13仕掛けられた謎


 水上警察署の廊下。処置室から出て来たクレールを、俺とほかの断罪者が囲んだ。


 遅れて、警察署で断罪者を手伝う職員である、崖の上の王国の騎士に手錠を引かれ、フィクスが出てきた。

 飾り気のないブラウスとスカートという地味な服装で、化粧も薄く、例の翼の髪飾りだけ。ますます流煌を思わせてしまう。


 できるだけ見ないようにして、クレールに声をかける。


「どうだったんだ?」


「変化がないとは言わない。会議室で話すよ」


 再びクレールを囲んで席に着いた俺達。フィクスはとりあえず地下の牢獄へと移されていった。クレールが話し始めた。


「キズアトの奴は、僕達吸血鬼の中でも最も優れているらしい。フィクスには、僕も見たことのない蝕心魔法がかかっていた。記憶も覗いたが、あいつと接触したのは確実だ」


 やはりそうか。となると、断罪するしかなくなる。

 俺からは冷徹に思える口調で、ギニョルが言った。


「では、決まりじゃな。この十日で、特別監獄の用意も整った。フィクスはそこで禁固刑としよう」


 ユエが俺を見つめた。異を唱えようにも、これ以上どうしようもない。誰も何も言わなかったが、クレールが続けた。


「……ところが、そう簡単にもいかない。キズアトは、フィクスに、流煌としての記憶を戻してしまった。今の彼女は、ハーレムズのフィクスとしての殺人の記憶がなく、奴隷として売りに出されてからと、騎士の恋人として平穏に暮らしていた頃の記憶だけが残っている。銃を握ると火傷する蝕心魔法もそのままに、な」


「それじゃあ、ほとんど……っ!」


 流煌そのものじゃないか。

 辛うじてその言葉を押し殺し、俺は席に戻った。


 キズアトの奴。なんてことをしやがるんだ。流煌は俺の恋人で会った頃の記憶を与えられ、同時にキズアトへの強烈な愛情もそのまま。引き裂かれるような苦しみの中で、さらに記憶にない罪で、断罪されることになるっていうのか。


 コンテナハウスに帰った直後、少しも抵抗せず自首したのは、罪の意識に耐えかねたからだろうか。せめて、もっと話を聞いてやるんだった。


「クレールよ、お主が言いたいのは、わしら断罪者によって罪を犯したことは証明されているが、実行した本人にその記憶が無い、ということか?」


「そうさ。蝕心魔法によって記憶を消して逃げようとする奴は居たが、フィクスの場合、記憶の欠落はキズアトによって施されたものだ」


 たとえ実行していたにしろ、全く身に覚えのない罪で裁かれていいのか。法律上の論点の一つだ。被害者やその遺族からすればたまったものではないだろうが、全く罪の記憶が無い奴を断罪することに、腹癒せ以外の意義は見出しにくい。


「ううむ……では、やはりテーブルズで話し合うことになるか」


「問題はそこさ。その間、フィクスの身柄は警察署に置いておくことになるが、そこでキズアトがかけた蝕心魔法のことが気になるんだよ。フィクスは、何かを条件として、何かをする様なんだが、僕ではそこから先が読めないんだ」


 クレールとて、吸血鬼の間ではかなりの蝕心魔法使いなのだが、キズアトの奴には敵わない。

 シクル・クナイブと関わった事件で、俺と共にキズアトと対峙したフリスベルが、腕組みをする。


「うーん。わざわざこちらへ、フィクスさんを送ったということは、何か私達に不利なことには違いないでしょうね」


「ただ、銃を握れば火傷するというのがそのままなのだろう。それがしは、元のように戦う可能性はないように思うが」


 希望を持たせるようなことを言ってくれるスレインだが、俺は立ち上がった。


「そうとは言い切れないだろ。火傷しながら撃ってくるかも知れないぜ。大体、キズアトは一度、フィクスを奴隷として手放したんだ。鉄砲玉みたいな使い方になるってのが自然だ」


「騎士くん……」


 ユエが俺を見上げて、目を見開いている。驚きが、悲しみに変わっていく。俺は血も涙も無い冷徹な男に見えているだろうか。


 だが、もう決めたのだ。何があろうと、あいつをハーレムズのフィクスとして扱うと。


 まず最悪の可能性を考えるべきだ。フィクスが蝕心魔法により、俺達断罪者を狙う、自爆要員となった場合のことを。ここに置いておくことは、危険なのだ。


「よう言うた、騎士よ」


「ギニョル、まさか」


 ガドゥの言葉をさえぎって、ギニョルが言った。


「わしの権限で、今日中にも、フィクスを監獄へと移す。用意したのは、あやつ以外がおらぬ孤島じゃ。閉じ込めてしまえば、蝕心魔法でどういう行動を取ろうと、もうわしらを害することはできぬ。テーブルズには事後に報告して承諾を得る」


 それが一番の策だ。これ以上の異論を許さぬかのように、ギニョルは立ち上がる。


「フィクスが家に帰ったことから考えても、騎士とユエは、魔法の条件に関わっている可能性が高いじゃろう。よって、フィクスの護送はクレールとスレイン、フリスベルの三人で行え。わしを含めたほかの者は、留守を守って」


「視察の期間中、断罪者の活動は、禁止されているはずではないのか?」


 会議室の入り口に立つ、頬に火傷の痕がついた長身の吸血鬼。


 当の、キズアトその人だ。


 そいつに続いて、89式小銃を携えた、迷彩ジャケットの連中が次々と部屋に入り込んでくる。自衛軍の兵士達だった。


 俺は立ち上がり、窓辺に駆け寄った。


 見下ろすと、警察署を取り囲むように、兵士を満載した輸送車両やジープが道路に停車している。


 屋上に自衛軍の迷彩塗装のヘリが飛来し、ロープを使って兵士が降下してくる。あれは多目的ヘリのUH-1Jだ。


 ローター音に混じって、ドアを破壊する音が聞こえた。兵士たちが警察署になだれ込んでいるのだろう。


 事態の意味は分からない。だが、俺達は一個小隊どころではない規模の自衛軍によって囲まれてしまっていた。

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