23首を取られた悪魔たち

 悪魔の会合に使われるという、ロンヅの屋敷の大食堂。


 狭苦しい石壁に、わずかに開けられた明り取りの窓はたった四つ。


 おぞましい顔のケルベロスが、四隅に掘られたテーブルは、六十人が左右に分かれて座っている。上座に俺とギニョルとクレール、ニュミエにハプサアラの五人が着席できる広さだ。


 黒いテーブルクロスの上には、驚いたことにペットボトルの茶。こいつは、アグロスの舶来品扱いらしい。軽く、清潔なポリ製のペットボトルに入った茶は、珍重されるのだ。


 後は、ここには居ないが、スレインの好物である、キリカンのむき身がガラスに盛られたデザートが置いてあるが。茶もキリカンも手を出す奴はいない。


 代表者が出てこられる悪魔の家が二十三。

 同様の吸血鬼の家が二十一。


 いずれも青白い肌に、寒気のするような美しい造形をした男女が、壁に移された映像に見入っている。


 映写機は魔道具。そこに映し出されるのは、クレールが蝕心魔法で増幅したハプサアラの記憶だ。


 場所は、恐らくマウントサースティの遺跡だ。時間は昼、太陽と青空が見えるからだが、その山の頂上もまた、日光が降り注ぐという。


 警護を行う悪魔と吸血鬼、それに下僕と奴隷の死骸が横たわっている。迷彩服に眼鏡姿の男が、親しげに映像の主、亜沙香の肩を叩く。


「我々の力をご覧になりましたね、波多野さん。あなたやご家族や、島に住む方々を守り切れなかったのは本当に申し訳もありませんが」


 将軍こと、剣侠志だ。我々の力と言いきっているのは、転がっている悪魔や吸血鬼の死体のことだろう。砲撃か爆撃か、一部欠損しているのもある。狙撃や銃撃で剣を抜く間もなくやられたのだろうか。


 体を変化させられた奴隷、下僕もだ。三十くらいは転がっている。


 これは、恐らく二か月前。フェイロンド達が島を占拠したとき。橋頭保を築いた自衛軍は、戦うと見せて大陸に向かい、このダークランドを制圧したのだ。


 銃声が遠のいていく。警護の数が相当に減ったが、投降や武装解除の呼び掛けはない。最後の一人まで殺しつくすのだろう。


 亜沙香の視線が動く。その先では、死んでいたはずの悪魔が立ち上がる。いや、魔力が体を取り巻いている。


『おのれ、人間が。我が体は、六千年に及ぶ魔法と研究の塊だ。ドネルザッブ家、十代目、フォグゼニ・オド・ドネルザッブの名に賭けて、全て食い千切ってやる……!』


 ざわざわという音が亜沙香の耳を埋め尽くす。視点がぶれると、何やら黒いほこりのようなものが、山上の広場めがけて集まってきている。全てに魔力が込められているらしい。


 銃声が聞こえて、ほこりの塊に89式小銃や、M2重機関銃が降り注ぐが、煙は消えない。


 近づいてくると、亜沙香が身をすくめる。


 あれは、イナゴの大群だ。緑のものを全て食いつくし、伝染病をもたらす、まさに悪魔が呼んだ使者。


 恐らくこの、フォグゼニという、ドネルザッブ家の当主が呼んだ使い魔なのだろう。頂上の遺跡全てが埋まるほどの数だ。あの巨海樹でさえくいつくしそうな規模に思える。


 銃弾では焼き切れない。火炎放射機か、ナパーム、あるいは現象魔法使いが必要だ。


 小銃小隊が当主を攻撃するが、いなごはすでに、操身魔法で巨大化したその周囲を飛び、生きた壁になって銃弾を防ぐ。


 いくら秒速一千メートルを超える弾頭でも、空中で何度も虫に激突して減速すれば、威力はかなり殺される。


 それでも銃弾、人間ならばひとたまりもない。だが、鋼のブラシのような毛皮をもつ、フォグゼニの変化した怪物には通じない。


 群がるいなごは、あちこちで自衛軍の兵士も襲い始めた。頼みのM2やてき弾銃手、迫撃砲手、RPGを装備した兵士も対応に追われる。銃声に悲鳴が混じる中、フォグゼニは両手と翼を開いて叫んだ。


『我が息子達と妻の仇だ! 食い殺してやる、我が魔力の全てを賭けて、貴様は絶対に逃さんぞ、人間! 裏切り者もだ、ハプサアラ!』


 いなごがこっちに突っ込んでくる。亜沙香の眼にも、かっと口を開いた一匹一匹の不気味なあごが眼に入った瞬間だった。


 将軍が立ち上がる。


 抜いたのは、腰にあった大型の拳銃。大口径のそれは、あのデザートイーグルよりさらに一回り大きい。


 山にとどろくほどの銃声が二つ。


 フォグゼニの頭部と胸元に穴が開き、巨体がどうと倒れ伏す。


 後には、頭と胸を無残に破壊された男の死体。恐らく、これで六千年続いたドネルザッブ家が終わった。支配者を失ったいなご達は、群れをなして、山頂から離れていった。どこかの森でも食いつくすのだろう。


 拳銃、あれはデザートイーグルでもない。ユエの持っていたメリゴンの銃器図鑑にあった、巨大な口径を誇る代物だ。メリゴンの銃器会社が特注品扱いでしか受け付けていない。年に数丁あるかないかだが、GSUMと手を組めば手に入る。


 てき弾銃やM2重機関銃など、フォグゼニはいなごが防ぎきれない銃器を封じたつもりだったか。将軍が、それらと同じほどの威力の拳銃を手にしていることは読めなかったのだ。


 悪魔を出し抜いた将軍は、銃をホルスターに収めた。いまや戦場は収束に向かっている。改めて、手を差し出した。


「主人を、裏切っていただけるでしょうか?」


「裏切るのではありません。ずっと、この炎を欲してきました。人間の心や体を奪い、殺すことしか考えていないここの住人には、鉄と火の裁きが必要なのです」


 悪魔に家族を殺された、波多野亜沙香としての本音だ。

 将軍が口元を三日月のように歪めた。


「その通りですよ。ララ・アキノという、バンギアの元王族との話は付けてあります。この地は新たな日ノ本となる。私はこの場所の王、蜂起したあなた方には、今の主人を奴隷とする権利を認めましょう」


「支配できる者が、残っていればでしょう」


 銃声と共に、悪魔がまた一人殺された。


「一本取られましたね。そうです、長くこの世界を脅かした悪魔や吸血鬼を、生かしておくことを認める、人間やエルフなど果たしているのかどうか! お気をつけて、我らの同胞」


 将軍が無線機を取り出し、部隊に命令、状況を収拾し始めた。もう抵抗する者も居ない。


 亜沙香は山を下りはじめた。山頂に通ずる登山道、あるいは斜面や急な崖にさえ、兵士たちが現れ要塞化を始めていた。


 二か月前、山を取られた直後の映像が途切れた。クレールがため息をつく。亜沙香は黙ったままだった。


 食い入るように見つめていた悪魔の一人が、机に手を叩きつけた。


「その奴隷を殺せ! 豚に食わせてしまえ!」


「いや、剥製だ! 最下級の奴隷に腐り果てるまで犯させろッ!」


「のこぎりで挽いてばらばらにするのよ! 骨片を沼地にばらまいてやる!」


 怒りの塊と化した吸血鬼たちも、口汚くののしる。


 ドネルザッブ家も相当な名家だった。マウントサースティ頂上の遺跡は、この地の者たちにとって相当に大切なものだ。悪魔と吸血鬼の優れた家柄の当主が警護をすることになっており、任されるのは相当な名誉だったのだ。


 それだけに、イロコイからナパームを投下し、次いでチヌークに満載された兵員を降下させ、鮮やかに制圧、皆殺しにした将軍への憎悪はひとしおだ。


 お膳立てはハプサアラこと亜沙香だった。シェイムレスヒルの奴隷たちを通じて警備の様子を調べて、その穴を突かせた。おかげで、これほど鮮やかな制圧が叶ったのだ。


「……ねえロンヅ様、ニュミエ様、私が死ねばこの人たちが鎮まって、まともに戦うことを考えるようになるかしら」


 ロンヅは黙って唇を噛む。そんなわけないだろう、という苦笑。


「意地悪ね、あなた悪魔じみてきたわよ」


 ニュミエもお手上げといったふうだ。


 クレールも、言葉が出ないらしい。頭を振って、ただ黙って立ちつくしている。


 テーブルの両端の悪魔と吸血鬼は、それぞれ口々に勝手なことを叫んでいる。


「もう一度攻撃するぞ! 下僕どもを壁にして、このフレーマ家が、人間の首を取ってくれる!」


「それは我がガダブ家が行う! このようなことがないよう、その奴隷の血を山頂に撒き清めて、名誉ある警護は全て我が家が行うぞ!」


「悪魔ばかりが、ダークランドの種族ではない。ニュミエ様、クレール殿、申し上げますが、かの人間の心の臓をえぐり、イレーア家があなたの地位を頂きます」


 口々に勝手なことを言い、今にも取っ組み合いにまで発展しそうだ。


「もう、いい加減にせぬか貴様らッ!」


 凄まじい怒号は、ギニョルから放たれた。


 その場の全員が、負傷した当主、ロンヅ・オド・ゴドウィの令嬢を見つめていた。

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