19邂逅


 人けの無い早朝。俺達は気絶した悪魔を三呂駅前のベンチに放置し、目覚めるまで遠くから監視した。


 やがて悪魔が目を覚ますと、顔の割れてない紅村と、紅村が集めた三人の特殊急襲部隊員たちが、影のようにその動向をうかがった。尾行は彼らに任せた。


 紅村達の手腕は並々ならぬもので、警戒してあちこちをうろつく悪魔の行先を巧みに予測し、交代も繰り返して警戒心を薄めていた。やがて、悪魔は安心したのか、三呂駅から私鉄に乗った。


 快速を選んだかと思ったら、途中で突然降りて各駅と乗り換えたり、駅を出るといきなり路地に入ったりするなど、いろいろ妨害もあったらしいが、紅村達は場所を突き止めて連絡をくれた。


 悪魔が入っていったのは、三呂駅から南東。夜魔埠頭のさらに東、隣の市との境にある港湾倉庫だった。


 ギニョルの運転するランサーで、俺とクレール、そして無理やりくっついてきた梨亜は港湾倉庫までやってきた。


 このあたりはあまり使われていない倉庫らしく、車の通りは少ない。脇の道路を流しながら、マジックミラー越しに中の様子を探ると、確かに紅村の言っていた塗り替え済みの野外手術システムが、73式とは別のトラックに積まれて、停車していた。


 マロホシ自身の姿は見えないが、中に居る確率は高そうだ。


 三呂の警察や俺達断罪者が来ないとみて、油断しているのか。それとも、誘い込むための罠なのか。


 いずれにしろ、来てしまった以上は、踏み込むしかない。

 ギニョルが門の前に車を停めた。女性用の地味なスーツに、操身魔法で角を消してある。上着の内ポケットから、いつものM37エアウェイトを取り出す。リボルバーは弾薬で一杯、撃鉄を上げるとシングルアクションに切り替える。


「門が閉まっておるな。監視カメラはなさそうじゃが」


 クレールは目立つのを避け、俺と同じ黒髪と黒目になっている。服装もこの間の女装と違い、少年らしく、ポロシャツにジーンズだが、なかなかに似合う。

カバーからM1ガーランドを取り出して、ドライバー一本で組み上げていく手つきも慣れたものだ。


「……見取り図でもあればいいんだがな。フリスベルも居ないし、魔力は感じられないし、のこのこ行ってハチの巣にされることもありうるね」


 梨亜はシートベルトを外し、ベスト・ポケットの弾倉に弾薬を込めていた。


「人けがないから、バンバンやっても誰も気づかないかもね。でも、私達全員を処理するのはちょっと難しいんじゃないの」


 俺達、特に梨亜が戻らなければ、紅村たちは動くことができる。それに、こちらに三人断罪者が来ていることは、バンギアの方でも把握済みだ。

 俺達に手を出せば、マロホシは断罪法違反となり、スレインやユエに追われることとなる。それは避けたいはずだ。

 もっとも、だからといって撃たれない保証もない。俺もカバーからM97を取り出し、スライドを引いてバックショットを装填した。


「どうするギニョル。門は多分、手で開けられるぜ。行って開けてこようか。それから車で突っ込めばいいだろ」


「まだじゃ。せめて監視カメラの有無を調べてから」


 ギニョルがそう言ったところで、後ろから自動車の音がした。黒いワゴン車が後方の通りに現れ、俺達のランサーを通り過ぎ、正面に停車した。俺達は全員、ボンネットの下にしゃがみ込んだ。


「どうなってるんだ……あれは誰だ」


「今、使い魔を動かす。待っておれ……」


 ギニョルはパワーウィンドウを少しだけ開き、スーツの袖口から小さなゲジゲジを放った。ゲジゲジはわさわさとドアを這い上り、隙間から外へと出ていった。


 後ろで梨亜が吐き気のジェスチャーをする。


「ギニョルさあ、まだ虫の使い魔なの。もうちょっと可愛いのいるでしょ」


「こやつらの方が真面目じゃ。我慢せい」


 ユエの谷間に潜り込み、喜んでいるねずみを思い出した。あいつはこういう状況じゃ出せない。


 車がエンジンを止めた。ドアを開き、閉じる音が響く。クレールが訪ねた。


「ギニョル、誰が出てきたんだ」


「瀬名じゃ。いや、ドマというべきか……。人魔の境を超え、容姿がかなり瀬名寄りになっておる」


 ここからは見えないが、ドマもまた身体が変質しつつあるらしい。

 また、ドアの音がした。


「むっ……これは」


「どうしたの、ギニョル?」


「陽美と更紗も降りてきた。少し派手じゃが、梨亜を襲っていたときと様子が違う。まるで人間の様じゃ」


 こつ、こつ、とヒールで道路を踏む音が二つ。あの怪物はドマと瀬名に与えられたものを食って、形態を安定させたのだろうか。


 ギニョルが伝えるまでもなく、俺達の車内にも聞こえるほどの声で、瀬名が叫んだ。


「マロホシ、出てこい! べつに、悪魔を食ってもしばらくは命を長らえるんだ」


 この言い方、人格はもう完全に瀬名か。クラブの前で出てきたときも、あの怪物を妻と娘の名前で呼んでいた。


 倉庫の方からは物音が聞こえなかったが、やがて重たいシャッターががらがらと音を立てて上がっていった。


「出たぞ。マロホシと部下じゃ……」


 使い魔の目を通じて、ギニョルが相手を確かめた。

 予定とは違うが、とうとう出やがったか。

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