14キズアトの掌で


 会議中の俺達は丸腰だった。ユエがホルスターに手を伸ばそうとしたが、それより早く入ってきた兵士たちが銃を構える。距離十メートルで89式の銃口三つに狙われてはひとたまりもない。


 ギニョルが杖をかざし、操身魔法を使った。紫色の魔力が取り巻き、その姿が悪魔へと膨れ上がる。身長二メートル越え、らんらんと光る眼に、たくましい蹄と翼をもった、二足歩行の山羊顔の悪魔が俺達の前に現れた。


獣じみた口から吐き出した瘴気。ガドゥとフリスベルが窓辺まで慌てて逃げた。俺とユエは口をふさいだ。兵士達のひとりが、激しい咳をしながら、銃を取り落した。入って来た他の二人が、慌てて抱えて廊下へと逃げる。


 俺達と対峙したのは、キズアトただ一人となった。天井に届くほどの巨躯を揺らし、ギニョルはその目をキズアトに向けた。


「これは何の真似じゃ、キズアト! 我らはテーブルズより断罪法の執行をゆだねられたノゾミの断罪者。何の権利があって、下賤な輩を連れ込んだ!」


部屋がびりびりと震えている。ギニョルは相当怒っている。それはこの襲撃を予期していなかったということに他ならない。

 キズアトは動じない。平然とギニョルをたしなめる。


「事情を言う前に、訂正しろ。私の名はミーナスだ。私の顔に傷跡があるとはいえ、そのような得体の知れぬ犯罪者とは、関係がない」


 あくまでしらばっくれるつもりか。だが、確かにキズアトは島の連中が使うただの通称だ。表向きのこいつは、日ノ本との協調で島のビジネスに成功し、バンギア人とアグロス人の懸け橋となった、ミーナス・スワンプ。


「では、ミーナス。なぜわしらに対して自衛軍を動かす。視察の間中、従来のようにわしらは警察署を出ることはしておらぬ。断罪者は視察の間、この警察署に集まっておればよい、それが取り決めであったであろう」


 ついさっき護送を計画していた以上、ギニョルの言葉は嘘だ。これで引き下がるとは思っていない。様子見なのだ。


 キズアトは、鼻を鳴らすと、瘴気も気にせずギニョルの前に歩み出る。


「しらばっくれるな。ある下僕の断罪活動を行ったのだろう。おまけに、監獄島への護送までやる気とは恐れ入る。日ノ本との約束事を違えて、島を戦火に巻き込みたいのか」


 ばれている。いや、キズアトは知っているのだ。フィクスに蝕心魔法を仕掛けて、俺達の元に送り込んだ張本人なのだから、当たり前だが。


「お前の言うようなことは、わしらにフィクスを送り込んだ者しか知らぬはずじゃがな」


「私の言ったことが事実なら、断罪活動を行っていることになるな。よりにもよって、日ノ本の首相が来ている視察の日に」


 ギニョルの言う事も、キズアトの言う事も、事実だ。

キズアトは自分でフィクスを送り込んだことを認めたようなものだ。しかし、それを言うためには、こちらもフィクスに対する断罪活動を認めることになる。


そうすると、俺達断罪者が、日ノ本との取り決めに違反したことになるのだ。

 互いの急所を噛み合った蛇のようだ。さすがのギニョルも、操身魔法を解いて姿を戻した。


「……何が望みじゃ」


「取引だ。私が自衛軍を連れて来たのは、これから起こることを単なる事件として済ませるためだよ。すぐに丹沢騎士以外を、警察署から下げろ。そうすれば、テレビカメラが映すのは、銃器を使った、少年少女の生々しい痴話げんかだ」


 俺以外の断罪者を、警察署から下げさせる、だと。

 それに、痴話げんかと言ったな。当事者の片方が俺なら、もう片方の女というのは――。


 事態を整理する前に、キズアトはまくしたてる。


「早くしろ。私はすでに日ノ本側に、警察署で異常があったと告げた。数分以内に中継車が到着する。警察署がバンギア人に占領されている様が、日ノ本に放映されれば、面白い事になるだろうな」


 もう選択肢は残っていない。今視察に来ている連中は、首相の善兵衛含めて、断罪者のことなど百も承知だろう。だが、国営放送を見ている数百万単位の日ノ本のアグロス人は別だ。


 警察署に陣取るドラゴンピープル、悪魔、吸血鬼、ゴブリン、エルフは何なのだろう。あまつさえ武装し、少女を監獄の島へ連れて行く彼らは、何の権利があるのだろうか。


疑問の嵐で、日ノ本の世論は紛糾する。突き上げられた政府は全てをぶちまけ、島の平定と言う名の再出兵と、紛争の再開という悪夢のようなコースが見える。


 あのギニョルが、蒼白な顔で唇を噛んだ。恐らく対策はもうないのだ。俺達は完全に、キズアトの策にはまってしまった。


「さあ、急ぎたまえ。それとも、いっそ紛争を望むか。そこにいるヘイトリッド家の御子息といい、アグロス人との本気の殺し合いを望んでいる向きもあろう」


 クレールが拳を握り、うつむいている。


 全員の視線が、ギニョルへと集中した。時間にして十秒ほど、しかし体感で数分にも思える重苦しい間の後、ギニョルが命令を下した。


「……騎士以外、警察署を出て、視察の終了まで、身を隠せ」


「だめだよギニョル、私達が出たら、騎士くんが」


「動くな!」


 警告と同時に、ユエの足元を小銃弾が叩く。部屋に戻った自衛軍の兵士だ。

 すかさず銃を抜いたユエだが、俺はその前に立ちふさがる。


「騎士くん、どうして……」


 震える目で、俺を見つめるユエ。頭の悪い奴じゃない。キズアトの狙いが何か、きちんと分かっているのだろう。俺をかばおうとしてくれているのだ。


「ユエ。もう俺のことは放っておいてくれ。ギニョル、みんなも、早くしろ」


 俺の言葉に、ユエは銃を収めて、会議室から走り出た。肩が俺にぶつかったが、お互いに何も言わない。

スレインが首をひっこめ、警察署から飛び去って行く。他のメンバーも俺を残して出ていく。


 会議室は、俺とキズアトだけになった。

 いっそ、今こいつの心臓を突き刺してやろうか。胸ポケットに仕込んだ銀のナイフが、存在感を増している。


「なあ、お前一体どういう魔法を流煌に仕込んだんだ?」


「……それ以上こちらへ来るな」


 キズアトが胸元から銃を出した。金色メッキが成された、リボルバーだ。悪趣味きわまりない。

 俺を銃でけん制しながら、窓際へと近寄っていくキズアト。


「私がこの建物を出れば、あの下僕に仕掛けた命令が発動する。主たる丹沢騎士を追い続けて殺害する。しかる後、自害して果てるのだ」


 ほぼ予想はついていたが、最悪の蝕心魔法だ。

 俺の動きを封じながら、キズアトが窓辺に手をかける。


「フィクスは、取り立てて特徴のない女だったが、貴様との幸福な記憶があった。ゆえに私の物にした。分かるか、家名すらない沼に生まれた私には、決して持ちえぬ幸福だ。それをなぜ貴様らのごとき、何の才も名も無い者が持っている。アグロスは歪んでいる」


 俺は銀のナイフを抜いた。キズアトに向かって叩き付けるように叫んだ。

 

「お前が誰で、どこに生まれようが、絶対に分からねえよ! 俺と流煌のことは、魔法なんかじゃ壊せないからなっ!」


 真っ赤な目を細め、口元から牙をのぞかせて、いらだたしげにつぶやくキズアト。


「……知っているぞ。弱者同士かばい合う人間よ。だから私は奪うのだ。その温かな記憶ゆえに苦しみ、非業の中に死ね、人間」


 俺が飛びかかる前に、キズアトは階下へ飛び降りた。下では、恐らくハーレムズの一員であろうハイエルフの部下が、植物のマットでその体を受け止めている。


 キズアトの言葉から、俺達が狙われた理由の想像がついた。

 あいつには誰でも良かったのだ。あいつの持たないものを持っているなら、誰でも。


 フィクスに俺の記憶が残っていようといるまいと、キズアトは俺にぶつけて、苦しめるつもりだったに違いない。奴の基準で幸福を持つ資格のない俺達を。


 キズアトと下僕が、警察署を包囲する自衛軍の合間に消えた。ノイキンドゥからつづく道路を疾走する、中継車が見える。いよいよか。


 夕刻を過ぎている。陽が傾いて、会議室も警察署内も、蜜色の光に染め上げられている。


 思い出すのは、放課後、流煌の教室に行って、喋り倒していた時間だ。

 軽音部の練習の無い日は、完全下校までとりとめのないことばかり話して、車外灯に彩られた飛行機の離着陸を見て帰るのが俺達だった。


 こんな土壇場で、なぜあの頃が甦ってくるのだろう。


 階下で爆発音がした。流煌が牢を破ったのだ。


爆薬を仕込んでボディチェックを潜り抜けていたのだろう。少量のプラスチック爆弾か、ガドゥがハエに組み込んだような、小型の魔道具もありうる。

 身体検査くらいじゃ調べ切れなかったのか。俺達の不意を突いて警察署を壊滅することもできただろうが、キズアトはどうあっても、俺と流煌に殺し合いをさせたいのだ。


「流煌……」


 あいつに、いや、少年少女だった俺達に、何も落ち度はない。

キズアトの奴にたまたま狙われただけのこと。その後の運命が違っただけのことだ。


 決着は、俺の手でつけるのだ。


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