15涙の対峙
決断したはいいが、銃はロッカーの中だった。
まず取りに向かわなければならないが、あちらの武装はどうだろうか。警察署の銃器はナンバー式の南京錠で施錠されロッカーに入っている。フィクスが手に入れる事はないと思うのだが、持っていないという確証はない。
窓からコウモリが入ってきた。俺の肩に留まると、その目が紫色に光る。
「ギニョルか?」
『騎士、キズアトのはからいで、こやつを支援につける。向こうも使い魔を通じてそなたのことを探る。まずこの部屋を出よ。武器が置いてある』
言われた通りに部屋を出ると、廊下の柱に無造作に立てかけてあるのは、自衛軍の89式小銃だ。
拾い上げてマガジンを確認すると、弾薬も入っている。満タンで二十発だが、スプリングの具合からして、十数発くらいはあるだろう。
ありがたいが、どういうことだろうか。まさか兵士が銃を忘れるはずはない。
『ここに入った自衛軍の兵士どもは、完全にキズアトの駒じゃ。お主らのために、武器を残しておる。フィクスも恐らく、武器を確保しておるじゃろう』
なるほど、殺し合いの用意は整っているというわけか。俺も銃を手に入れられるということは、キズアトの奴は流煌が負けることも考えているのだ。
やはり、あいつの言った通りその目的は俺を殺すことにはない。奴の手に入らない幸福を持つ者同士が、思い出を抱えたまま殺し合うことにある。
「温かな記憶ゆえに苦しみ、非業の中に死ぬ、か……」
『なんじゃ』
こうもりが首を回す。俺はその頭を指先でちょっとなでた。
「キズアトの狙いさ。ギニョル、使い魔から魔力は探れるか?」
『フィクスは無理じゃ。だがあやつと共におる使い魔ならなんとか』
「よし。ロッカーに行くぜ。近づいてきたら方向と距離を知らせてくれ」
まずは準備を整える。フィクスとても、十分な装備なしでこっちに攻撃してきたりはしないだろう。
そう思った俺は、まだ甘く考えていたのだ。殺し合いをさせられるってことの意味を。
ギニョルの探知を待つまでもなかった。廊下の突き当たり、階下の方から足音がする。しいんとした夕暮れの警察署に、流煌のヒールのコツコツという音が強く響いている。
『距離を取れ、騎士!』
言われるまでもない。俺は慌てて走り出すと、足音とは反対の曲がり角を目指して駆けだす。反響がどんどん大きくなる。同じ階に到達する――。
「くそっ!」
振り返りざま、89式小銃を五発ほど連射。それと同時に、流煌の白い手が何かを廊下に投げ込んだ。
石ころのようなもの。いや、これが武器だというのなら、恐らくフラッシュグレネードの類だ。炸裂前に顔を覆って、階段の方へ引っ込む。
一瞬、そこら中で白熱電球が灯ったと錯覚する。強烈な閃光と、窓を割りそうなほどの大音響。
「うぐ……」
光はある程度かわしたが、音がまずかった。耳にかなり効いている。
まずいぞ、流煌の行動が音で予測できない。来てるのか、退いてるのか。
『反撃しろ、先制だけはさせるな!』
「軽く言ってくれるな……!」
目は見える。89式を構えて、廊下へと出る。
流煌はこちらへ走ってきている。距離二十メートルから接近中。
俺の89式に対して、9ミリ拳銃、P220を二つ構えた。
射撃はほぼ同時だった。けん制程度の俺に対して、流煌も走りながらで狙いが安定しない。お互いの弾丸がお互いの足元をえぐる。
流煌は柱のくぼみ、俺も柱の陰に身を隠しながら、銃撃を繰り返す。
殺人の記憶がないわりには、かなり素早い。なかなか捉えられない。
数えて十発ほど外したところだった。今度こそと構えた89式から弾が出ない。
切れたのだ。けん制に使い過ぎたか。いや、元々それほど期待できなかった。
流煌の決断は素早い。俺がしばらく撃ってこないことから、銃撃しながら身を隠すでっぱりを切り替え、こちらへ進んでくる。
まずいぞ、丸腰じゃ数秒後に蜂の巣だ。
『騎士よ、こうなったら武器庫じゃ』
「俺もそう思うぜ……」
弾切れの89式からマガジンを抜くと、階下に向かって放り投げた。甲高い音が響いている間に、階上を目指して駆けだす。
狙うは四階、更衣室のガンセーフだ。あそこなら十分な弾薬と武器がある。南京錠のナンバーの分からない自衛軍の兵士じゃ、破壊もできないはずだ。
二階から三階へたどり着き、四階へ向かう途中で、階下から足音と銃声がした。
流煌が小細工に気づいて、追いかけてきているのだ。
もっとも、そうなるとは思っていた。俺は構わず走り続ける。
下からの銃弾は、階段の裏をたたき、ときどき中央から上に抜けて天井の蛍光灯を割ったが、位置的に当たらない。
無駄弾になってるが、何か狙いがあるのだろうか。
『騎士、足元じゃ!』
こうもりのギニョルに呼びかけられ、視線を落とす。たった今後にした踊り場に、さっきと同じスタングレネード、銃声はこいつの音をごまかすためか。
距離が近い、光を浴びたら今度こそ動きを封じられる。
いや、違う。この形状は――。
「ちくしょうっ!」
精一杯とびあがり、階上、四階の廊下へ。同時に、さきほどとは違う轟音、今度は階段室の窓が割れ、壁にひびも入った。
最初の一発で信じ込んだ俺のミスだ。流煌が投げたのは、ピンを抜いた手榴弾の方だった。
『騎士……屋上、行け……そこなら……ポケット……』
ギニョルの声が遠くで聞こえる。使い魔は吹き飛ばされ、窓ガラスに突き刺さって、片目を光らせている。俺は呻きながら体を起こした。
ここは四階の廊下だ。なんとかたどり着いた。見下ろすと、階下へ向かう階段が破壊されていた。相当の威力だったらしい。
「うぐっ……」
右足、膝から先が赤黒く染まり、ズボンが裂けて革靴が吹っ飛んでいる。指は全部あるらしいが、少しでも動かそうとすると、頭のてっぺんまで通り抜けるような痛みが走る。
階下を見下ろす。幸いなことに、手榴弾で下への階段が崩れて使えない。流煌は反対側に回るほかない。
少しだけ、時間が稼げる。俺は89式を支えに上体を起こし、壁にへばりつくように体を引きずり上げた。
「ぐ、ああっ……くぅ」
辛うじて立てた。更衣室は、こちらの階段から二番目の部屋。足を引きずりながら近づく。
向かいから足音が近づいてくる。流煌が向こうに回り込んだのだ。
今度は早い。俺が部屋に逃げ込む前に、上がってきて仕留めるつもりだろう。
あと少し、あと少し。鉄のノブをつかみ、まわした瞬間、銃声がした。
崩れ落ちる様に中へ入り込む。
銃弾は当たらなかった。扉を閉じて、ロッカーへ近づく。
南京錠に手をかけて、震える手でナンバーをそろえる。
流煌はなぜ来ない。足音が遅くなっている。
開いた。M1897を取り、バックショットを詰められるだけポケットへ。シェルチューブに三つ込めて、スライドを引く。
振り向いた俺の銃口の前に、流煌がゆっくりと姿を現した。
「私、どうしよう、騎士くん……」
P220を構えながら、紅い瞳に涙を溜める、恋人だった少女が居た。
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