10青空と別れ
捜索は昼前から夜半まで続けたが、結局誰一人発見できなかった。
スレイン、ガドゥ、クレール、フリスベルという断罪者達はもちろん。
ドーリグも、操船技術を持つはずの乗組員もだ。
船内、船外、周囲の小島や近海なども飛び回った。狭山に聞いて心当たりのあるところも探した。狭山は自衛軍がまだ平和だったころ、災害の救援に出動したこともある経験者なのだ。
それでも、誰も見つからなかった。
たった七人、船は一そうでの捜索だが、空を飛べるドラゴンピープルが居てこれだ。これ以上となると、アグロスでやっているようにダイバーを連れてきて海中を捜索することになるが、そんな人員も装備もポート・ノゾミには存在しない。
夕日が空と海の境目に沈んでいくのを見つめながら、俺はパイロットシップの舳先にたたずむ。一緒に来てくれたドラゴンピープルが、小さなブリッジに留まっていた。
「……18時50分。日没だ。これ以上の捜索は我々も危険になる恐れがある」
夜行式の腕時計を見つめる狭山。恋人であるフリスベルの行方が分からないというのに冷静に捜索を指揮できたのは、元空てい団という経歴のおかげか。
凄まじい訓練を重ねてきた狭山達は、イェリサとの初の実戦で戦死者を出しながらも見事に役割を果たして見せた。
俺は船の床に拳を叩きつけた。誰も、亡骸すらも出てこないなんて。嵐が吹き荒れた昨夜のうちに、ここに駆けつけていれば、と思う。
フィクションなら海に流された者がひょっこり生きていることもありうるだろうが、現実ではそうもいかない。海難事故に巻き込まれて死に、亡骸が海に沈んで出て来ないことは頻繁にある。
「クレール、ガドゥ、スレイン、フリスベル……」
ドーリグや他の乗組員たちの無念も思うべきだろう。だが、口を突いて出るのは三年近く多くの修羅場を共に潜り抜けてきた断罪者の仲間たちの名だ。
クレールはまだ若かった。人間なら子供と言える年齢だった。断罪者として多くの経験を重ね、当主としてこれからというときだった。
ガドゥは俺と同い年だ。なんだかんだ一番話しやすかった気がする。モテないのが悩みだったみたいだが、ドロテアかニヴィアノに腹割って近づいてみりゃどうかなんて勧めてやりたかった。
スレイン。あいつの雄たけびと、灰喰らいの一撃は忘れない。まさにあらゆるものを打ち倒す戦士だ。それだけじゃなく、多分俺たちでいちばんやさしく人間らしい奴だった。朱里を愛してドロテアを作ったことがそれを示している。
フリスベル。やっと新しい正義と美を見出そうとしていたところだろう。俺の肩に手を置いてくれる狭山が、お前のことを支えるはずだったんだ。
言葉がない。夕日を見上げる俺の頬に、涙が流れ始めた。
断罪者として戦い抜く中、麻痺していた失うことへの痛みがゆっくりと戻ってくる様だった。流煌を目の前で失ったときより激しくはないが、深くうつろな苦痛。ともに過ごしてまだ二年少し。だがあいつらとの間には、血よりも濃いものが流れ始めていた。
身動きすらとれなくなった俺に、狭山が言った。
「……仲間を失うのはつらい。我々も二度とは経験したくない」
元空てい団員たちとお互いを見合わせる狭山。フリスベルを失ったのに、平然としているように見えるが、イェリサとの戦いの後に壮絶なことがあったのかもしれない。
「だが戦う者は常に失うのだ。お前は断罪者だ。仲間を失ったなら失ったで、やるべきこともあるだろう」
その言葉に呼応するように、船の中に音もなくふくろうが降り立つ。ギニョルの使い魔だ。状況の報告を求めているのだろう。
『騎士、狭山、首尾はどうじゃった』
期待も失望も感じさせない事務的な声。ギニョルなりの気遣いだろうか。俺も派遣された部下として答える。
「俺と狭山達だけじゃ何も見つけられなかった。断罪者、ドーリグ、乗組員の全員が行方不明だ」
そう言うと、しばらくふくろうの目から魔力の光が消える。
ギニョルも俺の様に痛みを噛み締めているのだろうか。しかもあいつの場合は自らが理想の下に集めて協力を要請した者達だった。
責任もひとしおだろう。しばらく置いてから魔力の光が灯る。
『……ご苦労じゃった。一旦置いて戻ってこい。追加の捜索の規模や日程はテーブルズで話し合おう。人間たちの国の協力も借りねばならんであろう』
現場から近いのはポート・ノゾミよりユエの故郷であるかつての崖の上の王国の方だ。俺たちに十分な人数はなかったし、大陸の海岸を隅々までチェックできたわけじゃない。
まだ希望を捨ててはいけない。通信の発達していないバンギアのこと、どこかで生きているが戻ってこられない状況も考えられる。ここらへん一帯の沿岸は人の住まない深い森なのだ。
「ギニョル、ひとつ頼まれてくれるか」
『狭山か、どうした』
「私の会社に連絡を入れておいてくれ。しばらく戻れそうにないから、退職扱いで構わないと」
「狭山」
平然と言った狭山には一切の迷いがない。
それぞれ島の仕事を休んでついてきた部下たちが言った。
「狭山隊長、それは」
「お前たちは職場に戻れ。私のことはもういい。フリスベルさんを見つけない内は、あの島に戻ることはできない」
めそめそ泣いてた自分を殴りつけたい。狭山は冷静なんかじゃなかった。フリスベルを救うために人生を放り出す覚悟を決めている。
「適当な木賃宿に落ち着いたら手紙をよこす。あの人やお前たちの仲間の証をすべて見つけるまで、私はこの大陸に住もう。断罪者にとって有益な情報も送ることができるかも知れない」
涙のひとつもこぼさずに、必要なことを向かって見せるか。
俺は慌てて自分の目元をぬぐった。
『……では、そうしてもらいたい。手紙は面倒じゃから、この使い魔を付けよう。うまくやれるであろう』
ふくろうの目から魔力が消える。音もなく飛ぶと、狭山の肩を落ち着く場所に選んだ。
主人の意志に沿うということもあるが、狭山のことを信じられると思ったのだろう。
「狭山隊長……」
イェリサとの戦い、フェイロンド達による海鳴のとき。最も激しい戦いを狭山と共に潜り抜けてきた四人の兵士がうつむいている。
狭山は一人一人の肩に手をかけた。
「お前たちには長々と私の都合に付き合わせてしまったな。だがとっくの昔にみんな自衛軍を除隊している。お前たちはお前たちで、前途のことを考えるといい」
最初は日ノ本の命令の下、その次は個人の意思で戦い続けてきた兵士達。日ノ本には戻れなくても、立派に島で生きている。
狭山は支えだったのだろう。涙を浮かべている者も居た。
ブリッジの上のドラゴンピープルが、長い首をもたげて俺たちを見下ろす。
「ゲーツタウンにつけましょう。私の背にお乗りください」
「騎士を送ならくていいのか。いや、私のようなアグロスの人間にあなたがた竜の人の背はふさわしくない」
戸惑う佐山だが、俺はその背中を叩いた。
「いいよ。ドラゴンピープルが認めたんだ。お前は背中を預けるにふさわしい奴なんだよ」
「その通りです。私はスレイン殿やドーリグ殿ほどの存在ではありません。ですが竜の一人として、あなたの決断に報いたいと思います」
青い体色のドラゴンピープルは、そう言ってブリッジを飛び立つと船の脇に着水した。これで背中に乗れる。
「そうか。真の戦士に認められるのは名誉なことだ。謹んでお受けしよう」
首を伸ばしてこっちを見つめるドラゴンピープルに、うなずき返す狭山。
ふと俺は思いついた。
「あれ、でも荷物はどうするんだ。銃と弾はあるけど金とか着替えとか」
木賃宿ならなおさら入り用だ。生活のしやすさは、捜索の効率にも大きく影響する。
狭山はブリッジに引っ込むとかばんをひとつ持ち出してきた。
「これでまかなえる。断罪者の誰かが行方不明なら、滞在して捜索するつもりだった」
「お前……」
狭山はかばんをつかむと、甲板からドラゴンピープルの背中に飛び降りた。
「無責任ながら、後のことを頼む。いくら戦闘ができようとも、一市民として島に暮らす私の仲間は、お前達断罪者が頼りなんだ」
「分かってるさ」
四人が生きていても死んでいても。断罪者は止まることができない。
重たい覚悟を残して、狭山は大陸へと渡っていった。
狭山を送った後、ドラゴンピープルが俺を島まで乗せてくれた。
断罪者だからこそなのだ。疑えないほど俺たちの義務は重たい。
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