人程度は集まるだろう。GSUMが脅威を感じる程度にも仕上がるはずだが、ユエが反ばくした。


「マヤ姉様、それはだめだよ。みんなはみんなで普通に暮らしてるんだよ。あいつらと戦ったら自分だけが傷つくんじゃないんだ。スレインの家族だって、私たちが助けなかったらどうなってたか分からない」


「ではあなた方三人だけで、あのノイキンドゥに乗り込んでマロホシとキズアトを断罪できると? あなたらしくない夢物語ではなくて、ユエ」


 ただのいじわるで言っているんじゃない。事実を語られてユエは言葉が続かない。


 マヤの言う通り現実的に考えて、たった三人でマロホシとキズアトの両方を相手にすることはできない。

 フリスベルの魔法も、ガドゥの魔道具も、クレールの蝕心魔法も、スレインの戦闘力もなくあいつらとぶつかっては、負けるのは断罪者の方だ。


 どうしても断罪を行うというなら、戦力の補充は必須だろう。


 ユエは元特務騎士団という俺たちの中で最も戦争に慣れた経歴を持つ。そのユエが戦力の差に気が付かないなんてありえない。


 こんな意見はある意味、ユエを分かっていないともいえる。血にまみれたその手でどれほど失うことを恐れているかを。ユエは顔を上げた。


「法のために命を削る人を、最小限にするための断罪者なんじゃないの。姉さまは戦うことの重みを分かってない。私は、特務騎士団のみんなや、断罪者のみんなを失ってやっと分かったの。平穏に暮らしている人を、私達の仲間になんて引き込めないよ」


 苛烈な断罪法を執行する者は、それに見合った責任を負う。法の執行にさらされる者は死に物狂いで抵抗するのだ。


 命の危険は段違い。四人が行方不明となったのこそ、この数日の事件だが、振り返れば今まで俺たちの誰もが断罪で命を落とさなかったのが不思議なくらいだ。


 ギニョルが沈黙を破る。


「マヤ。そなたの気持ちは分かるが、平穏に暮らしている者をこれ以上断罪者と関わらせることには、わしも気が進まぬな。説得すれば応じてくれるであろう者達であるから、余計にな」


 ギニョルの表情に苦みが宿る。将軍のためにダークランドが火の海になり、仲間の多くを失ったことだろう。何十という家系が終わり、何百という若い悪魔や吸血鬼が死んだ。法と正義の追及には多大な犠牲を伴うのだ。


 子供たちと平穏に暮らすザベル、市井に戻ったクオン、新たな人生に戻ったニヴィアノ、一市民となった狭山や空てい部隊員の者達。


 ほかにもそれぞれの人生を生きる者達を、鉄砲玉の一員に迎え入れることはできない。


「ユエ、ギニョル……しかし、しかしGSUMはこれほどの力を有していたのですよ。マロホシとキズアトは、間違いなく、ただの気まぐれで島の秩序を破壊する力を持っているのですよ。これ以上は、放置も交渉もまかりなりません。今を置いて断罪の機会はないのです」


 そう言い切ってしまうか。


 俺は腕を組んだ。


 まだ奴らがやった証拠はないが、一連の事件で四人の仲間を失った俺たちにはその脅威が良く分かる。


 といって、それぞれの生活に戻った者達を引きずり込んで断罪を行っていいのか。断罪者が四人、こうもあっけなく失われたのだ。


 はっきり言って死んでくれと頼むに等しい。子供たちと共にいるザベルにそれは無理だ。もちろん、ザルアやニヴィアノ、今まで協力してくれた者達に対してもだ。みんなそれぞれの生活を築いている。


 今まで断罪に参加した者も居たが、みんな自分の目的をもって俺たちに協力してきた。今度は違う。


 沈黙が場を支配した。これ以上は言葉がない。繰り返すが断罪者は断罪法によって苛烈なほどの権力を持つ。


 その反動は敵意という形で法に違反した者達から返ってくる。協力者ならまだしも、断罪者になるということはとても重いのだ。


「やはり、わしら三人でも挑もう。ただしマロホシとキズアトの予定を把握して、ノイキンドゥ以外の場所で仕掛ける。やるのは一人ずつ。取り残せば厄介なことになるであろうが、三人であの二人を同時に相手取るのは不可能じゃ」


 それしかないだろう。相手は今まで以上に用心するだろうし、一気に決着をつけるより時間がかかるが、三人でできる最良の手段だ。


「……現実的な案だな。情報を集める段階ならば、我々もある程度の協力ができるだろう」


 ヤタガゥンの言う通りだ。


「マヤ。平和に暮らすものを、断罪者の立場に巻き込まずに解決するにはこの方法しかないのではないか」


「ワジグル様、でも、あの二人ですわ。こっちが時間をかけることは承知して次の手を打ってくるはず」


 承知の上だが、今できる最善は時間をかけてでも断罪の準備を整えることだけだろう。


 会議室の扉がノックされた。緊急の事件かと思ったら、断罪助手の一人だった。警察署には、通報の応対や地価の拘置所、牢獄の管理などに数十人の助手がいる。


 安くない給料が出るので、わりと人気の職業だ。


 ハイエルフの断罪助手は息せき切った様子で、会議室のテレビを指さす。


「テレビを着けてください。放送があります」


 全員の視線が旧式の画面に向く。テレビは放送局のないバンギアでは無用の長物扱いだ。が、日ノ本の国営放送が来る場合などには放送を行う。一応のこと受信アンテナだけはあるので、とりあえず取ってある。


 ギニョルがリモコンを付けると、いつもは砂嵐の画面が意味のある映像を映し出した。


 それは燕尾服姿の顔に傷のある吸血鬼の男と、カクテルドレス姿の黒髪の女が並んで演壇に立っている様子だった。


 ずいぶんときれいでお高く留まった二人だ。撮影用のメイクを済ませ、普段の印象からさらに洗練されているが、この二人は紛れもなくキズアトとマロホシだ。


「これは、生中継というやつなのか?」


「分かりません。映像からは何とも」


 断罪助手の言う通りだ。今、放送を受信しているのは間違いない。だがそれが撮影編集済みの映像なのか、今まさに中継しているのかは不明だ。


「これさ、公会の議場じゃない?」


 ユエの指摘に、ワジグルが反応した。


「冗談だろう。あの二人だけは絶対に入れない。使用した記録も、ダークランドの争乱からこの方一度もないんだ」


 ならどこかにセットを作ったのだろう。アグロス側でもバンギア側でも、あの二人なら余裕でできる。


「会議の最中に、このようなビラが島中にばらまかれたようなのです」


 助手が懐から取り出したのは、一見新聞紙のようなA4サイズの紙きれだった。丈夫な和紙でできているらしい。


「『この島の岐路について皆様にお知らせがあります。二十分後、テレビの前にお集まりください』なんだこりゃ」


 カーテンを開け、窓から外を見下ろしていたマヤが振り向く。


「ビラは島中にまかれたようです。ここから見るだけでも、たくさんの人が仕事を止めてテレビの前におりますわ」


 ここから見えるのは下の通りだけだが、島の人口暫定六万人がテレビにかじりついていることだろう。


 島にあるのは七年前の紛争から残されたテレビの残骸程度。ネットは一切なしで使い魔がせいぜいといういびつな通信状況だ。


 中継車も電波塔も日ノ本との交渉次第のこの局面で、GSUMは放送を操るというのか。


 テレビの中ではキズアトが演壇へと進み出る。頬の傷跡は同じだが、その姿は余裕と威厳を併せ持っている。


 今この場で必死に現実と格闘している、テーブルズの議員代表の誰よりもだ。思わずついていきたくなるような、カリスマを感じさせる。


 カメラのフラッシュも焚かれる中、キズアトは一言目を繰り出した。


『貴重なお時間をいただき、光栄の至りです。私はミーナス・スワンプ。本日は、断罪者が謎の敵に敗北したことをお知らせにあがりました』


 ざわめきがテレビを通して流れ出る。相当な群衆が取り囲んでいる。


 ギニョルが目を細めた。右目に魔力の光が宿っている。


「これは生中継じゃ。今、使い魔を飛ばして確かめた。こやつらはテーブルズの公会の場を占拠し、中継車を入れて島中に放送しておる」


 馬鹿な。なぜそんな真似が。


 カメラが少し引かれ、椅子に座った群衆を映し出す。全員がスーツ姿で整然とした雰囲気だ。人間、エルフ、悪魔、ゴブリン、GSUMのメンバー達だろう。


「あれは山本じゃないか。ジグンも居るぞ、どういうことだ」


 ヤタガゥンが驚愕した様子で画面を指さした。後ろ姿で分かりにくいがその通りだ。周囲に居るのは連中を立てるゴブリンとアグロスの人間の議員団。


 テーブルズまで取り込もうというのか。伝わらないのを承知で、俺は画面の中のキズアトとマロホシをにらんだ。


 二人は島の盟主の様な自信と共に、カメラの前に超然とたたずんでいた。

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